icon fsr

文献詳細

雑誌文献

公衆衛生30巻8号

1966年08月発行

文献概要

随想 明日を担う公衆衛生

轟沈記

著者: 古川元宣1

所属機関: 1リハビリテーション大神子病院

ページ範囲:P.426 - P.427

文献購入ページに移動
 「ずだーん!」。地底からゆさぶり上げるようなものすごい爆発音と衝激で私の身体はベットから一尺も宙に浮いた。昭和20年2月20日午前2時30分,南支那海の真中で,私の駆逐艦"野風"に敵潜の魚雷が命中した。常に不安と恐怖のうちに期待していた瞬間がついにきたのだ。反射的に,「生きるのだ」という執念に私の全心全霊は凝結した。その直後,艦は左舷を下にして真横に傾いてしまった。暗闇の中を,垂直になったフロアをよじ登って,下から重い鉄扉をおし上げ,そのすき間からかろうじてにじり出た瞬間,まさに間髪を入れず艦は水中に没し,私はもの凄い渦巻に水面から4.5メートルも引きこまれていた。私より遅れた百名ぐらいの者は皆,艦と運命を共にしたのである。海底では,無数の夜光虫がたち昇る泡とともに青白く光る美しい光景を今もなお思い出す。六高,阪大時代とも水泳選手として猛練習で鍛えぬいた私は,水には自信があった。星明りの中に波立つ海面には三々五々数十人の乗組員が浮いていた。私は板切れや棒切れを探し集めて,苦労して束を作った。助けられるか,死ぬか。いずれかの終末を迎えるまで,これにつかまって頭だけ出して漂流を続けることになろう。周囲の兵たちを呼び集めた。ちょうど10名だった。もはや何もすることがないと思った時からひどい寒さが襲ってきた。骨の髄から冷え切って,地上ではとうてい味わえないようなものすごい寒さである。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1170

印刷版ISSN:0368-5187

雑誌購入ページに移動
icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら