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雑誌目次

雑誌文献

Neurological Surgery 脳神経外科52巻5号

2024年09月発行

雑誌目次

特集 くも膜下出血のニューフロンティア—病態の再考と治療の進化

Editorial

著者: 遠藤英徳

ページ範囲:P.889 - P.889

 顕微鏡手術の黎明期においては,くも膜下出血に対する直達術,つまりクリッピング術はごく一部のエキスパートだけに許される特殊技術でした.しかし,顕微鏡手術の標準化が進んだ現在においては,クリッピング術は若手脳神経外科医が一人前の術者になるための,または学会公認の技術認定医となるための,顕微鏡手術の登竜門として位置づけられるようになりました.一方で,International Subarachnoid Aneurysm Trial(ISAT)による血管内治療の優位性の証明,その後の新規デバイスの開発や治療低侵襲化への世論などから血管内治療が台頭し,破裂脳動脈瘤に対して血管内治療を第一選択とする施設が全く珍しくない時代となりました.さらに,両者を使い分けるハイブリッド脳神経外科医の登場も相まって,破裂脳動脈瘤急性期の治療選択は混沌としていますが,根治性と安全性の交点がより高い最適な治療を選択するべきであると考えます.
 確かに,直達術や血管内治療の治療技術は数十年前と比較すると飛躍的に進化しました.しかし,「くも膜下出血の治療転帰は実は20年前と比較して改善がない」との脳神経外科医にとってはショッキングな報告もあります.これは,脳神経外科医のたゆまぬ努力によって脳動脈瘤そのものに対する治療技術は向上しているものの,くも膜下出血の病態そのものは未だに克服されていないことに起因すると考えられます.そのような状況において,2022年4月に世界に先駆けて本邦で使用可能となったクラゾセンタンの登場は,その病態を再考するためのよい足がかりと捉えることもできます.

Ⅰ くも膜下出血の病態—脳で何が起きているのか?

くも膜下出血後脳障害の病態レビュー

著者: 鈴木秀謙

ページ範囲:P.890 - P.898

Point
・くも膜下出血後の脳障害は早期脳損傷と遅発性脳虚血に大別され,全身性合併症により修飾される.
・早期脳損傷はくも膜下出血発症後72時間以内に生じる非医原性脳損傷の総称で,基本的に脳全体に生じる.
・遅発性脳虚血の病態の多くは早期脳損傷と同様であるが,くも膜下出血発症後4日目以降で,かつ基本的に局所的に生じる点が異なる.

くも膜下出血の病態におけるspreading depolarizationの意義

著者: 岡史朗 ,   石原秀行

ページ範囲:P.899 - P.905

Point
・SD(spreading depolarization)はくも膜下出血の病態に関与する.
・SDはdelayed cerebral ischemiaのバイオマーカーとして有用である.
・SDに対する治療法の開発は今後の課題である.

くも膜下出血術後管理の最適化

著者: 坂田洋之 ,   遠藤英徳

ページ範囲:P.906 - P.913

Point
・くも膜下出血(SAH)後の非医原性脳損傷は時間軸によってearly brain injuryとdelayed cerebral ischemiaに大別される.
・Delayed cerebral ischemiaの主たる原因である脳血管攣縮に対して多様な治療法が開発されるも,効果は限定的であった.
・本邦で新たに承認されたクラゾセンタンの適正使用により,SAH術後管理のパラダイムシフトが生じる可能性がある.

Ⅱ 破裂脳動脈瘤の病態—脳動脈瘤はなぜ破裂するのか?

脳動脈瘤が破裂に向かうメカニズム

著者: 青木友浩 ,   井谷理彦

ページ範囲:P.915 - P.923

Point
・脳動脈瘤の病態の本質は,血管分岐部の膨隆病変という特異的形態に起因する非生理的血流負荷により誘発される慢性炎症である.
・脳動脈瘤破裂過程では,病変部微小環境内で炎症により増悪する低酸素環境依存的な血管新生という構造的転換が生じる.
・脳動脈瘤破裂過程では,病変部での慢性炎症の微小環境が好中球を含む微小環境へ質的に転換する.

頭蓋内動脈瘤と遺伝子の関連性

著者: 中冨浩文

ページ範囲:P.924 - P.930

Point
・頭蓋内動脈瘤の一部は遺伝的変異によって引き起こされると考えられている.
・研究手法としてファミリーベース研究,ゲノムワイド関連研究,シークエンス研究がある.
・脳動脈瘤発生に重要な体細胞遺伝子変異を発見し,遺伝子変異に基づく分子標的薬開発の可能性を見出した.

脳動脈瘤と腸内細菌・口腔内細菌との関連性

著者: 高垣匡寿 ,   川端修平 ,   貴島晴彦

ページ範囲:P.931 - P.937

Point
・口腔内細菌や腸内細菌は脳動脈瘤の発生・破裂に関与している.
・腸内細菌はくも膜下出血後の急性期脳損傷に関与している.

脳動脈瘤に関する画像診断の最新事情

著者: 面高俊介 ,   遠藤英徳

ページ範囲:P.938 - P.944

Point
・血管壁イメージングMRIにおいて,未破裂瘤に比べ破裂瘤でより強い瘤壁造影効果を有することが明らかとなっている.
・破裂瘤の強い瘤壁造影効果は,多発瘤合併くも膜下出血のみならず,微小動脈瘤や脳動静脈奇形における出血源診断にも応用できる可能性がある.
・未破裂瘤における瘤壁造影効果は,破裂の危険因子や治療介入後の再発予測因子として注目されている.

Ⅲ 破裂脳動脈瘤に対する直達術

経シルビウス裂アプローチによるクリッピング—基本から応用まで

著者: 小野秀明

ページ範囲:P.946 - P.956

Point
・経シルビウス裂アプローチで大切なことは,確実な視認,解剖学的認識と,安定した操作である.
・実際の手技は,動静脈の所属を把握する,脳を優しく動かして空間を作る,切るべきくも膜を切る,動脈を追う,という作業になる.
・くも膜下出血の手術は洗う手術である.正常構造物が見えるまで洗浄・吸引を繰り返し,切るべきものが見えてから切り,動脈を頼りに進む.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年10月まで)。

半球間裂アプローチによるクリッピング

著者: 上出智也

ページ範囲:P.957 - P.966

Point
・破裂前交通動脈瘤に対する経大脳半球間裂アプローチは,あらゆる状況に対応可能で,最も安全かつ確実な手術アプローチである.
・破裂脳動脈瘤に対する手術では再破裂予防が最も優先されるが,嗅神経損傷や髄液漏予防も確実に行う必要がある.
・破裂瘤ではA1の確保が優先されるため,動脈瘤に近づいてからの手順については工夫が必要である.

側頭下アプローチによるクリッピング

著者: 吉岡秀幸 ,   木内博之

ページ範囲:P.967 - P.973

Point
・側頭下アプローチ(subtemporal approach)には,前後方向に広い術野が得られることと,近位脳底動脈を確保しやすい利点がある.
・低位例に対しても,小脳テントを切開するtranstentorial subtemporal approachで対応可能である.
・欠点として側頭葉損傷のリスクがあり,この回避には,適切な体位,十分な髄液排出,架橋静脈の温存および間欠的な側頭葉牽引が重要である.

外側後頭下アプローチによる椎骨動脈および後下小脳動脈瘤の直達手術

著者: 杉山拓 ,   藤村幹

ページ範囲:P.974 - P.984

Point
・椎骨・後下小脳動脈瘤は,紡錘状・広基性のものが多いこと,脳幹穿通枝や下位脳神経群が近接していること,周囲に独特な骨構造があることが特徴的である.
・アプローチに際して,far lateral approachを含む外側後頭下開頭のバリエーションについて習熟することが望ましい.
・後頭動脈—後下小脳動脈バイパスを含む後下小脳動脈の再建法を習熟することが望ましい.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年10月まで)。

破裂脳動脈瘤に対する直達術における術中トラブルへの対応

著者: 西村中

ページ範囲:P.985 - P.993

Point
・破裂脳動脈瘤に対する直達術における術中合併症で,最も問題となるのは術中破裂であり,そのほかに虚血を含む血管損傷や動脈瘤の不完全閉塞などがある.
・術中破裂に対する対応として,① 冷静に状況を把握すること,② 出血をコントロールし,破裂部位の確認を行うこと,③ 適切な止血処置を行うことが重要である.
・術中トラブルについて,事前のシミュレーションを行うことや,多施設での経験を蓄積し,知見を共有することが重要である.
*本論文中、[Video]マークのある図につきましては、関連する動画を見ることができます(公開期間:2027年10月まで)。

Ⅳ 破裂脳動脈瘤に対する血管内治療

破裂脳動脈瘤に対する血管内治療の基本セットアップとテクニック

著者: 有村公一

ページ範囲:P.995 - P.1002

Point
・合併症低減のために治療環境を整備し,術前の検討からさまざまな状況に対処できるシステムを組むことが重要である.
・ガイディングカテーテル誘導からコイル挿入まで,コイル塞栓術に必要な基本テクニックを習得する.
・術中破裂や血栓性合併症といったトラブルの対処法を理解し,術前からシミュレーションしておくことが重要である.

破裂脳動脈瘤に対する血管内治療の応用セットアップとテクニック

著者: 春原匡 ,   福光龍 ,   太田剛史

ページ範囲:P.1003 - P.1010

Point
・脳神経外科技術が進歩している現在でも,巨大部分血栓化動脈瘤によるくも膜下出血の治療は難渋することが多い.
・症例を提示の上,本例における治療ストラテジーの考え方および技術的なTipsを詳述する.
・未破裂部分血栓化動脈瘤に対するflow diverterの有効性が報告されている.本例ではこのため,破裂急性期に破裂点を意識したコイル塞栓術で再破裂を予防して,スパズム期を乗り越えた後,flow diverterを留置した.

破裂椎骨動脈解離に対する血管内治療戦略

著者: 長谷川仁

ページ範囲:P.1011 - P.1022

Point
・破裂椎骨動脈解離に対する血管内治療には,母血管である椎骨動脈温存の有無によってdeconstructive治療とreconstructive治療とがあり,病変部の解剖学的条件や特徴を考慮していずれかを選択する.
・それぞれの治療法にメリットとデメリットがあり,確実な止血効果と穿通枝障害はトレードオフの関係にあることを理解することが重要である.
・急性期ステント留置は未だoff-labelの治療法である.抗血栓薬マネジメントなど未解決の問題点を孕んでいることに留意し,十分な説明と倫理委員会における承認など,適切なプロセスを踏んで使用すべきである.

脳血管攣縮に対する血管内治療

著者: 栗栖宏多 ,   下田祐介 ,   長内俊也 ,   藤村幹

ページ範囲:P.1023 - P.1030

Point
・遅発性脳血管攣縮に対する救済治療(レスキューセラピー)として,血管内治療が広く行われている.
・高い有効性と安全性を有すると考えられるが,エビデンスレベルの高い研究は少ない.
・血管拡張薬の動注治療と経皮的血管形成術が血管内治療によるレスキューセラピーの主な方法である.
・両治療の特性・利点・欠点を十分に理解し,症例ごとに適切に対応することが重要である.

破裂脳動脈瘤に対する血管内治療における術中トラブルへの対応

著者: 中村元 ,   高垣匡寿 ,   尾崎友彦 ,   貴島晴彦

ページ範囲:P.1031 - P.1040

Point
・破裂脳動脈瘤に対する血管内治療時には,術中破裂や血栓形成など,患者の転帰に大きく影響する合併症が起こり得る.
・トラブルシューティングのみならず,トラブル回避に関する知識を深め,極力トラブルが起こりにくい治療を心掛けるべきである.
・トラブルが発生しても慌てることのないように,トラブル発生時のシミュレーションを行ってから治療に臨むことが肝要である.

Ⅴ ハイブリッド時代の直達術と血管内治療の治療選択

当院ではこうしている ①

著者: 片岡大治

ページ範囲:P.1042 - P.1049

Point
・当施設では,中大脳動脈瘤分岐部動脈瘤以外の破裂脳動脈瘤に対しては,原則として血管内治療を第一選択としている.
・3 mm未満の小型の脳動脈瘤,大きな血腫を伴う症例,バイパス術併用が必要な症例では,現在でも直達術を選択している.
・前交通動脈瘤や後交通動脈瘤などでも,くも膜下出血急性期に安全に治療できると判断すれば,クリッピング術を選択することがある.

当院ではこうしている ②

著者: 柴田碧人 ,   栗田浩樹

ページ範囲:P.1050 - P.1056

Point
・未破裂脳動脈瘤と比べて,破裂脳動脈瘤に対する治療は選択肢が制限される.
・破裂脳動脈瘤の治療選択は,侵襲性,安全性,根治性などのうち,何を最重要視するのかを患者背景を含めて慎重に決定する必要がある.

総説

脳血管疾患の遺伝子解析研究

著者: 宮脇哲 ,   本郷博貴 ,   虎澤誠英 ,   小川正太郎 ,   齊藤延人

ページ範囲:P.1057 - P.1081

Ⅰ はじめに
 遺伝子解析技術の進歩に伴い,多くの疾患の遺伝的および分子生物学的な背景が明らかになってきている.脳血管疾患もその研究対象となり,近年多くの発見がなされている.遺伝子解析には,遺伝子変異の解析,遺伝子発現レベルの解析,DNAのメチル化やヒストン修飾などのエピゲノム解析が含まれ,これらの異常が疾患発症に関与している可能性がある.本稿では,近年のさまざまな脳血管疾患の遺伝子解析研究の成果を概説し,特に遺伝子変異レベルの解析に焦点を当てる.

解剖を中心とした脳神経手術手技

頭蓋底外科における内視鏡の役割

著者: 後藤剛夫

ページ範囲:P.1083 - P.1090

Ⅰ はじめに
 頭蓋底良性腫瘍は,髄膜腫,神経鞘腫,下垂体腫瘍,頭蓋咽頭腫,脊索腫,軟骨肉腫など,どの腫瘍であっても,神経機能を温存した上での最大切除が治療の基本となる.こうした頭蓋底腫瘍を安全に摘出するため,経眼窩頬骨弓到達法,経錐体到達法,経後頭顆到達法など,さまざまな顕微鏡下頭蓋底到達法が報告されてきた.これらの到達法によりある程度腫瘍が安全に摘出できるため,手術到達法としてはほぼ確立したのではないかと考えられていた.しかし,近年の内視鏡手術の発展により,頭蓋底腫瘍に対する到達法は大きく変化している.今回は頭蓋底手術のなかでも,特に頭蓋底良性腫瘍に対する内視鏡手術の役割について,経鼻内視鏡手術,小開頭内視鏡手術の2つに焦点を当てて説明する.

連載 熱血! 論文執筆コーチング—中堅脳神経外科医が伝えたい大切なこと

第13回 総説の書き方①

著者: 森下登史

ページ範囲:P.1092 - P.1095

総説に挑戦しよう
 ここまで,症例報告と原著論文の書き方について説明してきました.この連載も今回を含めて残すところ3回となりました.今回は総説の書き方についてお伝えしたいと思います.特に,日本語の原稿でよくみるナラティブレビューの手法を中心に説明します.

書評

—著:森田 達也,白土 明美—死亡直前と看取りのエビデンス 第2版

著者: 田上恵太

ページ範囲:P.1082 - P.1082

“最期まで生きる”ことを共に学び,より良いケアの実践につなげる
 2023年8月より,仙台市から北に約100 km離れた地方都市にある,やまと在宅診療所登米で院長としての任務が始まりました.同僚の若手医師だけでなく,診療所の看護師や診療アシスタント,在宅訪問管理栄養士,そして同地域の緩和ケアや終末期ケアにかかわる医療・福祉従事者の仲間たちと共に,この土地で「最期までよく生きるを支える」ためにどのような学びが相互に必要かを考えるようになりました.困難に感じることを聞いてみると,亡くなりゆく方々をどのように看ていけばよいかが不安(時には怖いとの声も)との声が多く,まずは診療所内で『死亡直前と看取りのエビデンス 第2版』の共有を始めてみました.実臨床での肌実感をエビデンスで裏付けしている,まさにEBM(Evidence-Based Medicine)に沿った内容でもあり,医師や看護師など医療者たちにも強くお薦めできる内容であると感じています.
 病院看取りが主流になっていた昨今の社会情勢の影響か,これまでに死亡前の兆候を目にしたご家族やスタッフは少なく,不安や恐怖を感じることが多いです.しかし,本書でまず初めに述べられているように,多くの兆候はあらかじめ想定することが可能で,ご家族やスタッフとも事前に共有することができます.そして本書には,このような兆候がなぜ生じるのかをEBMに沿って解説されているだけでなく,緊張が高まる臨死期のコミュニケーションの工夫まで触れられており,医療者だけでなく,その他の関係者にとっても心強いリソースとなります.

—著:宮坂 道夫—弱さの倫理学—不完全な存在である私たちについて

著者: 山内志朗

ページ範囲:P.1096 - P.1096

弱さは絶望ではなく希望である
 著者は倫理を次のように宣言する.倫理とは,「弱い存在を前にした人間が,自らの振る舞いについて考えるもの」であると.
 倫理学は正義とは何か,善とは何か,幸せとは何か,そういったことを考える学問だと考えられている.ただ,そういった問題設定は強い者目線での思考に染まりがちだ.強さは戦いを招き寄せる.だからこそ,世界的な宗教は,キリスト教も仏教も徹底的に弱者の地平から人間の救済を考えてきた.本質的に人間は弱く不完全であり,不完全なまま生き続けるものであるという事態を前にして,私たちは絶望に陥らず希望を語ることが求められている.

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ページ範囲:P.884 - P.885

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ページ範囲:P.886 - P.887

ご案内 動画配信のお知らせ

ページ範囲:P.887 - P.887

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1097 - P.1097

次号予告

ページ範囲:P.1098 - P.1098

基本情報

Neurological Surgery 脳神経外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1251

印刷版ISSN 0301-2603

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