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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生48巻5号

1984年05月発行

雑誌目次

特集 小児の育成

子供のヒューマン・バイオロジー

著者: 山下文雄

ページ範囲:P.312 - P.315

■はじめに
 われわれ医療や保健の場にあるものは,これまでどちらかというと,人間を医学の側から,それも身体面からのみ眺め,理解しがちであった.
 しかし,ヒトのより良い理解のためには,ヒトを大きくは地球,小さくみれば地域社会,さらにミクロには家に住む,文化をもった社会的生物という見かたのほうが,より良いヒトの理解ができるであろう.そのためには,生物学,比較生物学のみならず,生態学,行動科学,社会学,民族学,人類学,心理学など,多くの学問体系が加わる.これは近代ヒューマン・バイオロジーの流れでもある.小林登教授(東大)は,こどものヒューマン・バイオロジーの概念を導入し,その重要性の主張者であるが,ヒューマン・バイオロジーを,"ヒトを文化をもつ哺乳動物に位置づけて,生物学の立場から科学的に分析する学問体系で,この場合の生物学は広義のもので,多彩な理論体系を組合せた生物科学とでも呼ぶべきもの"と定義する1)

小児疾患の変遷

著者: 鈴木榮

ページ範囲:P.316 - P.322

■はじめに
 小児医学の領域が拡大し,対象疾患の種類も頻度も変って来たことは,誰でも認めるところであろうが,同じ尺度で作られた罹病統計はないので,残念ながら小児疾患の変遷を,客観的に明示することは出来ない.同じ施設での年次的な変化の報告はいろいろあるが,これも一般的な傾向を示しているとは考えにくく,たとえば大学病院での統計は決して一般に当てはめるわけには行かない.感染症については,昭和56年7月から全国的なサーベイランスシステムが発足しているので,ある程度までは全国的な傾向がとらえられるようになったが,これも限られた病気についてのものであり,しかもまだ調査期間も短い.
 したがって長期間にわたる小児疾患の変遷について述べようとすれば,いろんな資料を寄せ集めて,そこから傾向を見つけ出すしかないので,ある程度は主観が入り込むのも止むを得ない.それでここでは,筆者の小児科医としての生活が始まった第二次世界大戦後,大体昭和20年代と,こんど停年退官して,一応小児科の第一線から退くことになる現在,昭和50年代との比較を,自身の経験を通じて述べさせて頂くことにする.

乳児の神経発達

著者: 前川喜平

ページ範囲:P.323 - P.328

■はじめに
 新生児の神経細胞は成人と同じと言われているが,新生児は成人と同じ行動は出来ない.脳重量も約330g1)と成人12002)〜1400g3)の1/4である.1歳では脳重量は出生時の約3倍となる.生後12ヵ月の間に,新生児期の寝たきりの状態から一人立ちや,早ければ歩けるようになる.このように乳児期は神経系の発達の最も著しい時期である.本論文では,乳児期の神経発達と行動発達について主に記載する.

小児の人格形成

著者: 平井信義

ページ範囲:P.329 - P.333

■はじめに
 40年にわたる子ども研究の結果から,私は,乳幼児期において,意欲と思いやりとを育てておけば立派な青年になるという結論に達し,目下,人格構造とその形成の細かい部分を立証する研究に励んでいる.とくに,意欲と思いやりがどのように発達しているかと評価する方法を確立するための努力を続けているが,この方法がこれまでなかったために,この2つの人格の柱が親たちや教育者に見逃されており,その結果,人格形成にゆがみを作るような養育・教育が行われるという結果を招いているからである.つまり,これまでの養育・教育は,意欲に乏しく,思いやりの少ない子どもたちをたくさん作り出している.小学校において五無主義と言われ,その中の無気力,無関心無感動,無責任という状態は,意欲の乏しい状態を表現している.さらに現在,中学生や高校生に多発している登校拒否も,意欲が抑圧されるような養育・教育を受け続けてきたことに原因がある.

母子相互作用について

著者: 澤田啓司

ページ範囲:P.334 - P.338

■母子相互作用論の背景
 ヒトを始め,哺乳動物の子は,親かそれにかわる養育者(care-giver)に保護され,養育されて育つ.その際,子は親に対して目であとを追う,手をのばす,微笑,啼泣発声などさまざまなシグナルを送って親の注意をひく.これをBowlby.Jは愛着行動(attachment behavior)とよんでいる.親は子のシグナルに応えて愛情を示し,養育をおこなう.そのことで子は更に親への愛着を深め,親は子に対する愛情をたかめてゆく.このように子から親へ、親から子へ往復するシグナルと応答,愛着と愛情が育児には不可欠であって,この母子間の交流を母子相互作用(mother-infant interaction)という.
 ヒト以外の哺乳動物の育仔は,比較行動学(ethology)の分野でさまざまな情報が集められている.すべての哺乳動物は,自然な母子相互作用のシステムをもっている.動物の育仔の特徴の一つは,刷りこみ(inprinting)とよばれる現象である.ある種の鳥類は,孵化したとき最初に目にしたものをcare-giverとして認識する,この仕組みは,生得的なもので,出生直後の短期間に成立し,ある感受性期(sensitive period)を超えると成立しなくなり,また一旦成立すると生涯失われない不可逆的なものであるとされている1).

少年非行を考える—殺人・校内暴力・性非行を中心にして

著者: 江幡玲子

ページ範囲:P.339 - P.343

■非行とは
 「非行」という言葉は,使う人の立場,使う場合によって,そこに含まれる意味に多少のちがいがあることに気がつく.
 「あの子は非行だ」とか「そんなことをしていると非行少年になってしまう」というようないわれ方をするときの「非行」とは,困った子,社会に迷惑をかける子,問題の子というような意味が含まれている.

学校精神衛生

著者: 伊東俊一

ページ範囲:P.344 - P.352

■はじめに
 「衛生」が一般臨床医学に対して,身体の健康を維持・増進し,身体障害・病気を予防・治療することを目的とするように,「精神衛生」も「心の健康(mental health)」を維持・増進し、精神障害・病気を,予防・治療することを目的としているのはいうまでもない.
 今特集の主題である「小児の育成」がなされる場が,家庭・学校・地域社会であり,それぞれの場での「精神衛生」が関連しあってこそ初めて健全な「小児の心身の育成」が可能となるのもまたいうまでもない.核家族化,女性(母性)の社会進出などが著しい今日,育成さるべき小児は,その乳幼児期早期より家庭内で1対1の母子関係は勿論のこと,保育園・幼稚園などの集団の中での「心の健康」を育まれる機会もより多くなってきている.

母子精神保健と環境

著者: 小林秀資

ページ範囲:P.353 - P.358

 ■はじめに
 近年,非行青少年問題が社会問題として大きく取り上げられている.
 厚生省の優生保護統計によれば,十代女性の人工妊娠中絶件数は近年増加傾向にあり,人口1000人あたりでみると,昭和50年の3.1人から,57年の6.0人に約2倍となっており,青少年の性の乱れが想像される.また,警察庁の統計によれば,犯罪少年(少女を含む,以下同じ)の数は,人口1,000人あたりでみると昭和50年の12.3人から57年の18.8人に約1.6倍の増加となっている.

講座

公衆衛生における細胞遺伝学研究(その2)—姉妹染色分体交換(SCE)と環境科学

著者: 森本兼曩 ,   小泉明

ページ範囲:P.359 - P.370

 ■はじめに
 前回は主として染色体の異常のうち,その構造異常或いは数的異常についてヒトの健康状況との係わりを述べた.これら染色体の構造異常・数的異常はすでに約半世紀の研究の歴史を持っているが,近年新しい染色体変異として姉妹染色分体交換(SCE)現象が注目されてきた.このSCE現象は,まず1938年にマクリントックがmaze(とうもろこし)の細胞におけるring(環状染色体)の形態変化から,その存在を予測していたものである.具体的に細胞遺伝学的な手法において,最初にこのSCEの現象を観察したのはTaylorであった,しかし,このTaylorのSCEの観察以来10年以上もの間,この現象は殆ど研究上顧みられる事がなかったと言ってよい.ところが,1972年Egolinaらにより最初に,より簡便な手法でSCEが観察される事が報告された.この方法はLatt或いはPerry,Wolffら1,2)により改良を加えられ,ここ10年の間に世界中の主要な細胞遺伝学研究の実験室に重要な研究課題として広まっていった.

社会福祉協議会と地域保健・3

ひとり暮し老人の会と保健福祉サービス

著者: 佐藤貞良

ページ範囲:P.371 - P.376

■はじめに
 大阪府下(大阪市内を除く)におけるひとり暮し老人の会(以下「会」という)の結成状況は,59年1月現在,44である.おおむね小学校区の区域を「会」の単位としている.府下の全小学校区に占める「会」の結成率は9%にすぎない.52年3月に京都の宇治市で全国初の「会」が結成されたのに啓発されて,大阪では,53年1月から「会」の結成が始まった.
 府社協としては,①会則をもち,②会費を徴収し,③役員体制をもっている--の3点を満たしていなければ「会」としては認めないという「会」の結成基準を示している.ある市の社協では,これに,④定例会を開催していることをつけ加えている.集まって会食しているだけ,お世話されているだけでは「会」とはいえないということをはっきりさせていかねばならないからである.

発言あり

世界最低の乳児死亡率

ページ範囲:P.309 - P.311

大きな推進力となった保健所保健婦の活動
 わが国の乳児死亡率が世界最低の値を示したことは,まことに喜ばしいことである.
 この世界最低の乳児死亡率は母子衛生に携わった,戦前からの多くの先人の努力の積み重ねの上に達成されたものと思う.母子衛生に対する戦前の民間団体の活動が基盤となり,昭和12年に母子保護法が早くも施行された.終戦後には今日の母子衛生行政の基礎が急速に組織化されていった.すなわち,昭和22年に厚生省に児童局が設置され,母子衛生課がおかれた.昭和23年に児童福祉法が施行され,これに基づき,保健所における妊産婦,乳幼児の保健指導,身体障害児の療育指導と育成医療などの体系が整備され,保健所を中心とする母子衛生の事業が進められた.昭和30年代には未熟児対策が行政課題となり,未熟児医療を担当する医療機関の整備が進められ,昭和33年に未熟児養育医療給付と保健指導の制度が発足した.また,母子健康センター設置の制度も発足した,このほか,新生児訪問指導,3歳児健康診査,妊娠中毒症医療援助と保健指導,母子栄養強化対策等の予算化がなされた.昭和40年には母子保健法が制定された.この法律により,母子保健の理念が明らかにされ,母子保健サービスの体系が整備された.また,3歳児検診の法定化により,心身障害の早期発見のための体系も強化された.その後は,育成医療の拡大,妊産婦に対する医療援護,小児がん等に対する医療費給付など医療対策が進められている.

研究

富山県における川崎病流行に関する研究

著者: 神谷哲 ,   引間昭夫 ,   寺西秀豊 ,   五十嵐隆夫 ,   加須屋実

ページ範囲:P.377 - P.381

■はじめに
 川崎病(MCLS:Mucocutaneous Lymph Node Syndrome)は昭和42年,川崎により新しい疾患単位として報告されて以来,病因不明のまま年々増加し,昭和54年に大流行した.その後,一時下火になるように思われたが,昭和57年には再び大流行をみるに至っている.
 富山県においても,昭和57年4月から5月にかけて大流行をみたが,県単位,市単位でみた詳細な疫学調査は報告されていない.そこで今回,私たちは富山県における本症の地域レベルの実態を把握する目的で,疫学調査を試みた.

随想

ペッテンコーフェルの墓碑

著者: 松下敏夫

ページ範囲:P.383 - P.383

 いやしくも衛生学・公衆衛生学を学んだ者で,ミュンヘン大学に初の衛生学講座を開設し,実験衛生学の始祖とされているペッテンコーフェル(Max von Pettenkofer)の名前を知らぬ人はあるまい.また,今日までミュンヘンを訪れた人は,多分マクシミリアン・プラッツにある彼の大理石の座像や,ペッテンコーフェル通りにあるペッテンコーフェル研究所のことを見聞したに違いない.しかし,ペッテンコーフェルがミュンヘンの中央駅近くにある南墓地に葬られていることを知っていて,これを弔いに実際に訪れた日本人は少ないと思う.私は,野村茂教授のお勧めもあって,最近訪れる機会があったので,将来墓参をする人の参考のために,ここにペッテンコーフェルの墓碑について記しておきたい.
 ペッテンコーフェルの墓については,戦前鹿児島大学医学部衛生学教室教授西川義方博士が訪れ,その様子が "碩学ペッテンコーフェルの墓を弔ふ"(「横と縦」152頁)の文として残されている.だが,この頃の墓石は戦後新しいものに替えられて,現在に到っている.現在の墓石は,西川博士が記した "Südliche Friendhof. Sektion 31. Reihe 1. Grab No. 34." と同じ場所にあると思うが,その道標は,南墓地31区画の中で隣接している27区画に一番近い場所,道路から向かって右端角地(北東角地)にあると覚えておいた方が分りやすい.

日本列島

地方産業中都市の保健問題

著者: 天野正也

ページ範囲:P.370 - P.370

八戸市
 日本列島本州最北端太平洋沿岸に八戸保健所がある.管轄は一市二町四力村で,人口29万,そのうち24万は八戸市民で,保健所はURI型である.
 八戸市は在来からの水産業都市として発展し,昭和57年の水揚数量は70万トンを超え釧路に次いで全国第2位となっている.魚種は鰯・鯖の大衆魚,加工魚が約70%を占め,水産加工場が大小合せて約200ヵ所稼働している.

海を渡る病院(済生丸)20年誌について

著者: 堤隆信

ページ範囲:P.382 - P.383

岡山
 1.はじめに
 社会福祉法人・恩賜財団済生会広島・愛媛・香川・岡山の4県済生会支部は,昭和37年から始めた,瀬戸内海離島の予防医学活動を集大成した報告書「済生丸20年誌」(B4版・140頁)をまとめられた.
 この書物を読んで印象深く感じることは多くあったが,特に①1公的病院がへき地医療活動を独自に運営した事業であるばかりか,行政域を越え,4県にまたがる事業であること,②今日では,プライマリーケアーが関心を呼んでいるが,20年前に,病院がプライマリー・ヘルスを旗印にかかげてきた事業であったこと,③離島民の診療・治療・衛生教育を包括的に行ったこと,そのためには住民の(島の)自然的・社会的な要素を綿密に調べ,住民の意識を把握(島別,住民基本台帳の整備)しながら,その人々の衛生思想の向上と行動の変容を期待した事業であったこと,④4県という広域事業であるため各県における済生会支部間の連係がきわめて円滑に作用することが必要であったことなどであった.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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