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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生32巻11号

1968年11月発行

雑誌目次

特集 保健・医療と公的責任 第9回社会医学研究会・主題報告と総括討議

あいさつ

著者: 丸山博

ページ範囲:P.439 - P.439

 第9回社会医学研究会(1968年度)は京都府下長岡町・光明寺で7月13,14,15日に開かれた。もし特別な変わりかたがあったとすれば,会期を2泊3日にしたこと。それでも初日などは,夜12時まで総合討議が白熱化のまま続いた。こんなことは,これまでもないことだし,これからもあるまい。まさに破天荒のことであった。第2に,要望課題を従来のように,標語的にかかけず,主題討議のための2つの論文,"住民の保健と地方行政--特に保健所の役割とその限界"(東田敏夫・関西医大)と"心身障害者と医療"(小池清廉・びわこ学園)を直接書き下ろしてもらって,これを昭和43年3月に全会員に発送し,これをよんでから,参加要望演題に応募してもらったこと。もちろん一般演題は従前通りである。第3には,主題に関する特別講演を2つ,地方自治・地方財政の立場から宮本憲一氏(大阪市大)社会福祉の立場から小倉襄二氏(同志社大)にしてもらったこと。第4に参加者170余名中,北は青森,南は九州,四国,中国,関東からの新顔が多かったこと,特に学生,保健婦などの新人がめだったこと,などであろう。
 今年の社会医学研究会は第9回であるが,誕生の昔にさかのぼると,いまから13年にもなる1955年(昭和30)の第14回日本医学会総会(京都)のとき,"全国公衆衛生懇話会"がその胎動だといえよう。

主題討議のための論文

1 住民の保健と地方行政—保健所の役割とその限界

著者: 東田敏夫

ページ範囲:P.440 - P.447

はじめに
 憲法は,国民の生存権を保障するために,「国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めねばならない。」と規定し,また地方自治法は「地方公共の秩序を維持し,住民及び滞在者の安全・健康及び福祉を保持すること」は,地方自治体がその行政事務として処理すべきものとしている。すなわち,住民の福祉の保健は,住民がその政治へ直接的な関与の可能性が大きい地方自治体が,"地方自治の本旨にもとづいて"住民の要求にこたえておこなうべき行政事務であり,このことは民主的政治体制における原則でもある。
 問題は,今日の都道府県―保健所,あるいは市町村が,はたして住民の"健康で文化的な最低限度の生活を営む権利"を保障するにふさわしい活動をしているか,また中央政府は,地方自治体が住民の生存権にもとづき要求する保健衛生事業が可能なように努めているかということである。

2 心身障害者と医療

著者: 小池清廉

ページ範囲:P.448 - P.454

はじめに
 いわゆる重症心身障害児をはじめとして,精神薄弱や精神病の医療活動に従事している者として,心身障害者に対する医療の問題を若干提起したい。障害者に対する医療は,従来の臨床医学の方法では成立しがたい面があるが,同時にまた,医療従事者が働きにくい悪条件のもとにもある。しかし,数は少ないながらも,障害者の問題にとりくんでいる医師が現われてきている。これまで,精神病の治療と肢体不自由児療育の分野をのぞけば,障害者について,医療の問題として医療の立場から本格的に対処しようとした試みはなかったといってもよい。
 社会医学研究会がすすんでこの問題をとりあげようとしていることは,混乱と誤謬と無策のなかにある心身障害者の問題を,正しく解決していくために必要な,基本的な道すじをあきらかにしていくことでもあり,この会の今後の成果が大いに期待されるところである。

主題報告(座長まとめ)

1 何が保健所活動の停滞をもたらしたか

著者: 朝倉新太郎 ,   前田信雄

ページ範囲:P.455 - P.458

 ことさら死因順位や疾病構造をとり上げて論ずるまでもなく,今後のわが国保健対策の最重点が,成人病など疾病の早期発見と早期治療,栄養改善や健康管理の徹底,災害や公害防止など環境衛生の改善--つまり公衆衛生の充実を指向すべきことはいうをまたない。にもかかわらず,公衆衛生活動の第一線機関たる保健所を中心とする地方衛生行政の不振と停滞は,じゃっかんの例外的地方を除いて,今日何人も否定しがたい事実となっている。
 この要求と対策の間にひろがっている大きなギヤップは,一体何によってもたらされたものであるか,また,それをうめるためにはどうしたらよいか。この問題については,これまでも,所を変え,品を変えて,くりかえし論じられてきたのであるが,本年度の社会医学研究会での関連報告にふれながら考えてみたい。

2 保健所の対住民サービスのありかた

著者: 吉田克己 ,   大橋邦和

ページ範囲:P.459 - P.465

はじめに
 筆者らは,本研究会の演題8-13の発表と,演題1-13の総合討議の座長を担当し,以下に述べるのは,この演題8-13の発表内容と,1-13についての総括討議の内容であるが,この研究会では,研究会の行なわれる以前に,あらかじめ1つの論文(東田論文)が呈示され,それに基づいて発表討論が行なわれたので,この報告をまとめるに当たって,まずここに前出の論文要旨とその問題点を記してみたい。
 この論文は,住民の保健と地方行政--特に保健所の役割--と題した,関西医大の東田敏夫氏によるものである。その主要点は,憲法の"健康で文化的な生活を営む権利"と地方自治法の"住民及び滞在者の安全,健康及び福祉を保持すること"からときおこして,このような法にふさわしい活動を,はたして国・県(保健所)・市町村はしているかについて,地方衛生行政の歴史に基づいて,その問題点を追っている。東田氏によれば,その史的回顧において,過去に地方行政は,産業資本の確立と独占化に結びついた,絶対主義官僚政府の中央集権政治権力の出先機関として飼いならされ,その惰性は,戦後の民主化をもってしても打ち破ることはできず,数多くの外的・内的努力にもかかわらず,中央集権,産業優先の住民不在の地方行政のまま今日に至っている。

3 心身障害者(児)をめぐる社会医学的問題

著者: 芦沢正見 ,   桑原治雄

ページ範囲:P.466 - P.470

 今まで治療や療育の対象として扱われず,放置されているといって過言でない状況におかれていた心身障害者(児)が,ようやくわが国において科学的に取り扱われねばならない人たちとして考えはじめられている。
 このような考えを持つ人々はまだ少数で,全国的にみればきわめて限られた地域で活動しているにすぎない。

4 今日の医療体制と公的責任の追求

著者: 山下節義 ,   山本理平

ページ範囲:P.471 - P.474

 今回の社医研では,身体もしくは精神障害者に対する医療の問題が重点の1つとなった。しかし,座長として担当した演題は障害者に対する問題に関するものというより,特殊な疾患もしくは患者群に対する医療をめぐる諸問題がとりあげられた。それは確かに特殊であって,それに直接関与する者は,医療関係者側も患者側も,各々その数は国民一般からすると少ない数ではあるが,しかし関与の可能性,すなわち"ひとごとではない"という意味において一般性は大きいし,またそれらの医療のおかれた条件―医療体制,社会環境はすぐれて明瞭に今日の医療一般が抱えている諸難問を浮かびあがらせることのできる問題であるという点で,特殊なものとしえない面をもっていた。

総括討議Ⅰ(第1日目)

住民の保健と地方行政

ページ範囲:P.475 - P.480

住民不在の行政を正すには
 司会 最初に東田先生からお話しいただきたいと思います。
 東田(関西医大) 今日の報告を聞いて実際にその仕事を担当しておられる皆さん方は,きわめてきびしい現実の中で,それぞれの立場で闘っておられるということを感じます。

総括討議Ⅱ(第2日目)

心身障害者の医療

ページ範囲:P.481 - P.488

身障者医療の反省
 司会 小池先生にまず,"心身障害者と医療"について本日の発表と関連づけてお話しいただきたいと思います。
 小池(びわこ学園)多くの親の会が全国組織にも地域にもありますけれども,鈴木先生の発表にありましたような権利意識に目ざめた,あるいは住民運動としての親の会は実際には非常に少ない。この辺をわれわれ専門家も,医師も,保健所の職員もよく見きわめる必要がある。それから,住民とか親の立場からみますと,保健所は非常に敷居の高い行政機関,行政機構です。保健所がやれる限界を保健所側でよく認識しておかないと,家族会をつくってやるとか,上から家族会をつくっていくと,それが発展しなくなる。すぐに潰れてしまう,潰してしまう。作っておいて潰してしまう。こういったことも問題にしなければならないと思います。

特別講演

現代の貧困と自治体—政治経済学と保健衛生問題

著者: 宮本憲一

ページ範囲:P.489 - P.491

保健衛生問題のとりあげ方
 保健衛生問題は,最近,近代経済学の中で脚光をあびつつある。たとえばアメリカのS. J. Mushkinの "Health as an Investment" という論文が1例である。これは1961年に行なわれた "Capital Investment in Human Being" というテーマの会議に提出されたものである。これまで近代経済学は,物的な諸関係を分析の中心にしてきたが,宇宙開発でソヴィエトのめざましい発展に刺戟され,人間の価値の評価に目をむけてきたのである。中でも有名なのが,T. W. Shultzの教育投資論である。Shultzは,国民所得の増大は物的設備の生産性の増大によるだけでなく,人的能力の増大にあることを主張し,人的能力を増大させる教育費を消費的支出でなく,投資的支出と主張したのである。先のMushkin論文もShultz理論にたち,人的能力を維持開発,あるいは補填する保健衛生費を投資的支出と考えているのである。そして,労働者が疾病その他の健康障害によって失う価値の損失に比べて,保健衛生費が小さければ,保健衛生 "投資" による "収益" があると考えているのである。
 このような近代経済学の新しい理論は,人間を経済学の中にひきこむことによって,それを物的なものに還元する危険をもっている。たとえば,健康障害の中には貨弊価値ではかれないものがあり,比較計量されるのはその一部である。

社会保障の視点

著者: 小倉襄二

ページ範囲:P.492 - P.494

社会保障の現状とその位置
 保健・医療と公的責任の主題は,社会保障のあり方と密接に関連している。この関連のしかたは,単に,制度的・技術的なものではない。国民の健康と暮しを守るための"構造"として,その相互連関と,公的責任を主軸とするかかわり方が問われているのである。
 その意味において,まず,社会保障の現状とその位置を明らかにしておく必要がある。"生活の体系"という考え方がある。生活設計と言い換えてもよい。この次元におけるニードと,社会保障のあり方を結びつけて理解することが基底になると思う。わが国の現実では,"豊かな社会"幻想のなかで,価値の激しい転形が起こりつつある。これは,私的関心を生活発想の中心にすえた"私的生活主義"ともいえるものである。最近の労働者の政治―生活意識の諸調査にみられる傾向にも,この私的生活主義があらわな形で表明されている。しかし,このような私的生活主義による生活の再生産―流れは,きわめてもろく不安定なものである。高密度経済社会といった表現の背面には,きびしい合理化や緊張,公害に集中表現されるような生活基盤の破壊も進行しているのである。特に傷病によるくらしの不安と崩壊は,さしせまった課題を形成する。公的責任への明確なイメージと,そのような生活過程に深くくいこんだ私的発想の鋭いギャップがあり,社会保障の暮しにとって,持つ意味と位置のみきわめがきわめてあいまいである。

厚生だより

乳幼児特殊疾病対策

著者:

ページ範囲:P.497 - P.497

 乳幼児については,現在,その保健を向上させる施策が母子保健法に基づき,その福祉を向上させる施策が児童福祉法に基づいて行なわれている。乳幼児の疾病のうち,あるものについては,上の2つの法律により,その医療費の公費負担が行なわれている。

抄録

公衆衛生従事者の養成訓練—(Health Manpower)

著者: 西川滇八

ページ範囲:P.447 - P.447

 わが国でも,公衆衛生従事者の養成訓練や身分待遇などについて論議がかさねられているが,太平洋を隔てた大陸でも同様の問題をかかえて,その不足を補う方策や養成方法について研究が行なわれているので紹介してみましょう。
 カルホルニア州アラメダ区衛生部家庭保健援護係長W. Hoff博士は,45歳以上の中高年層を再訓練して,家庭保健援護員(home health aides)の不足を補う方法を試みている,という発表をした。前半世を不運と失敗の連続によって,教育も受けられず,定職も失い,貧しい生活で生きてきた人たちの中から,特にこの仕事を通して熱心に再起を図ろうという意志をもつ人を選んで,11週間の養成訓練課程を受けさせた。このコースは,最初は教室内でデモンストレーションやディスカッションを行ない,ついでナーシングホームの社会復帰部の患者に対して,個人的な看護について修練し,最後には,個人家庭におもむいて保健援護(health aides)を実習させるように組まれている。ずでにこのコースは2回終っているが,100人の入学者で,卒業したのは83人であった。そしてこれらの卒業生の大部分が,今でも保健援護員として活躍しているということである。ホームヘルパーの少ないわが国でも,人脈の再開発に試みてよい方法のように思われる。

モニターレポート

結核住民検診の成績あがる

著者:

ページ範囲:P.480 - P.480

 結核患者は,その発病の初期あるいは再発において,固有の自覚症状のない者が大部分であるために,これを早期に発見し治療させることを目的に健康診断がなされている。
 ところが事業所に従事している者や,学校に通学する学生・生徒・児童などの受診率は毎年比較的高率であるが,これ以外のいわゆる一般住民の結核検診は,受診率の低さに反比例して患者発見率が高い現状である。住民検診は地区組織の確立しているところや,婦人層の努力している地区,特に農山村では相当高率のところもあるが,大都市ほど受診率は低く,頭を悩ましている状態である。

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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