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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科46巻10号

2018年10月発行

雑誌目次

手術とフロー体験

著者: 中洲庸子

ページ範囲:P.849 - P.851

 集中して自分を高め,最大限の力を発揮するためにはどうするべきか,前に進むことを常に考えて,日々取り組んできました.
 実は,私は外科医として,決して素質や環境に恵まれた人間だったわけではありません.また,女性に対する偏見が今よりも強い時代に職業人生をスタートしました.ところが,そういう私が試行錯誤の末,大好きなフィールドをいくつかみつけ,幸福な脳神経外科医になれたのです.その要因は,たくさんの幸運な指導や支援を受けられたこと,家族の献身,自己のモチベーションを維持したことなどいくつかあります.この拙文では,特にモチベーションの源としての「フロー体験」と「自己効力感」について,個人的経験を述べたいと思います.ただし,これらの心理学的理論を専門的に研究したのではなく,自己流で解釈・活用していることをお断りしておきます.

総説

脳動脈瘤クリップの歴史

著者: 田中雄一郎

ページ範囲:P.853 - P.864

Ⅰ.はじめに
 今年(2018年)は,世界初の脳動脈瘤頚部クリッピング術が報告されて80年になる.クリップは,求められる性能を満たすために80年の歳月をかけて現在の姿に進化した10,12,20,24,25).その性能とは,①小型で豊富な形状のバリエーション,②腐食しない材質8),③良好な生体適合性,④MRI磁場下での安全性25),⑤バネの耐久性,⑥十分なブレード開き幅と閉鎖圧33),⑦シザリングやスリップアウトが起きない2,22),⑧容易にはずせる,⑨把持鉗子に良好にフィット,⑩クリップを把持した際の鉗子先端がコンパクト,⑪品質の維持と整備されたトレーサビリティー,と実に多様である.これまでのクリップ開発の流れはさまざまな「失敗」や「挫折」の蓄積でもある.その歴史を知ることは,現行クリップの理解をより深めることになる.ひいては,より安全で確実なクリッピング技法の習得や,クリップ改良のヒントを得る手がかりになる.頭部単純X線写真のクリップを見てブランド名とその世代を識別できれば,MRIを施行してもよいのか,再手術の際にクリップを外す特別な用具が必要かを速やかに判断できる(Fig.1).

研究

頭蓋底骨転移の発生部位別症候群—MRI時代における新分類

著者: 林央周 ,   三矢幸一 ,   出口彰一 ,   中洲庸子

ページ範囲:P.865 - P.873

Ⅰ.はじめに
 がん治療の目覚ましい進歩によってがん患者の生命予後が延長するに伴い,頭蓋内転移の診断と治療が重要な臨床課題と位置づけられるようになってきている9).同時に頭蓋内病変の評価として行われるMRI検査において,症候性あるいは無症候性の頭蓋骨転移が発見される頻度は増加している7)
 転移性頭蓋骨腫瘍自体が生命予後に関与することは少ないが,頭蓋底骨に発生した場合には,その発生部位に応じて疼痛や脳神経麻痺を中心とした特徴的な症候が出現する.1981年にGreenbergらは,X線およびCT所見と症状・脳神経障害に基づいて,頭蓋底骨転移に伴う症候群を発生部位に応じて5つに分類した4).これらの症状は患者の生活の質(QOL)に与える影響が大きく,早期発見による治療の重要性が指摘されている5)
 頭蓋底骨転移の診断においては,病変の広がり,脳硬膜や脳神経との関係を把握する上でMRIが有利である6).T1強調画像では転移によって骨髄の脂肪による信号が消失することを反映して,左右非対称な低信号領域が観察される.脂肪抑制造影T1強調画像を用いることにより,骨髄の脂肪信号が抑制されることから,より明瞭に骨転移巣が描出される5,7)
 本研究では,頭蓋底骨転移発生部位をMRIで詳細に分析して,外転神経麻痺による複視を主症状とする斜台・錐体骨部骨転移が高頻度に存在することを明らかにした.これはGreenbergらによって提唱された5分類では抽出されていなかったものであり,斜台・錐体骨部骨転移によって外転神経麻痺による複視を呈するclivopetrosal syndromeを新たに加えた6分類を提唱した.また,頭蓋底骨転移が好発するがん種を抽出して,臨床的特徴・発生部位の特徴を比較検討するとともに,生存解析を行った.

テクニカル・ノート

血管付き頭蓋骨3Dモデルを用いた導出静脈発達症例における後方延長術の戦略策定

著者: 城泰輔 ,   赤井卓也 ,   富田隆浩 ,   黒田敏

ページ範囲:P.877 - P.882

Ⅰ.はじめに
 3D実体モデルは,手術前計画,術中の調整,病態の理解,レジデント教育に有用であり,さまざまな疾患で用いられている6).頭蓋骨縫合早期癒合症の手術においても,頭蓋骨3Dモデルの作製の利点として,術者間で手術イメージを共有できる,手術時間の短縮,術中出血量の減少につながるなどが指摘されており4,7,11,13),われわれも術前に作製することが多い.従来法による頭蓋形成術においては,骨切り線の設定,骨の彎曲形成,骨の移動方向と距離および骨固定部位の決定に有用である.骨延長法においては,骨切り線,骨延長器の設置位置と延長方向,その距離の決定に有用である.近年,頭蓋内圧亢進を伴うことが多い症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症では,まず,より大きな頭蓋内容積拡大が得られる後方延長術を行うことが提唱されている3,8,15).しかし,静脈灌流路の狭窄・閉塞に伴い,後頭部で側副静脈路として導出静脈が異常発達していることがあり,注意を要する10).今回,後頭導出静脈が発達したCrouzon症候群の症例の手術戦略決定に際して,血管付き頭蓋骨3Dモデルを作製し,有用であったので報告する.

症例

抗血小板薬内服中に発症した頚髄硬膜外血腫に対して早期診断・治療を行い良好な転帰を辿った2症例

著者: 横溝明史 ,   村田秀樹 ,   宮園正之

ページ範囲:P.883 - P.888

Ⅰ.はじめに
 非外傷性頚髄硬膜外血腫は比較的稀な疾患である.突然の頚部痛や背部痛で発症し,続いて進行性に運動麻痺・感覚麻痺・膀胱直腸障害などを伴うことが多い2,5,12).無痛例や片麻痺例では脳卒中との鑑別が困難で,実際に誤って脳梗塞の治療を行ったという報告も散見される4).治療法の選択や手術時期などについてはさまざまな意見があり,標準的なプロトコールは定まっていない17).抗血栓薬の内服が本疾患の原因として約20%を占めており1,12),重症化しやすく手術になる症例も多く報告されている.本邦では超高齢社会を迎え,高齢者で抗血栓薬を内服している患者は多く,今後も救急現場で本疾患に遭遇する機会が増加することが予測される.今回われわれは,抗血小板薬内服中に発症した頚髄硬膜外血腫2例を経験し,いずれの症例も早期に治療を行い良好な結果を得たので報告する.

超高齢者の歯突起後方偽腫瘍の1例

著者: 吉浦徹 ,   豊岡輝繁 ,   大塚陽平 ,   藤井隆司 ,   松本崇 ,   熊谷光祐 ,   藤井和也 ,   戸村哲 ,   富山新太 ,   大谷直樹 ,   和田孝次郎 ,   森健太郎

ページ範囲:P.889 - P.893

Ⅰ.はじめに
 歯突起後方偽腫瘍は,加齢性変化や関節リウマチなどによる環軸椎亜脱臼による力学的負荷の増大が原因とされている.神経症候の程度により手術適応が考慮されるが,高齢発症が多いため耐術能の問題がある.また術式に関しても,除圧術単独または固定術併用などさまざまな報告があり,議論の余地がある.今回われわれは,超高齢者の歯突起後方偽腫瘍に対して椎弓切除術のみを行い,良好な結果を得た症例を報告する.

鏡面像を呈した前大脳動脈遠位部の極小破裂脳動脈瘤の1症例

著者: 川口雄太 ,   川原一郎 ,   大園恵介 ,   日宇健 ,   小野智憲 ,   牛島隆二郎 ,   堤圭介

ページ範囲:P.895 - P.900

Ⅰ.はじめに
 鏡面像を呈する脳動脈瘤にはしばしば遭遇するが,その多くは中大脳動脈であり,前大脳動脈遠位部(distal anterior cerebral artery:DACA)での発生は極めて稀である6).近年の未破裂脳動脈瘤の観察研究によると,サイズが5mm以下の脳動脈瘤の破裂率は一般的には低いとされるが8,10),実際の臨床では5mm未満,さらには3mm以下の極小瘤の破裂症例もときに経験する.
 今回われわれは,鏡面像を呈したDACAの極小破裂脳動脈瘤の1症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

Duplicate originと考えられる中大脳動脈起始部に発生した未破裂脳動脈瘤の1例

著者: 平山航輔 ,   中村光流 ,   吉村正太 ,   大園恵介 ,   福田雄高 ,   日宇健 ,   川原一郎 ,   小野智憲 ,   原口渉 ,   牛島隆二郎 ,   戸田啓介 ,   堤圭介

ページ範囲:P.901 - P.909

Ⅰ.はじめに
 近年,中大脳動脈(middle cerebral artery:MCA)の破格のなかで,2本のMCAが内頚動脈(internal carotid artery:ICA)終末部から別々に起始し,その後早期に癒合してリング状の形態を呈する構造について,MCAの窓形成とは異なる破格として,“duplicate origin of the MCA(DO-MCA)”という新たな診断名が提唱されている25).今回われわれは,DO-MCAと考えられる破格血管の起始部に発生した未破裂脳動脈瘤の1例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

鼻出血との鑑別が困難であった舌動脈仮性動脈瘤の1例

著者: 壽美田一貴 ,   唐鎌淳 ,   牧田一平 ,   三木一徳 ,   吉野義一 ,   芳村雅隆 ,   前原健寿 ,   根本繁

ページ範囲:P.911 - P.916

Ⅰ.はじめに
 外頚動脈系に発生する仮性動脈瘤は稀ではあるが存在し,頚部腫瘍に対する放射線治療後や頚部の外科的処置後に発生することが多い8,9).そのほかに,頚部の外傷後に発生するという報告もある3,7).今回われわれは,他院にて止血困難な鼻出血と診断され,鼻腔内パッキング後にショック状態となり当院へ緊急搬送された,義歯の誤嚥による咽頭損傷からの舌動脈仮性動脈瘤の1例を経験したので報告する.

アンカーボルトを用いた定位的深部電極挿入術(stereotactic EEG insertion)の初期経験—課題の抽出と挿入精度向上の検討

著者: 稲田拓 ,   菊池隆幸 ,   小林勝哉 ,   中江卓郎 ,   西田誠 ,   高橋由紀 ,   小林環 ,   永井靖識 ,   松本直樹 ,   下竹昭寛 ,   山尾幸広 ,   吉田和道 ,   國枝武治 ,   松本理器 ,   池田昭夫 ,   宮本享

ページ範囲:P.917 - P.924

Ⅰ.はじめに
 定位的深部電極挿入術(stereotactic electroencephalography[SEEG]insertion)は,難治性てんかんに対するてんかん焦点の同定と脳機能評価の手法として,1950年代にTalairachらがフランスで確立した8).記録できる皮質の範囲は硬膜下電極留置に比べて極めて狭いが,脳深部(内側側頭葉・帯状回・半球間裂病変・後前頭眼窩野・島回・脳溝深部)および非隣接脳葉や両側半球に広がるてんかん性焦点の評価が可能であり,発作の広がり・ネットワークを三次元的に理解できる利点をもつと考えられる.また,硬膜下電極留置術で焦点診断ができなかった症例や,術後再燃例に対しても有効である9).電極を精確かつ安全に挿入するため,開発当初は定位フレームを装着した状態で血管撮影によって解剖学的情報を得る必要があり,挿入手技は複雑であり,修練を要するものであった.しかし,放射線・画像診断技術とコンピューター解析・ロボット技術の発達により,2000年代には北米にも普及し始めた4).SEEGの合併症は,全体で1〜3%と硬膜下電極留置よりも低いが,永続的な神経症状の遺残や死亡といった重篤な合併症の危険性は同等であり,留置には十分に注意を要する1-7,9,10).アンカーボルトや,より細く電極数が多い深部電極などは日本では未承認医療機器である.このため,われわれは施設内倫理委員会の承認(IRB:C1192)を取得し,米国から必要物品を輸入して所定の手続きを行い,同意を得た2症例に対してSEEGを留置した.未だ経験数が少なく予備的な検討ではあるが,今回われわれはSEEGの挿入手技とその精度に関する注意点について,文献的考察を加えて報告する.

連載 教訓的症例に学ぶシリーズ

クリッピング術から15年の経過で再発した前交通動脈瘤に対してコイル塞栓術を施行した1例

著者: 上田猛 ,   溝上達也 ,   日高敏和 ,   大庭秀雄 ,   松田真伍

ページ範囲:P.925 - P.930

Ⅰ.経験症例
 〈患 者〉 65歳 男性
 主 訴 意識障害

日常診療に役立つ“頭部外傷”のminimum essence

(2)受傷現場と救急外来における成人の急性頭部外傷(traumatic brain injury:TBI)への対応

著者: 安心院康彦

ページ範囲:P.931 - P.945

Ⅰ.頭部外傷の疫学
 本邦において,外傷患者は年間1,800万人と推計され,うち約160万人(消防庁の平成25年のデータによれば158万人)の外傷患者が救急搬送され,平成23年の患者調査では27万人が救急入院治療を受けている83).頭部外傷(traumatic brain injury:TBI)は,顔面骨骨折を含めると入院患者の約10%を占める83).また,人口動態統計によると,外傷死の原因の48.7%を占める60,83).高次脳機能障害を含む後遺症を有する者は,死亡者数の100倍以上にのぼると推計される10)
 日本外傷データバンクレポート2015(2010-2014)では,TBIの頻度は下肢外傷に次いで多く,Abbreviated Injury Scale(AIS)スコア3以上の重症例は全TBIの76.7%を占める84).一方,本邦における軽症TBIの受傷者の正確な人数は明らかではない.米国では毎年約250万人がTBIを受傷し18),75〜95%は軽症である61,120).軽症TBIの原因として,高齢成人では転倒・転落が多く,若者では交通事故が多い.軽症TBIはアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツで発生数が多く42),戦闘でも多い127)

書評

—日本MISt研究会:監 星野雅洋,佐藤公治,齋藤貴徳,石井 賢:編—MISt手技における側方経路椎体間固定術(LIF)入門—OLIF・XLIF®を中心に

著者: 高安正和

ページ範囲:P.875 - P.875

●完成されたLIFの入門書
 本書は側方経路椎体間固定術(lateral interbody fusion:LIF)の手術書である.LIFでは体幹の側方から小皮切のもとに低侵襲に椎体・椎間板へアプローチすることができる.しかも,脊柱変形に対する強い矯正力を持ち,靱帯性整復(ligamentotaxis)により脊柱管や椎間孔の間接除圧が可能であるなど,優れた特徴を有する手術手技である.LIFが日本に導入されたのは,わずか5年前の2013年のことであるが,整形外科系脊椎脊髄外科医の間では,当初から強い関心が持たれ,急速に普及しつつある.しかし,2016年にLIF施行後の重大な合併症が報告されたことを契機に,施行にあたっての教育,ライセンスの制度が設定された.一方,脊柱変形を扱うことが少ない脳神経外科系脊椎脊髄外科医にとっては,胸腰椎に対する側方アプローチはもともと馴染みが薄い.LIFという新しい手術手技に対し,どのように向き合うかの判断に迷っている方も多いと思われる.本書は「入門」とタイトルにはあるが,その内容をみると,LIFの概念・意義の解説に始まり,安全な手術手技に必要な詳細な外科解剖,手術適応,標準的な手術手技と特殊例への応用,トラブルシューティングと安全性への取り組み,さらに将来展望に至るまで,LIFに関するすべての論点がカバーされており,とても入門書とはいえない豊富な内容を含んでいる.執筆者はLIFの日本導入時から本術式にかかわり,精通しているエキスパートの先生方である.本書にはフルカラーで分かりやすい写真やイラストなどが豊富に使用されており,内容の理解に大いに役立つ.LIFの日本導入からわずか5年間で,ここまで完成された書物が本邦から出版されたことに敬意を表したい.
 脊椎脊髄外科を扱う機会のある脳神経外科医にお勧めの一冊である.特にLIFに関して,すでに始めたがさらに手技を極めたい方,日頃から疑問をお持ちの方,関心はあるが今ひとつ理解できない方など,本書は必ずお役立ていただけると確信している.

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目次

ページ範囲:P. - P.

欧文目次

ページ範囲:P.847 - P.847

お知らせ

ページ範囲:P.875 - P.875

「読者からの手紙」募集

ページ範囲:P.888 - P.888

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.951 - P.951

次号予告

ページ範囲:P.953 - P.953

編集後記

著者: 寳金清博

ページ範囲:P.954 - P.954

 この編集後記は,節電で真っ暗な病院長室で,パソコンスクリーンの仄蒼い反射光を顔面に浴びながら,書いている.誰か事情を知らない人が見れば,何者かが憑依した鬼気迫る狂気を感じるかもしれない.9月6日の午前3時8分に発災した北海道胆振東部地震の後,20%節電という過酷な状況の中で,息を潜めて生きている.
 もともと,微々たるものであるが,「霊感」がある.実際には,何も見たことはない.この大地震でさえ,予知どころか,大揺れで家族がみんな悲鳴を上げてから,ごそごそとベッドから這い出て呆れられた有様である.筋金入りの霊能者から見れば,笑止千万である.強いて言えば,何者か,人智の及ばぬものの存在を感じる感性があり,それに対する畏怖の念は人一倍強いのである.だから,時々,言うに言われぬ畏怖感覚に囚われる.過去の記録を遥かに超える凶暴な台風,想像を超えた大雨,果ては,連発する大地震……こんな天変地異が続けば,凡人ですら,人智を超えた自然の脅威に恐怖する.まして,この小心者の霊能者にとって,最近のこの世の有様は,本当に人間の無力さをまざまざと見せつけられ,震撼するしかない.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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