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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生29巻10号

1965年10月発行

雑誌目次

特集 綜合保健活動成立の条件—第22回日本公衆衛生学会総会シンポジウム

はじめに

著者: 西尾雅七

ページ範囲:P.558 - P.559

〔1〕
 戦後の医学の急速な進歩の恩恵をうけて急性および慢性の感染性疾患の脅威が薄らぎ,いわゆる成人病と俗称されている疾患群が国民保健の問題としての重要性をいよいよ高めてきており,しかも将来においては現代より以上に,その重要性が高まってくることは必須である。このような疾患群は今日の医学の知識においては,これがこの病気の原因だと確に指摘しうるものがなく,日常の生活活動が営まれている中に発生してくる病気であるだけに,過去において国民保健の問題として重要性をもっていた感染性疾患および栄養障害に対してとられていた保健活動の態度では十分に対処できないことは明らかである。また一方戦後における人口政策のコペルニクス的転換によってもたらされた出生率の低下の現状と将来のわが国の人口構成とを考えあわせる時,母子衛生面の活動の重要性はいよいよ高まり,その充実が緊急性をもってきている。このような国民保健とつながりのある諸現象は,わが国における医療の在り方に大きな反省を求めている。これに対し予防と治療とが渾然一体となって綜合的に運営されることの必要性あるいは予防活動,治療活動および更生医学的活動の有機的な結びつきの必要性などが,わが国においても各方面からすでに指摘されている。このような予防活動,治療活動(もとより診断を含んでいる)および更生医学的活動とが渾然一体となって運営されるとき,それを綜合保健活動と呼ぶことができよう。

主題

綜合保健事業の指標

著者: 小倉襄二

ページ範囲:P.560 - P.567

I.綜合医療保健事業に対する要請
 綜合的医療・保健事業のイメージはきわめて不確かで不安定である。どのような構造と内容において展開されるものかという条件の設定も困難である。しかしながら,わが国の医療保障の在り方,それと関連させて,医療制度,公衆衛生の諸施策への討究がなされるときにはこの綜合的医療・保健事業のしくみを考慮することなしには医療問題の要点をとらえることはできそうもない状況である。
 たとえば,1959年(昭和34年3月)に医療保障委員会の最終答申が発表されている。この答申における医療のとらえ方は,まず医療が社会的責任において国民に提供されることを前提としている。さらに「医療保障は予防と治療とが渾然一体となって,綜合的に運営され,国民に完全なる保健サービスが約束されて,国民の健康保持増進を図るところにその意義があるといえる」のであり,そのために「国民のすべてに対し,治療給付および予防給付を受け得る機会が均等に与えられるよう国家ないし,社会の責任において給付の提供方法について措置を講じてゆくこと」の必要が輪郭として描かれている。1963年(昭和38年3月)の「医療制度全般についての改善の基本方策に関する答申」においても,綜合的という視点が重視され,医療の概念と領域を「健康の増進から更生医療を中心とした社会復帰(リハビリテーション)まで」を一連の体系とする包括的医療をとりあげている。

最近の医療保障の動向と綜合保健

著者: 朝倉新太郎

ページ範囲:P.568 - P.574

はじめに
 公衆衛生院の橋本部長は,本誌が企画した綜合保健活動に関する論説の中で「日本の現状についてみると,綜合保健活動を必要とする人口,死因,疾病などの構造的条件は近年かなり著しくなり,その必要性が盛んに強調されるようになった。しかし,病院,診療所などによる医療の機能と,保健所などによる予防,公衆衛生の機能との間には,なお大きな溝があるばかりでなく,根本的には医療制度そのものに医師の予防活動を阻害する要因が大きく残されており,綜合保健活動を実現していくためには,先進諸国の場合に比べてなお根本的な制度的問題を抱えているといわなければならない(橋本正己:綜合保健活動と医療機関,公衆衛生,29(5),252,1965.)」と指摘するとともに,さらにこのような「制度」は「実はそれぞれの国が歩んできた近代化の過程における社会的,経済的,政治的条件の所産であって,保健の問題だけを切り離して考えることはできないのである(橋本正己:世界的視野のなかの綜合保健活動,公衆衛生29(2)64,1965.)」ことを「世界における保健活動の動きを,とくに綜合保健という立場から概観」した結果として述べておられる。

綜合保健の条件は存在しない

著者: 石垣純二

ページ範囲:P.575 - P.577

I.綜合医療を阻むものは多い
 現代日本で綜合医療の必要性がつよく叫ばれる理由は理解できないこともないのです。自然科学の当然の宿命とはいえ,医学は分科しすぎました。その弊害が医学の応用面である医療につよく現われてきました。中でも,成人病の面に誇張的に現われています。
 成人病たとえば動脈硬化性疾患一つとり上げてみましても,その成因についてはさっぱりわからないことだらけですが,とにかくその成因においても,従ってその予防と治療の点においても,患者本人の生活というきわめて多元的で捕えにくいものを抜きにしては一歩も進むことができません。成人病の多くのものについて,生活のうみ出しつくり出した病気という性格が明瞭になってくろにつれ,成人病対策を効率よく行うためには,疾病をもっと多元的に,生活的に,いうなれば綜合的にとらえ直さねばならないという反省が起こってきたのは,全く自然のなり行きといえそうです。ですから衛生教育家の立場からして,わたしは「綜合医療を」という最近の学界一部の声につよく共感し,歓迎すると同時に,残念ながら,現代日木において,綜合医療を阻むものがあまりにも多く強いので,綜合医療を成立させる条件はまったく存在しないとハッキリ結論したいのです。

地域の綜合保健活動—農村医療の立場から

著者: 若月俊一

ページ範囲:P.578 - P.585

まえがき
 私どもの仕事は地域の住民の現実から始まった。いわゆるニードからである。必ずしも医学がかくあらねばならぬという高遇な理想や精神から出たとはいえない。まったく,そのような発想をするには,現実はあまりにも矛盾が多く,あまりにも混乱していて,私どもにその余裕を与えない。山間農民にとり,さし迫って最も解決を要する問題は何か。--私どもは日毎の診療室の仕事の中で,ここを訪れる農民のあまりに多い「手遅れ」に驚き,そのあまりに乏しい衛生知識にあきれた。この手遅れに対して,得意の医療技術の腕をふるうことは重要だ。しかし,彼らにもっと知識と自覚を与え,手遅れをあらかじめ防ぐことは,さらに重要な仕事ではあるまいか。忙しい日夜の診療のひまをさいて,部落の中に入り,巡回診療と予防医学的啓蒙をすることの必要性を痛感した。--私どもはそれをやった。やらざるをえなかった。
 衆知のごとく,WHOは「予防と治療との綜合的運営こそが完全な保健サービスである」といっている。最近のわが国の医療保障委員会假告にも「医療保障は,予防と治療とが渾然一体となって綜合的に運営され,国民の健康保持と増進が図られるところに,その意義がある」と述べている。1946年には,英国のいわゆる国民保健サービス法ができているのだ。いや,その前すでに1921年に,ソビエトロシアでは,全国民に無料の医療を与えるとともに,広範な保健活動の実施を法律化している。

指定討論

公衆衛生活動の立場から

著者: 橋本正己

ページ範囲:P.586 - P.589

はじめに
 「綜合保健活動成立の条件」を主題とする4人の主報告者のそれぞれの立場からのご報告は,日本の今日的課題の解決の方向を探究する上で,きわめて有益であり,貴重な示唆に富むものとして感銘深いものである。私は本シンポジウムの座長から,主報告に対する討論者のひとりとしてご指名を受けたので,以下に主題にそって主として公衆衛生活動の立場から若干の基本的な問題について意見を述べ,ご批判を得たいと思う。

綜合保健事業への出発点

著者: 小川喜一

ページ範囲:P.589 - P.591

 I.
 わが国では,目下医療保険制度を含めて,国民のための保健事業が全くの混迷状態に陥っており,関係者のすべて--医業側,支払い者側,および被保険者側--に不満が堆積して,ゆきづまりの観を呈している。人は,このような現実から一応はなれて,わが国の将来の綜合保健事業のあり方についてさまざまに理想的な構想をえがくことも可能であるし,あながちそれが無意味とはいい切れないであろう。しかし,それらの構想が現実の諸条件とのつながりを見失うにいたるとき,「綜合医療を論じるのは無意義ではないか」,「もっと即効的な小乗策はないか」との主張が現われることも,まことに当然であるといわなければならない。このような意味から,いま綜合保健活動成立の条件を「現実的な」それと解するならば,その場合,まず指摘されねばならないのは,余りにも自明であるがゆえに,あるいは他の何らかの配慮のゆえに,無視されがちな条件である。それは,五島貞次氏によって「医療の最高平等性」という用語をもって直言されるごとく,「所得や所得の顕在的な表象である住宅,服装,文化的施設,娯楽手段,教育や教養の程度,余暇などに関しては,人びとは最低の保障という考え方を容認できる。……しかし,医療に関しては要望は異なってくる。医療の内容については,その時点の医学と薬学の最高のものを,すべての患者に与えたいというのは,医療関係者と国民とに共通な願いといってもよいであろう。

綜合保健活動はすでに始まっている—重点的に,現実的に,そして原始的に

著者: 本田良寛

ページ範囲:P.591 - P.594

I.どのような活動が!
 始まっているというより,すでに各地で,また第一線医療担当者で行なわれているといったほうが正確である。全国的では無いかも知れぬ,また限定された地域のみかもわからぬ,限定された人々のみの活動かも知れぬ。しかし私達の周囲の医療担当者は,重点的に,現実的に,そして原始的と言われるかも知れないがすでに綜合保健活動を日常診療行為の中において行なっているのである。一例をあげるならば,悪口を言われているわれわれの診療中心の日常活動の中において,予防活動への参加,町角の立ち話としか取られていない衛生教育,衛生相談,各種の指導,家庭,生活へわずかではあるが助言,もちろん患者さんの社会復帰への助言,提言,指導,社会問題についての色々な話,社会事業にも及ぶ活動。これらは立派な綜合保健活動の一つである。今回のシンポジウムでの論者が言われんとする綜合保健活動ではないかも知れないが,現実には,住民との問における保健活動は今の日本ではこのような形で行なわれているのである。私達の考えている形とはほど遠いかも知れず,非常に原始的でもある。何故であろうか。すなわち問題はここにあると共に,現実もここにある。問題点を分析する事は重要である。また,あるべき姿を求めるのも必要である。しかし私は,私達の立場から重点的な,現実的な面から話を進めて行きたい。現実を認め理解し,浮かないで今のステップを確実にふみしめ階段を上るべきであろう。

人籟

松香私志—抄出

著者: 長与専斎

ページ範囲:P.557 - P.557

〔6〕
 明治九年米国に於て独立百年万国博覧会を設け,同時に万国医学会を開くの挙ありて,我が政府へ通知ありければ,余は同国出張の命を蒙り,三宅秀,岩永省一の人々を伴ひ,六月下旬を以て横浜に到り,陸軍省の視察員野津道貫伯爵,福原実,黒田久孝男爵,石黒忠悪男爵,川崎瑞,福島安正等の一行と同船にて纜を解きぬ。斯くて八月の初に彼の国に着し,先づ費府に赴きて医学会に参列し,博覧会を縦観し,それより紐育波士頓華盛頓智加護等の諸府を巡遊して衛生行政の視察をなせり。
 往年大使に随ひて此地に来りたるときには,只見聞するが儘に打任せ,只管欧州の方へと心急歩れて,言はば漫然通過するに過ぎざりけるが,這囘は多少実地の経験を有し,取調の腹案もありて,見聞するに従ひて疑義を生じ,視察の間頗る趣味あるを覚えたりき。

研究

巨大児(出生時体重4kg以上児)に関する研究

著者: 清水寛 ,   渡辺清綱 ,   大島一良 ,   窪田英夫 ,   栗原久子 ,   田中富子 ,   渡辺チイ ,   笹井安佐子

ページ範囲:P.595 - P.603

緒言
 出生児体重の大きいことと分娩障害との関係については,小西池1),三谷ら2),柴田ら3)の研究があるが,小児の精神的,身体的発達が出生時高体重であることによっていかなる影響をうけるかについてはほとんど研究されていない。われわれは東京都内16保健所において,出生票により出生時体重4kg以上の児(以下「4kg児」という)の全員について,母子手帳の調査,母親の問診,ならびに3歳児検診などの方法によって,出生時の状況および3歳時の精神的,身体的発達の状況を調査してこの問題を解明しようと考えた。主な調査項目は,1)出生頻度とその背景,2)出生時の状況,3)出生後の経過と3歳時の精神的,身体的発達,4)予後の問題などである。

連載講座 公害・5

騒音・1

著者: 片山徹

ページ範囲:P.604 - P.607

まえがき
 最近いわゆる「騒音」については,識者の関心を集めるようになつてきたし,公害の苦情,陳情件数の状況をみても大気汚染,水質汚濁を上まわり最高位を示しており,今後も都市化がさらに進展していくにつれて複雑多様化し,深刻化していくと思われる。また振動は騒音と付帯して発生することが多く,公害の一部を構成している。しかし,これまでに騒音とくに都市騒音に関する問題は看過されてきたのではなく,たとえば都市騒音の実態調査については,地方公共団体,大学,研究機関などでなされ,何らかの対策の樹立に努力されてきたのである。その他の関係各方面でも「騒音防止」のための論議がなされてきている折からわが国の都市騒音の現状について紹介したい。

時事内報 NEWSLETTER

母子保健法の成立

著者:

ページ範囲:P.610 - P.610

 今春第48回国会に提出されて以来,各方面で論議を湧かしてきた母子保健法案は,その後継続審議となり一時成立が危ぶまれていたが参議院議員選挙後の臨時国会において修正のうえようやく可決成立した。

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NEWS REFERENCES in August '65

ページ範囲:P.608 - P.609

成人重症精薄者に年金今年の9月から障害福祉年金として月2000円が支給されることになり,1日から市町村の窓口で請求を受付ける。(1日・朝)
 日本脳炎,各地で猛威31日迄に厚生省に入った報告による患者数は165人(41人死亡)で昨年同期より48人も多く,殊に九州地方の多発が目立っている。

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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