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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科48巻2号

2020年02月発行

雑誌目次

何をやるか,何をやらないか

著者: 新妻邦泰

ページ範囲:P.101 - P.102

 私の所属する東北大学大学院医工学研究科「神経外科先端治療開発学分野」は,もともとは日本初の脳血管内治療専門の講座として前任の高橋明先生が拓かれ,私が教授として引き継ぐにあたり,臨床としての脳血管内治療科は脳神経外科に統合し,純粋に研究を行う講座として前述のように名前を変えてスタートした.講座は研究を主目的としているが,私は血管内治療や神経内視鏡手術に携わり,臨床を行いながら研究にも従事する日々を過ごしている.よく,「臨床と研究のバランスはどのようにしているのか?」と質問されるが,基本的には脳神経外科医として通常の臨床業務を行いながら,並行して研究を進めている.この点については,さまざまな葛藤もあるが,臨床から離れず,ベッドサイドで必要になるニーズと乖離することなく研究を進め,その成果を実際に臨床にまで橋渡しする研究者も必要だと信じ,取り組んでいる.
 私は昔から座右の銘というほどではないが,「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」という上杉鷹山の歌を念頭に,いろいろなものに興味をもち,研究(あるいは趣味)に取り組んできた.以前は,この歌を「何かを成し遂げようとする意志があれば,何事も達成することができる」,そして「できないのはやろうとしないからだ」と受け取り,努力すれば必ず報われるというような気持ちで,次々に多分野の研究に着手していた.ただし,多少なりとも経験を積ませていただいた今の身になると,この言葉は「努力が報われるかどうか」を問題にしているのではなく,「何かを成し遂げるためには,諦めずに強い意志をもってあたりなさい」という教えであるように感じている.

総説

脳腫瘍のゲノム・エピゲノム解析—神経膠腫を中心に

著者: 武笠晃丈

ページ範囲:P.103 - P.115

Ⅰ.はじめに—脳腫瘍におけるゲノム・エピゲノム研究の意義—
 がんを含む多くの腫瘍は,細胞の設計図であるDNAの異常により生じると考えられている.このDNAの異常はさまざまであり,染色体の一部が増幅・欠失したり,異常な融合をしたりするような規模の大きいものもあれば,DNAを構成するアデニン(A),チミン(T),シトシン(C),グアニン(G)のヌクレオチドの配列が変異などにより小さく変化したり,少し欠損したりするといったものもある.近年ではまた,この親から子へと受け継がれ得るDNAにより構成されるゲノムの異常に対し,後天的なゲノムの修飾により細胞ごとの運命決定や機能制御にかかわる,DNAやクロマチンの化学修飾を主としたエピゲノムの異常によっても,多くの腫瘍が生じることも知られるようになった.
 がんがゲノムの異常によるものであり,その解明が重要という点は,1986年の『Science』にて「がんに対する理解を深めるためには全ゲノムのシーケンス解析をすべきだ」と提言された,ノーベル生理学・医学賞受賞者レナート・ドゥルベッコ先生の有名な言葉からもわかるように,以前から共有された課題であった19).それが,その後の解析技術の驚くべき進歩によって次々と新たなゲノム・エピゲノム異常が明らかとなり,前世紀には想像もしなかったレベルで,脳腫瘍を含むがんゲノム異常の病態が解明されつつある.腫瘍の診断・治療には,その発生の元となったゲノム・エピゲノム異常の理解が極めて重要であることは疑うべくもないことであり,本稿においては,これまでに明らかとなってきた種々の脳腫瘍のゲノム・エピゲノム異常につき,神経膠腫の最近の知見を中心に概説するとともに,今後解決すべき問題点や研究の方向性などを考察したい.

研究

頭蓋形成術の術前評価における側臥位CTの有用性

著者: 富岡亜梨沙 ,   宮本伸哉 ,   坂口雄亮 ,   小原健太 ,   西堂創 ,   稲生靖 ,   保谷克巳

ページ範囲:P.117 - P.122

Ⅰ.はじめに
 重症頭部外傷や脳内出血などの開頭術後に頭蓋内圧亢進が予想される場合,過剰な頭蓋内圧を軽減するために減圧開頭術を施行することがある.テント上の疾患ではそのような状態が軽減すると頭蓋形成術を行うが,一定の時期に施行するのではなく,頭部CTで脳腫脹の軽快を確認することで手術の施行を決定することが多い.脳腫脹が退縮した時期でも,仰臥位で撮影した通常のCT画像において,開頭部後方で脳組織が膨隆している所見をしばしば経験する.
 今回われわれは,6症例において患側を上にした側臥位で頭部CTを施行し,①仰臥位でみられた脳の局所的な膨隆が是正されるか,②側臥位CT画像が頭蓋形成術の可否を判断することに役立つかを検討した.

症例

コイル塞栓術の4週後に片側の多発性脳浮腫を来した1例

著者: 鳥居潤 ,   種井隆文 ,   内藤丈裕 ,   加藤丈典 ,   石井一輝 ,   塚本英祐 ,   長谷川俊典

ページ範囲:P.123 - P.130

Ⅰ.はじめに
 脳血管内治療の発展に伴い,カテーテル治療後に遅発性の多発脳浮腫を来した症例が報告され,各種血管内治療デバイスに施された親水コーティングによる脳塞栓が原因として考えられている1-9,11-13).今回,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血に対してコイル塞栓術を実施し,その約4週後,治療側の大脳半球に多発性に脳浮腫を来した症例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

長期にわたりTIA様症状の再発を繰り返した“可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)”の小児例

著者: 重野晃宏 ,   日宇健 ,   岩永洋 ,   安忠輝 ,   本田涼子 ,   中岡賢治朗 ,   福田雄高 ,   小野智憲 ,   川原一郎 ,   原口渉 ,   牛島隆二郎 ,   堤圭介

ページ範囲:P.131 - P.140

Ⅰ.はじめに
 軽症脳炎・脳症に伴って,DWIで高信号を示す可逆性脳梁膨大部病変(clinically mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion:MERS)が報告されてきた16).脳梁のみに画像所見があるMERS type 1と対称性白質病変が加わるtype 2があり,同一のスペクトラムと考えられている17,20).発熱後1週以内に異常言動・意識障害・痙攣などで発症するのが一般的であり,脳卒中様症状での初発4,5)や再発例6,12)の報告は非常に少ない.通常10日以内に画像所見も含めて後遺症なく回復し,予後は良好である.
 今回われわれは,transient ischemic attack(TIA)様の症状で発症し,6年以上にわたり多数回の再発を繰り返す極めて稀なMERS type 2の小児例を経験した.過去に報告のない特異な臨床経過であり,本症例の病態や日常診療における意義について,考察を加えて報告する.

紡錘状椎骨動脈瘤および前下小脳動脈による片側顔面痙攣の1例

著者: 美山真崇 ,   豊岡輝繁 ,   遠藤あるむ ,   田邊宣昭 ,   土井一真 ,   大塚陽平 ,   松本崇 ,   吉浦徹 ,   竹内誠 ,   大谷直樹 ,   和田孝次郎 ,   森健太郎

ページ範囲:P.143 - P.149

Ⅰ.はじめに
 片側顔面痙攣は,不随意に顔面の表情筋が痙攣する疾患で,顔面神経のroot exit zone(REZ)への血管圧迫が最も多い原因であるが,稀ながら小脳橋角部腫瘍,脳動静脈奇形,脳動脈瘤による圧迫が原因の例が0.3〜5.1%にあると報告されている4,8,11,13,15,17)
 今回,紡錘状椎骨動脈瘤およびそのdome上を走行した前下小脳動脈(anterior inferior cerebellar artery:AICA)によりREZが圧迫された片側顔面痙攣に対して,動脈瘤クリッピングとともに,TachoSil®(武田薬品工業,東京,日本)を用いた微小血管減圧術を行い,良好な結果が得られた1例を報告する.

再発high-grade astroblastomaに対する定位放射線治療—症例報告

著者: 樋口眞也 ,   川西裕 ,   近藤雄一郎 ,   中居永一 ,   福田仁 ,   福井直樹 ,   中城登仁 ,   小林加奈 ,   村上一郎 ,   上羽哲也

ページ範囲:P.151 - P.158

Ⅰ.はじめに
 Astroblastomaは神経膠腫の0.45〜2.8%で発生する稀少な脳腫瘍であり,小児から若年成人の大脳半球に好発する11).手術での摘出率が再発や予後に関与することは示唆されているが,術後の補助療法や再発時の治療方針は確立されていない.今回われわれは,定位放射線治療(stereotactic radiotherapy:SRT)が有効であった再発high-grade astroblastoma症例を経験したので報告する.

脳神経外科をとりまく医療・社会環境

脳神経外科領域におけるナースプラクティショナーの存在意義および今後の展望

著者: 川原一郎 ,   森塚倫也 ,   本田和也 ,   伊藤健大 ,   松尾彩香 ,   日宇健 ,   小野智憲 ,   原口渉 ,   牛島隆二郎 ,   堤圭介

ページ範囲:P.159 - P.165

Ⅰ.はじめに
 近年の脳卒中診療においては,より時間的な制約がなされ,発症から治療開始までの時間が早いほど予後は改善すると報告されている2,6,13).そうした中で迅速かつ安全に検査から治療開始までを行うためには,多職種で構成されるチーム医療が極めて重要となることは言うまでもない5).しかしながら,実際の医療現場においては過重労働や医師および看護師不足などの問題もあり,常に人的に満足いく流れの中でチーム医療がなされているとは言いがたく1),離島などの僻地や地方においては,都市部と比べこうした問題はより深刻である.
 このような医師の過重労働やマンパワー不足の問題に対しては種々の対策が必要となってくるが,その1つとして,医師以外の高度な技術をもった医療職の存在が重要な役割を果たしてくれるものと期待されている1,3-5,10,12,14)

教訓的症例に学ぶシリーズ

コイルとn-butyl cyanoacrylateで親血管閉塞を行った後下小脳動脈遠位部解離性動脈瘤破裂の1例

著者: 西尾雅実 ,   江村拓人 ,   大上拓海 ,   高野浩司 ,   後藤哲

ページ範囲:P.167 - P.171

Ⅰ.経験症例
 〈患 者〉 47歳 女性
 現病歴 朝,急に嘔吐を伴う強い頭痛が生じ,救急搬送された.来院時,Japan Coma Scale(JCS)0,Glasgow Coma Scale(GCS)E4V5M6.四肢麻痺はなく,見当識は保たれていたが,強い頭痛と嘔気を訴えていた.血圧179/94mmHg.脳CTで後頭蓋窩に多量のくも膜下出血を認めた(Fig.1).Hunt & Kosnik Grade 2, World Federation of Neurosurgical Societies(WFNS)Grade 1.既往歴には特記すべきものを認めなかった.

連載 脳神経外科と数理学

(2)ニューラルネットワーク

著者: 原田達也

ページ範囲:P.173 - P.188

Ⅰ.はじめに
 近年の人工知能ブームにおいて,中心となっている手法は深層ニューラルネットワーク(deep neural network)である.深層ニューラルネットワークはネットワークを構成する層の数を増やしたものであるが,学習テクニックや計算機の進展,大量のデータの入手容易性により,ニューラルネットワークの予測精度は飛躍的な向上を遂げ,画像認識,音声認識,自然言語処理などの幅広い分野で成功を収めている.そこで本稿では,ニューラルネットワークを理解するための基本的事項について解説する.

書評

—坂井建雄:著—図説 医学の歴史

著者: 鈴木晃仁

ページ範囲:P.141 - P.141

●さまざまな史実を一覧した図表が古代から現代までをつなぐ
 坂井建雄先生は多くの医学史研究者が敬愛する存在である.長いこと順天堂大学解剖学の教授であり,解剖学者としての仕事だけではなく,解剖学の歴史を軸とした優れた業績を次々と発表されてきた.チャールズ・オマリーのヴェサリウス研究を『ブリュッセルのアンドレアス・ヴェサリウス1514-1564』(エルゼビア・ジャパン,2001年)として翻訳した仕事や,初期近代の解剖の歴史を検討した『人体観の歴史』(岩波書店,2008年)などは,非常に重要な日本語の著作である.その坂井先生が『図説 医学の歴史』を出版された.さまざまな意味で,圧倒的な力と有用性をもつ仕事である.
 坂井先生が打ち立てたのは「図説の」医学の歴史である.英語のタイトルが “The History of Medicine with Numerous Illustrations” であることが象徴している.歴史上のベーシックな事実,それを示す画像,そしてそれらの堅固な事実を整理して並べた一覧表の集大成である.このような画像や図表は全体で650点以上も集められ,1つひとつ丁寧に検討され,非常に見やすい形で表示されている.画像はカラーであり,医学の歴史がもつヒトや動物の活動が感じられる.とりわけ強力なものが,一覧表となった図表の利用である.著名な医師の著作の一覧表,それらの章立ての一覧表,生理学の概念の一覧表,欧州の薬草園の300年以上にわたる設立年次の一覧表,日本の医学校の設立年次の一覧表など,さまざまな史実が一覧の図表となっている.このような画像と図表の集積は,古代から現代までをつないでいくような効果をもつ.大きな図説プロジェクトに基づく書物は,英語のトータルな医学史の書物でも見たことがない.まさに圧倒的な力と有用性である.

—Sagar Dugani, Jeffrey E. Alfonsi, Anne M. R. Agur, Arthur F. Dalley:編,前田恵理子:監訳—診断力が高まる—解剖×画像所見×身体診察マスターブック

著者: 志水太郎

ページ範囲:P.189 - P.189

●基礎と臨床をつなぐ素晴らしい着眼点の本
 この本は「ありそうでなかった」画期的な視点の本であり,基礎と臨床をつないでくれる有意義な書籍と思います.4人の編者のうち,クリニカルフェローが2人という(カナダ,米国)チーム編成が,北米大陸の教育層の厚さを物語ります.また,NEJMのClinical Problem SolvingでおなじみのJoseph Loscalzo先生(Harvard/Brighamチーム)も参画して書かれた臨床解剖の本です.原著のサブタイトルはフィジカルと画像のintegrationということで,邦題もその本質を見事に翻訳された「解剖×画像所見×身体診察」となっています.
 本書は,核となるChapter 1「臨床での統合的アプローチ」,そしてそれに続くChapter 2からの各論からなります.それぞれの各論の章は基礎医学というよりはむしろ,より臨床的な事項がメインになった構成であり,そこに画像所見と解剖図譜がバランスよく配置されていて,臨床画像には慣れない低学年の学生でもスムーズな形で画像の読み方について解剖を基礎として学ぶことができる構成と思います.各論の章は,症例を基にしながら,「初期評価」「器官系の概要」「症例集」という3段構成になっていて,スムーズに基礎→臨床の学習に入っていくことができます.

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目次

ページ範囲:P. - P.

欧文目次

ページ範囲:P.99 - P.99

略語および度量衡単位について

ページ範囲:P.195 - P.195

次号予告

ページ範囲:P.197 - P.197

編集後記

著者: 冨永悌二

ページ範囲:P.198 - P.198

 本号の扉では,新妻邦泰先生が「何をやるか,何をやらないか」の中で,上杉鷹山の「為せば成る」から利根川進先生の「何をやらないか」までの心境の変化を綴っている.情報が洪水のように溢れる現在,興味をもつことは多々あり,何をやらないかの選択は確かに大切かもしれない.また,臨床研究の中でも橋渡し研究の活性化についても述べられている.橋渡し研究は,伴走企業との研究開発事業であり,その事業構造の中で特に医師のインセンティブの低さが弱点だと思う.今後,さらに橋渡し研究が若手医師を惹きつけ持続的に活性化していくためには,医師のインセンティブがさまざまな形で得られていくこと,それが見える化されることが大切かもしれない.
 「脳神経外科をとりまく医療・社会環境」では川原一郎先生らが,離島医療の経験からナースプラクティショナーの意義について現状と展望を述べている.昨今,働き方改革が喫緊の課題となっており,タスクシフティングのため特定看護師の育成が推奨され,多くの大学病院でも育成が開始されつつある.ただ,まだ数が少ない特定看護師の所属やガバナンスは施設によって異なり,今後,特定看護師数の増加に伴い,その立ち位置やキャリアパスが確立されていくと思われる.私事になるが,先日,スマートホスピタルとして高名なフィンランドのオウル大学病院を視察した.オウル大学病院はフィンランド北部の地域医療も担っている.ラップランドなどの医師少数地域での医療を訪ねたところ,当然のことのように,オンラインの遠隔医療によりナースプラクティショナーが医師の指示に従って医療を行っているとのことであった.全国民の医療情報は,一括して参照・利用できるプラットフォームが構築されている.このような合理的な医療システムが,わが国ではさまざまな理由により構築されない状況が誠に残念である.

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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