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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科47巻7号

2019年07月発行

雑誌目次

雑感

著者: 髙木康志

ページ範囲:P.705 - P.706

 京都から徳島に来て1年半が過ぎ,教授室から見える徳島のシンボルである眉山の美しい風景も,自然なものとしてすっかりなじんだものとなりました.眉山は桜の季節が過ぎ,今は新緑が青い空に映えています.私にとって非常に光栄な「扉」の執筆ですが,人生の教訓になる原稿は他の先生方にお任せし,日々の思いを綴ってみたいと思います.
 世の中では,成果主義で自己アピールの重要性が問われ,「夢」は必ず叶うとのキャンペーンが繰り広げられています.そもそも,日本人は自分の成果を誇ることは恥ずかしいことと考えてきたかと思います.古典を読んでも「驕る平家は久しからず」で,慎ましく身の丈に合った暮らしを良しとする世の中であったように思います.最近の“TED”のまねをして,身振り手振りでプレゼンをしている社長さんを見ても,海外のリーダーのように様になっているのはほんの一部の人かと思います.海外留学中に,研究室のボスから最も評価されていた日本人の気質は,「他人の考えがわかること」と「黙って成果を出すこと」でした.カンファレンスではいつも静かでも,新しいデータはきっちり出してくるのが,海外の研究室が日本人を雇いたがっていた理由かと思っています.自己アピールも,成果に基づくものであるならまだしも,最近はアピールのみが上手な方々が増え,しっかりとした人物評価をしないと,騙されることもあるかと思います.

総説

医療経済からみた脳神経外科疾患

著者: 亀田雅博 ,   伊達勲

ページ範囲:P.707 - P.717

Ⅰ.はじめに
 わが国においては少子高齢化が進行する一方で,国民医療費は年々上昇を続ける状況がこれからも続くことが予想されている.また,わが国ではほとんどの医療や介護は,国民皆保険制度や介護保険制度といった社会制度の中で行われている.限りある予算をいかに効率的に使うかという議論は,これら制度を持続可能なものとするために重要である.よって,おのおのの治療法は,治療効果の評価のみならず,「かけた治療費に対して見合った治療効果とQOLの改善が得られているか」という医療経済の観点からも評価が行われる必要がある.特に日本では,脳神経外科は専門医制度において基本診療科の1つとなっている.そのような背景から,日本の脳神経外科医には,手術そのものの治療効果のみならず,手術と非手術の治療効果の比較に加え,医療経済効果の観点からも評価できる素養をもつことが求められる.
 最近,われわれは,SINPHONI study12)とSINPHONI-2 study18)の結果に基づき,特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)に対するシャント手術は,保存的に経過観察を続けるより,医療経済的に有益であることを報告した17).本稿では,①医療経済効果に関する評価を行う上で基本となる事項の解説,②数学的なモデルを用いた,iNPHに対するシャント手術の医療経済効果の再検討,③脳神経外科疾患に対する医療経済効果に関する文献数や内訳の変遷,④医療経済からみた脳神経外科疾患に関する報告にはどのようなものがあるか,という点をまとめる.

量子科学技術の生体応用

著者: 荒牧修平 ,   瀬藤光利

ページ範囲:P.719 - P.731

Ⅰ.はじめに
 近年,量子科学(量子の振る舞いや影響に関する科学27))の発展により,これを基盤にした量子ビーム,量子スピン,光量子センサー,量子エレクトロニクスなどの技術は,例えば,量子コンピューティングやtime crystal(時間結晶)の実現に至るような著しい進展をみせており,わが国でも世界をリードする技術シーズが創出されている.こうした量子科学技術により,生体分子の動態や相互作用を検出する新規生体計測技術の開発といったテクノロジーの創出や,生命現象の中に真に量子的な現象を見出すなどの革新的なサイエンスへの展開が期待されている15)
 本総説では,これらの量子科学技術が臨床応用されているもの,もしくはされ得るものについて述べるが,このような学際領域では,異分野の専門性の深さが理解を妨げることが往々にしてあるため,まず,量子科学技術の基盤となる理論体系である量子力学について簡潔に述べる.近年,量子力学のハイテクへの応用(特に量子コンピューター)を通じて,再び量子力学に目が向けられ,インターネットや書籍を通じて一般常識となりつつあると感じる.その際に,量子力学の不思議な面にフォーカスが当てられすぎて,必ずしも正しいとは言えない情報が流布している場合がある.そこでここでは,特に誤解が生じやすい点を3つに絞って述べたい.また,簡潔とは言っても,感じる難易度には違いがあると思われるので,それぞれが必要な情報を汲みとって読み進めていただきたい.
 1つ目は,そもそも「量子」という言葉の定義についてである.『広辞苑』(第7版)37)では,「不連続な値だけをもつ物理量の最小の単位.物体の発する放射エネルギーについてまず発見され,エネルギー量子と呼ばれた」となっている(不連続な値だけをもつ物理量とは,例えば,長さなどの物理量を除くという意味である).これを踏まえると,原子も分子も電子もエネルギーも量子である.そして,量子力学とは,今挙げたような量子スケールにおける現象を記述する理論である.これらの微視的なスケールでの現象は,古典物理学(ニュートン力学やマクスウェル電磁気学)では説明することができない.古典物理学で描けないことから推測できるように,量子力学が描く世界は非直観的である.
 2つ目は,量子力学は「確率」という抽象概念を扱うことで発展してきた点である.時空的存在を扱うのではなく,次元のない確率を扱うという点で,それまでの物理学と一線を画している.例えば,有名なシュレーディンガーの波動方程式は,波動を扱う関数という誤解が生まれやすい.実際に,波動をイメージできるのは限られた場合であり,波動関数は確率を扱っている.行列力学も,状態ベクトルにより量子力学を記述するわけだが,こちらも確率を扱っている.しかし,確率と言ってもいわゆる統計学のそれとは異なる.量子力学では,次元をもつ物理量が演算子として状態ベクトルに作用するからである35)
 3つ目は,量子力学と言えば,「粒子」と「波動」の二重性がよく取り上げられるが,これも古典的概念を超越していることを意味しているにすぎず,われわれが解釈する上でのモデル概念にすぎないということである.つまり,粒子や波動というモデル概念と,光や電子という現実の対象は別のものとして整理するべきである35)
 まず,量子力学について述べた.繰り返しになるが,生物学や医学をバックグラウンドとする者が量子力学の理論を理論物理学者並みに理解する必要はないと考える.非直観的だからこそ,われわれの常識を超える技術を生み出すことを可能にしていることを認識し,現象をどう応用するかに重きを置くべきである.例えば,今日の臨床において必要不可欠とも言えるMRIの仕組みも,量子力学が基礎となっている.
 しかし,臨床を行う上で,量子科学技術そのものについて考える必要性は低く,時間的な制約もあることだろう.そこで,本総説ではおのおのの量子科学技術が何の量子性を利用しているのかを明確にすることで,量子科学技術の臨床応用について整理し直すと同時に,新たな視点を提供できるよう心がけた(Table1).
 また,量子科学技術を生体に応用するということは,かなり広い意味を含むことになるため,本稿では大きく3つの軸を基に整理している.1つ目は,生体内の現象を量子科学技術の応用により解明すること,2つ目は,生命科学に応用可能な計測技術を量子科学技術の利用により開発すること,そして3つ目は,生命現象を量子力学的に理解することである.まず,量子科学技術の生体応用について,計測技術(脳磁図)の観点と核医学の観点から,現在臨床で用いられているものや,今後,臨床応用が期待される技術について述べ,最後に生命現象を量子力学的に解釈し得る例を挙げる.そして,それぞれの内容に則して,今後期待される量子科学技術を使った計測技術を,そのつど紹介する流れとした.

解剖を中心とした脳神経手術手技

解剖に基づいた頭蓋骨縫合早期癒合症の手術

著者: 赤井卓也 ,   山下昌信

ページ範囲:P.733 - P.743

はじめに
 頭蓋骨縫合早期癒合症は,罹患縫合により頭蓋形態が異なり,その形態,重症度,手術時年齢,頭蓋内圧亢進や顔面骨早期癒合合併の有無などにより手術法が異なる.本論文では,頭蓋形成術について総論と頭蓋形態別の各論,そして顔面骨早期癒合における骨切り術について述べる.

研究

アテローム血栓性脳主幹動脈閉塞症に対する急性期再開通療法の検討

著者: 西脇崇裕貴 ,   榎本由貴子 ,   江頭裕介 ,   岩間亨

ページ範囲:P.745 - P.752

Ⅰ.はじめに
 脳主幹動脈閉塞症に対する急性期再開通療法の有効性が証明され3,4,6,17),近年はDEFUSE-3試験2)やDAWN試験15)などの結果から,その適応がさらに拡大されつつある.脳主幹動脈閉塞症の多くは心原性脳塞栓症であり,動脈硬化を背景としたアテローム血栓性機序の割合は低いが21),両者を術前に鑑別することはしばしば困難である.当院で急性期再開通療法を施行した脳主幹動脈閉塞症を対象に,アテローム血栓性閉塞症における患者背景の特徴や治療成績について,後方視的に検討を行ったため報告する.

重症急性硬膜下血腫における頭蓋内圧亢進の予測因子に関する検討

著者: 清平美和 ,   末廣栄一 ,   藤山雄一 ,   鈴木倫保

ページ範囲:P.753 - P.760

Ⅰ.はじめに
 重症頭部外傷患者における神経集中治療の目的は,二次性脳損傷の予防である.頭蓋内圧亢進は脳灌流圧を低下させ,二次性脳損傷により患者転帰が増悪するため,頭蓋内圧管理は厳重に行われなければならない2).また,頭蓋内圧亢進に対する治療は,内科的処置から外科的処置へと段階的に行うとされている.これらの処置の適切なタイミングを逃すと,脳ヘルニアとなり不可逆的な脳損傷に陥ってしまう.そこで,リアルタイムな頭蓋内圧測定が必要であり,また,頭蓋内圧亢進が予測される患者には,高度な管理体制の準備が重要となる.こうした管理体制を置くことにより,二次性脳損傷を最小限に抑えることが可能となり,患者転帰に寄与することが期待される.
 そこで本研究では,当院に搬入された重症急性硬膜下血腫患者を対象に,頭蓋内圧亢進を予測し得る因子について後方視的に検討した.

急性期脳梗塞に対する血管内再開通療法の進歩

著者: 林健太郎 ,   諸藤陽一 ,   堀江信貴 ,   出雲剛 ,   松尾孝之

ページ範囲:P.761 - P.767

Ⅰ.はじめに
 急性期脳梗塞に対する血管内再開通療法は脳血管内治療の黎明期から行われ,本邦においても20年以上の歴史がある8,9).初期にはウロキナーゼの局所動注療法やバルーン血管拡張術が行われてきたが,2010年に機械型血栓回収デバイスのMerci® Retrieval System(Stryker, Michigan, USA)が導入され,2011年には吸引型のPenumbra System®(Penumbra, California, USA),2014年にはステント型デバイスのSolitaireTM FR Device(Medtronic, Minnesota, USA)が導入された.デバイスの改良に伴って,成績も向上している印象がある.
 しかし,その間に電子カルテが紙カルテに取って代わり,また,医師は転勤が多く,施設の救急医療に対する取り組みが異なるなどの理由で,以前の成績と現在のそれとを比較するのは困難な状況にある.そこで,筆頭著者が勤務し記録した手術記録と患者ファイル,施設保存の患者情報を基に,初期の3年間の治療と最近の3年間のものとを比較して,急性期脳梗塞に対する再開通療法の変遷と治療成績を検討した.

症例

経過中に画像変化が認められた右前頭部類皮腫の1例

著者: 中村和 ,   岩田真治 ,   井上明宏 ,   大上史朗 ,   福本真也 ,   市川晴久 ,   尾上信二 ,   尾崎沙耶 ,   河野兼久

ページ範囲:P.769 - P.776

Ⅰ.はじめに
 類皮腫(dermoid cyst)は,胎生期遺残組織から発生する腫瘍で,皮脂腺や毛髪などの皮膚付属器を有し,鞍上部や小脳虫部,脳幹,副鼻腔,眼窩などの正中線上に好発する腫瘍である9).画像上の特徴としては,CTでは毛髪や脂肪組織による房状の低吸収域や石灰化による高吸収域を認めること,MRIではケラチンやコレステロールなどの脂肪成分を認めることとされている.しかし,腫瘍内部にはさまざまな内容物が混在するため,類皮腫の画像所見は多様であり,術前検査のみで本疾患を診断することは容易ではない10,13).今回われわれは,右前頭部に発生し,経過中に画像所見が経時的に変化した頭蓋内類皮腫の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

経動脈的塞栓術が奏功した眼窩内硬膜動静脈瘻の1例

著者: 佐藤広崇 ,   宮地茂 ,   橋本集 ,   木下由宇 ,   和田始 ,   鎌田恭輔 ,   谷川緑野 ,   上山博康

ページ範囲:P.777 - P.783

Ⅰ.はじめに
 眼窩内硬膜動静脈瘻は文献的報告が少ない稀な疾患であり,硬膜動静脈瘻の中でも非常に珍しいタイプと考えられる.確立した治療法はなく,各施設の判断で症例ごとに治療を行っているのが現状である.
 今回われわれは,眼窩内硬膜動静脈瘻に対して,経動脈的塞栓術を行い治癒した1例を経験した.経静脈的塞栓術(transvenous embolization:TVE)が困難な場合には,経動脈的塞栓術(transarterial embolization:TAE)が有効な選択肢と考えられた.今回の症例を踏まえ,眼窩内硬膜動静脈瘻について,過去の文献をまとめて考察したので報告する.

脳深部刺激用バーホールキャップの脳内迷入により前頭葉症状を呈した1例

著者: 森史 ,   吉田宏一朗 ,   渡辺充 ,   小林一太 ,   深谷親 ,   大島秀規 ,   吉野篤緒

ページ範囲:P.785 - P.791

Ⅰ.はじめに
 脳深部刺激療法(deep brain stimulation:DBS)は,wearing-off現象や薬剤誘発性ジスキネジアなどの運動合併症が出現している進行期パーキンソン病に対する標準的な治療として広く普及している1).DBSは機能の回復を目的にした治療であるが,DBSに用いられるデバイスを埋設する手術手技に起因した合併症として,頭蓋内出血や創部感染などのリスクがある3).デバイスに起因した合併症には機器の感染が最も多く(1.5〜22.2%)6),他に,ハードウェアのトラブルとしてDBSリードおよび延長ケーブルの移動(ずれ),断線,接続不良などが報告されている2,4)
 DBS手術では,リードの移動を防止する目的で,穿頭部位に固定用のバーホールリングとカバー(バーホールキャップ)が用いられる.しかし,DBS手術やデバイスに関連した合併症として,これらの固定具が頭蓋内や脳実質内へ迷入した報告はこれまでにない.今回われわれは,DBSリード固定に用いられるバーホールキャップが脳実質内へ迷入したことにより前頭葉症状を呈した1例を経験したので報告する.

腫瘍により頚部回旋時に頚髄が慢性・間欠的に圧迫され脊髄症を呈した1例

著者: 河野大 ,   勝田俊郎 ,   左村和宏 ,   大川将和 ,   森下登史 ,   井上亨

ページ範囲:P.795 - P.798

Ⅰ.はじめに
 頚椎の動きは他部位の脊椎よりも自由度が高いため,頚椎症をはじめとした頚部脊椎・脊髄疾患は,病変による静的なmass effectだけでなく,動的要素の影響を受けやすい特殊性がある.今回,神経線維腫症1型(neurofibromatosis type 1:NF1)患者において,C1-2の硬膜内外に発生した神経線維腫が,頚部回旋により頚髄を圧迫して脊髄症を呈した症例を経験した.腫瘍あるいは周囲の異常構造物が,頚部の回旋運動により頚髄を圧迫するという報告は現在まで3報告4症例しかなく1-3),稀ではあるが注目すべき病態と考えられ,報告する.

カイロプラクティック施術に関連した頚部外頚動脈仮性動脈瘤の1例

著者: 岡田真幸 ,   鵜山淳 ,   岡村有祐 ,   三宅茂 ,   寺薗貴浩 ,   山本一宏 ,   髙石吉將 ,   近藤威

ページ範囲:P.799 - P.804

Ⅰ.はじめに
 頚部の外傷が原因で動脈解離や動脈瘤形成などの血管損傷を来すことはよく知られている5,14,22,27).内頚動脈系・椎骨動脈系の損傷は脳虚血症状を引き起こすため,脳神経外科医が治療を担うことが多い.外頚動脈の動脈瘤形成の多くは仮性動脈瘤であり,脳への血行動態に影響を及ぼさず,有痛性(ときには無痛性)の腫瘤で発症し,出血破綻の程度によっては出血性ショックや気道閉塞に至る15,24,25).過去には,原因不明の頚部腫瘤としてドレナージや生検を試みて大出血を来したことが報告されている20,21).一方で,特発性とされるものの中に出血のない真性の動脈瘤も含まれているようで,長期間経過観察のみで何ら病状の進行がなかったとの報告2,11)も散見され,症状が進行性であるかどうかを見極める必要がある.
 形成外科,耳鼻科,血管外科などで治療されることが多いが,アテローム性頚部頚動脈疾患を治療する機会の多い脳神経外科医にとっては日常よく経験している手術領域であり,直達術あるいは血管内治療のどちらの治療法にも熟達していることにより,症例ごとに適切な治療の選択が可能である.今回われわれは,脳神経外科医にとっては遭遇する機会の少ない,頚部外頚動脈仮性動脈瘤を直達術にて治療したので,文献的考察を加えて報告する.

連載 臨床研究の知識update

(6)アカデミアにおける橋渡し研究と臨床研究支援体制の整備

著者: 齊藤延人 ,   森豊隆志

ページ範囲:P.805 - P.813

Ⅰ.はじめに
 AROとはAcademic Research Organizationの略で,研究機関や医療機関を有する大学など(ここではアカデミアと呼ぶ)がその機能を活用して,医薬品開発を含め,臨床研究・非臨床研究を支援する組織のことである.近年,この部門の強化が精力的に行われている2,4,5)
 本稿では,前半で臨床研究に関する基本知識を解説し,後半でアカデミアにおける橋渡し研究(translational research)拠点や臨床研究中核拠点など,AROとしての支援体制整備を解説する.特に,何が問題となり,なぜアカデミアにおける臨床研究支援体制の整備が求められるのかについても言及する.

書評

—近藤 克則:著—研究の育て方—ゴールとプロセスの「見える化」

著者: 和座雅浩

ページ範囲:P.732 - P.732

●これから臨床研究を志す若手研究者・臨床家のThe指南書
 本書はまず「研究とは何か?」の概説から始まる.研究とは,何らかの新規性があり,今まで知られていなかったことを明らかにすること,新たな因果関係や分類を見出したり,当然と思われていた常識を覆したりすることとされている.研究を志す者は,研究と勉強の違いをよく理解しておかないと研究現場で仕事を続けることは到底困難との忠告とも言えるが,研究を続けることのやりがいと社会的価値とともに,それをなし得るための厳しさも伝えたいという,後進に対する思いやりとエールだと感じた.また,研究という言葉はとても曖昧に利用されており,医療機関においても混乱の原因ともなっているが,研究の分類とともに,この書籍によりよく理解することができた.
 各章に掲載されているチェックリスト一覧は,研究の立案から遂行,データ収集から解析,そして論文化に至るまでの重要事項が,各ステップにくまなくリストアップされている.それぞれの段階で,特に初心者が陥りやすい事項も網羅されており,ここまで詳細に実践的な内容が教示されている指南書を拝読できたのは初めてで,20年にわたり60人余りもの大学院生を指導されてきた豊富な教育経験に基づいた,その教える手法に感服した.私自身,今後新たな研究を立ち上げるときは,本書の手順を踏みながら進めていきたいと思う.

—坂井建雄,河田光博:監訳—プロメテウス解剖学アトラス—頭頚部/神経解剖 第3版

著者: 篠田晃

ページ範囲:P.793 - P.793

●プロメテウスが贈る人体を理解する灯火
 『プロメテウス解剖学アトラス 頭頚部/神経解剖』(第3巻)に,待望の日本語第3版(原著ドイツ語第4版)が世に出ることとなった.清楚で美しい図譜が定評の「プロメテウス」は,生理機能や病態・臨床的意義の理解までも目指した詳細な解剖学アトラスである.今回の最新版では,特に神経解剖と歯科口腔領域で目を見張る拡充と改訂がなされている.通常,解剖学シリーズの神経解剖領域は,その構造と機能の複雑さがゆえに中途半端感が残り,他の神経解剖学アトラスや専門書に道を譲ることになる.今回の改訂では最新の情報が加わり,全体の構成が再編された.特に序論が充実し,全体が見わたせるようになり,複雑な中枢神経系の構造の学習への心構えができる.中枢神経系の用語集と要約の大幅な増ページも嬉しい.初学者・学生諸君のみならず教師や研究者にとっても知識の整理として大変助かる.第3巻の神経解剖の章自体で神経解剖学の専門書・専門図譜のレベルに達している.また,医学にとって盲点となりがちな口腔領域の充実した増ページも見逃せない.歯の発生と歯科診療の項が新たに追加され,X線写真と局所麻酔刺入点の写真も加わった.歯科医を目指す学生はもちろん,医学生や若手医師にとっても臨床的理解が助けられ,口腔領域の解剖がいっそう魅力的なものとなったであろう.神経解剖が対象とするのは中枢神経だけではない.脳を理解しようと思えば,末梢神経や感覚器や効果器,そして,それらとの関係について学ばなければならない.頭頚部は,特に顕在意識化された脳の高次機能の入出力の要である.こころを構成する認知や情動や能動について深い理解を目指すならば,この領域の詳細な有機的関係の理解が鍵を握っている.これらが一体化した第3巻は,21世紀の脳科学・神経科学の礎を担っていると言っても過言ではない.
 現実に出会う自然現象には,無数の情報が含まれ,本来複雑である.見えていても見えないものばかりである.科学的解析プロセスはその描写から始まるが,そのままでは真実の不完全な鋳型である.描写から説明文のついた図譜,シェーマ(図式)への過程で整理がなされ理解に至る.しかし,同時に大切な真実が削ぎ落とされていることを忘れてはならない.そういう意味で,われわれは常に御遺体や体そのものに立ち返る必要がある.図譜というものは,真の人体の描写とシェーマを結びつける位置づけにある.描写に近い図譜もあれば,シェーマに近い図譜もある.「プロメテウス」の美しさは,描写の側面とシェーマの側面をもちあわせ,両者を上手くつなぐ整合美にあると言える.特にこの巻の神経解剖は,精緻な図譜とシェーマの絶妙な組み合わせにより,構造と機能が一体のものであるとわかる.これが解剖学図譜を芸術の域に高め,読者を惹きつけて止まぬ所以である.翻訳版はともすると,その過程で原著のエッセンスを失う危惧がある.英訳を介するとなおさらである.今回はドイツ語原著から直接の翻訳であり,訳者に神経解剖学や歯科解剖学の錚々たる面々が参加している.日本語の説明文は,損なうどころか,さらに理解を助ける言葉が散りばめられている.

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目次

ページ範囲:P. - P.

欧文目次

ページ範囲:P.703 - P.703

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.817 - P.817

次号予告

ページ範囲:P.819 - P.819

編集後記

著者: 村山雄一

ページ範囲:P.820 - P.820

 令和元年となり,2カ月が経過しました.そろそろ新人脳神経外科医のリクルートの季節になり,医局説明会の準備が始まります.東京では,昨年初めて日本専門医機構によるシーリングによる制限がかかり,入局希望者が定員を超えた施設は他の県のプログラムに加入をお願いする事態となり,日本脳神経外科学会執行部の先生方には大変なご苦労をおかけしました.今年はさらなる枠の制限があるとのことで,日本の医局制度が医師不足のエリアをカバーするsafety netとしての役割を果たしてきたプラスの面も,行政は考慮してほしいと切に願います.
 さて,今月号では,現在の脳神経外科が置かれている社会的な課題に関する優れた論文が多数掲載されています.亀田雅博先生の論文は,医療経済の視点から脳神経外科診療をみることの重要性を,水頭症に対するランダム化試験の例にとって明快に解説されています.齊藤延人先生からは,アカデミアにおける臨床研究支援体制の整備についてわかりやすく概説していただきました.また,われわれ臨床医にとって取っつきにくい量子科学技術に関する総論を荒牧修平先生に解説していただきました.そして扉では,髙木康志先生から,地域における課題の違い,大規模ランダム化臨床研究至上主義といった,グローバルスタンダード優先の流れで見落とされがちな医療の原点ともいうべき目の前の課題を1つひとつ解決していくことの大切さを提示していただきました.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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