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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生36巻8号

1972年08月発行

雑誌目次

特集 法改正の動向

改正草案における保安処分とその問題点

著者: 香川達夫

ページ範囲:P.480 - P.482

 保安処分制度の新設は,比較法的にみてそれは国際的な潮流であったといってよい.これまでにも,すでにドイツ,スイス,オーストリア,フランスあるいは北欧諸国においてこの制度の立法化がなされているし(詳細は,日本刑法学会・保安処分の研究参照),わが国においても,すでに昭和15年の刑法改正仮案において,この制度の具体化が意図されていた.
 もっとも,保安処分とはその名の示す通り,社会の安全を保障するための処分であってみれば,内容的に多岐にわかれるのが通例である.対人的処分のほか対物的処分をも含むとされるのもそのためである.現に現行法のもとにあってすら,没収が保安処分たとされるのは,対物的処分を予定しているからである.だが,今次の草案の予想する保安処分とはそうした広義のものではなく,治療処分と禁絶処分のみを対象とする,対人的処分のみである.もっとも,こうした2処分に対してさえ反対論は強い.とくに医療関係者からの反対がきびしいと聞いている.謙虚に耳を傾け草案を再検討すべきだとする刑法学者の主張もみられる(佐伯千仭・ギャップ受験新報22巻3号9頁).そのこと自体,たしかに一個の課題である.医療関係者の協力なしに,この2制度はその実効を期しがたいともいいうるからである.だが,それが本稿の直接的な課題ではない.

保安処分に反対し あくまで個をまもりぬく思想の確立を!

著者: 岡田靖雄

ページ範囲:P.483 - P.484

わたしの保安処分制度反対の理由は,いくつかのところにかいています(岡田:"差別の論理--魔女裁判から保安処分へ--",勁草書房,1972年;岡田,"刑法改正の問題点",東京大学新聞,1972年1月31日第905号,同2月14日第907号)ので,ここでは要点だけのべます--
 第1に,精神障害と犯罪とのあいだに直接の関係はなく,したがって,犯罪相当行為のあった精神障害患者に治療をくわえることによって犯罪の防止をはかろうとする保安処分制度の考え方は,問題のすりかえにすぎないのです(精神衛生実態調査による一般人口の精神障害有病率1.3%,精神病は0.6%にたいし,刑法犯検挙人数中の精神障害患者は1%前後,精神病患者は0.1%以下).そして,常習犯や浮浪者にたいしては人権保護上問題があるとされる保安処分を,精神障害患者にやってもよいとすることは,あきらかに,精神障害患者にたいする差別にほかなりません.

保安処分—歪められた公衆衛生活動の象徴

著者: 桑原治雄

ページ範囲:P.485 - P.488

 刑法を全面改正する作業は昭和38年5月以来,法制審議会刑事特別部会(小野清一郎会長)で進められていたが,昭和46年11月29日の同部会の全体会議で正式決定され,現在法制審議会総会で検討されているものです.今回の改正の最大の課題とされたのは保安処分の新設で,それだけにこれを審議してきた小委員会の中でもA案とB案が提出され,なかなか一本にまとまらず,意見の対立はついに委員の辞任まで出るようになっています.
 最終的にはA案にまとめたわけですが,犯人のすでに行なった行為が主たる根拠になるのではなく,将来の危険性が根拠となるものです.「精神障害者およびその疑いのある者で将来,罪を犯す惧れのある者」を社会の安全を保つために,裁判官の判断で法務省管轄の施設へ精神障害者の治療の名目で強制的に隔離収容しようとするものです.将来の危険性の予測については,保安処分に賛成している精神科医でも,精神障害者には犯罪者は多くない,再犯予測は今のところできないことを認めています.

保安処分制度に関する私の意見—精神病患者への治療処分を中心に

著者: 本庄茂敏

ページ範囲:P.489 - P.490

 「保安処分」の問題については公衆衛生学会で採りあげられるまで私は実のところ無関心といってもよかった.テレビのニュースなどで時おり耳にすることはあっても,法律に弱い私は"精神衛生法の治安に関する部分を別の法律で制度化して,もっと有効な処遇をするためのもの"であろうと,むしろ歓迎すべき性質のものと受けとっていた.
 しかしその後関心をもつようになって各種の資料や文献に目をとおしてみると,とんでもない思い違いをしていることに気付いたのである.いかなる点がとんでもないのかというと……

条件付保安処分賛成論

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.491 - P.493

保安処分の必要性
 最近の私の経験例から始めよう.ある出稼ぎの青年が酩酊し,前後不覚の状態で仲間を殺した.裁判の結果は,心神喪失の故をもって無罪とされ,精神衛生法により措置入院に付された.数カ月後,退院を許可されて故郷に帰った.それから数カ月後,またも飲酒を始め,間もなく前後不覚の状態で酩酊運転を行なって,一婦人を轢殺した.病的酩酊で反復犯罪を行ない,最後には殺人を行なった例を他にも経験した.現在公判中の連続強姦殺人魔大久保清が,もし,仮に彼が強度の精神病質者で,強姦殺人の欲動の抑制心が著しく欠けている心神耗弱者であると判定され,短期間後,改善されぬまま釈放され,再び同様の犯罪を犯したら,一般市民はどんな感情を懐くであろうか.こんなところに,保安処分の必要性がある.

無過失賠償責任法案

著者: 沢井裕

ページ範囲:P.494 - P.496

無過失責任法案の国会提出まで
 公害についての無過失責任論の歴史は古いが,公けの機関がその立法の必要を説いたのは,昭和41年8月の公害審議会の中間報告が最初であろう.これには財界の反対が強く,同年10月の本答申には,これが反映して,賠償責任は,被害が一定の受忍限度をこえる場合にのみ生ずるとの留保がつけられたが,ともかく無過失責任主義の必要性がなお強く主張されていた.
 この答申を基礎として,昭和42年8月に公害対策基本法が制定されたが,この無過失賠償責任については何ら触れるところがなかった.昭和45年9月,宇都宮市における一日内閣で佐藤首相は企業の無過失責任を早急に検討したいと言明したが,3ヵ月後の64国会では,無過失責任は民法の大原則の例外となるものだから慎重に検討するとの答弁をくりかえすのみであった.昭和46年には,野党三党が無過失賠償責任法案を国会に提出し,これに対応して,政府の公害対策本部案が発表されたりして具体的な動きがみられた.しかし,いずれも規制物質に限定され,因果関係の推定規定もない不十分なものであった.そのようなものでも,結局,陽の目を見なかったのである.いかに陰の反対圧力が強かったか推測される.

公害の無過失賠償責任法—その意義と問題点

著者: 吉田克己

ページ範囲:P.497 - P.499

 公害の被害者の救済については,すでに『公害被害者救済法』があるが,この法律は,単に公害によって生じた疾患の医療費を救済するにすぎないものであり,その費用負担についても,企業負担はその1/2で,かつこの負担も直接公害と関係のない銀行などを含めた全企業が公害防止事業団に一定の割合で寄附を行ない,これを財源にするという,公害の責任論を完全にすりぬけた形のものであって,本質的に公害の賠償責任を定めたものであるとはいえない.このようにわが国では,公害問題の深刻化に伴ってそれによる幾多の損害を現実に生じているのであるが,それに対する責任の負い方というものがきわめて不徹底であり,しばしば大きな問題点となっている.

労働安全衛生法制定の主眼点

著者: 佐藤仁彦

ページ範囲:P.500 - P.504

 最近における労働災害の発生状況をみると,今なお交通災害を上回る年間170万人もの労働者が被災し,そのうち6千人にも及ぶ人々が尊い命を失っている.
 とくに近年,機械設備の大型化や高速化あるいは建設工事の大規模化などに伴い,重大災害を生ずる危険が多くなっており,また,この数年,職業病は急増の傾向を示し,新原材料,新生産方式などによる疾病が目立ってきている.

労働安全衛生法の管理構造のもつ問題点

著者: 小木和孝

ページ範囲:P.505 - P.509

(1)
 労働災害度数率の分布をみると,ゼロのところもあれば,100万時間当たり50以上とか100以上とかのきわめて危険な職場もある.その場合,災害ゼロと報告された職場では安全衛生の問題がないかというと,決してそうは思えない.そこにも安全上,健康上の問題が山積しているにちがいない.災害ゼロという数字自体が作られた数字かもしれない.一方の危険職場でも「安全第一」の標語ばかりはかかげられていて,そこに安全管理の方がまったくゼロだというわけではないであろう.何が安全かということは,こうしてみるとむずかしいものである.
 しかし,何が安全で衛生的な職場要件かをみる上で,たった1つはっきりしていることがある.それは,そこで被害者となるのは労働者であり,したがってまた現場の危険有害な箇所を最も詳しく知っているのは労働者だということである.被害者の立場にたたない公害対策がまったく無意味であるのと同様に,労働者の,十分な知識と有効な助言にささえられた意見の反映なしには,労働安全衛生の十分な対策はたたない.だから,企業主や行政者や安全技術者の立場にたっての一方的な安全衛生「管理」を押し進めることは大いに疑問である.

食品衛生法改正の主要点

著者: 北川定謙

ページ範囲:P.510 - P.514

 食品の安全について今日ほど国民の関心が集まっていることは,かつてなかったことである.加工食品の氾濫,流通規模の拡大,環境汚染を通しての食品の汚染,売らんかなのための誇大な広告等々の問題に対して,食生活が人の生活の重要な部分であるだけに,食品の安全性を求める国民の声が次第に高まってきている.
 森永ミルク中毒事件,カネミ油症事件,水俣病,そして阿賀野川流域における水銀中毒事件はそれぞれ,その原因や性格は異なるが,いずれも食品を通して人の健康がそこなわれた典型的な事件である.農薬やその他の環境汚染物質による食品の汚染問題,食品添加物の安全性に対する不安,さらには消費者保護の見地からの表示の問題等々,新たに対応すべき問題がクローズアップされてきた.

ナンセンスな医療基本法案(第3次)—作文では現実は改良されない

著者: 石垣純二

ページ範囲:P.515 - P.516

 わたしは今年の3月21日厚生省事務当局が社会保障制度審議会に説明した医療基本法案要綱第3次案を一読して,このような抽象的で観念的な作文を議論させられる右審議会の委員諸氏に深く同情すると同時に,こんな作文よりも,当面政府のやるべきまたやりうる施策はたくさんあるではないか.なすべきことをしないで,こんな空証文を議論することにどのような意味があるのか,甚だ疑問に思った.
 健康保険法改正案などが流産してしまったこの6月20日の時点で,ナンセンスな作文を批判することに大して意味はないと思うけれども,たっての希望に沿い,しぶしぶながら次のような批判をまとめておく.要は国民医療を良くする意志が政府当局にあるならば,今日ただ今やれることはいっぱいあるという怒りがこみあげてくるのである.

資料

大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律案要綱に対する意見書—1972.3.18 日本弁護士連合会,他

ページ範囲:P.488 - P.488

 日本弁護士連合会は3月18日上記意見書を提出したが,その要旨は次の通りである.

グラフ

トウキョウ '72—ソフトクリーム—細菌をなめる?

ページ範囲:P.475 - P.476

暑い夏の街角 ソフトクリームやらコーンクリームやらアイスクリームやら……クリームと涼を求めて群がる
だが その衛生度は?
古いデータながら,2年前東京都でこのソフトクリームの検査をしたが142件中58件(41%)が不良品だったとか

発言あり

沖縄の医療

著者: ,   ,   ,   ,  

ページ範囲:P.477 - P.479

「本土並み」でよいのか
 1)今頃「沖繩の医療」をテーマとするとは,まったくおそすぎる.
 沖繩の復帰した今頃になって,このようなテーマをとり上げるとは,時期を失していないか.もちろん復帰前においても,沖繩の医療については大いに関心がもたれ,日本本土からしばしば「医療チーム」が奉仕的に訪れたようであるが,このようないわゆる「技術援助」という形のものは,決して根本的解決法にはならない.根のない「浮草」のようなもので,風とともにどこかへきえてしまう.

講座

生態学序論(1)—生態学とはどのような学問か

著者: 手塚泰彦

ページ範囲:P.521 - P.525

はじめに
 われわれ人類が住むこの小惑星—地球—上に生命のきざしが現われはじめたのはいまから約30億年前のことであると推定されている.そのとき以来,生命の長い歴史がはじまる.原始生物は徐々に進化し,いろいろな種類へと分化するとともに,あるものは栄え,あるものは消え去った.しかし,この長い生命の歴史のなかで,われわれ人類の祖先,猿人がこの地上に姿をあらわしたのはいまから約100万年前,それから原人,旧人,新人を経て現生人類(Homo sapiens)が誕生したのはいまから約2万年前といわれている.
 人類は猿人段階ですでに礫器のような,素朴ではあるが,石の道具を作ったという.その道具でけものを狩り,そうした狩りを通じて社会を形成し,その社会を通じて動物の家畜化や農耕がはじまった.すなわち,人類の発展の歴史はみずからの手で新しい自然を作りだすことによってはじまったといえる.

研究

老人の精神機能の特質について

著者: 桑原治雄 ,   三浦孝正 ,   中島昌夫 ,   武田恭子 ,   高橋透 ,   長谷川豊 ,   山下節義 ,   西尾雅七

ページ範囲:P.528 - P.537

 私たちは京大公衆衛生学教室に集まった多くの人たちと協同で,老人の生活と健康について研究を行なってきた.本論ではその一環として行なってきた老人の精神機能の特質についての私たちの考えを述べる.
 私たちは老人の精神機能の特質は,老年性痴呆や退行期うつ病など老年期に発病する精神疾患から類推する考えをとらなかった.

人にみる公衆衛生の歴史・16

加藤シズエ(1897〜)—産児制限運動と婦人

著者: 川上武 ,   上林茂暢

ページ範囲:P.526 - P.527

 わが国の産児制限運動にはいくつかの潮流をみることができる.人口問題,優生学,婦人の解放……,さまざまの立場から接近がはかられ,運動の性格も改良主義的,無産者解放という異なった性格をもっていた.ここでは産制運動にとりくんだ代表的な婦人の1人として,加藤シズエの生涯をふりかえってみたい.

教室めぐり・33 神戸大学公衆衛生学教室

公害解明のメッカ

著者: 塚本利之

ページ範囲:P.538 - P.538

 忌憚なく筆をとらせていただきますと,当時の兵庫県立神戸医科大学からの三顧の知遇に,熊本大学の教授の座から初代の教授として喜田村正次先生が就任なされ,開講の運びとなったのが昭和35年,そして41年の国立移管となりましたけれども,私たちの教室の歴史は新しいのです.
 しかし繙かれた歴史の一頁は,熊本時代を受継ぎ,追求の輪を狭めつつあった水俣病の究明への努力で埋められているのです.その頃,朧気に推測されていた有機水銀という原因物質を構造論的に明確に決定づけるための単離抽出の努力を皮切りに,貧弱な設備との戦いの中で,やがて薄層クロマトによる単離を成功させ,引き続きガスクロマトによって超高感度にメチル水銀の定量分析の術式を開発したのです.ここに培われてきた実力は,昭和39年,新潟県阿賀野川下流流域に発生した中毒症を,第2の水俣病であるといち早く同定することを可能としたのです.一つの技術の開発は,公害源企業の執拗な反論を覆す論拠として,アセトアルデヒド生産工程でのメチル水銀副生の生成機構を実証し得たことを手はじめに,メチル水銀等有機水銀の生態学的領域に係わる部門への影響,ミクロには生体機能に及ぶ多くの機序を体系的に,また論理的に築いてきたのです.

日本列島

肥満教室ひらく—岐阜市

著者: 加藤

ページ範囲:P.504 - P.504

 肥満問題は日本の経済成長に伴う現象として欧米諸国なみの悩みになりつつあるようで,日本の成人病や寿命につながる重大な課題になろうとしています.
 岐阜市でも婦人会の集まりなどで肥満の悩みを訴える人が多くなり,今回肥満教室をひらくことになりました.3回1コースで募集したところ2〜3日で200名以上になり,定員の80名をはるかに突破してしまい,今さらながら関心の深いのにおどろきました.今回は一応80名で締切り2〜3回と引き続き開催する予定です.

ニュース

精神病質は実在しない—日本精神神経学会シンポジウム/労働安全衛生法一部修正し成立—両院で付帯決議

ページ範囲:P.493 - P.493

 6月12日大阪厚生年金会館で開かれた日本精神神経学会総会シンポジウムで,5人の講演者のうち4人までが「精神病質は医学的診断ではない」という意見を述べた.
 この精神病質は刑法改正案の保安処分の重要な対象になっており,このシンポジウムによって保安処分は根底からゆさぶられることになった.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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