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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科47巻11号

2019年11月発行

雑誌目次

「最近の医療事故報道に思う」—その後

著者: 本郷一博

ページ範囲:P.1127 - P.1128

 本誌「扉」に拙文を載せていただくのは2回目,誠に光栄である.初回は15年前に「最近の医療事故報道に思う」1)と題して寄稿した.信州大学の教授職に就いた翌年のこと.15年余りの教授職を全うして本年3月に定年退職し,現在,長野県伊那市にある自治体病院(394床)に院長として勤めている.
 この10数年,医療界の状況は大きく変化した.大学の一教室を主宰する立場では,研究や診療はもちろんであるが,次の世代に続く人材の発掘と育成は極めて重要なことである.ところが教授に就任した直後,研修医が入らない状況が生じた.新医師臨床研修制度が2004年に始まったことにより,開始直後の2年間を含め,3年間入局者ゼロであった.当初から,連携施設を維持するための研修医の確保には苦労した.いくつかの連携施設では,常勤医師を削減せざるを得なかった.就任当初に「センター化構想」を提案し,「集約化」による脳神経外科医療・医師の質の維持,脳神経外科医の疲弊防止,業務の効率化を考えたが,集約化により吸収される側の立場もあり,「総論賛成」「各論反対」で実現できず,定員削減あるいはいわゆる「引き上げ」で対応してきたのが現状である.

総説

医療事故調査制度と脳神経外科

著者: 佐藤慎哉

ページ範囲:P.1129 - P.1141

Ⅰ.はじめに
 2015年10月に医療事故調査制度が始まったが,その発端は,1999年に起きた横浜市立大学医学部附属病院の患者取り違えや都立広尾病院の点滴薬取り違えを契機として,医師や看護師が起訴されるといった事例が相次いだこととされている.その後も増加の一途をたどる医療現場への警察の介入に,多くの学会・医療関係者が批判の声を上げた.厚生労働省はこのような現場の混乱を受け,2007年に「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」3)を立ち上げ,医療事故調査制度に関する議論が開始された.その後,医療安全と責任追及が連動している制度設計への批判や政権交代の影響を受けながら,紆余曲折を経て現行の制度となった.本稿では,医療事故調査制度設立までの経緯を振り返るとともに,本制度と日本脳神経外科学会や脳神経外科医とのかかわりについて概説する.
 2005年にWorld Health Organization(WHO)は,診療関連死を含む医療事故報告とそれを学習する仕組みを確立し,患者の安全を確保する目的で医療安全に関する勧告を出した.それが『WHOドラフトガイドライン』16)である.『WHOドラフトガイドライン』は,医療に関する有害事象の報告システムには,「医療安全のための学習を目的としたシステム」と「説明責任を目的としたシステム」があり,両者は両立しないとしている.再発防止を目的とするのであれば,「学習を目的としたシステム」であるべきである.
 本ガイドラインは,医療事故の報告制度がもつべき7つの特性に言及している.その特性とは,①非懲罰性:報告者は,報告したために自分自身が報復されたり,他の人々が懲罰を受けたりすることを恐れなくてよい,②秘匿性:患者と報告者,施設が決して特定されない,③独立性:報告システムは,報告者や医療機関を処罰する権力を有する,いずれの官庁からも独立している,④専門家による分析:報告は,臨床現場をよく理解し,その背後にあるシステム要因を見極める訓練を受けた専門家によって吟味される,⑤適時性:報告は,速やかに分析され,勧告の内容はそれを知っておくべき人たちに速やかに周知される,⑥システム指向性:勧告は,個々人の能力を対象とするよりもむしろ,システムやプロセスあるいは製品を変えることに焦点を絞っている,⑦反応性:報告を受ける機関は,勧告内容を周知する能力を有している.報告する医療機関などは,勧告の内容を責任をもって実施する——である.本稿では,報告システムがもつべき7つの特性を念頭に置いて読んでいただければ幸いである.

研究

脳血管内治療医が1名体制の地域中核病院における血栓回収コールの現状

著者: 太田圭祐 ,   松原功明

ページ範囲:P.1143 - P.1149

Ⅰ.緒  言
 急性期脳主幹動脈閉塞に対する血栓回収療法の有効性が示され3),本邦においても積極的に治療が行われるようになった.しかし,脳血管内治療医が複数在籍しチームで対応できる施設はまだ少なく11,14),当施設のように日本脳神経血管内治療学会専門医が1名で対応している施設では,治療症例数の増加とともに脳血管内治療医の業務負担が増大している.さらに,治療適応の最終的な決定は脳血管内治療医によってなされることが多く,救急担当医から脳血管内治療医へのコンサルト数も増加している.勤務時間内外にかかわらず発生する血栓回収コールは,脳血管内治療医の体力的・心理的な負担となっている.本研究では,地域中核病院において血栓回収療法の適応の可能性について脳血管内治療医がコールを受けた症例を調査した.そして,脳血管内治療医が1名で対応している地域中核病院における血栓回収コールの現状を明らかにすることを目的とした.

頚動脈内膜剝離術と頚動脈ステント留置術の優劣—二刀流の観点から

著者: 林健太郎 ,   松永裕希 ,   林之茂 ,   白川靖 ,   岩永充人

ページ範囲:P.1151 - P.1156

Ⅰ.はじめに
 頚動脈起始部の狭窄は脳血流の低下を来したり,プラークの破綻や血栓形成により脳塞栓症の原因となる.食生活の欧米化や高齢化に伴い,本邦においても増加してきており,疾患の重要度は増してきている.頚動脈内膜剝離術(carotid endarterectomy:CEA)は欧米で大規模研究が行われ,その有効性が示され,広く実施されてきた3,13).近年,血管内治療の進歩は目覚ましいものがあり,頚動脈狭窄に対してもステント留置術(carotid artery stenting:CAS)が行われ,CEAと遜色ない結果もみられている1).本邦ではどちらの治療も主に脳神経外科医が担当しているという特徴があり,その観点からCEAとCASの現状や合併症について検討した.

症例

左上葉肺切除術後の内頚動脈塞栓症に対し,血栓回収術を施行した1例

著者: 谷村奈津美 ,   佐藤浩一 ,   蔭山彩人 ,   花岡真実 ,   倉敷佳孝 ,   松﨑和仁 ,   三宅一 ,   仁木均

ページ範囲:P.1157 - P.1163

Ⅰ.はじめに
 左上葉肺癌切除2日後,左片麻痺・意識障害を来す右内頚動脈塞栓症を併発した症例を報告する.本症例は,緊急血管内血栓回収療法を施行し,ほぼ完全な再開通を得て症状は回復し,肺癌治療を継続した.左上葉切除後の肺静脈断端血栓による血栓塞栓症の報告は増加しており,その機序も確認されつつある.近年,脳梗塞急性期の血栓回収療法が一般的治療として広まっている.肺切除直後でrecombinant tissue-type plasminogen activator(rt-PA)静脈内投与禁忌となる今回のような状況では,血管内治療を含めた対応に関し,術前からの体制整備が必要な時代になっており,若干の文献的考察を加えて報告する.

副中大脳動脈に関連した塞栓性脳梗塞に対して急性期血行再建術を施行した1例

著者: 松永裕希 ,   林健太郎 ,   岡村宗晃 ,   林之茂 ,   白川靖 ,   岩永充人 ,   松尾孝之

ページ範囲:P.1165 - P.1171

Ⅰ.はじめに
 副中大脳動脈(accessory middle cerebral artery:AMCA)は,中大脳動脈におけるanomalyの一種であり,前大脳動脈より分岐し,シルビウス裂内を本来の中大脳動脈と並行して走行する血管である2).その血管走行から,hemodynamic stressによるものと考えられる分岐部動脈瘤の報告12,20)は散見されるが,AMCAに関連する脳梗塞に対して急性期血行再建術を施行した報告は極めて稀である.今回われわれは,AMCAに関連した塞栓性脳梗塞に対して経皮的血栓回収術を施行した1例を経験した.症例を提示し,AMCAにおける脳梗塞の特徴や血管内治療に対する注意点について,文献的考察を加えて報告する.

類表皮囊胞の悪性転化と診断した小脳橋角部扁平上皮癌の1例

著者: 永田圭亮 ,   清藤哲史 ,   梅川元之 ,   横山宗伯 ,   楚良繁雄

ページ範囲:P.1173 - P.1178

Ⅰ.はじめに
 類表皮囊胞は小脳橋角部や鞍上部に好発する良性囊胞性病変であり,典型的にはその増大は緩徐で手術による摘出にて良好な転機をたどるが,文献上ごく少数の悪性転化が報告されている.今回,急速な経過で増大を来し,類表皮囊胞の悪性転化と診断した頭蓋内扁平上皮癌の症例を経験したため,文献上の考察をまじえ報告する.

c-Myc転座とBcl-2蛋白発現を有するhigh grade B-cell lymphomaの急速進行例

著者: 森永裕介 ,   新居浩平 ,   坂本王哉 ,   井上律郎 ,   光武尚史 ,   花田迅貫 ,   堤正則

ページ範囲:P.1179 - P.1184

Ⅰ.はじめに
 今回われわれは痙攣発症から第45病日で死亡に至ったc-Myc転座とB-cell lymphoma(Bcl)-2蛋白発現を有するprimary central nervous system lymphoma(high grade B-cell lymphoma[HGBL]of PCNSL)の急速進行例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

鈍的頭部外傷により中大脳動脈M2起始部に仮性動脈瘤を生じた1例

著者: 清水曉 ,   望月崇弘 ,   黒田博紀 ,   岡秀宏 ,   隈部俊宏

ページ範囲:P.1185 - P.1191

Ⅰ.はじめに
 外傷性脳動脈瘤は,中大脳動脈と前大脳動脈の遠位部に好発し,その大部分は損傷動脈に隣接する凝血塊内に内腔を生じる仮性動脈瘤である1,8).今回われわれは,外傷性脳動脈瘤の発生部位としては稀な,中大脳動脈近位部(M2起始部)に鈍的頭部外傷により仮性動脈瘤が生じた1例を経験したので報告し,診療上の問題点を考察する.

教訓的症例に学ぶシリーズ

確定診断が遅延した金属製パラソルハンガーによる経鼻腔的穿通性脳幹損傷の1例

著者: 佐藤慧 ,   日宇健 ,   副島航介 ,   松尾彩香 ,   近松元気 ,   中村光流 ,   塩崎絵理 ,   本田和也 ,   森塚倫也 ,   小野智憲 ,   川原一郎 ,   原口渉 ,   牛島隆二郎 ,   戸田啓介 ,   堤圭介

ページ範囲:P.1193 - P.1198

I.経験症例
 〈患 者〉 72歳 女性
 現病歴 通常通りに起床し,午前10時から12時までは夫とwalkingに出かけた.13時半過ぎに夫が外出し,16時40分頃に帰宅すると,洗濯物をもったまま玄関の外に倒れ込んでいた.呼名に反応はあり,鼻出血を認めた.救急車要請後,嘔吐があり,当院へ緊急搬送された.

特別寄稿

AI時代における脳と心④

著者: 浅野孝雄

ページ範囲:P.1199 - P.1209

第Ⅱ部 ブッダの心理学とフリーマン理論
1.フリーマン理論とブッダの教説との「重ね描き」は可能か
1) ブッダの思想とは何か
 第Ⅰ部で述べたフリーマンの意識理論は,あくまでも脳の働きについての物理学的言説である.それが,人間の現象的な心のプロセスとどれほど合致しているのかは,大森荘蔵氏が述べておられるように,適切な心的言説との「重ね描き」によって判断するしかない21).そのような心的言説として,筆者は仏教心理学を選んだ.それは2,500年前にブッダが考えたことであるが,ブッダが直接述べたことは,膨大なパーリ正典に伝聞の形で残されているだけである.したがって,ブッダが考えたことについては多種多様な解釈が存在するが,筆者はその中から,オックスフォード大学インド哲学講座教授であるリチャード・ゴンブリッチの『What the Buddha Thought』6),および彼の弟子であるスー・ハミルトンの『Identity and Experience. The Constitution of the Human Being According to Early Buddhism』9)を選んだ.その理由は,彼らが仏教信者としてではなく,言語学者・歴史学者・インド哲学研究者としてパーリ正典の読解に取り組み,筆者が知る限りにおいては,最も客観的にブッダの思想を再構築したことにある.
 ゴンブリッチによるブッダ思想の解釈において最も画期的な点は,ブッダの「法(ダルマ)」という言葉を,現代英語の「プロセス」へと翻訳したことであろう.上掲書で彼が示しているパーリ正典に関する言語学的議論はさておき,Oxford Dictionaryによると,“process”という英語は「変化の自然経過(a natural series of changes)」を意味するが,その背景を成すのは近代以後の科学的世界観である.一方,「法(ダルマ)」は,ブッダ思想の核心を成す基本的概念である.つまりゴンブリッチは,2,500年前のブッダが,現代科学と基本的には同じ世界観をもっていたと主張しているのである.それはにわかには信じがたい考えであるし,ゴンブリッチは上掲書で,その理由について詳しくは説明していない.しかし,ゴンブリッチほどの碩学が,それほど重要なことを思いつきで言うはずがないので,その理由について筆者なりに考えたことを次節で述べる.

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目次

ページ範囲:P. - P.

欧文目次

ページ範囲:P.1125 - P.1125

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.1215 - P.1215

次号予告

ページ範囲:P.1217 - P.1217

編集後記

著者: 伊達勲

ページ範囲:P.1218 - P.1218

 日本で初めての開催となったラグビーW杯は日本の快進撃で大いに盛り上がった.アイルランド,スコットランドなどを撃破し,ベスト8に全勝で進む快挙となった.準々決勝で残念ながら敗退したが,予選リーグのアイルランド戦に勝利したときにアナウンサーが発した名言「もう,これは奇跡とは言わせない」が,今でも心地よく耳の奥に残っている.
 本号の扉には本郷一博先生から,「『最近の医療事故報道に思う』—その後」を頂いた.医療安全管理室が各施設で院長直属の重要組織に位置づけられていることを述べられている.私たちのところでも数年前に医療安全の専任教授を設置したが,小さなインシデントを含めると大変な仕事量をこなす必要がある.扉の内容と呼応するかのように,佐藤慎哉先生からは,総説「医療事故調査制度と脳神経外科」を頂いた.この制度が設立されるまでの経緯や現行制度の仕組みが詳しく解説されているだけでなく,脳神経外科とのかかわりがわかりやすく述べられており,是非一読して頭の中を整理することをお勧めする.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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