検査と技術36巻1号

2008年01月発行

臨床医からの質問に答える

ヘモグロビン異常症患者のHbA_1c検査：HPLC法と免疫法とでの挙動

著者： 宮下徹夫¹

所属機関： ¹日本大学医学部附属板橋病院臨床検査部

ページ範囲：P.69 - P.74

はじめに

　日常検査におけるHbA_1C測定には高速液体クロマトグラフ(high performance liquid chromatgraph，HPLC)法や免疫学的測定法がある．従来のHPLC法では検体である血液に含まれる不安定型HbA_1Cやカルバミル化ヘモグロビンなど，HbA_1C以外の修飾ヘモグロビンが測定を妨害することが指摘されてきたが，最近ではこの問題が解決され1検体当たり1～1.5分で測定可能な装置が開発されている．しかし，異常ヘモグロビンまたは変異ヘモグロビン(以下，異常Hb)を含む血液ではHbA_1C測定に著しい誤差を与え，免疫学的測定法でも正しく測定できない場合があることから，糖尿病の診断やコントロールの指標としてHbA_1Cを利用する場合は異常Hbの有無を一度はチェックする必要があるといわれている^1）．

　異常Hbとは遺伝性ヘモグロビン異常症に見られるグロビン鎖の構造異常を有するヘモグロビンであり，変異の違いにより700種類以上が知られている^2）．わが国における出現頻度は2,000～3,000人に1人^3）と，決して稀な症例ではなくHPLC法によるHbA_1C測定で数多く発見されてきた^3，4）が最近の日常検査用HPLCでは検出できない異常Hb症例^5）があるのも事実である．異常Hbの確実な検出や同定には質量分析法やDNA解析法が用いられるが^{1，3，6，7）}，日常検査室で実施するのは困難である．

　われわれはHbA_1C測定用HPLCである東ソー製HLC-723G7型(以下，G7)やその後継機種であるHLC-723G8型(以下，G8)の高分解モードを利用して，現在に至るまでの7年間に37例の異常Hbを検出してきた．本稿ではこの経験をもとに異常Hb症例のHbA_1C測定について，HPLC法における測定値の挙動や考慮すべき点について述べ，免疫学的測定法に関しても文献的な考察を加える．

参考文献

測定に及ぼす異常ヘモグロビンの影響―質量分析法による評価．日本臨床検査自動化学会会誌 25：629-635，2000

2) International Hemoglobin Information Center：IHIC variants list. Hemoglobin 21：505-622，1997

3) 原野昭雄：日本人のヘモグロビン異常症の現状とその解析．臨床病理 47：215-223，1999

の測定により発見された異常ヘモグロビンの解析．医学検査 49：917-921，2000

5) 飛田雅子，小瀧陽子，福澤尚子，他：全自動グリコヘモグロビン分析計HLC-723GHb V型の基礎的検討．日本臨床検査自動化学会会誌 22：214-220，1997

6) 大庭雄三，服部幸夫：異常ヘモグロビンの検出．臨床検査 39：793-797，1995

7) 中西豊文：異常Hb構造研究の新戦術―最新MS技術(ナノESIMS，MS3)の応用．臨床病理 47：224-231，1999

8) 宮下徹夫，永瀬昌史，関口光夫，他：迅速測定が可能なヘモグロビンA1C測定装置の基礎的検討．JJCLA 27：53-61，2002

9) 宮下徹夫，山舘周恒，関口光夫，他：東ソー製HLC-723G8型ヘモグロビンA1C測定装置の検討．医療と検査機器・試薬 29：137-148，2006

10) 大庭雄三：ヘモグロビンの液体クロマトグラフによる分析．臨床検査 30：337-346，1986

測定装置を用いた吸引グラディエントによる異常ヘモグロビン検出の試み．日本臨床検査自動化学会会誌 27：22-27，2002

と血糖値の乖離現象を利用した異常ヘモグロビンの検出法．日本臨床検査自動化学会会誌 28：193-199，2003

の乖離現象を利用した異常ヘモグロビンの検出法―乖離現象の解析と有用性の検討．日本臨床検査自動化学会会誌 31：263-269，2006

14) Lachant NA：Hemoglobin E：An emerging Hemoglobinopathy in the United States. Am J Hematol 25：449-462，1987

15) Fairbanks VF, Gilchrist GS, Brimhall B, et al：Hemoglobin E trait reexamined：a cause of microcytosis and erythrocytosis. Blood 53：109-115，1979

16) Ohba Y, Hattori Y, Sakata S, et al：Hb Niigata ［beta1 (NA1) Val→Leu］：the fifth variant with retention of the initiator methionine and partial acetylation. Hemoglobin 21：179-186，1997

17) Chen D, Crimmins DL, Hsu FF, et al：Hemoglobin Raleigh as the cause of a falsely increased hemoglobin A1C in an automated ion-exchange HPLC method. Clin Chem 44：1296-1301，1998

18) Ohba Y, Miyaji T, Murakami M, et al：Hb Himeji or beta 140 (H18) Ala→Asp. A slightly unstable hemoglobin with increased beta N-terminal glycation. Hemoglobin 10：109-125，1986