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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科52巻1号

2024年01月発行

雑誌目次

特集 脳神経圧迫症候群のすべて—診断・治療・手術のポイント

Editorial

著者: 藤巻高光

ページ範囲:P.7 - P.7

 脳神経圧迫症候群と聞くと,脳神経外科医は神経減圧術の対象疾患として三叉神経痛や片側顔面痙攣をまず想起すると思います.神経減圧術は治療法として確立され,「脳神経外科専門医であれば,誰でも行う」手術です.ただし,機能的脳神経外科手術としては,確実に疾患を治癒せしめる必要があり,また新たな神経欠落症状は許されません.手術操作のみならず,診断,周術期管理,モニタリングなど多くの関門のすべてを通過し,治癒というゴールにたどりつく必要があります.しかし,文献を渉猟しても治癒率100%,合併症率0%という論文は見当たりません.さらに,手術適応は相対適応であり,脳神経外科医は常に手術治療,非手術治療の得失を十分に理解し,それを患者と共有することで手術を行うか否かを患者とともに決定する責任があります.そこで本特集では,手術のみならず,脳神経圧迫症候群のすべてが一冊に網羅されるように企画しました.
 序章の総論は,本疾患の歴史を知り,いかに人類がこの疾患で悩んできたか,また現時点での疾患の疫学を知る章としました.それぞれの手術について共通に知っておくべき解剖や,開閉頭についての記載もここにおきました.

Ⅰ 総論

三叉神経痛の歴史—神経減圧術が登場するまで

著者: 藤巻高光

ページ範囲:P.8 - P.11

Point
・三叉神経痛様の疼痛は歴史上2世紀頃より,古代ローマ,イスラム世界などで記載されてきた.
・18世紀の英国の医師Fothergillが,顔面痛についての詳細な記録を残した.
・三叉神経と顔面神経の働きが別であることは,18世紀にBellらによって発見された.
・なかなか有効な治療法がなく,三叉神経やガッセル神経節を切除する手術がCushing, Frazier, Dandyらによって18世紀の終わり〜20世紀前半に行われた.アルコールによるブロック療法も行われた.
・有効な内服治療の登場は遅く,1942年のフェニトイン,1962年のカルバマゼピンまで待たなくてはならなかった.
・20世紀中盤を過ぎ,ようやくTaarnhøj,Gardner,Jannettaによる神経減圧の時代が始まった.

片側顔面痙攣の歴史

著者: 目崎高広

ページ範囲:P.12 - P.17

Point
・片側顔面痙攣は古くからさまざまな文献に記載され,19世紀前半には顔面神経圧迫が原因になることも知られていた.
・片側顔面痙攣の症状は文学・美術作品にも表現されている.
・治療の第一選択はボツリヌス毒素療法であり,本邦でも2000年の承認以来広く用いられている.

脳神経減圧術の歴史—三叉神経痛,顔面痙攣に対する手術療法の発展

著者: 近藤明悳

ページ範囲:P.18 - P.21

Point
・三叉神経痛や顔面痙攣に対する手術療法の発展には長い歴史があり,その初期の頃は脳神経の部分切除術で,術後の合併症が問題であった.
・1960年頃,米国でその発症原因が動脈による脳神経圧迫であることが解明され,脳神経を動脈の圧迫から解放する脳神経減圧術が広く発展してきた.
・わが国でも1980年頃から脳神経減圧術が行われるようになり,1998年に第1回日本脳神経減圧術学会が開催された.2023年で第25回を迎えたが,この治療法はさらに広く認識され発展してきた.

三叉神経痛と顔面痙攣の疫学

著者: 溝渕佳史 ,   永廣信治

ページ範囲:P.22 - P.28

Point
・三叉神経痛,顔面痙攣の疫学を知ることは,脳神経外科医にとって重要なことである.
・三叉神経痛の年間発生率は4.3〜28.9人/10万人,有病率は76.8人/10万人で,年齢とともに増加する.女性,右側に多く,原因血管として上小脳動脈が最も多い.
・三叉神経痛に対する神経血管減圧術の長期効果は,80%に痛みの完全消失を認め,合併症は5.2%と熟達者が行うと,安全で高い治療効果が期待できる.
・顔面痙攣の年間発生率は0.78人/10万人,有病率は10人前後/10万人で,年齢とともに増加する.女性,左側に多い.原因血管としては,前下小脳動脈単独が最も多い.
・顔面痙攣に対する神経血管減圧術の長期効果は,87.1%に顔面痙攣の完全消失を認め,合併症は3.0%と三叉神経痛と同様に熟達者が行うと,安全で高い治療効果が期待できる.

神経減圧術に必要な後頭蓋窩の解剖

著者: 松島健 ,   松島俊夫

ページ範囲:P.29 - P.37

Point
・小脳橋角部「3のルール」は,3つの神経血管圧迫症候群の解剖学的理解に役立つ.
・小脳動脈,特に前下小脳動脈と後下小脳動脈は相補的に解剖学的バリエーションが多いが,典型的解剖を理解することで亜型への対応も可能になる.
・小脳をより効果的かつ愛護的に牽引するため,小脳脳幹裂などの脳裂の解剖学的理解とその丁寧な剝離が有用である.
・三叉神経痛の手術では,静脈解剖,特に小脳側面(錐体面)と上面(テント面)の架橋静脈の解剖を理解しておく必要がある.前者は上錐体静脈であり,後者はテント静脈洞への架橋静脈である.
・上錐体静脈は主に4方向からの分枝により構成され,主枝たるvein of the cerebellopontine fissureは小脳側面だけでなく第四脳室近傍や延髄外側など広い灌流を担う.

三叉神経痛と顔面痙攣の開頭・閉頭手技

著者: 木村俊運

ページ範囲:P.38 - P.45

Point
・各疾患に必要十分な開頭の目印は何か理解する.
・後頭下筋群の解剖に習熟する.
・髄液漏対策を入念に行う.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

▼コラム Painful tic convulsifの概念と治療—文献的・歴史的考察を含めて

著者: 樋口佳則 ,   折口槙一 ,   中野茂樹

ページ範囲:P.46 - P.50

Point
・Painful tic convulsifは,「一般的」には同側の三叉神経痛と片側顔面痙攣が共存する病態である.
・椎骨・脳底動脈が責任血管となることが多く,内科的治療が奏効しない場合は微小血管減圧術の適応となる.
・「Painful tic convulsif」を用いる場合には,本用語の歴史的背景を理解すべきである.

Ⅱ 三叉神経痛

三叉神経痛の画像診断

著者: 有田和徳

ページ範囲:P.51 - P.62

Point
・三叉神経根に対する血管性の圧迫をMRIで証明するためには,高分解能3D-T2強調像(FIESTA, CISSなど),3D-TOF-MRA,造影3D-T1強調像の組み合わせや,これらの融合画像が有用である.
・神経血管減圧手術の効果が高いのは動脈性の圧迫で,そのなかでも,三叉神経の偏位,屈曲,ねじれ,萎縮を伴うような圧迫の強いものである.
・三叉神経根に対する動脈性圧迫は,必ずしも橋に近い部分(REZ)に限らず,脳槽内中央付近やメッケル腔側での圧迫もある.
・静脈性の圧迫は10〜20%で認められ,横橋静脈によるものが最多で,REZより末梢側での圧迫も多い.静脈性圧迫の検出には,造影3D-T1強調像や高分解能3D-T2強調像とCT血管造影の融合像が有用である.
・健常者でも三叉神経根に対する血管接触は高率に認められ,時に圧迫所見を示すこともある.神経血管減圧手術を決定する前に,症状が典型的であること,二次性三叉神経痛の可能性がないことを確認する必要性がある.

三叉神経痛の薬物療法

著者: 石川理恵 ,   井関雅子

ページ範囲:P.63 - P.69

Point
・三叉神経痛の薬物療法の第一選択薬はカルバマゼピンである.
・カルバマゼピンの有効性は高いが,副作用や効果減弱による離脱率が高い薬剤である.
・カルバマゼピンの代替薬として,ガバペンチン,プレガバリン,ミロガバリン,バクロフェン,ラモトリギン,リドカイン静注,A型ボツリヌス毒素が挙げられる.
・薬物療法を開始する際には,少量から開始し,緩徐に増量する.

三叉神経痛の定位放射線治療

著者: 小林正人

ページ範囲:P.70 - P.76

Point
・定位放射線治療は薬物治療困難かつ手術困難な患者(高齢,全身状態不良,手術拒否あるいは術後再発)が適応となる.
・手術と比較して効果はやや低く,副作用(感覚障害)の可能性が高い.
・短期の入院あるいは外来通院で治療可能な極めて低侵襲な治療である.

三叉神経痛に対する微小血管減圧術の硬膜内操作

著者: 後藤幸大 ,   井上卓郎

ページ範囲:P.77 - P.87

Point
・安全な手術を行うための術野の展開について概説する.
・一般的な責任動脈である上小脳動脈,前下小脳動脈の移動方法について解説する.
・難易度の高い椎骨脳底動脈が関与した症例の手術について説明する.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

三叉神経痛の手術—静脈圧迫

著者: 戸田弘紀 ,   石橋良太 ,   箸方宏州

ページ範囲:P.88 - P.95

Point
・静脈圧迫による三叉神経痛は,若年,女性,非典型的三叉神経痛の症例に多い.
・横橋静脈などの責任静脈はheavy T2画像や造影CTで描出される.
・責任静脈の種類や側副血行路の有無により,静脈の移動か切断を判断する.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

三叉小脳動脈の圧迫による三叉神経痛に対する脳神経減圧術

著者: 島野裕史

ページ範囲:P.96 - P.101

Point
・三叉神経痛の責任血管として,三叉小脳動脈(TCA)が存在する.
・TCAは脳底動脈より分枝し,三叉神経根周囲で蛇行し巻き付くように走行する.
・TCAによる三叉神経痛に対する脳神経減圧術は,その解剖学的特徴より難易度の高いものとなる.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

Ⅲ 顔面痙攣

片側顔面攣縮のボツリヌストキシン治療—神経内科クリニック外来での実践的臨床経験から

著者: 北耕平

ページ範囲:P.102 - P.111

Point
・片側顔面攣縮のボツリヌストキシン(BTX)治療は,第一選択的神経内科的治療法である.
・BTX治療は,圧迫性片側顔面攣縮患者では,神経減圧術の非適応,非選択,手術待機長期間の場合に適応となる.
・BTX治療は,麻痺後片側顔面攣縮患者では,連合運動を含め適応となるが,潜在性顔面神経麻痺のため,注射量を少なめにする.
・BTX治療は,神経内科外来診療中に容易に行えるが,手際よく,安全かつ迅速に行うことが肝要である.

顔面痙攣の画像診断

著者: 平田幸子 ,   氏原匡樹 ,   高畠和彦 ,   小林正人 ,   藤巻高光

ページ範囲:P.112 - P.118

Point
・脳神経や脳血管の描出には,3T MRIのheavy T2強調画像を用いた脳槽撮影が有用である.
・血管情報の描出には,3D TOF MRAが有用である.
・深部血管や複数血管の見逃しをなくすために,冠状断が有用である.

片側顔面痙攣に対する微小血管減圧術の手術手技

著者: 野呂秀策 ,   旭山聞昭 ,   天野裕貴 ,   大熊理弘 ,   本庄華織 ,   瀬尾善宣 ,   中村博彦

ページ範囲:P.119 - P.128

Point
・椎骨動脈を転位する場合,遠位部だけではなく,近位部の転位の技術を習得すると,治療の幅が広がる.
・顔面神経末梢部の圧迫で症状を呈する症例があることを念頭に,微小血管減圧術を行うことが重要である.
・術野を十分確保し,穿通枝の存在や神経との癒着がないかを確認してから処置を行うことが重要である.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

▼コラム Rhomboid lipと顔面痙攣の手術

著者: 秋山理 ,   近藤聡英

ページ範囲:P.129 - P.132

Point
・Rhomboid lipは,顔面痙攣に対する神経血管減圧術の術中に観察されることがある,くも膜に似た膜状の神経組織である.
・Rhomboid lipはLuschka孔の一部を形成し,第9脳神経に接し,時に癒着している.
・Rhomboid lipの大きさはさまざまであり,頚静脈孔近傍まで広がる大型のものも存在する.

Ⅳ 脳神経減圧術の難題

舌咽神経痛に対するmicrovascular decompression

著者: 田草川豊

ページ範囲:P.133 - P.138

Point
・痛みの部位を除けば,三叉神経痛に酷似している舌咽神経痛に,実は独自の臨床的特色があることを述べた.
・一般に,多くの手術経験を望めない舌咽神経痛の手術について安全,確実に完遂するためにポイントとなる点を強調した.

三叉神経痛と顔面痙攣が術後も「治らない」ときにどう考えるか?

著者: 畑山徹

ページ範囲:P.139 - P.150

Point
・微小血管減圧術(MVD)後に症状が再出現したら,「治癒の遅延」「未治癒」「真の再発」の3つを考慮する.
・「治癒の遅延」の判断には少なくとも1年以上の経過観察を要する.
・「未治癒」と「真の再発」には再手術を検討するが,特に顔面痙攣は慎重な判断が望まれる.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

脳神経減圧術におけるtranspositionの優位性—文献的考察を含めて

著者: 野村契

ページ範囲:P.151 - P.158

Point
・Interposition手術は,時間とともにprosthesisの硬化や線維化が進むことや,慢性炎症などの長期的な合併症を引き起こすリスクが指摘されている.
・Transposition手術は,interposition手術の限界を克服し,三叉神経痛と顔面痙攣の効果的な治療法として認識されている.
・一部の複雑なケース(例:太い血管,short perforatorの存在など)ではinterpositionが選択され,効果と安全性が検証されている.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

▼コラム シアノアクリレートの血管壁障害について

著者: 永廣信治

ページ範囲:P.159 - P.162

Point
・シアノアクリレートは即効性で強力な接着剤である.
・脳神経減圧術でシアノアクリレートを動脈の硬膜への固定に使用した後に,脳動脈瘤を新生して破裂した事例や,脳梗塞を来した事例がある.
・脳神経減圧術の血管の固定にシアノアクリレートを使用するのは避けたほうがよい.

Ⅴ シミュレーション・モニタリング・外視鏡・内視鏡

脳神経減圧術の3D術前シミュレーション

著者: 庄野直之 ,   金太一 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.163 - P.176

Point
・手術シミュレーションの三要素を意識することで,より適切な術前シミュレーションが可能となる.
・読影,co-registration,segmentation,手術シミュレーションのすべてのステップが重要である.
・組織変形のシミュレーションには未だ技術的な限界があるが,注意して利用すれば術前に術野を詳細に再現できる.

脳神経減圧術の術中モニタリング

著者: 福多真史 ,   大石誠 ,   藤井幸彦

ページ範囲:P.177 - P.186

Point
・三叉神経痛,片側顔面痙攣(HFS),舌咽神経痛(GPN)に対する神経減圧術では,聴力温存のための脳幹聴覚誘発電位モニタリングが重要である.
・HFSに対する手術では,異常顔面筋反応,経頭蓋電気刺激による顔面運動誘発電位,Z-L response,生理食塩水注入時のfree-running EMGモニタリングが減圧完了の指標として報告されている.
・GPNに対する手術では,嚥下・発声機能温存目的で経頭蓋電気刺激による咽頭誘発電位モニタリングが用いられる.

外視鏡(ORBEYE)による微小血管減圧術

著者: 前原健寿 ,   田中洋次

ページ範囲:P.187 - P.195

Point
・ORBEYEは微小血管減圧術において,①術者の疲労軽減,②さまざまな方向からの術野観察,③広い術野スペース,④高い教育的効果という長所を有している.
・視軸と操作軸の異なる手術に慣れることが術者にとって必要である.

神経内視鏡による三叉神経痛,片側顔面痙攣への微小血管減圧術

著者: 小松文成

ページ範囲:P.196 - P.202

Point
・神経内視鏡は,深部術野を広角視野にて明瞭に描出する.
・微小血管減圧術において,責任血管による脳神経圧迫は神経内視鏡にて良好に観察される.
・内視鏡単独による微小血管減圧術について概説する.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年2月まで)。

▼コラム 脳神経手術用材料の開発・認可への道筋

著者: 長谷川光広

ページ範囲:P.203 - P.211

Point
・手術機器,医療材料の開発・改良は医療の進歩に大きく寄与し,手術の安全性,効率性,および患者の症状軽減と予後向上に貢献する.
・患者のために最も有効だと医師が判断した医療材料は,患者の理解が得られれば,医師の裁量で使用可能であるが,そこにはいくつかの問題点が残る.
・薬事承認は厚生労働省のお墨付きであるが,実際の使用までの過程は,機器開発・改良,医薬品医療機器総合機構(PMDA)との相談,医療機器製造販売承認申請書の提出と薬事承認,さらに保険適用希望書の提出,保険医療材料等専門組織の審査を経て保険収載,かつ市販後調査までの過程を経るもので,不慣れな者には煩雑でありなかなか把握しづらい.
・脳神経外科領域においても,神経減圧術に適用をもつ補綴材(prosthesis)がはじめて薬事承認,保険収載されたことは,これまで適用のある医療機器が皆無であった神経減圧術現場にとっての朗報となったが,その承認取得の過程は,汎用資材の応用であってもかなりの道のりを要した.
・医療機器の開発・承認過程を知ることは,保険診療のシステムの理解を深め,今後機器の開発に携わるであろう若き脳神経外科医に必須の知識と考える.

総説

産学連携における最新の動向

著者: 中川敦寛 ,   ,   ,   原田成美 ,   大田千晴 ,   志賀卓弥 ,   角南沙己 ,   新妻邦泰 ,   遠藤英徳 ,   張替秀郎 ,   冨永悌二

ページ範囲:P.213 - P.225

Ⅰ はじめに
 産学連携の「産」とは,民間企業やNPO(Non-Profit Organization)など広い意味での商業的活動をする集団をいい,研究開発を経済活動に直接結びつけていく役割を果たす.「学」とは,大学,高等専門学校などのアカデミックな活動集団をいい,新しい知の創造や優れた人材の養成・輩出,知的資産の継承という役割を担う.すなわち,産学連携とは産学が連携し,新技術の研究開発,新事業の創出,新しい知の創造を行い,連携活動を通じて人材教育や時に経営に変化をもたらすことである1)
 米国では,1980年に連邦政府の資金提供を受けて行われた研究開発の成果物としての発明であっても,その権利を大学などに帰属させることを可能とした「1980年特許商標法修正法」(バイ・ドール法[Bayh-Dole Act])により,技術移転機関の設置も進み,産学連携が活発化した2).これに対して,わが国では,1960年代の大学紛争などさまざまな要因もあり,産学連携が欧米に比べて遅れをとっている状況であった.1990年代に入り,欧米の強力な特許保護政策によってわが国の経済が次第に力を失い,産学官連携と知的財産の活用による経済振興政策を国策とする必然性が生じた.結果,国策として「科学技術基本法」,「大学等技術移転促進法(TLO法)」,「日本版バイ・ドール法(産業活力再生特別措置法第30条)」などの法律の制定,公的資金の学への投入,また,研究成果の社会還元が大学の使命の1つとして明記されたことなどにより,産学連携の活性化に向けて動き出した(Table 1).
 その一方で,産学にはそれぞれ克服すべき課題も多い.アカデミアでは,研究成果は基礎研究や学術的な研究段階のものが多く,領域も多岐にわたることから,事業化までに相当の期間,研究開発費を要することが多い.これを乗り越えるべく,パートナーシップ,資本を含めてさまざまな試行錯誤がなされているのが実情である.また,産業側では,テクノロジーが日進月歩に進化し,価値も多様化するなか,成功確率の低下,研究開発費の高騰も相まって,一企業ではすべてを網羅することが困難となった.
 こうした問題を解決するため,創薬・医療機器企業は自社による基礎研究を自社の得意分野に絞り,スタートアップや学のシーズを導入して開発を行う,オープンイノベーションの方向に舵を切り,できる限り資源を開発後期の臨床試験に集中投資させるのが潮流となっている.こうした背景から,新規医療技術の創出に関してアカデミアの役割は非常に大きなものとなっており,わが国が有する高い潜在的能力を生かして,シーズを育成し,実用化に結びつけ,産業としての成果を十分に発揮することが求められる.そのため,産官学が一体となり文部科学省によって実施された「橋渡し研究支援推進プログラム」(平成19年[2007]度),「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」(平成24[2012]年度),「橋渡し研究戦略的推進プログラム」(平成29[2017]年度)など,橋渡し研究を推進する取り組みをはじめ,さまざまな取り組みがなされてきた3, 4).わが国ではバイオベンチャーを介したエコシステムの構築がまだ途上であると理解されるが,これら政策や事業の成果により,大学を起源とする研究成果を企業へと導出するという事例も認められつつある.オープンイノベーションの環境についても徐々に構築されてきてはいるものの,今後さらにこの流れを加速させていくことが重要である.
 本稿では,産学連携のアウトプットである,新技術の研究開発,新事業の創出,新しい知の創造,優れた人材の養成・輩出,経営について,世界の代表的な医療機関の事例を紹介する.さらに,イノベーションプロセスを,①課題を探索し定義付けるニーズ探索フェーズ,②コンセプト創出,プロトタイプのテストを含めた開発フェーズ,③事業化やその後のスケーリングまで含めた実装フェーズに分け,それらを推進するためのインフラ,人材,ノウハウ,オープンイノベーション,パートナーシップ,資本,教育の観点2, 5)から考察する.産業と合理的かつ適切な形で連携することで,医療機関を診断,治療の場から課題解決に向けた共創(コクリエーション)の場とすることにより医療機関の新たなビジネスモデルの構築を目指す,東北大学病院の取り組みについても言及する.

連載 熱血! 論文執筆コーチング—中堅脳神経外科医が伝えたい大切なこと

第9回 原著論文の書き方②

著者: 森下登史

ページ範囲:P.226 - P.230

研究デザインを決める
 前回は原著論文の定義や,執筆する上での倫理的配慮を含む,基本的な事柄について説明しました.今回は,まず背景(特に仮説や目的)を中心に説明します.

書評

—著:新井 信隆—神経病理インデックス 第2版

著者: 小野寺理

ページ範囲:P.212 - P.212

見えないものが「視える」ようになる,神経病理学の羅針盤
 ある図形から2つの物を見ることができるのに,同時には2つの物に見えない図形を,多義図形といいます.最も有名な多義図形に『妻と義母』があります.向こうを向いている若い妻にも,年老いた義母の横顔にも見える図です.皆さんも見たことがあるかと思います.不思議なことに,一度老婦人に見えると,妻が見えなくなります.また,一度多義図形であることに気付くと,気付かなかった時期の自分には戻れません.われわれの視覚は,意識に左右されます.見えるようにならないと,永遠に見えません.また一度見えると,次からは,必ず,そう見えるようになります.この現象は,われわれの認知や知覚における,固定観念や予測の働きに関連しているといわれています.
 われわれは,ありのままを認知しているのではなく,過去の経験や学習から得た情報を基に,解釈し,意味を与え,認知します.『妻と義母』で起こっていることは,このような認知のプロセスによって生じるものと考えられています.この現象が面白いのは,一度認識した解釈が強くなると,逆の解釈をすることが大変難しくなることです.一度見えてしまうと,もう見えなかった自分には戻れなくなります.

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目次

ページ範囲:P.2 - P.3

欧文目次

ページ範囲:P.4 - P.5

ご案内 動画配信のお知らせ

ページ範囲:P.5 - P.5

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.231 - P.231

次号予告

ページ範囲:P.232 - P.232

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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