扉
Festina lente
著者:
永谷哲也12
所属機関:
1名古屋第二赤十字病院脳神経外科
2名古屋第二赤十字病院神経内視鏡センター
ページ範囲:P.577 - P.578
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Festina lente——これは,欧州に古くから伝わる有名なラテン語の格言である.日本語に直すと,「ゆっくり急げ」になる.インターネットで検索すると,英語では“Make haste slowly”と訳されることがわかる.単純な言い回しであるが,「ゆっくり」という言葉と「急ぐ」という相反する2語のみで成り立つ表現で,誤謬のようにも聞こえる.いずれにしても,単純なだけに何か奥の深さを感じる言い回しと言えよう.ちなみに,先ほどの続きでWikipediaを数回クリックしてみると,このような修辞法を撞着(どうちゃく)語法と呼び,通常は互いに矛盾していると考えられる複数の表現を含む言い回しであることが判明する.日本語でも,「負けるが勝ち」「小さな巨人」「無知の知」など,類似の言葉はいくつもあるのだ.また,撞着語法はその性格上,どうしても皮肉的なニュアンスを受け手に与え,一見含蓄の深い言葉のようにみえて,その実,単なる言葉遊びである危険性もはらんでいるとWikipediaでは警鐘を鳴らしている.なるほど,そのようなキャッチコピーは,過去にマスコミや政治の世界でもあったような.
話を「ゆっくり急げ」に戻そう.このFestina lenteという言葉は,ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥスの座右の銘の1つであったことで知られるが,その起源は不明である.ただし,エラスムスはその著書である『格言選集』1)の中で,アリストファネスの喜劇『騎士』に登場する騎士によって発せられた,「躊躇しないで急ぎなさい」から作られた可能性を否定できないとしている.「躊躇しないで急ぎなさい」という,馬から落ちて落馬した的な「重複する表現」が後に,誰かに「反対する表現」に置き換えられたかもしれないというのだ.