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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生45巻5号

1981年05月発行

雑誌目次

特集 食品衛生

最近の食品衛生の諸問題

著者: 粟飯原景昭

ページ範囲:P.348 - P.352

■はじめに
 食品衛生はライフサイエンス(生命科学)の一角に位置するものといえる,江上不二夫教授はライフサイエンスを「人間生活のための科学」ととらえ,その内容について次のように述べておられる.——第一段階(生物,生命一般の特性の理解),第二段階(その上に立った人間の生命の特性への認識),さらに第三段階として「それに基づいて人間が心地よい生活を営むための方途を探求する科学」と整理し,生命科学が当代の人間のみならず将来の人間にも思いをいたしたものである,と.
 実社会と密接にかかわり,きわめて実学的性格の対応を常に要求されている食品衛生に何らかの定義を下すことは,基礎学問的にはあまり意味のないことかもしれない.しかしながら現実に食品衛生は,国際的にも国内的にも食品衛生法(呼称はそれぞれの国により多少異なる)によってその基本的性格はかなり明らかにされている.わが国に初めて近代的な食品衛生法が公布されたのは昭和22年12月24日(法律233)であるが,その第1章第1条に「この法律は,飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し,公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする」と記されている.

統計から見た食中毒の最近の動向

著者: 稲葉裕

ページ範囲:P.353 - P.359

■はじめに
 わが国において食品衛生法に基づいて食中毒事件の届出が実施され,ほぼ現行の形での「食中毒統計」が公表されるようになったのは,昭和27(1952)年のことである.細部の項目に関して若干の変更はあるものの,全体の動向を把握する上では十分に利用できる資料となっている.
 これまでにも,この資料を利用して年次変化を解析した報告はいくつかあるが1)〜3),筆者は最近,バラツキの大きい数値の年次変化を解析するのに使用される5か年移動平均法を適用して,若干の成果を得ているので4),ここでは,それを中心に,最近の食中毒の動向について考察を加えたい.

細菌性食中毒の最近の動向

著者: 寺山武

ページ範囲:P.360 - P.367

■はじめに
 食中毒は飲食物を媒体として生ずる急性の健康障害である.食中毒の原因としては微生物(主に細菌),化学物質,自然毒などがあるが,これらのうち最も多いのが細菌によるもの,すなわち細菌性食中毒である.細菌性食中毒は,腸管への細菌感染によって生ずる急性胃腸炎である感染型食中毒と,食品中で細菌が増殖する際に産生する毒素によって生ずる毒素型食中毒とに分類される.わが国では,飲食物を媒体として生ずる腸管感染症でも,赤痢や腸チフス,パラチフスおよびコレラは行政的には食中毒とせず,法定伝染病として別に取り扱われている.
 最近5か年間の食中毒発生状況は表1に示したように,わが国では毎年1,200件前後が発生している1).原因が判明したものは,その約70%であり,原因が判明した食中毒の約90%は細菌によるものである.また,約30%に認められる原因不明食中毒のうち,かなりのものは疫学的所見から微生物に起因するものと推察されるので,より精細な原因探求が行なわれるようになれば,細菌によって生ずる食中毒はさらに多くなるものとみられる.

自然毒の最近の話題

著者: 安元健

ページ範囲:P.368 - P.372

■はじめに
 海藻を含めた魚介類によって惹起される食中毒については,東京大学の故橋本芳郎教授によるすぐれた著書1)が出版されている.したがって本稿では,その出版後に明らかにされた事項の紹介に重点を置き,多くの説明を省略した.魚介毒についての知識を深められたい方は,ぜひ上記の書を参照いただきたい.

食品添加物の毒性と最近の話題

著者: 原田基夫

ページ範囲:P.373 - P.379

■まえがき
 最近の食生活の内容は大きく変化し,生鮮食料品に代わって加工食品が増加した.とくに,半調理食品あるいはインスタント食品が著しく増加してきているが,これらの背景には食品添加物の果たしている役割がきわめて大きい.すなわち,消費者の嗜好を満足させるための調味料,着色料,着香料などや,腐敗を防止するための保存料,食品の品質を改良させるための結着剤や改良剤など,あるいは栄養の強化や食品の製造に不可欠な添加物などがそれであって,現在では食品の一成分として存在すると考えてもよいくらいである.かくて消費者の要求にマッチした加工食品が広範に安価に流通するようになり,現代の食生活に多大の恩恵を与えている.仮に食品添加物が存在しなかった場合の食生活を想定すれば,その効用は理解できるものと思われる.しかし,食品添加物は食品に意図的に加えるものであるから,有害,有毒であってはならない.
 食品添加物の大部分は自然界に存在する化学成分と同一のものである.たとえば保存料の安息香酸をとってみると,無水フルタ酸から合成されるものと天然の安息香から得られるものとは同一である.また発色剤として用いられる亜硝酸塩では,アンモニアを酸化して生成する酸化窒素から作られるものと,天然の水や野菜に含まれる亜硝酸塩と同一のものである.

農薬残留の最近の動向

著者: 武田明治

ページ範囲:P.380 - P.384

■はじめに
 有機塩素剤による環境汚染および生態系に対する影響などについて著わしたカーソン女史の"Silent springs"は,環境に対する諸影響に関する正確な知識と情報のないままにその効用のみに注目して有機合成農薬の開発を推進してきた関係方面への強い警告であった.これらの問題の重要性が理解されるにつれ,農薬使用や農薬の及ぼす諸影響に関する科学的な調査・研究が学際的規模で始められた.これらの結果を基に,毒性の強いものや環境・食品汚染などの懸念のあるものについては,使用禁止を含む強い規制措置が先進諸国間で実施された.
 近年の農業生産の拡大は生産技術の進歩に負うところが大きいが,農薬の貢献も見逃すことができないであろう.そこで,環境汚染の恐れが少なく,食品への残留性が低い農薬の適正な規則に従っての秩序ある使用へと進みつつある.

変異原性試験とがん原物質チェックの現状

著者: 石館基

ページ範囲:P.385 - P.390

■はじめに
 わが国において種々化学物質の変異原性への関心が高まったのは,AF-2事件に始まる.豆腐に殺菌剤として使用されていたAF-2には,微生物に対する突然変異誘発性があるほか,哺乳動物細胞に対して染色体異常誘発性があり,同時にマウスに対して発がん性が認められ,最終的には食品添加物のリストから除外されることとなった.
 厚生省では,昭和49年の食品衛生調査会を通じて,食品添加物などの遺伝的安全性検討の暫定基準を作成し,従来の種々の毒性試験に加えて変異原性試験の有用性を指摘した1).この基本的な考え方には,微生物,昆虫,あるいは哺乳動物細胞などに対して突然変異を誘発する物質は人体にとって有害である,という認識がある2).化学物質の変異原性の検出は,特定の実験生物については比較的容易であるが,人体への危険度を推定し,もしくは証明することは必ずしも容易ではない.したがって,いくつかの検定方法を組み合わせ,種々の化学物質に原因すると思われる遺伝的障害性を予測することはきわめて重要である.

食品規格に関する国際的動向

著者: 槇孝雄

ページ範囲:P.391 - P.396

■はじめに
 食品などの国際流通はますます増大する傾向にあるが,他方,食品に対する法規制は国により異なっているために,国際間における貿易上のトラブルが少なからず見受けられる.
 食品衛生規制は,その国における歴史的背景と気候・風土による食生活環境により,さらには科学的水準も加わって定められてきており,規制の違いを十分周知させ,かつ貿易上の障害を解決するためには,両国専門家による討議の場も必要とするし,国際機関の場で議論をして,解決の道を見出す方策がとられてきている.

消費者サイドからみた食品衛生の最近の問題

著者: 宗像文彦

ページ範囲:P.397 - P.401

 食品の安全性や衛生面について,消費者はどのような不安・不満を持っているか,日常の食生活において,どのような身体的被害を受けているかなど,消費者サイドからみた食品衛生上の問題点を探るために,消費者問題を取り扱っている国民生活センターがまとめた若干の資料を引用して,ご参考に供することとする.

講座

多変量解析の実際—食中毒の原因解明の試み

著者: 柳井晴夫 ,   稲葉裕

ページ範囲:P.402 - P.407

■はじめに
 多変量解析法1)2)とは,多くの個体について測定された多種の観測値から成る変数が与えられている場合に,それらの変数を個々に独立させることなく,変数間の相互の関連を分析する手法の総称で,電子計算機の著しい発展につれてここに数年来,経済学,心理学,農学,生物学,医学の分野で幅広く適用されている.
 ところで,医学の領域における多変量解析の手法は,いわゆる計量診断3)において最も頻繁に用いられていたが,最近では,疫学調査に基づくさまざまな疾患のrisk factorの解析にこの解析方法を適用した研究も数多くみられるようになってきた4).周知のように,終戦後35年いわゆる感染症は激減し,それに代わってがん,高血圧症,動脈硬化といった成人病と呼ばれる非感染性の疾患が増加してきたが,検定を主とする一変量の解析から多数の変数間の相互関係を分析する多変量解析の発展が,上記の疾病構造の変化と軌を一にしている点は興味深い.

公衆衛生学の最近の進歩・5

母子保健—周産期保健の研究方法を中心として

著者: 辻達彦

ページ範囲:P.408 - P.416

はじめに
 本誌に「母子衛生研究の動向」1)という短文を書いたのが1962年である.そのとき取り上げたのが,
 Ⅰ.予防医学的にみた母子衛生

臨床から公衆衛生へ

鼻アレルギー

著者: 清水章治

ページ範囲:P.421 - P.423

 鼻アレルギーは,鼻内掻痒,くしゃみ発作,水様性鼻漏過多,鼻閉など,一連の鼻症状を主徴とする疾患である.多くは,大気中に浮遊している微小な吸入性物質が鼻粘膜に付着し,そこに免疫学的な機構が介在して発症する.一方,眼や気管支の粘膜に同様に作用すれば,アレルギー性結膜炎や気管支喘息をも惹起する.
 以下に,その発症機序,疫学的背景,さらに予防と治療をめぐる諸問題について概説してみたい.

連載 ネパール&途上国・5

"Community based TB control program"の走り

著者: 岩村昇

ページ範囲:P.417 - P.420

 ネパールの無医地帯で,草の根の医しにかかわっていたのは,ノンプロの民間療法師であったが,彼らの中には,自立した農業者で心優しきカウンセラーとして,やがては理想的なプライマリ・ヘルス・ワーカーになる可能性を秘めた者がいた.
 ところで,プロの民間療法師は? 近代化の波は,彼らの生活を脅かし始めた.「医療を生業とする」ことが,しだいに難しくなってきた.そして,平和が失われていったのである.

発言あり

習慣病

著者: ,   ,   ,   ,  

ページ範囲:P.345 - P.347

科学的生活態度のなさに由来
 「習慣病」というテーマを手にし,そもそも習慣とは何だろうかと考えながら『広辞苑』をひもといてみた.しきたり,ならわし,風習,慣習,また後天的に身につけた行動方法で比較的固定して,少ない努力で反復できるもの,狭義には,特に知識に関係したものを記憶と呼んで,運動に関係したものだけを習慣という,と述べられていた.
 私たちが公衆衛生看護を地域で展開していく場合は,まず主人公は地域住民である.その地域住民に密着した看護を行なうためには,地域住民の生活と,それをとりまく環境の両面から,問題をとらえ支援していかねばならない.

人と業績・11

北里柴三郎(1852-1931年)

著者: 山本俊一

ページ範囲:P.424 - P.425

 北里柴三郎はあまりにも有名で,今更ご紹介する必要もないほどであるが,一部の読者はなぜ北里が公衆衛生に関係があるのか,あるいは怪しまれるかもしれない.しかし,北里が生きていた時代は,現代とは比較にならないほど伝染病対策が公衆衛生の上で大きな比重をもっており,偉大な細菌学者としての北里の存在を無視しては,当時のわが国の防疫を語ることはできないがあろう.
 ところで,北里の活動は極めて広範囲にわたっているが,これについては彼の伝記1)をはじめ,その他にも文献が沢山あるので,この限られた紙数の中で北里の生涯にわたる多彩な活動を単に要約することはやめ,そのごく一部でしかないが,しかし衛生学の歴史という観点からは重要であると見られる部分,すなわち既にご紹介した緒方正規とのかかわり合いにスポット・ライトを当て,その人物像を浮かび上がらせてみたい.

日本列島

大垣地域モデル定住圏事業—岐阜

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.372 - P.372

 国土庁では地方定住圏構想を推進しているが,地方の振興を推進していくためには,地域に住む人々の生活,生産活動と密接な関りをもつ市町村行政が地域住民の合意と参画を得て,主体的に各種事業を展開することが重要である。岐阜県大垣地域定住圏は,昭和55年度保健医療面においても国のモデル事業の対象地域となり,各種調査に取り組んでいる,全国では福島県下①圏域を含め,②圏域のみであり,保健医療分野においては初めてのモデル事業でもあり,その成果が期待される.
 大垣地域については,事業認定が年度中途(8月)であり,単年度事業でもあることから,調査の企画から実施までの時間が急がれており,事前検討が不十分なきらいはあるが,限られた予算の枠の中で実績をあげつつある.

県立健康院のAMHTS—岐阜

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.407 - P.407

 AMHTS(自動化多項目健診)は,全国的にも各地域で取り入れられ,その実施機関は数十の民間機関のほか,かなりの公的機関に及んでいる.地域の保健所との連携の上でもユニークな存在である岐阜県立健康管理院(通称,健康院)も,昭和48年に開設以来,8年を経過しているが,54年度の健診実績をもとに最近の状況を紹介したい.
 まず,利用者の状況をみると,年々やや増加しており,54年度では年間15,000人,1日平均62〜63人である.54年度に初めて利用したものは40%弱で,他は2回目以上の受診者であり,このうちほぼ毎年受診するものが10%近くにみられる.女性受診者は30%弱であり,年齢では男女とも,40代(約4割),50代(約3割),30代(約2割)の順となっている.

本の紹介

—福井作蔵ほか編—『生活微生物学』

著者: 豊川裕之

ページ範囲:P.416 - P.416

 本書は,これまでとかく基礎医学の堅苦しい領域の学問として印象づけられて来た微生物学を,日常生活の場まで近づけて解説した,意欲的で分かり易い微生物学入門書である.文章も平易にする工夫の跡が見られるが,何よりも興味を惹くのは編集上の配慮であろう.そのことは端的には章の建て方に見出される.
 第一章の「生活微生物学とは」は扉として微生物の重要性を気付かせる内容であり,第2章以下は「天然食品の保存・流通と微生物」,「加工食品と微生物」,「食生活と微生物Ⅰ(家庭発酵食品)」,「食生活と微生物Ⅱ(調理環境と微生物)」,そして「社会生活と微生物」,「生活プロセスに由来する環境の異常とその正常化」の各章で食品衛生,微生物の活用等を生活の実際面に即して述べており,次いで「健康の維持と微生物」では微生物による疾病や医薬品としての抗生物質などに触れ臨床医学的な領域についても説明している.さらに,この本の特色を形成することであるが,「文化と微生物」の章の内容はおもしろい,酒や未来食の展望,エアコンと微生物,藍染め,文化財の保存,プラスチックと微生物,そして分子生物学と微生物など医学者にとっても教えられることが盛りだくさんである.このような内容の後に,本書としては最終コースに,初めて「微生物学の概要」(第10章)が登場する.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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