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文豪と死
川端康成
著者: 長谷川泉1
所属機関: 1医学書院
ページ範囲:P.392 - P.392
文献購入ページに移動 日本人最初のノーベル文学賞を受賞した川端康成は,昭和43年(1972)の同賞受賞後,わずか3年余の昭和47年4月16日,仕事場にしていた逗子マリーナ・マンションで自殺し,世人を驚かせた.受賞を契機として,日本文学が世界文学の視点から注目されるようになったので,川端文学の本質がどうこうという議論とは別に,その存在自体に意味があったので,日本人だけでなく広く世界から惜しまれた.
川端康成の人となりには,孤児体験が色濃くまつわりついている.数え年3歳で父を,4歳で母を,8歳で祖母を,11歳で姉を,16歳で祖父を失い,肉親とことごとく死別した.処女作は最後の肉親であった祖父のみとりをした「十六歳の日記」である.自らも孤児根性という言葉を自嘲的に使い,その病患が自分ながらいやだと甘えの感傷を反省している,代表作である「伊豆の踊子」にも,この孤児根性が現れている.孤児根性によるかたくなな心のゆがみが人の言葉を素直に受け取れない悪いしきたりになっていた,ところが一高生として初あて伊豆に旅した旅情のなかで踊り子の一行と一緒になり下田まで同行する人間的なつきあいで,踊り子たちから"いい人だ"と言われて,それを素直に受け取ることができた青春の哀感がこの作品に盛り込まれている.心が浄化されたのである.
川端康成の人となりには,孤児体験が色濃くまつわりついている.数え年3歳で父を,4歳で母を,8歳で祖母を,11歳で姉を,16歳で祖父を失い,肉親とことごとく死別した.処女作は最後の肉親であった祖父のみとりをした「十六歳の日記」である.自らも孤児根性という言葉を自嘲的に使い,その病患が自分ながらいやだと甘えの感傷を反省している,代表作である「伊豆の踊子」にも,この孤児根性が現れている.孤児根性によるかたくなな心のゆがみが人の言葉を素直に受け取れない悪いしきたりになっていた,ところが一高生として初あて伊豆に旅した旅情のなかで踊り子の一行と一緒になり下田まで同行する人間的なつきあいで,踊り子たちから"いい人だ"と言われて,それを素直に受け取ることができた青春の哀感がこの作品に盛り込まれている.心が浄化されたのである.
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