文献詳細
人と業績・20
文献概要
わが国の近代的医学教育は制度的には明治10年の東京大学開設に始まったといえよう.そして溌刺とした学風,清新な学問の発展のためには新しい大学を設置することが必要であるとされ,時の政治,時の権力の影響を受けやすい東京帝国大学のあり方に対して,新しい自由な大学を創設するには西の文化圏の中心地,京都か大阪でなければならないとされていた.明治28年日清戦争が講和となるや,関西に大学を新設することが具体化し,時の文部大臣西園寺公望は委員会に審議させて京都に設けることとなった.この京都帝国大学医科大学における初代の衛生学教授で学長になったのが坪井次郎である1).
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