文献詳細
文献概要
先達余聞
Harvey Williams Cushing
著者: 佐野圭司1
所属機関: 1東京大学脳神経外科
ページ範囲:P.32 - P.35
文献購入ページに移動 1910年の1月か2月の冬のある日の話である.BahimoreのJohns Hopkins Hospitalの外科棟のMonument streetに面した出口を今しもふたりの医師が出てくるところである.午後のおそい目射しがにぶくふたりを照らしている.ひとりは41歳,中肉,中背,きちんとした,凝りたみなりをしている,やや眼尻の下った,しかしするどい目と,意志の強そうな大きな口とあごを持っている.他のひとりは27歳,前者より背が高く,人の好さそうな,しかも若さにあふれた顔をしている.ふたりとも外科医で,回診をすませたばかりのところである.実をいうと若いほうは年上のほうの,この病院でただひとりの助手なのである.ふたりは熱心に患者のことを話している.年上のほうはこれからどこかへ出かけるらしい.皆いほうにあとはどうこうしろと指示を与えて別れかける.2,3歩行って,ふと思い出して,患者のX夫人に「ほうれんそう」を出すようにオーダーしたかと訊く.若いほうは赤面して,実は忘れていましたという.年上のほうはものすごい形相になって,口ぎたなく相手をののしる.若いほうはやや唖然としていたが,あまりの悪口雑言にたまりかねて,自分はこれまであなたの手助けになろうと一所懸命努力してきた,随分と無理な指示にもしたがってきた,けれどもう沢山,すぐにでも荷物をまとめてJohns Hopkins HospitalにもBaltimoreにもおさらばするという.
掲載誌情報