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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科50巻1号

2022年01月発行

雑誌目次

特集 Precision Medicine—個別化医療を目指した遺伝子診断と新治療の知見

Editorial

著者: 齊藤延人

ページ範囲:P.7 - P.7

 Precision medicineは,オバマ米国大統領(当時)の2015年1月の一般教書演説において発表され注目されるようになりました.直訳すると「精密医療」ですが,遺伝子解析などの結果に基づく「個別化医療」としたほうがより適切かもしれません.
 ホールゲノム,エクソーム,RNAなどのシークエンス法や,マイクロアレイ解析,パネル解析,DNAメチル化解析などの遺伝子解析の方法が進歩し,研究や診断目的で腫瘍・血液の遺伝子解析が行われるようになりました.グリオーマにおけるH3F3AIDH1のmutation,髄膜腫におけるNF2TRAF7のmutation,もやもや病におけるRNF213のmutationなど,さまざまな発見がありました.

Ⅰ悪性脳腫瘍

低悪性度神経膠腫

著者: 武笠晃丈

ページ範囲:P.8 - P.18

Point
・中枢神経系腫瘍のWHO分類が2021年に改訂されて第5版となり,低悪性度神経膠腫の診断名にも大きな変更が加えられた.
・成人の低悪性度神経膠腫はIDH変異を有する星細胞腫・乏突起膠腫であり,分子異常に基づいて明確に診断することが重要である.
・IDH変異を標的とした標的治療が開発途上にあり,IDH阻害薬の有効性と臨床応用へ期待が集まっている.

がんゲノムプロファイリング検査と膠芽腫の遺伝子異常

著者: 成田善孝

ページ範囲:P.19 - P.28

Point
・がんゲノムプロファイリング検査は,腫瘍組織の遺伝子変異・増幅・欠失・融合遺伝子発現などを次世代シークエンサーで網羅的に解析し,腫瘍特異的なドライバー遺伝子をみつけるために行われる.
・がんゲノムプロファイリング検査は,悪性脳腫瘍患者を対象に保険適用となっているが,臨床試験参加の条件を考慮すると,performance status(PS)の良好な患者に限られる.
・エキスパートパネルの結果,悪性脳腫瘍に対して,治験や患者申出療養制度による新規治療薬を投与できる機会が広がる.
・膠芽腫に対してはBRAF阻害薬やFGFR阻害薬が期待されている.

Diffuse midline glioma

著者: 齋藤竜太

ページ範囲:P.29 - P.38

Point
・Diffuse midline glioma(DMG),H3 K27M-mutantは,正中付近に存在する浸潤性の高悪性度星状膠腫でH3F3AもしくはHIST1H3B/CにK27M変異(H3 K27M変異)を有する腫瘍と定義される.
・脳幹部神経膠腫,視床神経膠腫,脊髄神経膠腫が代表であるが,一般に予後不良な腫瘍とされる.
・近年,H3 K27M変異を含む多くの遺伝子異常が同定されており,個別化医療への期待が高まっている.

中枢神経胚細胞腫—個別化医療に向けた病態解明の最前線

著者: 髙見浩数 ,   高柳俊作 ,   田中將太 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.39 - P.50

Point
・遺伝子変異解析により,中枢神経胚細胞腫症例の55%においてMAPKとPI3K経路に変異がみつかり,両者は相互排他的であった.ターゲット治療はまだ開発されていない.
・欧米・日本の臨床試験により,ジャーミノーマでは全脳室照射,非ジャーミノーマでは全脳室または局所照射の方向になりつつある.
・腫瘍含有率の高いジャーミノーマ,12p gainのある非ジャーミノーマの予後が不良であることが報告され,今後の層別化治療につながる可能性がある.

悪性リンパ腫—個別化医療の展望

著者: 佐々木重嘉 ,   永根基雄

ページ範囲:P.51 - P.60

Point
MYD88CD79B遺伝子変異などによりもたらされるB細胞受容体経路およびToll様受容体シグナル伝達経路の活性化は,中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)において重要なドライバー遺伝子異常である.
・PCNSLと全身性non-GCBびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)に対して,Bruton's tyrosine kinase(BTK)を標的とする標的治療は国内外で活発な治療開発が行われている.
・メトトレキサート基盤化学療法などのPCNSLの標準治療にBTK阻害薬をどのように組み込むことが患者に利益をもたらすかは重要な検討課題である.

転移性脳腫瘍—新たな治療手段としての分子標的薬

著者: 井内俊彦

ページ範囲:P.61 - P.72

Point
・転移性脳腫瘍は原発巣の性状を踏襲しており,そのゲノム異常のサブタイプを理解することは,脳転移治療戦略を考える上で必須になっている.
・EGFR-チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)は脳転移にも有効だが,EGFR変異陽性肺癌は髄膜播種を来しやすく,中枢神経死の頻度が他のサブタイプよりも高いので注意が必要である.
・ALK-TKIは脳転移に対して有効かつ安全で,脳転移後も5年以上の予後が期待されるもので,ALK融合遺伝子陽性肺癌由来脳転移においてその役割が大きい.

髄芽腫

著者: 金村米博

ページ範囲:P.73 - P.90

Point
・髄芽腫は分子遺伝学的特性に基づき,予後を含めた臨床的特徴が異なる複数の分子亜群,亜型に分類される.
・従来の臨床的リスク分類に加えて,分子診断に基づくリスク評価が実施されるようになり,治療戦略決定の際に分子診断情報は必須である.
・治療成績の向上と治療関連副作用軽減のためには,分子診断に応じた分子標的薬の使用など個別化医療の実践が重要である.

上衣腫

著者: 五味玲

ページ範囲:P.91 - P.100

Point
・上衣腫分子分類のうち,テント上のZFTA融合,テント下(後頭蓋下)のPFA型,脊髄のMYCN増幅が治療抵抗性とされる.
ZFTA融合テント上上衣腫ではRELA以外にもさまざまな融合遺伝子を形成するが,共通の遺伝子異常が治療標的となる可能性がある.
・PFA型では遺伝子変異がなく,エピジェネティックな機構が腫瘍形成・増殖にかかわることがわかってきている.
・現時点で遺伝子解析によるprecision medicine(個別化医療)の適応となる上衣腫はなく,今後の研究の進歩が望まれる.

血管芽腫とvon Hippel-Lindau病

著者: 高柳俊作 ,   髙見浩数 ,   田中將太 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.101 - P.110

Point
・中枢神経系にできる血管芽腫症例の約20%はvon Hippel-Lindau(VHL)病症例である.
・VHL病症例であっても非VHL病症例であっても,多くの血管芽腫の腫瘍検体において何らかのVHL遺伝子異常を認める.
VHL遺伝子異常を解析するためには,directed sequencing法だけではなく,MLPA法やVHL遺伝子プロモータ領域のメチル化解析も必要である.
・血管芽腫の分子標的治療として最近,HIF2α阻害薬が有望視されている.

—結節性硬化症に伴う—上衣下巨細胞性星細胞腫

著者: 市川智継 ,   新井田要

ページ範囲:P.111 - P.121

Point
・上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA)は,結節性硬化症(TSC)患者に特異的に発生する脳腫瘍である.
TSC1遺伝子またはTSC2遺伝子の異常によりmTORが活性化されることが発症の原因である.
・治療薬としてmTOR阻害薬の有効性が示されている.

小児hemispheric glioma

著者: 中野嘉子 ,   市村幸一 ,   坂本博昭

ページ範囲:P.122 - P.131

Point
・小児hemispheric gliomaにおいては,診断や治療標的として意義のある遺伝子異常が複数存在する.
・特に,BRAFH3F3AFGFR1MYBMYBL1の異常やNTRKALKROS1融合遺伝子が重要である.
・分子遺伝学的知見を小児脳腫瘍の予後改善につなげるためには,検査体制や分子標的薬への到達性の向上が求められる.

Ⅱ良性脳腫瘍

髄膜腫—Precision medicineの可能性

著者: 山口秀 ,   藤村幹

ページ範囲:P.132 - P.140

Point
・髄膜腫において本邦で承認されている治療薬は存在しないが,国内外では分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬を使用した治験が行われている.
・髄膜腫の包括的遺伝子解析が進み,従来知られていたNF2遺伝子変異以外にも,いくつかの特徴的な遺伝子変異が同定された.
・発見された遺伝子変異は多くがNF2変異と相互排他的に存在し,precision medicineの標的となる可能性がある.

Solitary fibrous tumor/hemangiopericytoma

著者: 寺西裕 ,   本郷博貴 ,   宮脇哲 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.141 - P.149

Point
NAB2-STAT6 fusionに伴うSTAT6の核内移行により,STAT6の免疫染色はSolitary fibrous tumor(SFT)/hemangiopericytoma(HPC)に高い感度を示し,両疾患の確定診断に使われる.
・Meningeal SFT/HPCは局所再発率や遠隔転移率が高く,再発・転移イベントは初回診断から10〜20年経過しても発生することが多い.
・組織所見における高いmitotic rateおよび壊死所見は予後不良の有意な因子である.NAB2-STAT6 fusion typeと予後には有意な関連はないが,高いmitotic rateやHPC phenotypeといった組織学的表現型には関連がある.
・局所コントロールにおいて,手術+術後放射線治療が手術単独よりも予後を改善させるという報告が多い.一方で化学療法のエビデンスレベルは高くなく,主な薬剤としてはアントラサイクリン系薬剤が使用されている.

神経線維腫症2型—Precision medicineの最新情報

著者: 蛭田亮 ,   藤井正純

ページ範囲:P.150 - P.161

Point
・神経線維腫症2型は,腫瘍抑制遺伝子であるNF2の異常によりmerlin蛋白の発現が障害された結果発症する.
・半数以上は体細胞モザイクによる孤発例と考えられ,複数組織のディープシークエンスにより診断能が向上することが期待される.
・現在,VEGFに対する分子標的薬であるベバシズマブや,VEGF受容体に対するペプチドワクチンを用いた臨床試験が行われている.

神経鞘腫—治療標的分子の検討

著者: 田村亮太 ,   戸田正博

ページ範囲:P.162 - P.170

Point
・孤発性およびNF2神経鞘腫の生物学的特性を考慮した治療戦略を検討する必要がある.
・特にNF2神経鞘腫に対しては,VEGF/VEGFR経路を標的とした治療がさらに発展し得る.
・その他,SH3PXD2AHTRA1の融合遺伝子やPI3K/Akt/mTOR経路を標的とした治療も注目される.

頭蓋咽頭腫—分子標的治療の知見

著者: 田中將太 ,   高柳俊作 ,   髙見浩数 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.171 - P.178

Point
・網羅的遺伝子解析により,乳頭上皮型頭蓋咽頭腫の大半にBRAF-V600E変異がみられることが判明した.
・他癌腫で承認済のBRAF阻害薬,MEK阻害薬が,BRAF変異陽性乳頭上皮型頭蓋咽頭腫に著効するという症例報告がなされた.
・頭蓋咽頭腫は難治な脳腫瘍であり,乳頭上皮型においては従来の手術・放射線治療に分子標的治療を加えた集学的治療が重要となろう.

Ⅲ脳血管障害

脳動脈瘤—遺伝子解析と治療薬開発の現状

著者: 青木友浩 ,   栢原智道 ,   小野功朗 ,   岡田明大

ページ範囲:P.179 - P.195

Point
・一塩基多型の解析では,複数の多型で脳動脈瘤との関連が示されている.そのため,脳動脈瘤は多因子疾患であると考えられる.
・脳動脈瘤多発家系や遺伝病において,細胞外基質や内皮細胞に関連する遺伝子などが原因遺伝子として同定されている.
・スタチン製剤やアスピリンの服用による脳動脈瘤破裂に起因するくも膜下出血発症抑制効果が臨床研究により示されている.

脳動静脈奇形

著者: 髙木康志

ページ範囲:P.196 - P.204

Point
・孤発脳動静脈奇形の血管壁内皮細胞においてKRAS遺伝子の変異が高率に認められることが発見され,これを標的とした薬物治療の可能性が提示されている.
・脳動静脈奇形の外科的治療では症例を1例1例詳細に検討し,安全な摘出術を施行することが重要である.

脳海綿状血管奇形

著者: 本郷博貴 ,   寺西裕 ,   宮脇哲 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.206 - P.215

Point
・関連遺伝子としてCCM1, CCM2, CCM3, PIK3CA, MAP3K3が同定されてきた.
・MEKK3-KLF2/4シグナル異常を中心とした発症メカニズムが報告されている.
・分子メカニズムに基づいた治療薬の候補(アトルバスタチン,プロプラノロールなど)で臨床試験が行われている.

もやもや病—病態研究の現状と個別化医療への道程

著者: 藤村幹

ページ範囲:P.216 - P.221

Point
・もやもや病は東アジアに多い原因不明の頭蓋内動脈狭窄症であるが,近年,疾患感受性遺伝子RNF213が発見され研究が進んでいる.
RNF213遺伝子多型は,もやもや病の発症年齢,臨床的重症度,バイパス術後急性期の脳循環動態や治療予後との関連が報告されている.
・今後,RNF213遺伝子多型からもやもや病発症に至る機序を解明することにより,個別化医療の実現が期待されている.

頭蓋内動脈狭窄—遺伝的要因と個別化医療の可能性

著者: 宮脇哲 ,   本郷博貴 ,   寺西裕 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.222 - P.233

Point
・もやもや病疾患感受性遺伝子として同定されたRNF213の遺伝子変異c.14429G>A(p.Arg4810Lys, rs112735431)は,頭蓋内動脈狭窄と関連する遺伝的要因である.
RNF213 p.Arg4810Lysを有する頭蓋内動脈狭窄は,狭窄部がnegative remodelingを呈する.狭窄部位は内頚動脈や中大脳動脈といった前方循環の動脈に多いことが明らかにされてきている.
RNF213 p.Arg4810Lysは冠動脈狭窄・腎動脈狭窄や肺高血圧症との関連が明らかとなっており,全身の血管疾患を来すvariantとして注目されてきている.

連載 海外での手術経験から学ぶ—手術環境・道具・技術そして心の重要性

vol. 2 海外での手術経験から得られるもの—若手術者への勧め

著者: 瀧澤克己

ページ範囲:P.234 - P.239

はじめに
 第29回脳神経外科手術と機器学会(CNTT 2020)において,学会を主催された森田明夫先生(日本医科大学医学部脳神経外科教授)より,特別企画「海外での手術経験から学ぶ:手術環境・道具・技術の重要性」の演者の1人として発表をする機会をいただきました.私自身は,現在までにアジアの途上国を中心とした12カ国で200例近い手術症例を経験し(Fig. 1),多くのことを学んできました.学会で発表した内容を中心に自身の経験を紹介し,どのような脳神経外科医を目指すかを模索している若手の先生たちに,本稿が海外,特にアジア・アフリカなどの途上国の医療にも関心と興味をもっていただくきっかけになれば幸いです.

総説

脳卒中領域のビッグデータとAI活用

著者: 西村邦宏

ページ範囲:P.240 - P.253

Ⅰ はじめに
 近年,欧米でAHA(American Heart Association)/ASA(American Stroke Association)の脳卒中に関する登録データベースであるGWTG(Get With The Guidelines)の登録件数が500万例を超えるなど,大規模臨床登録データベースに基づくビッグデータを活用した研究が盛んになっている.欧米においては,従来の死亡率などとともに,各疾患において標準的治療をどの程度行っているかなどを定めたプロセス指標の検討を行うことが多くなっている.また,施設における必要設備,スタッフ数,診療を行う最低必要症例数などを定めたストラクチャー指標などを検討することも多い.これは,一般に大学病院,専門施設の中でも高度の医療水準をもつ施設にはより重症患者が多く集まるため,死亡率のみにより評価すると死亡率の低い症例をみる一次施設の成績がよくなることが多いことが知られるようになってきたためである.これらの指標は一般にquality indicator(QI)と呼ばれるが,ACC(American College of Cardiology)/AHA non ST-elevation myocardial infarction(STEMI)performance measureなどが欧米では一般的に検討され,年次推移が公表されている.
 本稿では,2021年度の日本脳神経外科学会学術総会のシンポジウムで発表した内容を中心として,脳外科疾患におけるビッグデータ活用事例とその活用および将来の展望について述べる.

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目次

ページ範囲:P.2 - P.3

欧文目次

ページ範囲:P.4 - P.5

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.255 - P.255

次号予告

ページ範囲:P.256 - P.256

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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