icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生48巻12号

1984年12月発行

雑誌目次

特集 薬物依存をめぐる諸問題

薬物依存の概念

著者: 田所作太郎

ページ範囲:P.836 - P.841

■用語の混乱
 大昔からケシを原料とするアヘン類は強力な医薬品としての資格を持つことが知られていたが,同時に多くの人びとはそのなかの神秘的ともいえる特定な薬理効果に限りない魅力を感じ,耽溺し,生きる目的のすべてをここに集中した.薬物は生体の機能を変え,治療上有用な作用をあらわすが,ヒトを薬物依存という泥沼にひきずりこむ魔力をも秘めているのである.ヒトだけでなく,発達した脳をもつ多くの動物も,ムードを変え一時的に快感をもたらす薬物によろめく本性を持っている.
 薬物乱用と依存をめぐる問題は,単に医学・薬学領域に限局されるものではなく,時には国勢を支配する大事件にまで発展する.アヘン戦争(1840〜1842)しかり,またアメリカ合衆国における禁酒令(1920〜1935)による暴力団の跋扈,最近ではベトナム戦争におけるヘロインとマリファナの深刻な汚染等は特記に値する.さらに現在,わが国における覚せい剤や有機溶剤乱用の大流行は,しばしば狂気を招き凶悪,残忍な無差別殺人事件をひきおこすに至っている.

麻薬・覚せい剤等の乱用問題とその対策

著者: 山本晴彦

ページ範囲:P.842 - P.850

■はじめに
 麻薬をはじめとする薬物乱用問題は,あへん戦争などの例にも見られる通り,古くから大きな社会問題となり,各国において,また,国際的なレベルにおいてこれに対する対策が工夫されて来た.それにもかかわらず,現代社会においてもこの問題を克服出来ず,むしろ,科学技術の進展とともに乱用される薬物は多様化し,また,交通・運輸・通信手段の発達に伴って不正取引きの巧妙化,広域化が進み,薬物乱用問題に悩む国の数は増加しつつある,国連の麻薬委員会資料によると,1982年各国から報告された押収量の総量は,モルヒネ(2.2t),ヘロイン(6.1t),コカイン(12t),及び大麻草(6,222t)と1946年,統計をとりはじめて以来最高の値となっている.無論,世界的に報告体制の整備が進んで来たこと,取締りが強化されて来たことなどの要因を考慮する必要があるが,逆に言えばそれだけ力を入れて薬物乱用の撲滅に当っているにもかかわらず,多量の薬物が不正に取引きされ,乱用されているという,薬物乱用問題の根深さを示しているといえよう.わが国もその例外ではなく,現在,覚せい剤をはじめとする薬物乱用問題は憂慮すべき状態にあり,暴力団関係者など一部特定の社会階層に固有な問題としてのみ片付けることの困難な状況になっている.

有機溶剤乱用の背景と問題点

著者: 中村希明

ページ範囲:P.851 - P.857

■はじめに
 昭和元禄とうたわれた昭和40年代に,ポリ袋を片手に目をトロンとさせ異様な風体で地下道にたむろしていた,フーテン族の姿をまだ御記憶の方も多いことであろう.昭和42年ごろに群馬のある地区で始まったシンナー遊びは,東京,大阪,九州と次第に西方に広まって,昭和46年には5万件に近い全国補導件数を出す爆発的大流行となった.その後,昭和47年と昭和50年との毒物取締法の一部改正によって,昭和48年には2万件を切るなど,一時的に減少したが,昭和54年からは4万件を回復し,昭和57年にはまさに5万件を越えようとしている.
 まず,最近の事例からみてみよう.

臨床からみた覚せい剤問題

著者: 佐藤光源

ページ範囲:P.858 - P.864

■はじめに
 他の依存薬物の場合と同様に,覚せい剤の乱用や依存による障害には,つぎの二つの側面がある.その一つはおもに覚せい剤の中枢薬理作用に基づいて乱用者個人に起る障害であり,精神身体症状や後遺症などがこれに該当する,他の一つは覚せい剤の乱用や精神症状によって二次的に派生した社会生活面の障害であり,経済的な破綻,離婚,失職,犯罪など家族や地域社会をまきこんだ問題5)がある.これとは別に,現代社会がかかえる病理現象が今回の覚せい剤禍の背景因子をなすとの見方もある.
 覚せい剤の乱用と依存,とくにその対策について考える上で当然留意すべきことは,覚せい剤取締法によりその輸入,製造,所持,譲渡,譲受,使用が禁止されている点で,乱用自体が犯罪であることである.この点を抜きにしてアルコールや睡眠薬の依存と同等に考えていると,対策を誤ることになりかねない.ここに覚せい剤問題の特殊性があり,医療を越えた総合対策が必要となる由縁がある.

飲酒とアルコール依存症

著者: 大原健士郎 ,   鈴木康夫

ページ範囲:P.865 - P.870

■はじめに
 わが国の飲酒人口は年々増加しており,昭和56年には5,481.2万人にのぼる1)と報告されている.このうち,問題となるのは各年齢層への飲酒人口の浸透,特に低年齢化と,女性飲酒者の増加である.これに伴いアルコールに関連する身体的障害あるいは社会的障害,そしてアルコール依存症やアルコール精神病が増加している.
 飲酒人口の増加の原因は種々考えられるが,まず第一は飲酒パターンの変化である,かつては職人や肉体労働者が習慣的に飲酒をし,その結果としてアルコール依存症になることが多かった.しかし,現在では大学生でもOLでも気軽に飲酒し,それが一つのファッションになっている.これには,ジャーナリズムによる酒類の宣伝が大いに影響していると考えられる.第二はトランキライザー代わりに飲酒する者が増えたことである.つまりストレス過剰の現代において,ストレスを回避する手段として,また空虚感をいやす方法として,アルコールの摂取は安価で手っ取り早い処置法である.しかも,精神安定剤や睡眠薬を使用するには多少の罪悪感を伴うが,アルコールにはそれがない.第三は,飲用するアルコールの内容的な変化である.最近では,若者の日本酒離れがすすみウイスキーの消費量が伸びている,また,この夏にはビールよりも焼酎が好まれたという話題が新聞紙上をにぎわした.ここでは,現在のアルコール関連問題についての疫学,アルコール依存の概念,その対策について述べるつもりである.

アルコール依存症と精神衛生センター

著者: 石原幸夫

ページ範囲:P.871 - P.876

■はじめに
 アルコール依存症の問題は今日ではただ単に医療の問題だけではなくて,重要な社会問題の一つになっている.社会的に大きな関心がはらわれ,解決の迫られている生活上の困難事でもあるということである.WHOは飲酒に関連した障害について,アルコール関連障害(1976),あるいはアルコール関連問題(1978)という言葉を使っている.酩酊時の問題行動すなわち非依存性のアルコール乱用をも含めて,飲酒に関連して生ずる問題が医療問題をこえ,社会的な問題としてそのすそ野を一層拡大していることを物語るものである.
 医療問題に限ってみてもアルコール依存症は多くの問題をかかえている.まず患者の治療が困難なことが多い,患者は治療を受け入れようとしない.治療は失敗することが多い.これらの患者の大多数は,ゆくゆくは家庭が崩壊し,遂にはスラム街に流れ住むことになる.そこでは体の健康は絶えずむしばまれ,社会的機能の崩壊が進行する.大きな社会問題であることはいうまでもないが,同時に重要な公衆衛生の問題でもあるのである.

社会情勢と薬物依存—歴史的な検討

著者: 佐々木敏裕

ページ範囲:P.877 - P.882

■はじめに
 スウェーデンのスーパーで昨年,面白い経験をした.夜の8時過ぎ,果物を買いに寄ったついでに,2種類のビールをかごに入れ,レジに出したところ,レジのお嬢さんは,困ったような顔をして,何度も説明してくれた.
 「こっちの軽いビールはいいが,アルコール度が高い方は売れません」.

少年と薬物依存—日本で,アメリカで,北欧で

著者: 北沢杏子

ページ範囲:P.883 - P.889

■14歳覚せい剤少女を取材して
 今年の冬の東京は例年になく雪の日が続いた.都立松沢病院に,母親に付き添われて,自殺未遂の14歳の少女がやってきたのも雪のちらつく2月初旬のことだった.
 院長の問診で,ぽつりぽつり答えはじめた少女の告白はつぎのようなもの--.

講座 臨床から公衆衛生へ—感染症シリーズ・3

北海道のエキノコックス症—疫学とその対策

著者: 兵藤矩夫

ページ範囲:P.890 - P.895

■はじめに
 北海道では昭和12年,小樽市に住む一婦人が多包虫症と診断されたのが最初で,その後次々と患者が見出され,そのいずれもが礼文島の在住者または出身者であったことから,当研究所の安保,飯田,市川らは昭和25年9月以来3回にわたり現地調査を行い,同島にはなお10数名の肝腫大を伴う患者の存在すること,それらの患者のいずれもが多包虫症であることを明らかにした.一方,昭和40年,根室市を含む道東地域で本症の患者が発見され,特に根室市に出生,この地で育った7歳の少女が肝腫瘤の手術を受け,組織学的に本症と決定されたことから,根室市内に感染源の存在することが確実視され,礼文島とは別に道東地域(根釧地域)にも本症の流行のあることが判明した.今日までの本道の本症の患者数は礼文島131名,根釧地域71名,その他18名,合計220名となっている.最近礼文島や根釧地域の居住者または出身者が,本州各地に転居後に発病し,その地の医療機関から当研究所に血清反応検査の依頼が時々あり,中には紛れもなく本症と思われる患者も1〜2に止まらない.この機会に北海道のエキノコックス症を紹介し,ご意見や,ご鞭撻を頂きたいと考えている.

精神障害者福祉へのアプローチ・1

グループワーク

著者: 白石大介

ページ範囲:P.896 - P.901

■はじめに
 近年,障害児・者および老人の地域福祉,在宅福祉が脚光を浴びる中で,とりわけ精神障害者のそうした福祉は立ち遅れている.
 社会精神医学や地域精神医学が注目され出してはいるものの,精神障害者への医療は相変らず病院中心の医療となっており,その内容も社会防衛的,隔離的色彩をいまだ浴びている感をぬぐいされない.一時,精神医療における開放化や早期に退院を促進する動きが見えたが,ごく最近においては,また閉鎖的,監視的な傾向が出てきていると思われる.一時的にしろ,開放化や早期に退院を促進する動きが出ていたにもかかわらず,また逆行しつつある要因は何であるのか.そのひとつとして考えられることは,精神科病院の開放化を進め,できるだけ短期のうちに退院を促進し得たとしても,はたして地域社会,患家などにその受け入れ体制が十分にできていたかというと大いに疑問の残るところである.精神医療の開放化を進め,早期退院を促進していくためには,並行して精神衛生センター,保健所など既存の諸機関の充実をはかり,社会復帰センターなどの増設を推進することによって,そこにおけるデイ・ケアやナイト・ケアなど充実したプログラムが提供されなければ,患者の病院生活と社会生活とのギャップを埋めることは難しく,また家族の不安も軽減されにくいと考えられる.

発言あり

自由課題

ページ範囲:P.833 - P.835

老人保健法と子宮がん施設検診
 老人保健法の施行に伴い,これまで政令による補助金事業として行われてきた子宮がん検診は,同法によるヘルス事業の一つとして行われることになった.これによる第一のメリットは受診率の向上にある.これまで対象年齢にある全人口のたかだか10%内外に過ぎなかった受診率が,今後大きく伸びることが予想される.厚生省としては実施5年後の昭和61年度には,現在の約3倍にあたる30%前後の実施率を見込んでおり,これは社会医学的または公衆衛生学的な,検診の有効限界値に相当する.これには検診の精度管理など,検診に必要なマンパワーの養成なども規定されているが,今後増大する受診者数に対応する検診内容のレベルアップについてのプランはどうなっているのであろうか.
 前述のような利点とは反対に,老人保健法の施行がいささか性急に過ぎたために生じているいくつかの問題点がある.その中で最大の問題は,検診事業の実施主体が,従来の都道府県から,市町村に移行されたことである.財政基盤が比較的脆弱な市町村では,検診事業に伴う財政的負担はかなり痛手であると同時に,これらの事業に関与する専門知識を持った職員が乏しいことも大きな問題である.私が居住する自治体(人口23万)でも,今年度から子宮がん施設検診のために,さしあたり最少限度の満40歳の対象者(約1,000人)のみの施設検診を実施すべく市当局と折衝し,予算獲得に努力したが,財源不足ということで実現できなかった.

日本列島

救急の日

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.841 - P.841

岐阜
 昭和58年より9月9日を救急の日とし,以降1週間を救急週間として,国,県,医師会等において救急医療にちなんだ行事が行われている.59年9月の行事として,岐阜県内でもポスター,ラジオ放送,広報誌などによる広報活動の他,座談会が催された.
 座談会は県医師会主催,県後援で実施されたものであり,各関係者が参加し,各々の立場から現状や問題点が出されたが,県下の救急医療の問題点が集約されているようであった.

痴呆性老人介護相談所開所する

著者: 提隆信

ページ範囲:P.850 - P.850

岡山
 世界に例をみない速さで高齢化社会の出現が予測される中で,わが国においても本格的に老人保健対策がスタートを切って3年目を迎えようとしている中で,近年「痴呆性老人問題」が急にクローズアップされてきているが,この問題に対しては,現行の制度の適用の困難性と,公的援助の限界等にはばまれて,充分な対策が行われないのが現況のようである.
 こうした中で,岡山市と岡山県(民生労働部高齢者対策室)では,59年6月から,岡山市立岡山市民病院の中に「痴呆性老人介護相談所」を開設したのでその概要を報告する.

盆用らくがんに使われたローダミンB

著者: 土屋真

ページ範囲:P.876 - P.876

宮城
 かつて紅しょうが・梅干等の着色に用いられ,昭和25年の千葉市の「懐中じるこ」による食中毒事件以来,食品着色料としては使用禁止になっていた塩基性タール色素「ローダミンB」が,当県の盆用らくがんに使われていた.県内S市のK食品会社の製品が広く販売されていたのである.ちなみに,オーラミンとローダミンBの混合色素の入った,「懐中じるこ」事件では,食後30分で頭痛・嘔吐・四肢麻痺等の症状を示したとのことだ.

--------------------

「公衆衛生」第48巻 総目次 フリーアクセス

ページ範囲:P. - P.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら