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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生29巻4号

1965年04月発行

雑誌目次

特集 農村の保健 談話室

農村保健を考える

著者: 西野陸夫

ページ範囲:P.186 - P.187

 人間の健康に関係する諸因子は先天的な素因と後天的な要因の二つに大別することができる。先天的な素因は優生学的な面から改善しうるものであるが,後天的な要因はそれぞれの人の環境によって左右される点が多い。健康を保つためには医学的な面のみでなく,さらに広い社会的,経済的立場から生活環境を改善する必要があると考えられる。
 農村における保健衛生状態を改善するには,まず日本農村の特質を把握することが大切であり,公衆衛生活動を効率的に推進するためにも住民の公衆衛生的問題に対する態度,これを規定する農村住民の「考え方」の特徴をつかんでおくことも必要であろう。

主題

農村保健の課題と対策—高度経済成長下の農民の健康障害を中心にして

著者: 若月俊一

ページ範囲:P.188 - P.194

■変貌する農村・農家・農業
 現在,農村は急速にそのかたちを変えている。第一,最近の高度経済成長は農業人口を著しく流出させ,いわゆる「地すべり」的変動をひきおこしている。特に若い世代の流出が大きな問題である。次に農家のはげしい兼業化の増大である。その中で,古い農村の封建的ななごりがぬぐい去られたとはいえないが,新しい村の近代化への道がどんどん進められている。農家の生活も,古い「家」の制度は解体しつつあり,近代的な家族関係が急速に芽生えている。資本主義的な考え方,賃労働者的根性も急速に伸びつつある。昔からの「四つん這い仕事」の零細な経営から,機械化,共同化への新しい努力が始まっている。
 しかし,こうした新しい姿にもかかわらず,他面,貧しいもの,お粗末なものが依然として内部に残っているのはどうしたことか。--そして,それが,今日農村民の健康をむしばんでいる元兇のように思えるのだ。それは,農村の変貌が成長した自分の力で自然になされたのでなく,いわゆる高度経済成長の工業本位の施策の中から,いわば外部の力によって「ムリになされた」ためではなかろうか。

僻地の保健問題にどう対処するか

著者: 柳沢文德 ,   松崎泰夫

ページ範囲:P.195 - P.199

 はじめに 僻地という言葉の定義づけによって,問題の解釈が多少ちがってくる。かってのわが国では,城下町,商業・鉱業発展地区以外は田畑または森林であって,このような第一次産業中心地区はみなしいたげられた農民のあつまりで成立したのであった。農林業地域と僻地とは縁の深いもので,たとえば広辞苑をひけば「都に遠い土地」となっており,いわゆる田舎である,今次大戦後は第一次産業地区の様相も著しく変わった。僻地の定義づけとして,行政上からみて,その性格を端的にしめしておるのが「隔遠地手当支給官署の指定基準―人事院」であろう。文部省の「へき地教育振興法」もこれに準じたものである。この内容を詳しく述べる余裕はないが,簡単に表現すれば,交通条件および自然的・経済的・文化的諸条件に恵まれない地域となる。僻地というところは,人の住居に不利なところであるわけである。必然的にその地域住民もとくべつにめぐまれぬ生活をはじめからよぎなくされておる。とうぜん健康についても好ましくない。都市と対比すれば,公害問題が少ないという以外に,生活としてすぐれていることはない。山奥の村であっても,歩いて1〜2日以内に,その地方の一つの中心的都市に出られるが,離島になったら,船が島にこないかぎり,都市には近づけないというくらい,離島は文化から隔絶されている。かつて,東京都下利島に調査にいったが,船が寄港しないために2週間の滞在をよぎなくしたという経験すらある。

山村の保健問題にどう対処するか—山村についての事例研究

著者: 額田粲 ,   佐々木武史 ,   石崎龍雄

ページ範囲:P.200 - P.203

 筆者らは昭和34,35年度の厚生科学研究班の一員として,京都市および三重県下の無医地区を調査し,その結果を本誌に報告したが,昭和39年8月,京都市の同一地区について,京都市民生局と共同して調査する機会を得たので報告する。

漁村の保健問題にどう対処するか

著者: 高橋英次

ページ範囲:P.204 - P.206

 漁村の保健問題といっても,われわれの教室でとくにこの問題に取組んで研究しているというわけではない。脳卒中の疫学的研究の一環としてしばしば漁村住民を対象とする集団検診を実施する機会があるということから,漁村の保健問題にふれるだけである。ここにはそのような機会に感じたところを述べるにすぎないことを,予めおことわりしておく。
 一概に漁村といっても種々の形態がある。日本列島周辺における魚族分布の時代による変遷もあって,現在では海岸に存在する村がすべて漁村であるというわけにはいかない。ことに砂浜海岸には漁村は少くなっており,海岸に存在しても村民の生活は海とは縁の少いものになってきている。

農薬中毒問題にどう対処するか

著者: 上田喜一

ページ範囲:P.213 - P.216

 統計からみた農薬中毒重症な農薬中毒は,10年以前と比較すれば確かに減ってきた。代表的な有機燐殺虫剤パラチオン(フォリドール)を例にとってみると,第1表のような経過をとっている。ことに昭和37年以後は一段と目だって,38年は一般中毒数および散布作業に原因する死亡は,それぞれ1/2近くまで下り,自殺さえもへってきた。この原因は後に述べるように,低毒性の農薬が普及し,パラチオンの使用量,したがって使用機会が減少したためと考えられる。たいへん喜こばしい傾向であろ。昨年(39年)の統計はまだ集まっていないが,同様の数字が示されることと期待している。
 昭和38年はこのように中毒の少い年であったが,パラチオン以外にどのような中毒があったかを示すのが第2表である。中毒数では有機燐EPNが第2位だが,イネのメイチュウに対し,大量に使われている現状では当然であろう。しかし散布による死亡が0なのは,この薬の経皮毒性が低いことを示している。自殺の第2位へは有機塩素剤エンドリン(毒物)が躍進し,かって騒がれた有機燐テップ自殺は29と激減した。これは数年前テップが犯罪に使われた事件があり,生産量を控えめに抑えているからである。

屎尿処理問題にどう対処するか

著者: 松村龍雄

ページ範囲:P.217 - P.218

 いとぐち 戦後の蛔虫症の蔓延していた時代に,私どもは蛔虫予防に志し,屎尿の殺卵剤による処理を研究したことがある。私どもが屎尿の化学処理を行なったのは,操作が簡単なことの他に,自然界における屎尿の腐熟による蛔虫卵の死滅のメカニズムが,化学的な過程であることを知ったからである。
 研究の詳細は,以前に再三発表しているので省略するが,肥溜に燻蒸剤を中心とする殺卵剤を投与することを研究し,強力な殺卵剤として臭化メチル,臭化エチル,沃化メチル,沃化エチル,二硫化炭素などを得た。これらは,いずれも,肥溜の中に,2,000分の1の割合に投入すると,1週間ないし2週間で蛔虫卵を100%近く殺すことができた。このように薬剤処理した屎尿を用いて野菜を栽培し,それを食べておれば,蛔虫の感染は予防されるわけである。

出稼ぎ問題にどう対処するか

著者: 立身政一

ページ範囲:P.219 - P.221

 秋田県農村の出稼ぎの実態農村の出稼ぎは今に始まったことではない。しかし,近年特にそれが問題化してきたのは,それ自体数が大きくなったと同時にその影響が社会的に大きくとりあげられねばならなくなってきたことによるのであろう。しかも,農村の山稼ぎといえば秋田県が必ず例に出されるほどであるが,調査に現われただけでも,秋田県では昭和35年度15,000人前後であったものが,36年度には21,000人,37年度には29,000人,38年度には3,9000人と急増している点からもうなづけることである。さらに昭和39年度は4月の調査においてすでに45,000人にのぼっているのである。また,それに伴う家族悲劇の発生まで再三報道されるにいたっては問題化されるのも決して無理のないところであろう。
 以下,秋田県農業会議の面接ききとり調査による資料を参考にして最近の農村出稼ぎの動向を概観することにする。まず世帯内のどういう立場のものが出稼ぎに出ているかというと,長男の43.6%,世帯主の40.7%がその大部分を占あ,次いで,次三男の7.0%,養子の4.1%ということになっている。それぞれの絶対数の如何にもよることではあるが,秋田県においても,次三男の出稼ぎ時代はすぎて,今や,長男・戸主の出稼ぎ時代であるといっても差しつかえない。

農業構造改善の一指標—健康指標の設定とその多面的綜合的活用について

著者: 小野寺伸夫

ページ範囲:P.223 - P.228

 課題解決の前提わが国の農村がまがり角にあることは衆知のことであるが偉大な農村を建設するためには幾多の山積する問題を綜合的に解決してゆくことが重要とされている。開放経済体制に入った今日において世界の農業情勢を検討しつつ日本農業のもつ風土的特徴,資源力,生産性,自給力について考察を深めてゆくことが大切であるばかりでなく国際的位置づけを冷静にみつめる能力開発も必要であると思う。また,わが国経済の成長とともに家族労働を中心に狭少な土地を耕作しつづけてきた農業は他産業との格差を大にし,しかも農村人口の流出,特に若年労働力の農業離脱,中年農業就業者のやとわれ兼業,出稼ぎの増加を基盤とした現代の社会変動は必然的に三ちゃん農業を生み,婦人や老令層の労働強化をもたらし母子保健や疾病構造に由々しい問題を提起している。また生活の面においても都市化傾向を強くする反面,支出の増大,生活様式の変化という大きな変動をもたらしている。かかる社会変動に対処し他産業と均衡のとれた生産性の高い農業とするため経営規模を拡大し機械力畜力を導入し資本の集約的投下をはかろうとする努力は農業基本法の制定とともに大きく展開しようとしている。
 併しながら現状においてはかかる農政の努力の成果は遅々としており,その背景には資本力の不足のみならず経済不況が訪れ雇傭条件が変動しても耕地さえあればなんとがなるという意識が,農地の流動を阻止し農業構造改善の足どりの重さを感じさせている。

地域活動

農村での衛生指導のむずかしさ

著者: 村江通之

ページ範囲:P.207 - P.212

 先輩の研究したがらなかった農村衛生と取りくんでみたさに,昭和22年夏,恩師や同僚の反対をおしきって母校熊本医科大学から鳥取大学医学部の前身の米子医学専門学校教授に転出した。そして,後進性のつよい地方での公衆衛生学上からの大衆指導は,どのような手段をとるべきかを考究し,まずこの地方の民情を知ることが必要と気づいたのである。
 このときは終戦後の混乱期でもあり,大衆の生活は長期間の戦争による不自由な生活のため,国民の80%以上が回虫を保有しているとさわがれていたときでもあった。そこで米子の周辺,すなわち鳥取県西部地区の民情と大衆の生活状態を観察するため,米子ならびに境港市(当時は西伯郡内に属した町村の合併により誕生した)と西伯郡下などの小学校(50校)と中学校(新制20校)との子どもたちの回虫寄生状況を調べた。調査成績はすでに発表ずみである1)2)

精神衛生活動の基礎的調査研究

著者: 斉木佐代子 ,   世古貞子

ページ範囲:P.237 - P.245

 精神衛生活動のための基礎調査としては,地域社会の中にある精神障害者の実態,精神病院退院者の動態などの他に,地域社会の住民が,精神疾患ならびに精神病院に対する認識の程度を知ることが必要である。
 地域社会の中にある精神障害者の実態把握に関しては,昭和38年に厚生省がおこなった精神障害者実態調査1)において,全国的推計がおこなわれているが,その実態については,各地域によりその把握のされ方に大きな差があることが示されている。すなわち保健所に併設されている精神衛生相談所は,わが国における数少い精神衛生活動機関のうち有力なものであるが,その運営と住民の利用度,担当地域の実態把握度は所長により大きな差を生じさせているといわれる2)。従って,一つの地域社会の中における精神障害者の実態の真の把握は,多くの関係機関の協力のもとになされなければ目的を達しえない。我々は,諸機関の協力を得るために必要でもあり,またいったん医療機関との連携をもった精神障害者の将来の健康管理のためをも含めて,精神病院退院者の動態および,地域社会の精神病院に対する依存度などについて検討を加えたので,ここにその概要を述べる。

追悼

嗚呼 沢内村の深沢村長

著者: 及川俊平

ページ範囲:P.246 - P.247

 保健所の助言援助がとくに沢内村に向けられたわけではないのに機会あろごとに『私は村の行政の第一に保健衛生を掲げてやろつもりであるから全面的に援助指導してもらいたい。私は全くの素人ですから』と底光りのする眼に微笑をたたえて言われるのが常であった。東北帝大の法文を卒業されたという点で私の先輩に当っているというだけで,村長就任前はあまり印象に残らない人だった。
 世の常の市町村長の場合は口には保健行政の推進を唱えても実際に実行してくれる人はほとんどないのに,深沢さんは2期8年の村長在職期間に次ぎ次ぎと施策を打ち出し強力にその実現を図ったのには,むしろ吾々が引きずられている感じさえもったのである。

松香私志—抄出

著者: 長与専斎

ページ範囲:P.185 - P.185

〔1〕
 安政元年,六月下旬大阪に着し,緒方洪庵先生の門に入りて束脩の儀を行ひ,日ならずして北浜の塾に寄宿しぬ。此の塾は適塾と称へ,四方より来り学ぶもの常に百人を超え,四時の輪講絶ゆることなく,当時全国第一の蘭学塾なりき。輪講は学生を八級に分ち,毎級月に六回の定日あり。籤を探りて当日の席順を定め,其首席者先づ数行の原書を講じ,次席より問をかけ順次末席に至る。一問毎に会頭勝敗を判ち,勝者には白点,敗者には黒点を附す。首席講義の役を卒りて其日の会を了す。さて一ケ月の点数を調らべ,白点の最多きものを其級の上席として毎月席順を改め,三ケ月続きて上席を占めたるものは進んで上級に移る。
 されば輪講の勝敗は一身の面目非常の競争なれども,銘々字書頼みにて説を付け,一語一句たりとも私かに人の教を乞ふが如き卑劣のことをなすものなく,皆自分一己の工夫を凝らして学力を斗はすことなり。

連載講座 公害・1【新連載】

緒論

著者: 橋本道夫

ページ範囲:P.230 - P.233

 公害という語の受けとり方はさまざまでも,日常生活と健康を脅す条件が急速に暴威を加えていることは,各方面から対策要望の声の高いことからも察せられる。公害についての基本的な知識を与え正しい姿勢を示唆すべく,公衆衛生関係者にこの講座を贈る。

時事内報 NEWSLETTER

昭和40年度保健所関係事業の方向

著者: 榊孝悌

ページ範囲:P.236 - P.236

 新年度の衛生行政の方向を示すものとして,例年おこなわれている全国都道府県衛生主管部局長会議は1月21,22日の両日,厚生省で開かれ,続いて防疫(2月8日),結核(19日),精神衛生(10日),保健所(16日),母子衛生(18日),の主管課長会議がそれぞれ開催されたので,この中から保健所活動に関係する主なものを紹介する。

モニター・レポート

山村に生まれた血液銀行/岐阜県の血液センター店開き

著者:

ページ範囲:P.228 - P.228

 岐阜県武儀郡上之保村は,岐阜市から長良川の上流に沿って,さかのぼること約40キロ,人口4,300人位の林業を主とした僻村である。こんな僻地でも最近では,カミナリ族が横行してそのために,交通事故がおこったり,また緊急の場合,輸血の間にあわぬことなどがあって,村民も困っていた問題である。今までにも,血液がもう200cc余分にあれば助かった例もあり,また逆に村民の献血によって,尊い生命の助かった例もあり,このさい村民が一体となって献血,預血運動にのりだそうということになった。
 村会が開かれた席上で献血条例が定められた。

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DESK・メモ 農村保健に骨格を

著者:

ページ範囲:P.206 - P.206

 本号は「農村の保健」と銘打っているが,はじめは「農業構造改善」に焦点を絞ってみようという発想だった。この方は問題がむずかしく,本誌の久しい伝統の中で農村問題を扱うことさえ実ははじめてではなかったかという反省もあって,保健と絞って,取り組みやすい特集をまず成功させようということになったのである。
 一応,農山漁村と僻地の問題を網羅しているし,農薬中毒,屎尿処理,出稼ぎは大きな農村保健問題のハシラだという訳でとりあげた。ただ,主婦農業,妊婦対策といった面が執筆依頼者の事情で洩れてしまったのは,かえすがえす残念だ,若月氏の長文の主題記事がこの不足を充分補ってはいるが。とまれこういう視点で本誌が農村保健をとりあげ得たことは嬉しいし,意味のあることと思う。

NEWS REFERENCES in February'65

ページ範囲:P.234 - P.235

身体不自由児を対象とする養護学校
 はがらあき 国立では国内唯一の東京教育大付属「桐が丘養護学校」は応募者が少く,教室のほとんどががら空きで開店休業のありさま。生徒が殺到するとの予想がはずれ,先生方は首をかしげている。(1日・朝)
自民党幹部医療費問題対策を協議
 支払側説得に全力をあげることに一致。(2日・朝)

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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