icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生35巻3号

1971年03月発行

雑誌目次

特集 予防接種の事故 座談会

予防接種は必要なのか—原点に立って考える

著者: 金子義徳 ,   山下章 ,   中山健太郎 ,   木村三生夫 ,   成田頼明 ,   船川幡夫

ページ範囲:P.136 - P.146

 昨年の予防接種の事故を糸口として,現行の法的強制をともなう予防接種はほんとうに必要なのかという問いがさまざまに投げかけられている.そこで,予防接種研究者,小児科医,保健所,法律家のそれぞれの立場の諸氏に,予防接種,是か非か,さらには,事故の責任の所在や補償の問題までこれからの予防接種を検討していただいた.

予防接種事故の補償制度

著者: 谷修一

ページ範囲:P.147 - P.150

 近年,わが国における伝染病の様相は著しく変ってきており,戦後一時期猛威をふるった赤痢,日本脳炎などもようやくその勢いが衰えをみせはじめてきた.また,それと同時に,従来あまりかえりみられることのなかった伝染性疾患が,非常に広い意味での感染症という概念で,学問的にも,また行政レベルでもとりあげられる気運になってきている.例えば,風疹,流行性肝炎などがその1例としてあげられよう.これらの変化に対応して,感受性対策である予防接種のあり方,考え方も当然変ってくるべきものであり,厚生省では昭和43年5月,厚生大臣の諮問機関である伝染病予防調査会に対し,"今後における伝染病予防対策のあり方"について諮問を行ない,予防接種を含めた伝染病予防全般についての意見を求めた.この調査会の中間答申が昭和45年6月にまとめられ,その内容については新聞などを通じ,すでに報じられている.
 中間答申には,予防接種に関することがらとして対象疾病の再検討と義務づけの問題,さらに予防接種による事故に対する救済制度などについて,今後考慮していくことが必要だと述べられているが,この中間答申の発表と軌を一にして,東京都を中心にしたいわゆる種痘問題がもちあがり,予防接種の事故が大きな社会問題になってきた.

予防接種補償制度の法的意義

著者: 成田頼明

ページ範囲:P.151 - P.155

はじめに
 予防接種に伴なう発しん,発熱,後遺症,死亡などの事故は,今年になってから急にやかましい社会的・政治的問題となり,事故の被害者に対する賠償または補償措置を中心として,予防接種制度の抜本的な改善が要求されるに至っている.予防接種事故による被害の問題は,事象としては決していまに始まったものではなく,予防接種法が制定・施行された昭和23年以降にも存在していたし,それ以前にも存在していたのかもしれない.
 しかし,これが急激にクローズ・アップされてきたのは,医学の進歩によって次第にその実態が明らかになってきたこと,および,このところ急速に深刻な問題になってきた大気汚染・水質汚濁などによる環境汚染公害,有毒食品・有害薬品などによる健康被害の続発により,国民の生存権をめぐる権利意識が著しく高まってきたことにより,事態を無為に放置してきた行政の責任を厳しく追及しようとする動きが活発化してきたためであるといってよい.種痘などによる事故後遺症の子供を抱えている親が「全国予防接種事故防止推進会」を結成し,精力的な活動を開始したことも,新聞やテレビのキャンペインとあいまって,制度改善への大きな起動力となったのである.このような情況のもとで,政府も,盛り上る世論に動かされて本格的な対策に取り組まざるをえなくなった.

実施担当者の立場からみる予防接種

著者: 曽根田義男

ページ範囲:P.157 - P.160

 東京都においては,医師会が予防接種の実施業務を委託されてから,既に7年になる.その間,種々な事件があったが,最近では種痘禍をめぐる被接種者の賠償問題がとりあげられていた.
 偶々品川に予防接種事故が起こり,3種混合ワクチン接種の翌日,乳児が死亡する事例が発生した.マスコミがこれをとりあげ,警察が刑事事件として司法解剖にまわしたため,全国医師会の注目するところとなって,全国的問題にまで発展した.前者は被接種者の賠償問題を重点として論議が展開され,後者は医師,医師会の接種者側の責任所在の問題が中心となった.

ワクチンの開発

著者: 多々谷勇

ページ範囲:P.161 - P.164

 ワクチンの元祖が痘そう(天然痘)を予防するための種痘であり,これは約200年前にジェンナーが乳しぼり女の経験的な言葉にヒントを得て始めたものであることは広く知られている.その後,過去1世紀足らずのあいだに微生物学の急速な発達にともない,種々の疾病と病原微生物との関係が相ついで明らかにされるに及んで,ワクチン開発の研究も活発に行なわれ,現在用いられているような種々のワクチンが完成された.
 しかしながら,これらの期間の初期の頃と,最近とでは伝染病の疫学ないしは病原微生物の生態学も非常に変化し,特に化学療法剤・抗生物質の出現は細菌性疾患に対するワクチンの必要性に大きな変化をもたらし,また先進国における公衆衛生ないしは各個人の生活程度の向上はウイルス性疾患の疫学にも大きな影響を与えるに至った.したがってワクチンの開発なり改良なりも,これらの諸般の要素に適合したような姿でなされなければならない.ポリオ(小児麻痺)およびそのワクチンなどはその最もよい例の1つであろう.

外国の予防接種事情

著者: 平山宗宏

ページ範囲:P.165 - P.169

 予防接種後に予期しなかったような強い副反応を生ずること,つまり予防接種事故についてはこの特集で論じられているように多くの問題点を含んでいるが,こうした事故が最近特に増加したわけではなく,たまたま大きくとりあげられるに至ったという事情はご存知のことと思う.予防接種が対象としている疾病そのものが既に国内にみられなくなり,また治療可能のゆえに恐ろしくなった場合,予防接種自体で重い障害や死亡の事故がおこるとすれば当然問題となるし,その予防接種が法律で罰則まで伴なって強制されているとなれば,万一の事故の際の面倒を国がみるとか,より安全なワクチンの開発を国の責任で推進するなどの対策が要求されてくるのは正に当然の動きである.
 こうした対策の必要性は,厚生省自身も数年前から気づき,準備をすすめてはいたが,遅々としているうちに昨春の「種痘禍さわぎ」がおこり,追いかけられるようにして行政的に一歩進められたというのが経緯といえよう.しかしこれまでにたてられた対策というのはあくまで一時しのぎのものであって,本当の対策は研究分野であれ行政分野であれこれから本格的にとりくまなければならないことばかりである.そこで諸外国ではこの予防接種がどのように扱われ,すすめられているかをみてみよう.

発言あり

焼死者急増

ページ範囲:P.133 - P.135

安全対策忘れた建築物の氾濫
 なぜ焼死者が増加するか? その対策の鍵はどこにあるか? 45年版消防白書を参照しながら考察を進めてみよう.
 昭和35年と比較すると44年は,火災件数で30%,焼死者数で71%の増加を示し,近年の急増ぶりがよくわかる.またニューヨークを例に東京と比較すると,前者の出火率(単位人口当り火災件数)は後者の約20倍にも及ぶが,1件当り焼死者数は約1/10で,わが国の安全対策のたちおくれが著しい.

講座

環境保健の提唱(3)

著者: 長田泰公

ページ範囲:P.178 - P.180

 前回筆者は,環境破壊による健康被害の諸様相として,特異的影響のほかに非特異的影響もあること,急性影響のみでなく,慢性,さらには遺伝的影響も見逃せないこと,身体的被害ばかりでなく,精神的心理的被害,さらに生活上の不便や妨害も健康被害であることなどについて述べた.いわば環境のもたらす健康被害の現象論,あるいは症候論のいとぐちである.今回はもう少し立ち入って,健康被害の成立条件について考えてみたい.

地域保健活動・6

市町村を主体とした地域保健活動

著者: 三沢博人

ページ範囲:P.173 - P.177

まえおき
 昭和30年代前半の比較的ゆっくりした社会の移り変わりのあと,30年代後半のなだれのように始まった急激な社会変動は今日もなお続いている.この間の公衆衛生の歩みは苦悩の歴史を綴ってきたともいえる.たしかにあまりの激動に流されその方向をも見失ったかに見えるときもあった.しかし都市・農村・僻地をとわず,その地域に住む人たちの健康を守り高めるための公衆衛生は,決してその方向を見失うようなことはなかった.それは自からの努力で健康を守り高めようとする地域に住む人たちと,それを助長し推し進めようとする行政的な働き,そして何にもまして公衆衛生従事者がその立場々々で果してきた精一杯の努力の結集によるものだったと思う.ともあれ筆者は幸いにも昭和30年から現在までの激動の15年間を,ひとつの保健所で現場の公衆衛生従事者として過ごすことができたが,この間終始一貫して推し進めてきた市町村を主体とした地域保健活動の歩みの概要について申し述べたい.

原著

胃集団検診における胃ガンの追跡調査

著者: 有賀徹 ,   高橋淳 ,   唐沢徹

ページ範囲:P.185 - P.190

はじめに
 わが国の胃ガンは死亡統計より検討すると全ガン中における比率は男子では約50%,女子でも約1/3をしめている.したがって欧米各国と異なりわが国のガン対策の焦点は当然胃ガンにしぼられるのであって,そのために全国的に胃ガンの集団検診が近年活発になってきた.しかし胃ガンの集団検診の実施に当っては今日なおいろいろな問題点が残っている.例えばスクリーニング方式ひとつをとってみてもその方法,判定基準などについて未だ確立された基準がないような現状である.
 したがってかかる現状から考えてみると未だわが国の胃ガン対策はその疾患発見のレベルを脱していない感がするのである.一般に疾病の管理に当ってはまず第一にその疾病の発生を未然に防ぐ対策が考えられ,この具体的な方策としては衛生教育などを中心とした健康増進運動(Health promotion)があげられるであろう.ついで疾病の早期発見,早期治療が考えられ,さらに第三次的な管理方法として発見疾患の重症化防止,リハビリテーションなどが考えられてくるのである.疾患の早期発見に当っては集団検診が非常に効果的であることは,われわれはすでに過去における結核の管理において経験したところである.

人にみる公衆衛生の歴史・2

長谷川 泰(1842〜1912年)—民間医師養成の先駆

著者: 川上武 ,   上林茂暢

ページ範囲:P.181 - P.181

 私立医大の新設・申請があいついでいる.貧弱なスタッフ・施設は医師の質低下をまねくという酷評をよそに,入学金は千万円をこし,"医学はとかく金"という風潮が,露骨になってきた.
 他方,医師不足の危機は医学教育の再検討をせまっている.ところが,この点について公衆衛生学者の本格的な発言がほとんどみられなかった.あれだけ大きな波紋をなげかけた医学部紛争のその後の動きをみても,学内の機構改善・カリキュラムいじりにとどまっている.

私の意見

田舍開業医と予防接種

著者: 津田順吉

ページ範囲:P.170 - P.171

 まえがきをお許し得たい.ガダルカナル,ニューギニア作戦の時,シンガポールの寺内という指揮官のもとで若い衛生部参謀として衛生部の計画をたてたのが私の後輩だった.彼は同窓の多くの軍医をこの地方に派遣した.その多くの軍医は亡くなった.彼はこのことが忘れられず,今孤島の開業医となって,ひっそりくらしている.ガダルカナルに行ったうちの1人が東北の一寒村の開業医をしている.ガダルカナルのことを語らない.時たま夫婦でわが家に現われてわが女房の茶をのむ.この世にこんなうまい茶があるかとこぼす.彼は柔道五段のわざしだったのに今は小柄な女房の方が強く,どうかすると押入れに入れられて閉ざされる.その押入れの中で,ガダルカナルの傷病兵を思い出す.ニューギニアに行ったものもいる.山の上から遙かにポートモレスビーを見た.彼もニューギニアを語らない.同行した兵の話によると海岸に大きい丸太がごろごろしていた.それが大蛇だった.結局それも食料になった,そして彼は今,人口7,000の村の唯一の開業医である.はじめ,彼は洋傘を自転車につけて往診をしていた.今は自動車である.時々私をのせてくれる.その時に悩みをきかす.彼は村の学校医,予防接種を1人でやっている.近頃「ますます注射がこわい」という.いろいろと予防接種の文献をよんだ.ますます恐しくなった.このことは前記の3人とも同じ状態だった.私はこの3人のために叫びたい.

根をおろす医師会活動・3

大阪府医師会—住民との接点を育てる

著者: 細川一真

ページ範囲:P.172 - P.172

 大阪の公衆衛生活動の特徴の1つは,大学,行政,民間の各団体や有志がよく協力して実質的な成果をあげてきたことである.医師会の活動もその大きな柱であり,業績に対しては医師会として初めての保健文化賞受賞のような客観的評価も与えられてきた.その医師会が,いま地域保健活動を推進するうえで大きな転機に立っている.
 医師グループや地区医師会が公衆衛生活動をはじめる動機やエネルギーは,「住民の建康を守るため」という素朴なヒューマニズムと使命感である.これは医師会活動の大きな特色であり,この点を無視すれば活動はなりたたないことを,私は各地区の状況を調査した経験から痛感している.

教室めぐり・23 東京女子医科大学衛生学教室

「渾然一体の衛生公衆衛生学」を理念に

著者: 諸岡妙子

ページ範囲:P.182 - P.182

沿革
 東京女子医科大学衛生学教室は,初代教授として,創学故吉岡弥生学頭の嗣子吉岡博人現学長により1934年創設された.草創当時の河田町6番地の教室で手狭となって,やがて同町11番地の木造2階建の一棟に移り,拡充期に入る.そのうち戦局は拡大して,空襲頻々となり,1945年4月13日の東京空襲で,木教室も焼け落ちた.
 1947年,付属病院向いの旧陸軍兵舎の内部に手を加えて,戦後の再建時代に入る.学頭亡きあと吉岡教授は暫く学長を兼任されたが,1968年,30有余年にわたった教授職を定年退職,名誉教授となられ,学長業務に専念されることとなって,教室主任を木校卒業以来の弟子である筆者にゆずられた.戦後の23年間たてこもった旧陸軍の建物とは1970年10月をもって訣別し,新築校舎へ移転した.

私たちの保健所・27 群馬県・安中保健所

カドミウム公害ととりくむ

著者: 秋田喜美

ページ範囲:P.183 - P.183

管内状況
 管轄区域は県西部で,管内面積は275.73km2,7月1日現在管内人口は60,068名,安中市40,550名,松井田町19,518名である.南部を国鉄信越線が横断し,碓氷峠をへて軽井沢に通ずる国道18号線,むかしの中仙道がこれにやや平行して走っている.松井田町から西に浅間,妙義の連峰を仰ぎながら碓氷峠にむかうと,横川に釜めし,ドライブインがならび,関所跡がある.さらにのぼると碓氷湖(人造湖)があり,振返ると坂本の宿が美しく眺められる.妙義,碓氷峠の紅葉の美しさは格別で,新緑のすがすがしさとともに訪れるひとを楽しませる.裏妙義の景観もすばらしく,西部劇を思わせる雄大さがある.
 安中市は同志社大学創立者新島襄の生家があり,質実な気風がある.最近は安中駅南側にある東邦亜鉛(株)安中製錬所のカドミウム問題で,「安中公害」として世間に注目され,当所も40歳以上の住民の健康調査にとりくむことになり,昭和43年度から群馬大学医学部とりわけ公衆衛生学教室をはじめ諸教室,医師会の協力を得て調査をつづけている.44年度は飲料水調査,食生活調査もあわせて行ない,大気汚染調査にも協力した.45年度は9月から10月末までの間に,いままで受けなかった30歳以上の住民もふくめて,同時に手指の調査もやる手はずで,健康調査を実施中である.

研究所総点検・2

国立予防衛生研究所—完全なワクチンの開発,ビールス性疾患・がんの治療に全力

著者: 北岡正見

ページ範囲:P.184 - P.184

沿革と組織
 終戦当時のわが国は,物資,食料は欠乏し,国民生活の窮迫,衛生状態の極度の悪化は結核,性病,寄生虫病の高度侵淫,さらにまた外来伝染病の痘そう,発疹チフスの流行をもたらした.その科学的厚生行政に対する基礎的ならびに応用的総合研究所を創設すべく,当時の占領軍最高指令部のサムス大佐と厚生省の浜野公衆衛生局長との話し合いで,当時の東大付属の伝染病研究所をそのままそれに当てようとしたが,南原東大総長,サムス大佐会談で伝研の人と物の半分が厚生省に移管され,場所も半分を借り,昭和22年5月21日,小林六造所長,小島三郎副所長の下に国立予防衛生研究所が発足した.
 現在柳沢謙所長の下に17部(細菌第一部・福見部長,細菌第二部・村田部長,ウィルス・リケッチア部・大谷部長,腸内ウィルス部・多ケ谷部長,麻疹ウィルス部・宍戸部長,ウィルス中央検査部・甲野部長,結核部・室橋部長,一般検定部・黒川部長,抗生物質部・梅沢部長,寄生虫部・石崎部長,衛生昆虫部・朝比奈部長,獣疫部・今泉部長,食品衛生部・宮木部長,病理部・江頭部長,化学部・野島部長,歯科衛生部・北岡事務取扱総務部・横山部長),放射能管理室,図書館,広島・長崎両原子爆弾影響研究所支所からなり,職員定数は560名である.なお本所の特色としてWHO,その他,広く国際協力の業務に関与していることである.

資料

傷病の動向

ページ範囲:P.191 - P.194

 今月は傷病件数の動向を外因,性,年齢,職種別などに検討してみました.この欄についてもご希望をおよせください.

厚生だより

第13回成人病予防週間

著者:

ページ範囲:P.195 - P.195

 昭和46年2月1日から7日までの1週間,第13回成人病予防週間が,厚生省,都道府県政令市の主催で実施されます.
 脳卒中,がん,心臓病のいわゆる成人病による死亡数は年々増加し,昭和43年には国民総死亡の54.1%を占め,しかも,わが国の人口の老齢化に伴ない今後ますます増加の傾向にあります.一方成人病は,社会的にも家庭的にも中核をなす年齢階層の人に多発することから,その社会的経済的影響は極めて大きく,早急な予防対策の確立が要請されています.

北から南から

もと下水路に今泳ぐ鯉のむれ—河川愛護運動の成果/婚前学級アンケート—岐阜中央保健所第8回受講者

著者: ,  

ページ範囲:P.164 - P.164

 日本の三大天満宮のひとつ.山口県防府市にある天満宮参道に通ずる街の中心部を流れる,1年前の下水路(迫戸川)が,ごみも川草も枯葉一つとない清流にうつり変り,今は色とりどりの鯉が,通行人の目を楽しませ,附近の風景を一新して,小規横な観光地となっている.死んでいた延長1200m,幅3mの迫戸川は1000世帯の愛護のもと蘇えり,今や全市民に,また県民に自然愛護と環境美化の公徳心を培い,地域ぐるみの協力・意欲の成果を如実に語り,現在山口県下に「メダカもふなもキレイな川でうれしそう」を合言葉として,迫戸川に右にならえと,挙って河川愛護運動を,地区衛生組織活動のテーマとして,大展開している.
 地区衛生組織活動は,新しい壁に行き詰った時代と,一般にはいわれているが,地区住民の共通問題として,それを自分たちの問題として,理解・認識の上に取り組めば,その反響と実践度は,社会連帯性の欠如のこんにちとはいえ,かつて昭和30年前半期にみる成果より以上の期待すべきものが実証され,ぜひご紹介いたしたい.科学的・合理的かつ実際計画であり,河川隣接家庭の一戸一戸の趣旨の説明と理解・認識をうるその努力,さらには河川に不法投棄の原因と見られる自家処理家庭の戸別調査による地区診断からはじまり,すべて町内指導者の不断の根性と,住民の自主的参加が,この際大きな原動力になっていた.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら