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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生47巻12号

1983年12月発行

雑誌目次

特集 アルコール問題

戦後における飲酒量急増の背景とアルコール問題の第1次予防

著者: 額田粲

ページ範囲:P.770 - P.777

■はじめに
 酒の歴史は非常に古い.聖書,仏典,コーランも酒の功罪についてくわしく述べ,過去2000年間宗教はこれに異常な関心を示し,現在でも宗教は社会の飲酒に対する態度の決定に陰に陽に大きな役割を果している.
 社会の飲酒に対する態度はこれを許容するか,或いはこれを禁止するかに二分されるが,現在日本を含め世界の文明国の大部分は飲酒を許容する社会であり,一方人類の過半を占める発展途上国には宗教戒律により禁酒が強制されている国が多く認められる1)

適性飲酒と内科医

著者: 上野幸久

ページ範囲:P.778 - P.782

■はじめに
 過度のアルコール性飲料(以下アルコールと略す)の摂取が,中枢および末梢神経系および肝に障害を来すことはよく知られているものの,アルコールが直接に,あるいは肝を場とするアルコールによる代謝異常を介して,全身の諸臓器に様々の障害を与えることについて,未だ一般の認識が浅いようである.時には神経系や肝の症状よりも,胃あるいは膵その他の臓器症状が前面に立つということも少なくない.またアルコールそのものの臓器障害作用に加えて,飲酒に伴う栄養の摂取不足およびアンバランスも諸臓器の器質的ならびに機能的障害に寄与していることもしばしばである.
 本稿では①過度のアルコール摂取によってひき起される内科的疾患の概要②既存の内科的疾患に及ぼすアルコールの影響③臓器障害を来さないような適正飲酒のあり方④内科疾患患者に対する適正飲酒の必要性と飲酒指導のあり方について論述する.なお著者の専門が消化器病学である関係上,必然的に消化器疾患が重点となることをあらかじめお断りしたい.

アルコール依存症の臨床

著者: 斎藤学 ,   岩崎正人

ページ範囲:P.783 - P.788

■アルコール依存症とは何か
 普通,人は体調の悪い時は酒の量を減らし,仲の良い友人の送別会では大酒をし,時には全く飲まずにいるというように,いろいろの飲み方をしているものである.このような「飲酒パターンの多様性」が保たれている限りアルコール依存症とは言わない.しかし一部の人では,夕食時に食卓に酒がないと寂しく感じたり,いらいらした時に一杯飲まないと気がすまない人もおり,こうした人々は事情が許す限り酒を手に入れようとする.たとえば,冷蔵庫を開けてビールを探すとか,酒屋に電話するとか.こうした行動を薬物(アルコール)探索行動と呼び,これが認められると,アルコールに対して「精神依存」が形成されたという.ただし,アルコールへの精神依存,即ち「病気」というわけではない.アルコールの場合,こうした精神依存を克服して時と場合に応じた飲酒行動を維持する余地が充分に残されているのである.しかし,飲酒習慣がさらに進むと,その習慣を変えること自体が体の変調をもたらすようになる.一部の大酒家では,何かの理由で急に飲酒の機会を絶たれると,寝汗をかいたり,手が震えたり,動悸がしたり,眠れなくなったりなど,いろいろの不都合が起こる.こうした不都合をアルコール退薬(離脱)症状群といい,アルコール退薬症状群が起こるようになっている状態を「身体依存」という.

女性とアルコール依存症

著者: 比嘉千賀

ページ範囲:P.789 - P.796

■はじめに
 最近パブやスナック,ビヤホールなどで若い女性達が飲酒している姿はごく自然なものになってきた.酒造メーカーも女性をターゲットにしての売り込みに懸命で,低濃度アルコール飲料を開発したり,"男性と共に飲む"イメージから脱皮して,"現代に生きるナウな自立する女"のイメージとしての飲酒文化を作りあげようとしている.20歳代の飲酒人口の男女比はすでに1対1に近づいているといわれている.
 昭和43年の国税庁の調査20)では,20歳以上の女性飲酒人口は19%(男性74%)であったのが,約10年後の昭和52年余暇開発センターの調査19)(15歳以上)では53%(男性85%),20〜30歳代では60%と著しく増加しており,6年後の今日では60〜70%にも達しているのではないかと推測される.

アルコール依存症の専門外来

著者: 小杉好弘

ページ範囲:P.797 - P.801

■はじめに
 つい最近まで,アルコール依存症の治療は精神病院への隔離を主とし,しかも不祥事件を防ぐことを目的として少人数ずつを分散させ,精神分裂病者等と一緒に混合収容するのが普通であった.
 このような状況の中で昭和38年に国立久里浜病院にアルコール依存症の専門病棟が設立され,そこで試みられた集団療法を中心とした開放による治療の成果は,我が国のアルコール依存症の治療の歴史の上で画期的なものであった.その後,全国各地の,主として私立の精神病院において,久里浜病院の方式を見習った専門病棟化がすすみ,最近では一部の地域にアルコール依存症のみを治療対象とした専門病院も設立されるようになった.過去20年の間に精神病質や性格異常と烙印を押された時代の,治らない病気としてのアルコール依存症のイメージから,社会復帰が可能な治しうる病気としてのイメージの転換が次第に定着しつつある.治療の飛躍的な発展のうらに,病院の治療構造の変化もさることながら,それにも増して,昭和40年代のはじめ頃から急速に発展してきた治療の自助集団である断酒会(最大規模の組織は全日本断酒連盟)やA. A(匿名断酒会)の活動が大きな役割を果たしたことをあげねばならない.

「家族全体の病」としてのアルコール家族

著者: 榎本稔

ページ範囲:P.802 - P.807

■はじめに
 酒は古今東西あらゆる民族がそれぞれ独特の製法で,数百種類のアルコールをつくり,さまざまな儀礼と様式で飲み伝えてきた.そして歴史とともに,飲酒は社会・家族変動のもとで,アルコール依存(症)を醸成し,家族をその渦中に巻き込み,家族葛藤を惹き起し,家族崩壊へと導いている.アルコール依存症は社会文化的問題を内蔵し,心の病いに翻弄され,身体的疾患に冒された存在であるが,その治療教育を東京のN病院アルコール専門病棟(全開放)において行っている.その治療構造の一翼に「家族教室」(毎週火曜日午後)を開いて家族療法を行っているが,その治療教育過程から得られた「家族全体の病」としてのアルコール家族を粗描していくことにする.

アルコール問題における福祉と保健行政

著者: 目黒克己

ページ範囲:P.808 - P.811

■はじめに
 福祉と保健という言葉は広義に使われることもあれば狭義に使われることもあり,言葉の使い方で無用な論議を避けるためにアルコール問題にかかわっている現場の人々が一般的に使っている意味で,この福祉と保健という言葉を使うことにした.
 公衆衛生活動や福祉関係の現場で,実際にアルコール依存症患者を扱っている専門家達は,福祉とは厚生省の社会局,各都道府県の民生部が所管している生活保護法に基づいた福祉事務所がおこなっている各種の事業であるとしており,また保健事業は厚生省の医務局および公衆衛生局,各都道府県の衛生部が所管している保健所,精神衛生センター,病院,診療所がおこなっている事業を指している.この2つの行政機構はそれぞれ異なった目的の法律に基づいて活動しており,わが国の行政機構の特色であるいわゆる縦割りの効率的な所管の区分がおこなわれている.しかし当然のことであるが,社会変化や国民の意識の変化などのさまざまな理由で,この2つの機構のどちらも所管していないか,或いは両者が部分的に重復して所管しうることなどの理由から,どちらも積極的に取組まない,いわゆる行政の谷間と呼ばれている部分が生じて,時には大きな社会問題となってから初めて解決されることもある.今回福祉と保健行政というテーマが取り上げられた背景には,この2つの行政機構の間にアルコール問題の対策をおこなう上で何らかの困難があることが,関係者の間で論じられているためであろう.

海外におけるアルコール問題と対策

著者: 山本二郎

ページ範囲:P.812 - P.818

■はじめに
 昨年,ジュネーブで開催されたWHOの総会に私は政府代表の一員として出席した.総会では西暦2,000年までに世界のすべての人々の健康を達成するための色々な問題が討議されたが,その1つにアルコール健康問題があった.アルコールの生産と消費は世界的に増大し続け,今や各国の重大な公衆衛生問題となってきたので,参加各国とも実に真剣にこの問題を討議した.WHOはあらかじめ各国から提出された問題と対策の現状を資料として配布し,討議が行われた.今年のWHOの総会にも私が参加したが,同じように白熱した論議があった.これらの討議の内容や資料などを中心にしながら,世界的なレベルでの問題と対策を明らかにしたい.

講座

地域保健におけるコンピュータ利用の現状と期待

著者: 西三郎

ページ範囲:P.819 - P.833

■はじめに
 地域保健活動におけるコンピュータ利用はようやく始まろうとしている.このような状況の中で報告をまとめることは,最新の資料を見落とすのみらず,利用の意義を誤解することも有りうる.しかし,地域保健活動にコンピュータ利用は必要であり今後さらに発展することを期待している筆者としては,内容の不十分さを恐れずに報告しよう.なお,現状の地域保健活動のあり方に多くの疑問を感じていることから,地域保健および地域保健活動についても併せまとめよう.このため,最初に"地域保健とは"を述べることとする.

発言あり

発言あり(自由課題)

ページ範囲:P.767 - P.769

体外受精は非倫理的か
 遺伝子工学をはじめ最近のライフサイエンス技術の進歩はめざましく,これに対する人間社会の組織や規則などの法律的な側面がややもすれば後追いの状況を呈しているのが現実であろう.ここにバイオエシックスの問題がとりあげられ倫理規定を作り生物学の技術的活動に枠をはめようとするのは当然といえよう.
 たしかに,今まで存在しない種を新たにDNAの合成によって創り出し,場合によっては人間をはじめ現存する生物種の生存をおびやかすものとなるかも知れない.また臓器の摘出を急ぐあまり死の判定時期を早めたりするような行為は人間の倫理に反する行為として非難されなけばれならない.しかしバイオメディカルな進歩によって可能となった新しい技術に対して十把ひとからげにして倫理的でないという烙印を押すことには納得がいきかねる.このような例として体外受精の問題がある.

綜説

健康診断および健康管理についての一考察—定期健康診断で発見された多発性骨髄腫を中心にして

著者: 城戸照彦 ,   山田裕一 ,   石崎昌夫 ,   本多隆文 ,   釣谷伊希子 ,   能川浩二

ページ範囲:P.834 - P.838

■はじめに
 近年,予防医学に対するニードは行政の側からもそれを受ける側からも高まりをみせている.その結果現在各種の健康診断(以下健診と略記す)が実施されている.たとえば,職場においては定期健診,特殊健診,じん肺健診以外にも,がん検診等が任意に実施されている現状にある.しかしこれらの健診を効果的に実施するためには受診者の全身を多年にわたって,体系的かつ継続的に管理できる健診を追究していかねばならない.
 今回,著者らが産業医として健康管理を担当している職場において,無症状の段階で多発性骨髄腫(以下骨髄腫と略記す)の症例を発見した.しかも,発症以前からの検査成績も保存されていて,骨髄腫のいわばnatural historyが追える点でも貴重な症例であったので,これを提示しつつ著者らの実施している健診システムについて報告すると共に,現状の健診がかかえている問題点と今後の発展方向について論ずる.

調査報告

近世後期近江農村の生活構造と月別出生数

著者: 大柴弘子

ページ範囲:P.839 - P.845

■はじめに
 出生,死亡および病気の諸相は,その地域の社会生活を背景として存在することはいうまでもない.それらに関する研究報告は戦前,とくに明治年間からそれ以前の時代になるとほとんどなく不明な点が多い.この研究は,主に昭和30年代以前の2毛作米作地帯の純農村である近江地域を対象に,生活と出生・死亡,病気の状況を明らかにすることを目的として始めた.対象となる時代は,1955年(昭和30)以前で,上限は文書資料や伝承などから生活状況が確かめられる,およそ1700年代までとする.調査地は滋賀県野州郡野州町南桜,北桜,妙光寺の3部落である.ここでは1800年代当時およびそれ以後の南桜における月別出生数の実態を明らかにし,その結果が当時の生活構造と,どう関わっていたかを考察する.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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