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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生49巻2号

1985年02月発行

雑誌目次

特集 栄養疫学

栄養疫学のストラテジー

著者: 豊川裕之

ページ範囲:P.76 - P.80

■栄養疫学の社会的要請
 栄養問題が,現在,主として二つの理由で強い関心を持たれている.一つは,食糧に端を発するものである.食糧問題は本来生存に係わる重要問題であり,今に始まる重要問題ではないが,近年とくに,グローバルな視点から食糧供給量の不足の到来が予測されるようになり,かつ,将来といわず現に食糧配分の不均衡が著しくなったために,政治,経済,外交・国防およびヒューマニズムの見地からその改善が要請されるようになっているためである.その根底には,ネオ・マルサス主義で代表される資源の枯渇に対する危惧があることはいうまでもない.いずれにせよ,健康を高めることを論ずる前に生存のための栄養問題が解決されることが要請されている.
 もう一つの理由は,医療面において治療医学は当然のことであるが,とりわけ保健・予防の必要性が認識されるようになったことである.近年,わが国を含む"先進諸国"では,医療・医薬品の進歩が公衆衛生の整備によって感染性疾患に対する勝利を確実にし,医学も自信を持って対処できるようになったが,成人病で代表される慢性非感染性疾患や先天異常に対しては,いまだに効果的な治療法を作り出せない状態である.そして,これまで最も効果があった医薬品にも新しい特効薬開発を期待することが望みうすくなって,治療よりも予防を優先するようになった.成人病の予防には,日常生活,とりわけ食生活の改善が重視されることとなり,ここに栄養問題に対する関心が強まったのである.

栄養疫学の歴史

著者: 高木和男

ページ範囲:P.81 - P.86

 ■はじめに
 栄養学が,少なくとも科学的な様相を示して来たのは,パリにおけるマジェンディ委員会(1815)の研究からであろうと思っているが,この委員会の研究方法は疫学的とはいえない.
 しかし,食べ物と人間の健康との関係についての古代からの考え方は,それが学とはいえないとしても,疫学的な考え方をとって来ないわけにはいかなかった.ウナギは痩せた人によいというのは,すでに,大伴家持の歌にあったが,痩せた人にウナギがよいということは,今の言葉でいえば疫学的観察によって,当時の人はよく知っていたにちがいないのである.

若年者の栄養と健康をめぐる諸問題—宮崎県における栄養疫学の実践例

著者: 矢野敦雄

ページ範囲:P.87 - P.93

■はじめに
 筆者は,かつて宮崎県に新設された医科大学に赴任したところ,地元では大学に対する様々の熱い期待が待ち受けていた.公衆衛生学を担当する筆者は,地域の住民検診,県や市町村あるいはその他の機関による種々の健康に関連する事業等に参加する機会を得た.
 その一つとして,1977〜1981年の間に宮崎県西都地区における全児童・生徒を対象とする,栄養摂取状況や循環器検診を含む「総合健康調査」(西都調査)に携わってきた.

栄養状態と脳卒中に関する栄養疫学—新潟県新発田市における実践例

著者: 田中平三 ,   伊達ちぐさ

ページ範囲:P.94 - P.101

■栄養疫学
 疫学の原理と方法1)に基づいて,栄養状態とある疾病(健康)との因果関係を追究する学問が栄養疫学である.人間の栄養状態を示す変数をX,ある疾病をYとする.栄養疫学の第1段階(現象論)では,主として生態学的研究によって栄養学的要因Xと疾病Yとの因果に関する仮説が設定される.いくつかの集団を対象にして,Yの有病率とXとを同時に測定して,両者間の関連性を検討する.第2段階(実体論)では,設定された仮説を検定する.患者・対照研究により,疾病Yの患者群と疾病Yでない対照群とにおけるXに暴露された者の割合を測定する.コホート研究では,疾病Yの非罹患者をX暴露群と非暴露群とにわけ,一定期間追跡し,両群におけるYの発生率を比較する.第3段階(本質論)の介入研究(実験栄養疫学)では,X暴露群を無作為にX除去群と非除去群とにわけ,一定期間追跡し,両群におけるYの発生率を比較する.Xの非暴露群を無作為にX適用群と非適用群とにわけることもあるが,XがYのリスクを高めることが推理されている場合には,これを実施してはならない.このようにして,栄養学的要因Xと疾病Yとの間に因果関係があると決定されると,他の発生要因との相互関係が検討され,疾病Yの発生機序が解明されていく.
 地域における公衆栄養活動は,(1)集団における栄養に関する問題点の発見と決定,(2)公衆栄養活動の目標,方策の樹立,(3)公衆栄養活動の実施,(4)評価の4ステップを順序どおりに踏襲して実践されている2)

健康・疾病要因としての食生活のエコシステム

著者: 竹本泰一郎

ページ範囲:P.102 - P.107

■はじめに
 食物は生体の外部に存在し,生体に栄養をもたらすことから環境要因の一つであることはいうまでもない.しかし,食物の獲得は人間の最も基本的な活動であり,他の諸環境要因よりも人間からの働きかけが強い.今日でも,食物の獲得は基本的には自然に依存しているが,人類は自然をコントロールし,社会経済的条件と整合させることによって,食糧生産,流通,分配の拡大を図っている.従って,適切な栄養による健康と栄養欠陥による健康障害はともに,自然のシステムと人間のシステムの交絡の結果と考えることが出来よう.

がんの食生活要因

著者: 青木国雄 ,   浅野明彦 ,   浜島信之

ページ範囲:P.108 - P.114

■はじめに
 食生活や食習慣と消化器がんの関連は,一部の臨床家は早くから気づいていたが,人間集団での検証はHaenszel1)やWynder2)の努力で始められた.
 Haenszelら1)は日系米人の胃がんの食生活要因をさぐるため,社会学者,心理学者,統計学者らの協力をえて,より客観的な問診票を作成し,くり返しの食生活調査から,食習慣が比較的正確で再現性が高く比較性のある指標と考えた,そして摂取回数による定量化を試みた.同時に専門のInterviewerを養成して調査にあたらせたことも画期的であった.こうして始められた胃がんのcase-control studyは,表1のようなrisk fbodsをみつけ出したわけである.和食品として塩干魚,しょうゆ,大根つけもの,塩辛などの塩蔵品を多く摂取する群は,胃がん相対危険度が1.4〜1.8倍となる.キャンディー多食も2.1倍であり,一方さやえんどう,とうふ,野菜,ミルクなどを多食する群は相対危険度が低かった.

循環器管理と栄養

著者: 内藤雅子 ,   根岸龍雄

ページ範囲:P.115 - P.121

■はじめに
 わが国では,1950年がいわゆる健康管理にとっては一つの曲がり角であった.というのは,この年までの死因の第1位は結核症であり,翌年からの死因第1位は脳血管疾患となったからである.戦前からの結核症の疾患管理の主題は早期発見,早期治療であったが,現実の治療には,まだ特効的抗生剤,化学療法剤は一般的には流布していなかったので,いわゆる大気・安静・栄養療法が中心であった.ここでの栄養は高蛋白,高エネルギー,高脂肪などであったが,長い戦争の間と戦後には,一般的には,これらはどれも得難い栄養であり,食生活には社会的階級が直ちに反映するのであった.結局,結核管理の成果は戦後に持ち越されることとなった.実は,結核症の疾病構造の変化は,わが国では,すでに1920年ごろにおこっていたために1),戦後,急速に死亡率の低下を見ることとなり,しかも,その速度は極めて早いものであった.
 1951年,死因第1位となった脳血管疾患に対して,血圧測定から始まる循環器管理が進められることとなった.その後は,1983年の「老人保健法」の施行までに,心電図検査,眼底検査,各種の血液検査が行われるようになった.現在の循環器管理では,かつての結核管理に比べて検査項目は極めて多い.

健康増進と栄養行政の展望

著者: 遠藤弘良 ,   郡司篤晃

ページ範囲:P.122 - P.127

■はじめに
 昨年7月に厚生省の衛生三局の組織再編成が行われ,従来の公衆衛生局栄養課が,保健医療局健康増進栄養課となった.健康増進施策については,従来より栄養施策を中心とした視点から進められてきたわけであるが,この機構改革により健康増進施策を保健医療行政の中に明確に位置付け,積極的に取り組むことになった.
 一方,これまで栄養状態の向上が中心であった栄養施策も,栄養素欠乏の問題が解消され,むしろ過剰や偏りの問題にその焦点が移っている.しかし,こうした新たな問題は,単に栄養の視点からのみで解決されるものでなく,広く健康増進の視点からとらえていかなければならない.

諸外国における栄養疫学

著者: 鈴江緑衣郎

ページ範囲:P.128 - P.133

■はじめに
 外国における栄養疫学の目的は大きく分けて二つに分けられる.一つは,わが国でも行われている過剰栄養とそれに対応する疾病の調査研究で,他の一つは発達途上国にみられる低栄養と,それに起因する疾病や,免疫力低下による伝染性疾患との関係に関する疫学調査研究である.これらの研究は,大規模や小規模の差はあっても,各国で行われているし,国も相当力を入れて研究調査を行っている.これらの研究の中心となっているのは米国であるので,今回は米国を中心として各国の栄養疫学について述べることとする.

講座 臨床から公衆衛生へ—感染症シリーズ・5

感染症監視システム

著者: 野崎貞彦

ページ範囲:P.134 - P.137

■感染症サーベイランス事業
 1.経緯
 感染症の発生状況は,環境衛生,医療水準等社会的要因に大きく左右されるため,それに応じ,時宜を得た対策を講じる必要がある.わが国では,近年,生活水準の向上,医療,技術の進歩,防疫対策の充実等により,法定・指定伝染病及び届出伝染病の患者数,死亡数はともに著しく減少したが,一方では生活様式の変容や地域間の交流の活発化に伴い,法に列挙された狭義の伝染病以外の,感染症に対する問題意識が高まってきた.これらの感染症の多くはウイルス性疾患であり,また小児を中心に流行するものが多く,地域的及び全国的な発生状況を迅速に把握する事が,地域保健医療の立場から強く要望されてきた.
 こうした背景のもと,地域ごとの感染症監視体制が,医療機関の協力のもとに過半の都道府県・指定都市で実施されるようになってきたが,それらは,対象疾病,年齢区分,調査期間の単位(週,旬,月)等,実施方法が一定していなかったため,せっかくの情報を広域的に活用するのに困難が生じてきた.

精神障害者福祉へのアプローチ・3

共同住居

著者: 荒田稔

ページ範囲:P.138 - P.142

■はじめに
 精神障害者(以下は障害者)の社会復帰への援助の在り方に,共同住居でのケア方法がある.
 共同住居といっても,全国各地での営み方にはさまざまな形態がある.

研究

鼻・中耳・副鼻腔がん死亡率の最近の日本における動向

著者: 福田勝洋 ,   須川和明 ,   本村昌一

ページ範囲:P.143 - P.146

はじめに
 鼻・中耳・副鼻腔のがんは他の部位に比べその発生頻度は比較的低いが,治療後の生存率は高いとは言えず,また,早期発見の方法も確立してはいない.従ってこの種のがんの対策としては第1次予防がきわめて重要であり,何が当該がんのリスクファクターであるか,どんな人間集団がハイリスクグループであるかなどが,充分に明らかになる必要がある.ここではその記述疫学の一環として,鼻・中耳・副鼻腔がん死亡率の最近の日本の動向を観察したので報告する.

発言あり

臨時教育審議会

ページ範囲:P.73 - P.75

問われる基本的能力—大学は卒業しても
 「臨教審」をテーマとして貰い,さてなんだろうと一瞬考えてしまったのが,偽らざる気持ちである.これが,「臨時教育審議会」であると理解するには,少々時間がかかった.そういえば委員の誰々がタカ派であるとか云々……と新聞で読んだ記憶がある.
 先日も大学教授の先生方とのある会合で話題に出したが,あまり反応はなかった.それほど関心の対象になっていないので気が楽になったが,さて何を書いてよいか見当がつかない.まず,たまたまあった新聞の解説を読んでみた.

日本列島

し尿処理従事者の酸素欠乏による死亡事故

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.101 - P.101

岐阜
 昭和59年7月,岐阜市のし尿処理場において,汚泥の水切りピット内にたまっている汚泥をくみ上げるため,清掃従業員1名がピット内に入り,水を注入かくはんしながらバキュームカーにより排出作業を始めたところ,急性の硫化水素中毒にかかった.これを救助しようとして5人が次々とピット内に入り,この5人も被災し,遂には3名の死亡者を出すという不幸な事態に至った.
 換気の不良な地下室や水槽等においては,酸素欠乏を来しやすく,さらにし尿汚泥の例にみられる,硫化水素等の有毒ガスの発生が加わり,酸欠症やガス中毒を起こし致命的な状況に至ることも多い.労働省の資料によると,昭和55年から58年の4年間に,酸欠症は140例みられ,48例の死亡が発生しており,また,酸素欠乏地点での硫化水素中毒は,47例で18例の死亡が発生している.職種別にみると,酸欠症は輸送用機械器具製造業45例,建設業35例,清掃業11例,食品製造業10例,その他39例であり,硫化水素中毒は清掃業29例,建設業7例,その他11例である.職種上からみても清掃業での事故発生は多く,4年間に21名の犠牲者を出しており,安全衛生対策上注目すべきものがある.

水生生物による水質の簡易調査

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.107 - P.107

岐阜
 岐阜県では,高校生や市町村職員等のボランティアの参加のもとに,水生生物による水質の簡易調査を59年8月実施した.この調査は県民自らが,河川の水質調査を体験することや,調査結果の活用により,県民の水質保全の意識の高揚をはかろうとするものであり,150名の参加のもとで実施された.
 対象河川は木曽川,長良川,揖斐川,土岐川,宮川の各水域の54地点である.河川の指標生物のランクづけとして,サワガニ,カワゲラ類,カワニナ,ヘビトンボをAランク,カゲロウ類,トビケラ類をA・Bランク,コガタシマトビケラ,トンボ類,ヒラタドロムシ,モノアライガイ類をBランク,ヒル類,ミズムシ,サホコカゲロウをCランク,赤いユスリカ,ミズワタをC・Dランク,イトミミズ類,サカマキガイハナアブ類をDランクとし,判定の基準として用いた.

南郷村に保健文化賞

著者: 天野正也

ページ範囲:P.114 - P.114

八戸市
 青森県南,岩手県境に人口約7千の南郷村という農山村がある.全域山林丘陵地帯で昔から蕎麦の産地として知られ,また捕鯨船への出稼ぎが村の経済を支える大きな収入源となっていたところである.現在は葉煙草の生産がそれに代って唯一の産業となっているが依然として畑作主体であり,東北特有の冷害に悩まされ続けてきた.昭和32年隣接2村が合併して南郷村となったのであるが,地域的問題もあり,15年間二つの村役場という変則行政が行われていたところでもあった.
 この村が次に述べるような過程をたどって,昭和59年度の保健文化賞を受けることになった.

岩切地区の健康づくり

著者: 土屋真

ページ範囲:P.137 - P.137

宮城
 岩切地区は,70万都市仙台市の北東部に位置し,人口15,580,世帯数4,373,面積11.04km2で,農家が約半数を占める農村的色彩の濃い地域である.一般に純朴な人が多く,地区のまとまりの良さは定評がある.また死因の第1位は,全仙台市では昭和54年から悪性新生物に変ったが,岩切地区では57年からで,それ以前は脳卒中であった.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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