文献詳細
文献概要
特別寄稿
AI時代における脳と心⑤〈最終回〉
著者: 浅野孝雄1
所属機関: 1中村元東方研究所東方学院
ページ範囲:P.1289 - P.1300
文献購入ページに移動第Ⅱ部 ブッダの心理学とフリーマン理論(続き)
3.ブッダの思想
1) ブッダの思索の出発点
ブッダはネパールに近いインド北部の小国の王子として生まれ,何不自由なく育ったのであるが,「四門出遊」の伝説では,たまたま,都の東西南北にある4つの城門から外出し,それぞれ老人・病人・死人・出家者を目の当たりにして,深く心に感じるところがあったために出家を志したという4,11).つまり,ブッダに出家を促した直接の動機は民衆の苦しみに対する深い同情であり,それはバラモンやさまざまな主義主張を有する沙門が求めていた自分自身のみの救済(アートマンとブラフマンの合一による輪廻からの脱却)とはまったく方向が異なるものであった.ブッダは家族を捨て,一沙門として遍歴しながらヴェーダ・ウパニシャッド哲学や六師外道の思想を吸収し,また自らもバラモン(おそらくジャイナ教)の伝統に従って苦行に励んだが,旧来の,また当時の思想のいずれにも自分が求めているものを見出すことができなかった.こうしてブッダはまったく新たな思考のパラダイムの樹立を目指したのであるが,それは生きとし生けるものに対する同情の念(慈悲喜捨の四無量心)を中心軸として旧来の思想を「脱構築」し,あらゆる人間の(精神的)救済を可能ならしめるような教えである4,9-12).
最初の説法(初転法輪)において,ブッダはその悟りの大要を,苦・集・滅・道の「四(聖)諦」と,8つの正しい道「八正道」として示した11).「苦諦」における「苦:ドゥッカ(duḥkha)」とは,迷いの生存は苦であるという真理である.「集諦」とは,苦の原因が渇愛などの煩悩であるという真理であり,「滅諦」とは,渇愛が完全に捨て去られたときに苦が止滅するという真理であり,「道諦」とは,苦の止滅に至る道筋が八正道にあるという真理である.ブッダは,当時行われていた極端な苦行主義や快楽主義のいずれにも片寄らない,「不苦不楽の中道」を特徴とする「八正道」によって悟りに到達したとされる.八正道は,正見(正しい見解)・正思(正しい思惟)・正語(正しい言葉)・正業(正しい行い)・正命(正しい生活)・正精進(正しい努力)・正念(正しい思念)・正定(正しい精神統一)をいう.中道(madhyamā pratipat)とは,相互に矛盾対立する2つの極端な立場のどれからも離れた自由な立場である「中」の実践を意味する.「中」とは,対立する2項の中間ではなく,それらの矛盾対立を超えたものであることを,また「道」は,実践・方法を意味する.
3.ブッダの思想
1) ブッダの思索の出発点
ブッダはネパールに近いインド北部の小国の王子として生まれ,何不自由なく育ったのであるが,「四門出遊」の伝説では,たまたま,都の東西南北にある4つの城門から外出し,それぞれ老人・病人・死人・出家者を目の当たりにして,深く心に感じるところがあったために出家を志したという4,11).つまり,ブッダに出家を促した直接の動機は民衆の苦しみに対する深い同情であり,それはバラモンやさまざまな主義主張を有する沙門が求めていた自分自身のみの救済(アートマンとブラフマンの合一による輪廻からの脱却)とはまったく方向が異なるものであった.ブッダは家族を捨て,一沙門として遍歴しながらヴェーダ・ウパニシャッド哲学や六師外道の思想を吸収し,また自らもバラモン(おそらくジャイナ教)の伝統に従って苦行に励んだが,旧来の,また当時の思想のいずれにも自分が求めているものを見出すことができなかった.こうしてブッダはまったく新たな思考のパラダイムの樹立を目指したのであるが,それは生きとし生けるものに対する同情の念(慈悲喜捨の四無量心)を中心軸として旧来の思想を「脱構築」し,あらゆる人間の(精神的)救済を可能ならしめるような教えである4,9-12).
最初の説法(初転法輪)において,ブッダはその悟りの大要を,苦・集・滅・道の「四(聖)諦」と,8つの正しい道「八正道」として示した11).「苦諦」における「苦:ドゥッカ(duḥkha)」とは,迷いの生存は苦であるという真理である.「集諦」とは,苦の原因が渇愛などの煩悩であるという真理であり,「滅諦」とは,渇愛が完全に捨て去られたときに苦が止滅するという真理であり,「道諦」とは,苦の止滅に至る道筋が八正道にあるという真理である.ブッダは,当時行われていた極端な苦行主義や快楽主義のいずれにも片寄らない,「不苦不楽の中道」を特徴とする「八正道」によって悟りに到達したとされる.八正道は,正見(正しい見解)・正思(正しい思惟)・正語(正しい言葉)・正業(正しい行い)・正命(正しい生活)・正精進(正しい努力)・正念(正しい思念)・正定(正しい精神統一)をいう.中道(madhyamā pratipat)とは,相互に矛盾対立する2つの極端な立場のどれからも離れた自由な立場である「中」の実践を意味する.「中」とは,対立する2項の中間ではなく,それらの矛盾対立を超えたものであることを,また「道」は,実践・方法を意味する.
参考文献
1) 浅野孝雄:古代インド仏教と現代脳科学における心の発見—複雑系理論に基づく先端的意識理論と仏教教義の共通性.産業図書,東京,2014
2) Dehaene S(原著),高橋 洋(訳):意識と脳—思考はいかにコード化されるか.紀伊國屋書店,東京,2015
3) Freeman WJ(原著),浅野孝雄(訳),津田一郎(校閲):脳はいかにして心を創るのか—神経回路網のカオスが生み出す志向性・意味・自由意志.産業図書,東京,2011
4) Gombridge R(原著),浅野孝雄(翻訳):ブッダが考えたこと—プロセスとしての自己と世界.サンガ,宮城,2018
5) Hamilton S:Identity and Experience;The Constitution of the Human being According to early Buddhism. Luzac Oriental, London, 1996
6) 井筒俊彦:東洋哲学覚書 意識の形而上学—『大乗起信論』の哲学.中央公論新社中公文庫,東京,2001
7) Kandel ER, Schwartz JH, Jessell, TM:Principles of Neural Science(4th ed). McGraw-Hill, New York, 1991
8) Kim J(原著),太田雅子(訳):物理世界のなかの心—心身問題と心的因果.勁草書房,東京,2006
9) 前田專學:ブッダを語る—ブッダの思想と原始仏教の魅力.NHK出版,東京,1996
10) 増谷文雄,梅原 猛:智慧と慈悲〈ブッダ〉.KADOKAWA, 東京,1996
11) 中村 元:ゴータマ・ブッダⅠ,Ⅱ決定版(中村元選集第11,12巻).春秋社,東京,1992
12) 中村 元:慈悲.講談社,東京,2010
13) 信原幸弘(編):心の哲学—新時代の心の科学をめぐる哲学の問い.新曜社,東京,2017
14) 大森荘蔵:物と心.筑摩書房,東京,2015
15) Panksepp J:Affective Neuroscience;The Foundations of Human and Animal Emotions. Oxford University Press, Oxford, 1998
16) Panksepp J, Lucy Biven:The Archeology of Mind;Neuroevolutionary Origins of Human Emotions. W.W. Norton & Company, New York, 2012
17) Popper K, Eccles JC(原著),大村 裕,西脇与作,澤田允茂(訳):自我と脳.新思索社,東京,2005
18) Russell B(原著),市井三郎(訳):西洋哲学史3—古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史.みすず書房,東京,1970
19) Seung S, Yuste R:Neural network. In Kandel ER, Schwartz JH, Jessell, Seigelbaum SA, Hudspeth AJ(原著),金澤一郎,宮下保司(監訳):カンデル神経科学(第5版).メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,2013, pp.1547-1583
20) Thompson E:Mind in Life;Biology, Phenomenology, and the Sciences of Mind. Harvard University Press, Massachusetts, 2010
21) 山本誠作:ホワイトヘッド『過程と実在』—生命の躍動的前進を描く「有機体の哲学」.晃洋書房,京都,2011
22) 横山紘一:やさしい唯識—心の秘密を解く.NHK出版,東京,2002
掲載誌情報