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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生22巻7号

1958年07月発行

雑誌目次

特集 耐性問題と公衆衛生 巻頭言

耐性問題と公衆衛生

著者: 内山圭梧

ページ範囲:P.345 - P.345

 サルフア剤を始めとし各種の抗生物質の出現により幾百万の人命が救われ,幾多の伝染病はその臨床像に於ても変貌を来し,今日では最早伝染病に対する恐怖の感は医師は勿論一般の大衆からも全く忘れられている。避病院,死病院とまで恐れられ,嫌われた伝染病院は今や多数の空床を擁して,漸次他の目的に転用される傾向になつて来た。又吾国の伝染病の花形とも云うべき存在であつた腸チフスは近来頓に減少し,しかもクロラムフエニコールの投与によつて急速に解熱,治癒に赴くという次第で,近頃では以前の様な有熱患者を見たら先ず腸チフスを考えよとの診断方針は通用しなくなつた。この様な腸チフスの激減はしかし抗生物質の効果のみに因るもので無いことは,同様に抗生物質が極めて有効である赤痢が依然として減少の傾向を示さないことからでもわかる処であるが,赤痢の方は致命率が0.5%以下という状態で,之又抗生物質によつて大きな恩恵をうけている。その他各種の細菌性の疾患についても概ね同様であつて,今や吾々は以前の様な伝染病の脅威から漸く免れたかの観を呈して来た。
 然し乍ら之等化学療法の発達,普及に連れて色々な弊害や事故も相ついで見聞されるようになつて来た。既に今から100年前に新薬は急いで使え,さもないとすぐに効かなくなると皮肉つた人があるというが,吾々が今日手にしている薬は初めはすべて極めて有効,無害であるがそれが世上に普及して来ると間もなく中毒とか,アレルギーとか特異体質等という事例が起つて来る。

公衆衛生学的に見た耐性問題の重要性

著者: 牛場大蔵 ,   小沢敦

ページ範囲:P.346 - P.350

はじめに
 DomagkによるSulfa剤の発見以来,新たな治療理念にもとづいた化学療法剤が,つぎつぎと考案されて,細菌感染症にたいする劃期的な治療法がもたらされ,更にPenicillinを始めとして,相ついで発見された抗生物質の治療界への登場は,実に二十世紀前半の医学における最もはなばなしい凱歌であつた。
 其等個々の薬剤が治療界へ登場するたびに,精細な細菌学的な研究によつて抗菌スペクトルムは確定され,厳格な薬理学的研究によつて,その使用法並に使用量等が検討され,副作用の防止,細菌の耐性獲得の予防等万全の対策が講ぜられて来ている。然るに斯かる最新の化学療法の臨床経験がかさなるにつれて,いろいろの新事実が注目されるようになつた。たとえば抗生物質使用中に認められる菌及び真菌の交代現象或は菌の耐性発現等の如きものはその著しい例である。斯くして化学療法剤にたいする耐性菌出現という現象は,臨床治療面及び疫学的にも重要な問題として注目をあびる様になつたのである。

耐性問題の疫学的意義

著者: 曾田長宗

ページ範囲:P.351 - P.355

 いわゆる抗生物質が,伝染性疾患の患者治療に著しい効果をあげたことは,最新医学の人類に対する顕著な貢献であるが,これが集団現象として見た当該疾患の蔓延状況にどのような影響を及ぼすかについては,必ずしも充分に検討されたとはいえない。
 個々の患者の治療にさえ充分な効果が挙がれば集団現象としての疾病蔓延も自ら消退して行くであろう位にしか理解されず,その機序などが明かでない。

耐性の理論

著者: 小酒井望

ページ範囲:P.357 - P.362

 広く流行している或る細菌感染症に,或る種の化学療法剤が広く使用されると,菌はその化学療法剤に対し漸次耐性を獲得し,耐性菌による症例が次第に増加する。数年にして赤痢菌の大半がサルフア剤耐性となり,ついでChloramphenicol(CM),Tetracycline(TC)系薬剤の濫用により,最近CM,TC剤耐性赤痢菌が増加の徴を示していること,或はPenicillin(PC)耐性或はTC剤耐性ブドウ球菌感染症の増加していることは,その好適な例である。
 一方或る細菌感染症では,或る化学療法剤が広く用いられており,その感染症が広く流行しているに拘らず殆んど耐性菌の見られない例もある。淋菌,溶連菌の殆んどすべてが,まだPC感受性であるのはこの例である。

赤痢耐性菌の分布状況

著者: 小張一峰

ページ範囲:P.363 - P.367

 感染症の化学療法が進歩するにつれて,各種の薬剤に対する耐性菌出現の報告も漸次増加している。このような耐性菌出現という事実は,疫学的見地からも重要な問題を含んでいると思える。ここに疫学研究会が耐性菌問題を検討するに当つて,赤痢菌を例にとつて,治療方法の推移につれた薬剤耐性菌出現の経過並びに分布を概観してみよう。

微生物の耐性問題の將来

著者: 福見秀雄

ページ範囲:P.368 - P.373

 私が大学で講義を聽いた頃は感染症の化学療法と言えば主として原虫あるいはスピロヘータ等による疾病がその対象であつて,梅毒・トリパノゾーマによる病気等に対して化学療法の理論と効果が長々と述べられてはいたが,細菌感染症が問題になる場合,その論調は必ずしも希望の持てるものではなかつた。リバノール,トリパフラビンに話が触れても,その効果を決して気楽に肯定する気にはなれず,寧ろ化学療法と言うものは原虫性の疾患のものであつて,細菌感染症の場合には寧ろ駄目なものではあるまいかと考えられる傾向もあつたと思う。プロントジルがレンサ球菌感染症に対して"劇的"な効果を報道され,「細菌感染症の化学療法に対しても漸く希望の曙光が見えて来た」のは丁度この頃であつて年代は1935年であつた。
 以来スルフアミンの時代から抗生物質の時代と進んで来て,微生物感染症の化学療法は細菌感染を中心に目ざましく進展した。第二次大戦の終つた直後に私は東京都立伝染病院や伝染病研究所附属病院の先生方と協同で赤痢のスルフアミン療法の研究を実施したことがある。その頃私は赤痢の化学療法としてスルフアミン剤が用いられるに到つたいきさつについて内外の論文を渉猟したことがあつた1)。たしか日本では岡田博士の報告で,百日咳に罹患中の患者,この患者が入院加療中に赤痢になつてしまつた。

耐性菌発現の実例

抗生物質耐性赤痢菌,他

著者: 齋藤誠

ページ範囲:P.374 - P.382

 広域性抗生物質に対する耐性赤痢菌の分離は,昭和28年川島等によつてテトラサイクリン(TC)群抗生物質耐性赤痢菌の分離に始り,その後も散発発生例から耐性赤痢菌の分離報告がみられたが,昭和30年までは疫学的,臨床的実際問題としての影響は殆どなかつた。しかし昭和31年にいたり駒込病院の田尻等は,病院看護婦間の流行から分離したSh. flex. 2bの39株,並に長岐等が昭和32年6〜7月にわたつて東京玉川地区に小流行をみた13例(5例は国立東二)の赤痢から分離したSh. flex 1bが,ストレプトマイシン(SM),クロラムフエニコール(CM),TCのすべてに高度耐性を示す菌株であつたこと,さらに落合等が修学旅行中の生徒間に集団発生をみた赤痢から分離したSh. flex. 2bがTCに高度耐性菌であることを報告した。また詳細は知らないが東京城北地区の某施設に集団発生をみた赤痢から分離したSh. flex. 2bが田尻等,長岐等の経験と同様にSM,CM,TCのすべてに高度耐性菌であつたことが指摘され,漸く耐性赤痢菌の浸淫が疫学的,臨床的観点から大方の関心を惹くにいたつた。
 このようなSM,CM,TCのすべてに,或はその一種に耐性を示す赤痢菌の全国的な分布状況の詳細は充分に明らかでないが,東京のように他にくらべて耐性赤痢の多い印象をうける地区でも,感受性菌に対する耐性菌割合は現在においてもそれほど高くない。

原著

昨秋流行したインフルエンザの或る農村地域人口集団における疫学的調査

著者: 目黒勇平 ,   川上吉昭

ページ範囲:P.383 - P.386

 昨年5月末から初夏にかけて全国的に流行したインフルエンザは,小学校等の集団では40〜50%という罹患率1)のところがあつて,注目を惹き,大正7〜8年にみられたスペインカゼのパンデミー以来,稀にみる大流行であつた。A東京57型ウイルス2)によるこのインフルエンザの流行は7月下旬より一応流行閑期に入つたが,10〜11月に入つて流行は再燃した。厚生省防疫課の調査3)によると,インフルエンザによる死亡者の数は9月101名,10月142名,11月(25日まで)256名で,未報告の北海道・京都・福岡・神戸市の分を含めると500人を突破すると言われる。
 著者等は一東北農村地域における人口集団について昨秋のこの流行について疫学的調査を試み若干知見を得たので報告する。

公費申請肺結核患者のレ線所見及び医療状況の推移について

著者: 前田鍵次

ページ範囲:P.387 - P.390

 保健所区域内に結核患者がどの程度に存在し,どの様な病変を呈し且どの様な医療を受けつつあるかを知ることは,その結核対策をたてる上に不可欠な事ではあるが,実態調査を行つていないのでこれを明確にする事は厳密にいえば私共の現状では困難である。当名古屋市西保健所登録台帳に収載されている届出並びに公費負担申請患者については,その医療の実状を曾つて昭和29年末に調査報告をしたことがあるが,ここでは更にその継続として昭和29年12月より2ヵ年半の間に当保健所で取扱つた公費申請肺結核患者についてそのレ線所見並びに医療の状況等の年次推移,換言すれば医療を受けている肺結核患者の動静を知り且これに他の調査資料を照応することによつて今後の結核特に肺結核蔓延の傾向を推測しようと試みたのである。

東京湾に於ける「ふん尿」海洋投棄について

著者: 坂野薫 ,   鈴木五郎 ,   上野武 ,   長信良

ページ範囲:P.391 - P.394

 東京湾口に於ける「ふん尿」の海洋投棄による被害問題は清掃法の改正により,一応その結末を得たが,沿岸都市では一般に余剰「ふん尿」の処理として海洋投棄にその活路を見出す傾向が強くなつて来た。著者等は昭和30年度より,東京湾内と「ふん尿」の投棄地点について調査を実施したので,その結果をここに述べる。

九州,北海道等の炭鉱從業員寄生虫相の比較研究(第4報)—試験管培養法による集団検便で見出された糞線虫保有者について

著者: 佐々学 ,   林滋生 ,   田中寛 ,   白坂龍曠 ,   三浦昭子

ページ範囲:P.395 - P.397

 我々は1956年度に三菱鉱業健康保険組合の被保険者28,445名について,塗抹,浮游,培養の3法併用による集団寄生虫検便を実施し,その成績の一部はすでに報告したが,これらのうち,九州地区より3名,北海道地区より3名の糞線虫保有者が培養法により検出された。さらに,1957年度に九州本土の地方地区筑豊炭鉱従業員の家族26,630名について同じ3法併用法で検査したうちからも培養法で3名の陽性者を見出した。保虫者数は総人員にくらべて甚だ少数ではあるが,培養法を広汎に実施して糞線虫を検出した研究報告は少なく,かつ北海道在住者にも糞線虫保有者が存在することは未記録であり,それら保虫者の状態を記録に留めておくことは疫学的にも臨床的にも意義深いと考えたのでここに簡単に報告することとした。

栃木保健所管内に於ける鉤虫感染について

著者: 五月女謙一 ,   富祐次 ,   大島豊正 ,   水野孝重

ページ範囲:P.398 - P.399

まえがき
 最近多くの研究者によつて鉤虫対策の重要性が強調されて来たので,私達もこれが対策樹立のため,昭和31年2月以降昭和32年9月に亘つて管内の感染状況其の他の調査を行つたので,一部集団駆虫の成績と併せて報告する。

文献

未熟児及び新生児死亡よりみた妊婦健康管理の意義,他

著者: 西川

ページ範囲:P.350 - P.350

 ニユヨーク市の妊婦管理計画に参加していた婦人と一般市民の未熟児及び新生児死亡率を比較して,Comprehensive医療計画を受けた婦人では未熟児も少なく,新生児死亡率も低くとどめえたことを報告している。妊婦管理計画に参加している婦人(HIP-Health Insurance Plan)では妊娠3カ月以内から胎児に対する診療を受けるものが67%もあつたが,一般婦人では47%であつた。白人が最も高率で,次が非白人,プエルトリコ人が最低であつたが,上の関係は人種に関係なく認められている。また未熟児の生れた率でも,母の年令により訂正して一般市民のそれよりHIPが低く,人種のちがつた群でも同様の関係がみられた。白人では一般人が生産100に対して7.7であるのに,HIPでは6.9であり,非白人でも一般が11.4に対しHIPが10.8であつた。新生児死亡率は,一般婦人では出産1,000に対して38.1であるが,HIPでは,母の年令構成を一般婦人に訂正して23.9である。白人の一般市民では29.4であるが,白人のHIPに属するものでは20.8であつた。非白人ではこの差が一層大きく,53.0に対してHIPは35.6であつた。

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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