文献詳細
文献概要
先達余聞
Wilhelm Tönnis
著者: 飯塚一1
所属機関: 1ボン大学脳神経外科
ページ範囲:P.760 - P.763
文献購入ページに移動 1934年3月のある日曜日,ヴュルツブルク西郊,ニコラウスの山上の200年の歴史を持つ礼拝堂をゆっくり降りて来る影が見受けられた.礼拝を終えた入達なら右に曲ってマイン河橋を渡ってせわしく市内にもどる.人一倍大きな若い影はそのまま河畔にそって真っすぐ,ゆっくり歩き続けた.好天気とはいえ,青空は見えず,全天を蔽う青雲は日差しを通すと所々明るく白く映る.厚い外套に包まれたヴィルヘルム・テニス(Wilhelm Tönnis)の体内には燃える大志と,凍てついた心臓が今激しく戦っていた,通りがかりの人がながめたら日曜の散策を楽しむ若い哲学者としか見えないだろう.時折り立ち止って右手の対岸の葡萄畑の丘陵や,左手のマリエンベルクの古城を仰ぎ見る碧い澄んだ目が,いつになく赤く腫れ,涙で濡れていることにも気がつかないだろう.幸福な家庭では才色兼備の夫人と3人の幼ない子供らが,日曜祭日用とって置きの熱い焼肉料理の中食を前に,彼の帰宅を心待ちにしていた,マイン河畔の散歩道の中ほどまできた彼は急に回れ右をした.何の変哲もないこの河畔のこの草原こそは,かつて1870年,X線を発見した若い助手,ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン(1845-1923)が,ヴュルツブルク大学理学部に愛想をつかし,その2年後シュトラウスブルク大学に転勤することに決意したゆかりの地であった,しかし,若い外科医にはそんな感傷もなければ,春霞に聾え立つ古城の美しさも全く念頭になかった.
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