icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生23巻2号

1959年02月発行

雑誌目次

特集 高血圧の疫学

公衆衛生と高血圧

著者: 吉岡博人

ページ範囲:P.113 - P.114

 昨年10月9日に「疫学研究会」の一つの試みとして「高血圧の疫学」がとりあげられた。昨年4月,熊本における「日本衛生学会」のシンポジウムとしても,「高血圧の疫学」が主題となつた。また同じく10月の福岡における「日本公衆衛生学会」の「自由集会」にも「高血圧」がとりあげられた。また私の関係している「東京女子医科大学学会」の10月の総会にもシンポジウムとしてやはり「高血圧」が主題として討議された。そしてどういう因縁か,私がいつでもその司会者の役を仰せつかることになつたが,はなはだ奇妙な廻り合わせという外はない。こういう風に,公衆衛生の主要テーマとして「高血圧」がとりあげられるようになつたのは,一体いかなる意味であろうか。なぜ,ブームのように,こういうテーマがとりあげられるのであろうか。しばらく,この問題について考察を加えてみたいとおもう。
 公衆衛生の研究対象が,過去においてもつぱら急性伝染病,ことに病原体の発見のごときに主力をそそいでいたことは,読者のよくしつておられるところである。そして,臨床医学が「稀有なる一例」を研究することが,その主要なる任務であつたように,衛生学もとかくそれほど社会的には患者の頻度が多くなくとも,未発見の病原体に対し,プリオリテートを争うようなことが,それら学者の誇りとしたような時代があつた。ことにドイツ流の衛生学がその歴史的因縁から細菌学との区別が明瞭でないために,衛生学すなわち細菌学のような観を呈した。

高血圧の疫学—日本の現状・農村の実状

著者: 吉田央

ページ範囲:P.115 - P.118

1.脳卒中の都鄙別死亡率
 脳卒中による死亡の状況を訂正死亡率によつて都鄙別年代別に観察した吉岡らの論文1)によれば,明治末年から昭和10年まで都市は農村より常に高位であるが,都鄙の死亡率曲線の間隔は明治から大正,昭和となるにつれて次第に狭くなる傾向があることを指摘している。しかし,それ以後の死亡率については都鄙別の資料がないため明らかにしえないので,こころみに金の研究2)から都鄙の一例として東京を中心とする5つの県について,脳卒中訂正死亡率の年次的推移をみていくと,第1図のような死亡率曲線をえた。明治32年から昭和10年まではほぼ常に東京が高率をしめしているが,昭和22年になると東京と各県との死亡率曲線の位置は全く逆転して東京が低率となつている。ここにあげたのは男子の死亡率曲線であるが,女子の死亡率についてもほぼ同様のことがいいうる。ただし,女子の死亡率は各年次全国各府県とも,男子よりも明らかに低率である。戦時中は各県とも死亡率の低下をしめしているが,東京都の死亡率がより急激に減少しているのは,いかなる理由によるのであろうか。また,金は脳卒中の死亡率を職業別に観察して,昭和30年,男女総数の訂正死亡率の順位を,"農林,漁業従事者及び類似職業従事者"が第1位をしめ,第2位は"採鉱,採石従事者"であり,第8位の"管理的職業従事者"に次いで最下位が"事務従事者"であると述べている3)

岡山県における高血圧の現状

著者: 岩崎辻男 ,   安江正子 ,   伊達寛子

ページ範囲:P.119 - P.122

1.はじめに
 岡山県の中枢神経系の血管損傷による死亡は大正年間には結核と肩をならべ,大正14年には死亡の一位を占めその高率のまま横這いの状態を示していたのが,戦時中一挙に低下し結核とその位置を変えていたが,再び上昇を示し,昭和26年以来全国平均と等しく,常に他の老衰,癌等の成人病と共に首位を占め,とどまることなく上昇し,このまま放置すれば戦前最高の昭和14年に迫るのも程遠くないという感じを抱かせていた。岡山県衛生部は昭和29年来,県南部,赤磐郡山場町,県北部,真庭郡新庄村の二地区に高血圧を中心とする精密検診,栄養調査等を冬季,夏季にわたり行つていたが,この調査をもとにして昭和32年には,県下18保健所を中心として,町村別,脳卒中訂正死亡率に基き,多発地区より順次岡山大小坂内科,赤木眼科,日赤眼科の協力の許に検診を行つて来た。

檢査方法とそのもつ価値

著者: 松岡脩吉

ページ範囲:P.123 - P.127

1.検査項目に荷わされている要請
 検査方法の価値ということになると,それは検査の目的がどこにあるかという点にかかつており,この目的達成における検査結果の重さの位置づけによつてきまつてくる。いわゆる高血圧の集団検診の目標は,高血圧を症状とするような疾患をもつ患者の発見であるが,集団における有病状態を明らかにする以上に,個人における疾患の質的な差や重篤度に応ずる指示区分に割りあてることであり,そして患者の継続管理によつて要はその人のこれからの作業量を最大限に発揮させることに尽きる。
 したがつて,検査項目への要請としては,現症の理解,予後の判定,措置への指針,措置効果の評価といつたことに役立つことであり,そのためにできるだけ少ない労力と費用とで実現可能なものであることも要求される。高血圧の集団検診においては,単に高血圧者を選び出すことでなく,高血圧性患者を選び出すことでなければならず1),高血圧性患者ではしばしば硬化性疾患を合併してもち,逆に硬化性患者では高血圧をその症状としてもつことが多いとはいいながら必ずしもそうでないことも明らかである以上,血圧以外の検査項目も同時に採用して,いわゆる多相ふるいわけを行わなければならない。

眼底所見と高血圧—その疫学的考察

著者: 柳沢利喜雄 ,   新井宏朋 ,   川上秀一 ,   永井孝 ,   武田正治 ,   佐藤泰義 ,   多紀英樹 ,   水野哲夫

ページ範囲:P.128 - P.131

 高血圧,血管硬化の病型,病期,予後の決定に眼底所見の重要な事はすでに認められている1)。近年,病院の患者には眼底検査が汎く実施され,その研究も多い。しかし一般社会に眼底病変ある者がどの位存在し,それをいかに対策すべきかの研究は少ない2)3)。我々は高血圧,血管硬化の予防医学的研究をこの方面より実施しているので最近の知見を報告する。

心電図と血圧の関係

著者: 北田茂 ,   下瀬陽一 ,   中村芳郎

ページ範囲:P.132 - P.135

I.緒言
 臨床的に血圧は低血圧,正常血圧,高血圧の3者に分類される。そして低血圧,高血圧は何れも病的と一応目されるが,その成因はそれぞれ一様ではない。従つて,それら異常血圧の場合の心機能も,各原病によつて著しく相異する。しかしながら,本論文の目的は高血圧症の大部分を占めている本態性高血圧並びに動脈硬化症性高血圧と心電図との関係につき述べる事にあると思われるので,詳細は割愛する。
 高血圧症に直結する死因として,従来,脳疾患,心疾患,腎疾患が注目せられている。欧米ではこれら3者の中,心疾患死が一番多いとするものが多いに反し,わが国では上田1)を始めとして,従来の報告は生前高血圧と臨床診断された症例の剖検の際,圧倒的に脳疾患死が多かつたが,近年,堂野前2),冲中3)両氏の報告にみる如く,心疾患死が脳疾患死を上回る傾向がみられて来た。従つて高血圧者の心機能に対しては生前から注意を払う必要があり,これによつて心機能不全を早期に発見し,又,これが対策をたてる事により,生命の延長が期待出来る。

高血圧診断の手技と方法論

著者: 簑島高

ページ範囲:P.136 - P.137

I.緒言
 昭和33年1〜6月までの厚生省の死亡統計発表によると32年後期に比べて,癌と高血圧による死亡数が増加している。高血圧は血管の破裂,心冠状動脈栓塞,心筋の硬塞,脳卒中及び脳軟化症などの二次的の症状を惹き起し,早晩死の転帰をとらせる結果を招来する。ドイツのStrassburger(1907)は「人は血管と共に老いる」といつているが,今日わが国でもこの高血圧の問題が各方面から注目されつつあることは50才以上の学識,経験の豊かな年令層の力量を充分に利用する上において有意義のことと思う。総ての病気についていえることであるが,高血圧の場合でも,一旦高血圧になつた人を治療することよりは,これを予防することが必要であり,これには早期に高血圧傾向者を診断して発見するための診断の手技と方法が確立されることを要する。
 高血圧の場合,まず第一に問題となるのは血圧の測定とこれによつて決定される高血圧の判定である。多くの医学者は正常血圧者と高血圧者との判定線を最高/最低=150/90に引いているが,他の学者は160/100ともいいあるいは又160/90と主張する人もある。他方に於て,男女別,地方別,季節別などの因子を考慮する必要もあり,劃一的に一線を引くことは困難であると思われる。しかし高血圧者のスクリーニングが予防的意義を持つとすれば,150/90を一応劃線とすることが無難であろう。

高血圧の要因(一般論)

著者: 福田篤郎

ページ範囲:P.138 - P.141

 中年以後の死亡原因の第1位にある脳卒中死に対し,その基礎疾患としての高血圧症が最近公衆衛生学的立場からしても取上げられるに至つたことは喜ばしい。
 本問題の疫学的検討にたずさわつて来た著者の常に思うことは,方法論の確立であり,各研究者の成績を集計し大観し得る態勢をととのえることの必要性である。その意味で著者の年来考え来つたところを述べ,御参考に供し,御批判を得たいと思う。

東北地方における高血圧症の栄養学的研究

著者: 鈴木慎次郎

ページ範囲:P.142 - P.145

 私どもは過去数年間に山形県と岩手県の農民について高血圧症の栄養学的研究を既に7回実施してきた。その成績の概略を述べ,その栄養学的原因を考察する。
 東北地方農民の体型は殆ど皮下脂肪の少い胸囲の秀れた広身型で,栄養状態のあまりよくない筋的作業型である。また,夏季と冬季の体重を比べると,冬季には平均3kgも増加し,夏季の農繁期における労働と栄養との平衡が負になつており,冬期の農閑期まで栄養負債を負つていることがわかる。さらに,男女の体格をくらべると,村によつては男子の割に女子が著しく劣る点が目立つ。中でも高血圧者の体格は,背が低く,厚育にすぐれ軟組織殊に皮下脂肪にとむ者が多い。

高血圧の要因(特に生活環境要因との関係)

著者: 高橋英次

ページ範囲:P.146 - P.151

 個体の血圧は条件をほぼ一定にしても測定毎にかなりの動揺を示すことが多いが,集団的には余り著しい動揺を示さないのが普通である。すでに報告されている世界各地の資料からその血圧水準を見ると,欧米諸国や日本等では成熟期に達した後も殊に40才前後から再び上昇している。しかるにセイロンや北満の住民では中年以後の血圧水準の上昇は見られず,さらに中国南部の苗族や東アフリカの原住民等では逆にこの年令層から寧ろ低下の傾向さえ示している1)。これらの地域的の血圧年令分布の相違は夫々の社会集団の生活環境因子による影響が大であると思われる。
 日本の国内における地方的血圧水準の分布については,測定条件を同じくする報告資料が必ずしも揃つているわけではないが,ほぼ脳卒中死亡率殊に30〜59才の中年期脳卒中死亡率2)〜5)の分布に並行するものと見られる。即ち,地方的にもなお局部的に多少の違いはあるが,東北地方に高く南西地方に概して低い。第1図は多少の時代のずれはあるが,中国地方と東北地方との農村住民の血圧水準を比較したものであり,この辺の事情を物語つている。ただ北海道は例外で,中年期脳卒中死亡率においても全国平均並であるが,農民の血圧水準についても6)7)必ずしも高いとは言えない。

高血圧と家系の問題

著者: 宮尾定信 ,   袴田八郎

ページ範囲:P.152 - P.156

I.緒言
 高血圧(本態性高血圧)の研究上,本症の類型疾患として最も関係の深い疾患は,脳卒中であるが,脳卒中或は高血圧が遺伝すると云う考え方は古くからあつた。文献上1)ではForestus(1529)が初めで,その後1769年Morganiが脳卒中が血族中に多発する事を認め,本症が遺伝するものであると考えた。1876年にはDieulatoyによつて,脳卒中多発の10家系が報告されている。その後本症が遺伝性疾患である事を示唆する1つの現象として,多くの家系が報告されている。本邦に於ても近年に至り,高血圧の成因上に占める遺伝の問題が重視される様になり,多くの調査が発表されているが,本症の遺伝性を示唆するものとして,高血圧患者では,遺伝証明率が非常に高率な事である。第1表に近年の報告を掲げる。
 本症を遺伝の観点から系統的に調査したのはWeitz9)が最初である。氏は82例の高血圧患者を調査した所,本症患者の両親或は片親が脳卒中或は心臓病で死亡している症例が76.8%あり,対照者の30.3%に比し著しく高率であつた。また高血圧者の同胞中約半数に高血圧脳卒中或は心臓病が認められ,その遺伝型式は単純な優性遺伝であると述べている。

事業場に於ける血圧管理

著者: 秋山房雄

ページ範囲:P.157 - P.164

はじめに
 昭和28年秋から現在まで丸5年間,主として東京都内の職員約4,000名に,職場における血圧管理を行つて来たので,ここにその実施状況と共に実際にやつてみた上で感じた点を述べてみたい。何らかの御参考になれば幸である。

高血圧に対する国としての計画私案

著者: 山形操六

ページ範囲:P.165 - P.167

1.はしがき
 中枢神経系の血管損傷,悪性新生物,心臓病及びその他の成人病による死亡は,近年わが国の死亡順位の高位を占め,かつ漸増する傾向を示している。欧米先進国においては既にこの傾向が顕著に現われていたが,わが国も結核をはじめとして他の伝染性疾患による死亡が漸減し,成人病がこれにかわつて国民死亡順位の上位を占めるようになつた。
 国においては,従来からこの方面の研究助成並びに診断,治療面に力を入れて来たところであるが,これらの疾患に対して予防対策を樹立する時期が到来したものとして,既に成人病予防対策協議連絡会を設置し,厚生大臣から諮問中である。近く答申が得られる運びになつているので,それに基いて具体策を実施する予定である。

高血圧に対する県保健所としての計画

著者: 山下昇

ページ範囲:P.168 - P.170

1.緒言
 高血圧問題は今日公衆衛生の重要な課題であり,その対策の必要性については言を俟たないが,行政機関としての県,保健所が,これを如何に取上げ,如何に扱うべきか,即ち高血圧対策の行政化について私見を述べ,且本県の計画の進捗状況を説明して今後の対策の発展を期したい。

隨想

高血圧研究と疫学

著者: 美甘義夫

ページ範囲:P.122 - P.122

 本誌のような公衆衛生専門誌に高血圧症が特にとり上げられるには充分の理由がある。国民の平均寿命の延長高令者人口の増加といつたような現在の事態が,当然高年者の死因の最も重要なものの一つである高血圧症に注意を向けさせるからである。従来本態性高血圧症の研究では,原因や発生に対して非常に大きな努力が払われているが,今日なお単一な原因・発生過程は究明されていない。従つて当分は遺伝体質的因子,精神神経性因子,内分泌性又は体液性因子,腎性因子などが種々な組合せが働いて本態性高血圧を作り上げると理解する他ないであろう。
 しかるに臨牀の面から本態性高血圧症を見ると,特に第二次大戦後陸続と発表された降圧剤により,高血圧のコントロールが有効に安全に行われるようになり,しかも薬物による高血圧の長期調整は単なる対症療法に止まらないことが立証されつつある。即ち本態性高血圧症患者が早晩逢着しなければならない,脳・心・腎の合併症を高血圧の長期コントロールにより軽減し,それによる死亡をも減少して生存率を増加することが示されつつある。この結果は実際的に意義は大きいが,高血圧の発生を逆にこれから結論づけることはできない。

文献

サニタリーインスペクターになるための資格とその養成,他

著者: 芦沢

ページ範囲:P.114 - P.114

 カナダ公衆衛生協会は,サニタリーインスペクターの資格を中学卒(小学卒通算12年制),またはこれと同等以上としている。志願者は同協会の9ヵ月の通信教育をうけ,指定地で実習課程を卒えなければならない。通信教育用には,同協会編集のインスペクター必携が1937年来絶えず改訂されて出されている。講習を終えると論文3編,口頭試問,実習および実習リポートの提出を含む地方衛生部局の試験を受ける。口試の試験官は衛生部局係官,サニタリーインスペクター,獣医師もしくは衛生技師の3者からなる。なお連邦政府は独身者には月125ドル,妻帯者には175ドルの奨学金を出している。モントリオール大学の衛生学部には4カ月の全日制コースがある。オンタリオでは衛生局が6カ月の全日制コースと3カ月の実習課程を設けていて,履修者には筆記試験は免除される。大学教育それ自体,何もサニタリアンを作り上げるわけではないが,よいサニタリアンの基礎は大学で培われるという考えなのである。サニタリアンの仕事は,細菌学,疫学,動物学,昆虫学,寄生虫病学,化学,物理学,地学の諸学科と関連がある一方,いろいろな職業の知識も心得ていなければならない。また,知識を知識として知つているだけではだめで,公衆にわかりやすく話せる腕前がなければならない。そういう意味でインスペクターを志す人の性格,志向,態度の観察には細心の性意を払う必要があるとしている。

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら