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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生31巻10号

1967年10月発行

雑誌目次

これからの保健所 主題

地域保健計画における保健所の機能と役割

著者: 東田敏夫

ページ範囲:P.554 - P.562

 保健所は「曲り角」にきているという。
たがそれは後退のためではない。前進のための「曲り角」である。住民はますます保健所の活動をもとめているから――(本稿序文より)

保健所の機能と構造に関する考察

著者: 橋本正己

ページ範囲:P.563 - P.572

 公衆衛生活動の場での保健所の位置と役割は今日の地域保健活動の焦点でもある。時代の変遷とともに変貌をとげてきた保健所の機能と構造についてあらゆる角度から検討を加えてみた。

研究報告1

北海道へき地の保健計画と保健所の機能

著者: 杉田泰宏

ページ範囲:P.586 - P.592

はじめに
 北海道の農漁村は,地理的条件から交通事情も悪く,そのうえ積雪寒冷地帯であるため,市とその周辺の町村を除けばほとんどへき地農漁村といえよう。実際,北海道の人口密度は65.9人km2で,全国265km2と比較にならない人口稀薄な開発の遅れた地方である。しかし「へき地」をいかに規定するかによってその内容はいろいろに変わるものと思われる。そこで,一応人口密度により町村を区分し,人口密度20.0以下の町村を45道立保健所のうち18保健所の管轄の89の町村のうち14町村を選出し,標本町村として実態把握を試みた。それらの標本町村の保健水準がはたして包括的にどうかを判定するため,三木,岡田などが行なった「保健水準の順位づけ(成分分析法を用いて総合得点算出)」を利用したところ,Z-scoreは-1.397となり,最下位グループに属し,一応包括的には保健水準の低い地方であることがわかった。

研究報告2

農山村における保健事業と保健所事業

著者: 前田信雄

ページ範囲:P.593 - P.597

 今日の農山村は,出稼ぎや過疎化という社会的激動にくわえて,保健問題でもいろいろ深刻な問題をもっている。今まで筆者が2,3見聞したり調査した東北地方の農山村を具体的にとりあげてみて,この保健事業と保健所事業の今後の方向を,試論的に論じてみることにしたい。
 本論にはいる前に,以下随所でふれるA村とB村との概況について述べておく(第1表)。この二つの村は奥羽山脈をはさんで隣りあっている豪雪地帯の山村である。地理的・産業的にはよく似た村であるが,社会施設や保健事業のうえでは大きなちがいがみられる。A村は完全な無医村であり,B村は40床の村立病院を有する村である。また,ここ数年間の保健衛生費の投入量も異なっている。前者は毎年ほぼ500万円台であるのに対して,後者はときには1,000万円近い財源を投じている。B村では昭和35年以来,60歳以上の老人と乳児の外来に対して国民健康保険の10割医療給付を行なっている点も大きなちがいである。しかし,両村の人口はともに5〜6千人の規模で比較的類似した小さな村である。

研究報告3

大都市とその近郊の保健計画と保健所機能

著者: 保川圭司 ,   井田直美

ページ範囲:P.598 - P.602

はじめに
 保健所開設30周年を回顧して,保健所がそれぞれの時代に応じて国民の健康に果たした役割の大きいことは否定できない。とはいえ,科学のめざましい進歩と社会の著しい変化に,保健所が即応してきたかというと,必ずしもそうでなく,その時代に応じて多くの問題をもちながら今日に至っている。それにつれて,保健所の国民保健に果たす役割については再三論議されており,その一つは昭和35年に厚生省が型別運営を示し,さらに昭和38年には保健所運営研究協議会中間報告が行なわれた。しかし,一貫していえることは,わが国の社会はこれまで大部分が農村であり,また農村の人々の健康に多くの問題があったためか,保健所の運営方針もとかく農村むきになされたことである。ところが最近のわが国の社会の移りかわりは,都市化傾向が強くとくに大都市とその近郊に,わが国の総人口が集中する感がある。そこで,保健所開設30周年を迎えるにあたり.大都市およびその近郊では,地域保健計画をすすめていくうえで,保健所はいかなる機能(または役割)をもつべきか,さらに保健所運営を近代化するためにはいかにすべきかについて論じてみたい。
 まず本論に入る前に,現在の保健所で最も深刻な人の問題から論じてみたい。いくら保健所の機能を論じ,それに基づく組織または設備を強化しても,その成果はそこに働く人の質・量の整備いかんによって決定するからである。

研究報告4

新産都市の保健所—その機能と役割

著者: 中村文雄

ページ範囲:P.603 - P.605

 厚生科学研究の一員として表題について主として分担することになっていたのであるが,それよりもまず保健所の基本線そのものが問題であったし,それだけにぜひ主張しておきたいこともあって,了承を得てまずもっぱらそれを追求した。かんじんの本題についてはいまだ十分にはまとあるに至っていないことをお許し願いたい。

人とことば

あのころの保健所

著者: 新見正喜

ページ範囲:P.553 - P.553

新しい法律の制定のもとに保健所の業務が発足したのは,ごく最近のような感じがするが,はや15年を経過したとは「光陰矢の如し」という言葉をいまさらながら如実に痛感させられる。なるほど第2次世界大戦後わが国の公衆衛生の諸施策は保健所の活動によって極めて順調に伸展した。そのためかわが国の保健所は占領下における進駐軍の指示による産物であるかの如く考えられがちであるところにいささか抵抗を感じさせられている。(中略)
 周知のようにわが国に法律上保健所という名称がうまれたのは昭和12年であり,保健所法もその際制定されている。当時欧州の「ヘルスセンター」に相通ずるものとしてわが国の都市および農山村の一定地域を画して,その圏内の住民に対する公衆衛生上の実行ならびに指導の中枢をなすものであった。すでに昭和16年には全国に550カ所の保健所の設置が予定され,136カ所が事業を開始していた。その後保健国策の緊要事項として保健指導網の確立要綱が閣議で決定せられ,公衆衛生上類似の事業を行なう公共施設を保健所に統合して保健所の再配置が行なわれ,その指導網の確立が期せられたのである。

座談会

こうありたい保健所の将来

著者: 荻野淑郎 ,   橋本秀子 ,   小串政常 ,   松村猛夫 ,   乗木秀夫 ,   山本二郎

ページ範囲:P.574 - P.585

 公衆衛生活動の最先端として住民に最も身近な位置にある保健所は,創設以来着実な発展を遂げてきた。と同時に将来においても住民の健康増進施策に欠かせることのできない重要な役割を担っていることも,衆目の等しく認めるところであろう。保健所の将来はどうあるべきか,6人の方々におおいに語っていただいた。

特別寄稿

町立八丈病院建設の理由とその運営その2

著者: 乗木秀夫

ページ範囲:P.606 - P.609

町組織の一環としてめ町立病院に対する町当局の処遇
 さてへき地,離島の特殊事情を生かしながら,それに対処する私自身の考え方のもとで,この病院の計画は進んでいった。それが,私にとって幸いであったかどうかはわからない。その理由として,町立病院は町の企業体の一つであり,病院のもつ特殊的立場が認められる分野が非常に少ないことである。そして疾病という不安定な目標に対して,最高の取扱いをしなければならない病院の要素を,どの点で了解を求めるかは,他の企業体の計画とはまったく異なった問題だったのである。たしかに,町自体の医療構想のなかでの病院の構想からみると,私の提示したものは,あまりにもかけ離れていたことは事実である。
 すなわち,町当局は不安定な医師駐在の確保さえできればよいのであって,その医師に対する批判は,町当局の知るところではないという態度は,現在の日本行政の縮図でもある。私の,島の医療問題を基本としての計画が,この立場の町当局に受入れられたかは,私自身はっきりしている。

カメラルポ

若さがみなぎる町立八丈病院の公衆衛生活動

ページ範囲:P.551 - P.552

 若さがみなぎる,まったくそのような形容がぴったりな町立八丈病院に働く若い保健婦さんたちの公衆衛生活動を,8月初旬のある一日に追ってみた。島の一日は素朴な鳥のさえずりからはじまる。午前9時ごろ,あらかじめ通知済の65歳以上の老人たちが集まった。老人検診のひとこまである。高血圧,心臓病の検診を主とし,生活歴の調査(問診)から血圧測定,尿検査,心電図と流れ作業的につぎつぎと行なわれた。参加者は50人ぐらい,80歳の同級生という老人が数人いたり,90歳という高齢者の姿もみえた。しかし驚くほど若々しい,まったく元気そのもので,いまだに畑仕事をしているという老人もいた。この検診に不参加の老人たちに対しては,何らかの病気で病院を訪れた時に同じ調査ができるという利点があることも,病院の公衆衛生活動の特徴といえるかもしれない。人口移動が少なく,島に唯一の町立病院,誰もが一度は訪れるであろう病院,こういう条件のもとで,島民の一生を通して病歴を管理し,追跡するなかから,ひとつの公衆衛生活動のありかたが生まれてくるであろうと期待される。今後の活動に大いに注目したい。

講座 情報科学とその応用・5

職場の健康管理に応用された情報収集の実例—主としてCMI,MMPIとの関連について

著者: 佐藤信一 ,   前田和子 ,   河野啓子

ページ範囲:P.610 - P.612

はじめに
 労働生産性をさまたげる因子にはいろいろある。そのなかで,精神健康の低下ということが原因となっていることもその一つであろう。実際の現場では個々の従業員が,精神的によい状態(well being)にあるかどうかをチェックすることはむずかしい。有能な職場の長ともなれば部下の顔を見たり,仕事を命じたりしてその結果をみただけで,部下がどういう精神状態にあるかということはわかる。しかしこういう情報をうまく科学的に収集して整理することはむずかしいものである。
 CMIによる調査はしばしば実施される。私のところで,MMPI調査とだいたい同時に行なったことがあるので,情報の収集という意味で記述してみる。

厚生だより

野犬対策

著者:

ページ範囲:P.613 - P.613

野犬の実態
 徳川時代に,「伊勢屋,稲荷に犬の糞」という言葉があったそうであるが,現代ではこれが「マイカー,ゴルフに犬の糞」と変わったとある新聞のコラムに出ていたが,徳川時代でも現代でも,いかに犬が多いかをあらわしてまこと妙をえているというべきか。では日本にどのくらいの犬がいるかということになると,狂犬病予防法で登録されている犬の数は2,699,474頭,約270万頭ということになる。しかしこれは正式に登録されている数であって,登録せずにヤミで飼っている未登録犬や,ほんとに飼主もなく町や村や山野を横行している野犬はどのくらいいるかは正確には把握できないが,一部ではこの登録犬の約半数は少なくともいるであろうと称している。するとおよそ犬の数は約400万頭ということになる。
 このうち,捕獲されるものが約60万頭,返還されるもの約65,000頭である。

ニュースの焦点

最近の乳児死亡率をみて

著者: 青山好作

ページ範囲:P.615 - P.615

 出生が人生のいちばんのよろこびとするならば,いちばんの悲しみは死亡といえないだろうか。生まれたばかりの赤ちゃんを抱くときの母親,顔一ぱいにほほえみをうかべて,やっと片ことまじりに母親に話しかけようと努力する乳のみ子,突然子どもの死に接した場合,その精神的・肉体的な苦しみは、これを経験した者,これを見守る医師には耐えがたい悲しみである。医学の日進月歩が期待されるゆえんもここにあるといえる。
 乳児死亡防止への努力の効果は,乳児死亡率を指標としている。したがってこの乳児死亡率のもつ意義は重大である。しかし周産期死亡率と対比した場合,統計上に歪みがあることが早くから注目され,また乳児死亡率の修正について,つき進んだ研究報告がなされ,日本の乳児死亡率についての検討をよびかける幾多の声がある。このことについては一応後日にゆずり,今日示されている乳児死亡率について論及してみたい。

モニターレポート

青森県東通村の保健活動をみて

著者:

ページ範囲:P.597 - P.597

 本州さいはての地,青森県下北半島の東通村の保健活動が,地域住民の支持をえて,じりじりと実効をあらわしている。昭和37年の乳児死亡60.3が,40年には31.9になった。ことに新生児死亡は37年31.7が40年に14.8に激減している。
 ながい間,医師,助産婦,保健婦など医療の専門家にめぐまれず,無介助分娩がごくあたりまえだった村民の健康問題についての関心をゆすぶり,ついに村や県へ要望し4ヵ所のへき地診療所が生まれた。

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新聞に拾う

ページ範囲:P.614 - P.614

衛生行政関係
 実現できる都市政策を(1日,毎日・社説)
 原爆ブラブラ病の実態えたいのしれぬ症状に苦しむこの人々をどう救う?(6日,朝日・夕)

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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