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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生10巻6号

1951年12月発行

雑誌目次

主張

醫療と迷信

著者: 笠松章

ページ範囲:P.242 - P.242

 毎日通勤している東京大學病院の門前に,あやしげな藥草の露店商のでていることがある。病院通いに疲れた患者が,これをとりまいて熱心に效能の口上をきいているが,中には片肌をあらわにだして藥を塗布してもらつているものもある。おそらく,天下の大病院に通つても,はかばかしく治らないので,業をにやしてこんなものにでも救いを求める氣持になつたにちがいない。近代科學の粋をあつめたような大病院と,時代ばなれのした草根木皮の民間療法の對照がおもしろいので注意をひかれていたが,先日所要があつて慶應大學にゆくと,こゝの病院の前にも同じような露店商がでていた。醫學が進歩して,大病院でみられるように細く專門が分科し,診察技術が精密になつてもそれだけで患者の心が満されるとはかぎらない。醫學が發達すればするだけ,醫者は病氣をみて,病人をみないという弊が生れることも考えさせられる。
 本號に叶澤氏も書いているように,迷信が醫療行爲と對立して適切なる醫學の普及を阻んでいることは,残念ながら事實である。しかし,その責任の一半が,醫者の側にあることも反省してみなくてはならない。醫者が患者に對して,絶對的な權威をもちえた時代(これもまた迷信の1つであるかもしれない)。はよかつたが,ラジオその他で通俗醫學が普及して(こゝにも問題が起るが)患者が醫學に對して一應の批判をもつようになると,單に患者のもつ病氣だけを抽出して,これを治療の對象とするだけではすまされない。

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珪肺概説

著者: 山本幹夫

ページ範囲:P.243 - P.252

はしがき:
 珪肺は鑛山や工場等にかなり多數に見出される職業病である。Hippocrates(前460-377)の當時から既に注意されていたと云われているが,その臨床等について,はつきりした研究が生れて來たのは,歐米でもRobert Koch(1882),が結核菌を發見,次でX線が珪肺研究に用いられる樣になつて(1916)からと云えよう。それ以前にも,病理學的研究が實施され,又統計的調査がなされたが,X線が用いられる以前の報告では殊に臨床的研究については肺結核との混同が豫想せられる1)
 珪肺は珪酸粉じんの多量に存在する職場に發生する事は後述するが,かゝる職場は非常に多く,從つて從事する勞働者の數も數十萬にのぼるものと豫想される2)。かゝる職場に數年乃至十數年勤務する事により,かなり高率に發生し,從つて該當する産業の基幹勞働者の間には相當數の罹患者があるものと考えられる4)。又一度出來た珪肺性の組織は治療によつて恢復出來ないだけでなく,慢性經過をたどつて,途に豫後不良にて死亡する場合が多いため,本人並びに周圍の經濟的負擔は莫大なものである,(珪肺患者一人の治療その他に要する費用は,保險給付等直接は必要なもののみでも150萬圓と推定される)。又この豫防に對する必要な經費,資材も莫大である。之等の理由により,珪肺は現在では金屬山,窯業工場,或地方の石炭山等に於て,産業政策上,社會政策上又人道上の大問題となつた。

食品中の鐵含有量に就て

著者: 阿部克己

ページ範囲:P.253 - P.255

 榮養の指導,改善の上で食品分析表の演ずる役割は非常に大きいことは論をまたない所である。著者は昭和21年に北海道大學安田守雄教授の指導の本に坂上,今井,吉田の諸氏と共に北海道産食品の無機成分について分析を試みた。然るに數種の食品について鐵量が日本に於て日常廣く使用されている食品分析表である日本食品成分總攬1)に記されてあるものと相違することを認めたのである。この結果については昭和22年日本醫學會第4分科會(大阪)で發表した。其の後各所から本發表について御照會を受けたが本紙上に分析結果の概要を發表し,榮養問題に關心を持たれる人々の御參考に供したい。
 鐵定量法としてはA.O.A.C.2)(Association ofOfficial AgriculturalChemists in America)は比色法としてはロダンカリ法,又滴定法としては三鹽化チタン法を採用しているが,著者は日・食・總と同樣の定量法即ち沃度法を用いた。特にこの分析には試料の調製に細心の注意を拂い鐵の混入を防いだ。勿論その爲に鐵製の器具の使用は避けた。食品の蒐集には當時は未だ統制時代で標準になるものを選ぶのには苦心を重ね特に魚類については困難を感じ多數の食品について分析を行い得なかつたのは全く残念であつた。

防腐劑研究の新方面

著者: 相磯和嘉 ,   柳澤文德

ページ範囲:P.256 - P.261

まえがき
 冷藏,冷凍の技術,施設が充分に發達し,鑵詰食品が普及しその上,食品衞生の知識が民衆の間に浸透して居る國では,防腐剤で食品を貯藏する研究はさ程重要ではないかも知れない。併し例えば我國の如く食物保存の技術,施設が質量共に不足し,食生活の水準が低い國にあつては,食糧の貯藏法としてばかりでなく日常食品の短期間の補助的の保存方法として,防腐剤乃至殺菌保存剤の使用は避け得がたい要望である。
 特に我國は魚介類,農産物及び其の加工品の利用が壓倒的に多く,其の種類も種々雑多で製造の規模も手工業的のものが大部分であるので,高温多濕の季候の惡條件と相俟つて,春から夏,秋の長期間に亘つて日常食品の安全確保を非常に困難なものにしている。

ツベルクリンの力價について

著者: 染谷四郞

ページ範囲:P.255 - P.255

 從來わが國で結核の診斷に用いられていた診斷用ツベルクリン液は,2000倍,1000倍,100倍稀釋のものであつたが,現在では專ら2000倍稀釋液のみが一般に使用せなれている。その理由は結核患者に用いても何等の惡影響がなく,また強反應者においてもそれぼと強い副作用を示さないこと,さらに結核未感染者にあらわれる非特異的反應と既感染者にあらわれる特異的反應とを區別するのに適當な濃度であるということによる。
 この2000倍稀釋ツベルクリン液はすべて豫防衞生研究所において檢定をうけたものであって,その力價試驗には動物及び人間を用いて相當精密な檢査の後豫防衞生研究保存の標準2000倍ツベルクリンと等力價であることか確められたものである。

座談會

今後の厚生行政

著者: 楠本正康 ,   館林宣夫 ,   佐藤恒信 ,   岡西順二郞 ,   石垣純二

ページ範囲:P.262 - P.270

 記者 今日の座談會では岡西先生は,全國七百餘保健所長の代理のつもりで一つ……。
 岡西 代理にはならないでしよう,東京都は特別だから……。

醫藥隨想

日本人と迷信

著者: 叶澤淸介

ページ範囲:P.271 - P.271

 迷信という語は小學校一年生でも知つていて概念は掴んでいる。しかしこの語位不確かで定義付けられないものも餘り多くないだろう。迷信の定義はしばらく措くとして,いわゆる迷信的なことを文明開化のこの御時世に,口にしたりすると小學生でさえ鼻の先で笑いかねないのであるから,まして,大人の,そして科學の世界に住んでいる人にはむしろ死語であるべきはずである。それにもかかわらず,眼くじら立てて迷信と取組んで見たり,われわれの日常生活が,それに禍いされずに過せないというのはどういうものだろう。馬鹿にしていながら,それと全くかけ離れてわれわれの生活がおし進められないところにわれわれ日本人の生活の悲劇があり,迷信の摩か不思議さがある。
 堂々たる寺院の中におびんずるさんがでんと御座あつたり,東京のど眞中に一流の博士も治癒できなかつた病氣を御所祷によつてなおしたと稱して―あえて稱したと言う。治つたかどうかは私自身見たわけではないから―隆々とはやつている店もある。それは一流のお醫者さんでも治せなかつた病人があつてもいいし,それがおいのりによつて治つても少しもさしつかえない。それはおいのりそのものによつてのみ治つたものでないことだけは確かであるから。ただ科學者が科學的生活をうちたてたいと心がけながら,友引の日に葬式が出せなかつたり,結婚するのに日のよしあしなど押しつけられなければならない世の中は何と忌々しいことではないだろうか。

研究報告

BCG再接種の時期に關する研究

著者: 今井淸

ページ範囲:P.272 - P.274

 BCG接種は結核豫防上重要なことであるがその再接種はいかなる時期に實施すべきかに就ては結核豫防行政上,指導上屡々問題とされた。BCGの再接種はツベルクリン反應(以下ッ反と略す)陰性を認めた時にするのが免疫持續上適切な方法とされているがッ反が結核免疫と一致しない點は極めて多い。從つてッ反よりも結核菌に對する反應から判定するのが一段と免疫の眞價を捉えるものであらうことは一致した意見である。余はBCG接種後色々の時期に再接種した場合ッ反陰性でも果してどの程度の割合に初回の免疫が持續存在するかを接種局所反應に就て觀察し,これにより一應再接種すべき時期を推定することが出來たのでこゝに報告したいと思ふ。

梅毒抗原の血清學的反應に關する考察(第1報)

著者: 增井正幹

ページ範囲:P.274 - P.276

緒言
 梅毒の血清診斷法は出來得る限り高い鋭敏度と特異度を併せ有するものが望ましいが,現在の組織抽出抗原を以てしては100%の特異度を要求することは不可能である1)。從つて梅毒血清診斷法の信頼度を高める爲には,梅毒抗原を精製してCardiolipin1)の如く特異度を高めると共に,非特異反應の本態を究明して特異反應と非特異反應を區別する方法即ちverification testを發達させる必要がある。
 Varification testに關してKahnはKahn3,4,5)Mackie and Anderson6)Green and Shaughnessy7)の成績にもとづきtriple quantitative technique8,9)をKahn,McDermott ahd Adler10)の成績からsaltdispersibility technque9)をKahn,11),Muckenfussand Ebel12)の結果を參照してdifferential temperature technique13)考察した。Kahn et al. 14,15)は又universal serologic reactionに就いても詳しく考察している。

空氣中有毒物恕限濃度の簡易測定法—(7)マンガン及びニトリル類

著者: 佐藤德郞 ,   鈴木妙子 ,   福山富太郞

ページ範囲:P.276 - P.278

 日本ではよい技術者が少く,必要な器具か高價なため必要な有毒物の環境測定がなおざりにされる傾向がある私達はなるべく高便な測定具を使用せず,又特殊な熟練をも必要とせずに測定出來る方法を研究し發表してきたが,公衆衞生院法として勞働の科學等に紹介されている。
 空氣中の有害物の濃度は刻一刻,變化する場合が多いので,測定の回數を増加し,その發生源をつきとめることが必要である。それか分れば,次に必要な工學的な處置をして,發生源を除くことか勞働徳生學的な對策の本筋であろう。叉實際に測定した結果は,問題の起つているところでは一般に恕限濃度の數倍乃至數十倍に達していることが多いので,適當な處置により,恕限濃度まで低下させることが必要である。

カルバミジンによる赤痢アメーバ嚢子保有の集團治療の經驗

著者: 野口政輝 ,   石川德市 ,   石黑鏔雄

ページ範囲:P.278 - P.283

緒言
 由來アメーバ赤痢症は熱帶,惡熱帶地方の疾病として知られ,その經過は惡性にして屡々肝膿瘍を併發して死の轉歸をとるが,温帶,寒帶には少く,發生しても多く慢性の經過をとり良性である。而して是が人から人への傳播は飮食物或は飮料水を通じてなされるのであるが,その感染は主として嚢子に依ると云われている。從つて嚢子排泄者は公衆衞生上重視す可きものである。ことはよく知られている。
 嚢子保有者が廣く,世界に擴がつていることが知られたのは第一次歐洲大戰からで,1915年Wenyon力東部戰線より歸還した一兵士の糞便に赤痢アメーバを見出してより世の注目を浴び,Dobell,Kofoid,Craig,Kassel & Svenson,Choy等の諸氏により,英國,米國,亞細亞の各地に相當高率に嚢子保有者を發見した。我國では朝鮮は別として内地では少いと考えられていたが,今次大戰を機として南方諸地域との交通か繁くなるにつれ學者の注意を惹き,他數の研究者により調査され,今や嚢子保有者は全國平均5.0〜10%と言われている。

時評

本年の赤痢を觀て

著者: 舘林宣夫

ページ範囲:P.284 - P.288

1)概況
 本年の赤痢の流行は既に昨年から豫測せられていたところである。さらにさかのぼつてこの流行は昭和24年夏頃から始まつている。
 昭和24年以降の流行状況から,公衆衞生院疫學部に於ては,純粋に算術的に本年の赤痢を豫測して,117,000名とした。然し實際の發生はこの豫測を裏切つて,大體8萬臺に留るものと私は見ている。この豫測の大きな狂いは,25週に降起つている。即ち第1圖に示す通り,本年當初に於ては大體豫測の線に添つて増加していたので,或は全く豫測通りになるかと思つていたが,6月から豫測より少くなり始め,最盛期には豫測より相當下まわつた爲である。

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基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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