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特集 勞働衞生最近の進歩
産業結核
著者: 千葉保之1
所属機関: 1東鉄管理局
ページ範囲:P.1 - P.9
文献購入ページに移動結核の蔓延は産業の発達なしには考えられない。日本でも結核の社会問題化は,明治中頃からで,紡績女工の哀史に始まる。おくれた日本の資本主義は,資本の不備をアジア的貧困に転落しつつあつた,農村にあふれる女の労働力の犠牲をもつて補つていた。動員された多数の若い少女が夜となく昼となく,働き続けねばならなかつた。そしてその疲れきつた体を休めるべく待つているのは,病菌に汚れた寝具と粗惡な食事だけであつた。女工1人に畳1枚,時には莚敷き,押入れも棚もない部屋の寄宿舎だつたのである。支払う賃金の代償として,あくなく労働を要求してやまなかつたのである。病魔にたおされた女工は,ただ工場からの追放に甘んぜねばならなかつた。結核女工1人の帰郷は30人の結核患者を作つたといわれたのも,当時のことである。明治末期から大正中期を山として女子の結核死亡率が男子のそれをはるかに凌駕したのは,そのためといわれる。
このようにして日本の輝かしい産業の急速な発達のかげには,過長な労働時間,低賃金,冷酷な労働条件と環境にあえぐ労働者の血と汗が捧げられておつたのである。しかし,多数の労働者が相ついで疾病にたおれていくことは,生産遂行へ直接の障碍を与えることとなり,令え損傷された労働力が,常に新しい労働力をもつて容易に補われ得たとしても,能率低下と事務の混乱は避けられない。
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