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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生28巻7号

1964年07月発行

雑誌目次

特集 衛生害虫駆除

殺虫剤抵抗性の現状と対策

著者: 安富和男

ページ範囲:P.376 - P.381

I.はじめに
 殺虫剤に対する抵抗性増大の現象は,すでに古く,Melander(1914)の,ナシアカマルカイガラが石灰硫黄合剤に強くなったという報告に始まる。衛生害虫では,1947年にイエバエ,およびチカイエカのDDT抵抗性が最初に発見され,現在まで,50種近くに対して,塩素系殺虫剤,有機燐系殺虫剤抵抗性が報告されている。
 現在ではもはや,抵抗性の問題を考慮せずに殺虫剤による衛生害虫駆除が進められないくらいであるので,ここで殺虫剤抵抗の発達,消失,交差抵抗性の現状抵抗性昆虫の駆除対策などに関する内外の知見をとりまとめ,御参考に供したい。

新しい殺虫剤とその毒性

著者: 上田喜一

ページ範囲:P.382 - P.388

 新しい防疫用殺虫剤は,既に農薬として開発されたものの中から選ばれることが多い。その際農薬として広汎な殺虫スペクトルを有し,既に確固たる地位を占めたもので,低毒性であるという理由で環境衛生の用途にも採用されるのが通常の経過であるが,また一方,殺虫スペクトルが狭く,あるいは植物体内で速かに分解し無効化されるため農薬としては有望でないが,ハエ,カ駆除の目的なら十分役立つとして活用されるものもある。
 また食毒作用を主目的とする毒餌(ベイト)としての用い方に適する薬剤,落下効果を主目的とする室内煙霧に適するもの,あるいはゴキブリやハエに対する残留効果を狙うなど,農薬とはやや異なる分野で,それぞれ独自の殺虫剤が開発される可能性がある。

害虫駆除の生態学的対策

著者: 加藤陸奥雄

ページ範囲:P.389 - P.394

I.昆虫の害虫化現象
 原始的な人間社会の生活を考えてみよう。原始社会では,人間は自然界の一種の生物としての生活をしていたと考えられる。
 食物を例にとってみると,全く野生の生物にたよっていたであろう。野生の植物の茎葉や根,或いは果実や種子を求めていたし,石器時代に入っては,投やりその他によって野獣をとらえていたといわれる。

ゴキブリの駆除

著者: 井上義郷

ページ範囲:P.395 - P.400

 ゴキブリの駆除法の一つとして,蒸したジャガイモに,硼酸を混ぜたものを毒餌として適用する方法が一般に広く知られている事実から,ゴキブリの駆除は,個々にはかなり古くから行なわれている事が想像されるが,しばらくの間はその技術的な進展は,全国的に大きくとりあげられたハエ蚊駆除運動のかげにかくれていて,殆んどみられなかった。しかし,その間にあっても,新たな合成殺虫剤の登場に伴ない,近代的な駆除技術の検討は,実験的にすでに実地に進められていたわけであり,たまたまそれが大きく一般にとりあげられるようになったのは,最近のポリオの流行時からと云ってもよいであろう。ゴキブリの疫学的な意義はひとまずおくとしても,当時,ハエと全く同じ意味で不潔な害虫として,その駆除が行政的にも考慮された事がきっかけとなり,一方では,ちょうどそれに答える駆除技術が或る程度完成をみていた事も幸して,ゴキブリの駆除は急速に進展したと云う事が出来よう。
 このように,ゴキブリの駆除が俄かに注目されるようになった為か,現在一般に行なわれている駆除法には,まず目につく彼等を追廻し,それらを叩きつぶしたり取り抑えたり,或いは走り廻る彼等をめがけて殺虫剤をふりかけたりする,至って素朴な段階から,蒸したジャガイモに硼酸を混ぜたものや殺虫剤の毒餌を適用する方法とか,くん煙,煙霧や局所重点残留処理法など,技術的にはより高度なものまで,いろいろな段階がみられるわけである。

環境的対策

著者: 緒方一喜

ページ範囲:P.401 - P.405

1.環境的対策の意義
(1)環境的対策とは何か
 環境的対策とは何か。この言葉は大へん誤解を招き易い呼び名である。一般には,われわれ人間の生活環境を改善して,害虫の発生し難い,あるいは生活し難い条件を作り出して,害虫の防除を行なう方法というふうに認識されている。つまり薬剤を使用する方法と対比させてこの言葉が使われる,しかし,環境という言葉を厳密に考えると大へんあいまいな名称であることに気付く。
 環境とは,ある生物を取り巻きこれと何らかの交渉をもつ外界の総称である。環境的対策の環境が人間を主体にした環境を指すのか,害虫を主体にした環境を指すのか,ここら当りがまずあいまいなのだが,主体が人間であろうと,害虫であろうと,何れにしろ,殺虫剤も彼らの環境の一つである。つまり,理屈をいえば,殺虫剤を使っての防除法も,環境的対策のうちになってしまう。

蚊とハエのいない生活運動の評価と今後の方向

理念の確立と制度化

著者: 須川豊

ページ範囲:P.356 - P.359

はじめに
 アメリカ軍の指示による衛生班中心の「そ族昆虫駆除事業」が,補助金から平衡交付金にきり変えられ,日本独特のやり方を考えねばならぬことになって,地区組織活動のテーマとして取りあげて以来,5年の歳月を経た。当時の厚生省環境衛生課に勤めて「地区衛生組織」とか,「蚊とハエのいない生活」などの名称を考えたり,毎日新聞に環境衛生地区の表彰制度をもちこんだり,大学の医動物学教室や生物学教室の野外研究を推進して,行政の技術的うらづけのもとに,全国的展開をはかること4年間,橋本正巳氏(現,公衆衛生院行政学部長)の助力により,体系づけつつ全国各地に拡げた。
 昭和29年新潟に赴任し,県段階の規模で推進してどうなるかを考え「住みよい郷土建設運動」と銘うって,「蚊とハエのいない生活を出発点とした地域づくり」の構想のもとに推進して4カ年,いろいろの工夫と悩みを体験した。

地区組織活動による衛生害虫駆除

著者: 吉本静夫

ページ範囲:P.359 - P.361

法的根拠
 蚊,ハエ等の衛生害虫,ねずみの駆除に関する根拠法規は,伝染病予防法で,同法の第16条の2の1項によって,市町村は政令の定めるところにより,衛生害虫,ねずみ等の駆除を実施する義務,また都道府県は,市町村が実施する駆除に対し,計画の樹立,実施の指導などの技術援助を行なう義務が定められている。政令で市町村が行なう駆除については,区域内の住民に対する駆除用薬品の配布,使用法の指導とともに,衛生班を設置して道路,公園,墓地,池,沼その他住民の自主的な活動によって駆除が期待できない場所について駆除を実施すべきことが定められている。衛生班は,人口3万毎に1班,班員4人以内を標準として編成すること,および都道府県,政令市は,この事業のために人口10万毎に1人の,そ族昆虫駆除吏員をおくことが定められている。
 そ族昆虫駆除吏員の資格は,(1)医師,薬剤師,獣医師。(2)大学,高等専門学校等の医学,薬学,獣医学,理学,工学,農学卒業者。(3)中等学校卒業者等で3年以上環境衛生の実務従事経験者。(4)国立公衆衛生院の環境衛生学科修了者。(5)厚生大臣認定環境衛生通信教育修了者。(6)6年以上環境衛生実務従事経験者の何れかに該当する者でなければならない。

長崎市における地区組織活動の1例—便池の集団殺蛆事業

著者: 大利茂久

ページ範囲:P.361 - P.363

 カ,ハエ及びその他の衛生害虫類の発生源は,公共的なものと私的なものとに分けることができるが,長崎市においては,これらの発生源に対し,環境的或いは薬剤による駆除を行なう場合に,前者に対しては市の手で,後者に対しては各家庭の責任において実施されるべきだとの見解のもとに業務を行なっている。私的発生源は特にハエの場合に多く,その主なものに便池,ゴミ箱(溜)及び畜舎等があげられるが,これらに対して各戸単位に駆除を行なってもその効果が里まれないのは明らかで,どうしても地区の組織活動によって,広範囲にわたって一斉に而もその地区の環境に応じた計画のもとに実施されてはじめてその効果がみられるものである。
 長崎市においては昭和27年1月,カ,ハエのいない生活の実践運動を「モデル衛生都市建設事業」と銘打って,本事業に対する市の態勢を整えるかたわら,地区組織活動の育成助長につとめてきている。本事業の推進母体である地区組織の活動には多分に政治性をおびてはいるが,その目的である,カ,ハエの撲滅は科学的に進めなければその成果も永続性も期待できないところから,長崎市では,本事業を始めた当初より,保健所内に衛生害虫研究室を設け,衛生害虫類の実験的並びに実際的撲滅研究を行ない,それぞれの発生に対する経済的かつ効果的な方法を確立すると共に絶えずその効果の判定と改善につとめてきた。

東京都における地区衛生組織の蚊とハエ駆除

著者: 小山寛二郎

ページ範囲:P.363 - P.366

まえがき
 東京都の蚊とハエ駆除活動は①行政庁,東京都の行なうものと,②住民,即ち地区衛生組織の行なうものとに別けられるが,小稿では大標題に従い主として生活運動としての地区衛生組織の行なう駆除活動につき略述したい。まずこれに関する都の歴史をのべよう。

技術体系の確立を

著者: 鈴木猛

ページ範囲:P.367 - P.368

 「蚊とハエのいない生活運動」が,戦後のわが国の地区衛生組織の中心的テーマとして,大きな役割を果してきたことは,いまさらここに述べるまでもない。衛生行政の補助としての立場,ないしは行政の基盤としての国民運動という立場で地区衛生組織の活動を考えた場合に,蚊とハエのいない生活運動は,問題が日常的また具体的でありやればやっただけの効果があり,その効果が目に見えてあらわれるといったような,それ自身の持つ性格の故に,まさしく恰好のテーマであった。
 しかしこれは「地区組織活動の発展から見た蚊とハエのいない生活運動の評価」である。立場をかえて,「衛生害虫駆除の立場からみた蚊とハエのいない生活運動の評価となると,話はおのずから変ってくる。すなわち,地区組織活動を発展させるための手段としては,蚊とハエのいない生活運動は大きな役割を果した。しかしその運動の本来の目的である害虫をなくすためには,この運動は,必ずしも理想的な成果をあげたとはいえないであろう。この両者の立場は,従来しばしば混同して論じられていた。

蚊・ハエ駆除運動の学術的背景

著者: 大鶴正満

ページ範囲:P.369 - P.371

まえがき
 蚊・ハエ駆除の具体的技術については,それぞれの専門家により後述されるはずである。それでここには同方面の一般的問題を取り上げてみたい。
 1963年1月から1年余,筆者は主として英国において衛生害虫,特にマラリア伝播者であるハマダラカの研究に少しくたずさわり,また米独の研究にも接する機会を得た。そして蚊・ハエを含む衛生害虫に関する欧米諸国の研究の態度がわが国におけるものとかなり異なっていることに気づいた。以下,それらの知見も加味しながら,わが国における蚊・ハエ駆除運動の学術的背景について若干の考察を試み,大方の批判に供したい。

効果判定の標準化

著者: 藤戸貞男

ページ範囲:P.371 - P.375

はじめに
 伝染病発生時並びに平常時を問わず,地域社会における昆虫駆除は,市町村の責任のもとに市町村の設置する術生班の活動並びに地域住民の実践活動との連けいにより実施されているが,昆虫駆除はいわゆる発生源対策,即ち公的あるいは私的な環境施設の整備改善と並行して,殺虫剤の効果的な使用が行なわれている現状である。ここで昆虫駆除は一定の年間計画のもとに実施されており実施に際しては保健所,市町村.地域組織などが各々その分野があり,従って効果はあくまでこれらの総合力としてあらわれてくるところに問題がある。そして駆除しようとするものが細菌ではなく,地域住民自らが各々の眼で見て,その効果を主観的にもある程度確認でき,これが与論調査として従来からとりあげられ衛生教育の場としても盛んにとりあげられ来たっている。ところで与論調査結果は直接に昆虫駆除実施計画並びに実験計画の検討に結びつく結果となり,主観的な効果判定をもってすると,やがて昆虫駆除が何ら的を射ない浪費であるという意見もでてくる所以である。昆虫駆除はあくまでも地域住民に対する普辺性と科学性とを兼ねそなえたものであるから,主観的にではなく客観的に効果の判定を実際に地域住民に対しても示しながら昆虫駆除事業の進展をはかりたいものである。

文献紹介

自動車排気ガス暴露の動物への影響,他

著者: 大久保勇吉

ページ範囲:P.375 - P.375

 現在の都市地域において,自動車排気ガスより汚染される大気汚染度の1〜10倍の濃度の排気ガスを,3,000〜4,500Aの波長をもつ人工紫外線で照射処置したものと,しないものとを,モルモット,鼠,廿日鼠を使用して6時間暴露し,肺機能,随意運動能,動物組織の生化学的測定およびANTu処置で障害された動物に対する影響を調査した。この場合,ひとしい濃度をもつ自動車排気ガスに紫外線を照射した場合,その含有成分の濃度において,窒素酸化物およびオレフィンに光化学反応がおこることで,紫外線非照射の場合よりアルデヒド,NO2および全酸化物の増量がみられた。
 肺機能検査にはモルモツトが使用されたが,全呼気流速抵抗は,紫外線照射高濃度汚染空気に暴露したものは上昇した。呼気流速抵抗に対する影響は,高濃度では呼気抵抗より大きかった。呼吸数では,紫外線照射汚染空気に暴露すると減少し,その度合は排気ガスの濃度と比例した。1回換気量は紫外線照射高濃度汚染空気の場合にのみ増加し,その中間および低濃度では暴露した最初の1時間だけ増加した。分時換気量は,呼吸数の減少と1回換気量の増加から,その影響にわずかの減少がみられたが暴露後の測定値は正常範囲にもどっている。

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DESK・メモ—回護の弁

著者:

ページ範囲:P.405 - P.405

 すでに,本号第7頁に次号(第28巻第8号)の予告を掲げて大要を略示したように,「公衆衛生」はいまや一新の気運を呼しつつある。久しく伝統の旗幟をかかげ,多くの読者の眷顧を得てき上た本誌が,夙く「公衆衛生学雑誌」の時代を脱皮して「公衆衛生」と装を改めて以来,一途に学と実践の架橋を企図してきた。顧て現下の趨勢を卜するに,十年一狐裘すでに時流に先後して公衆の衛生と保健を公論するには今一趣の新装を工夫すべき時期と思われる。陽春白雪の詩には和するもの少なしとあるが,読者の要望に応えた企画と編集を考えるとき,強弩の末勢を再び振起して刷新の面目を呈さねばならない。
 刷新の焦点は,再び静穏の学堂に眼を転ずることにはない。かと言って,活溌々地の実践のすがたをただ報告しようというのでもない。望む所はやはり「公衆術生活動における学と実践との架橋」にある。活動に理論を賦し,実践に体系を課することが目的の一であるが,それで尽きるのではない。理論や体系に実践活動の血肉を与えることも目的の他の一である。その意味で,学と実践の両面に公衆衛生の「方法」を提示する雑誌を本誌は意図する。

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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