icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生49巻5号

1985年05月発行

雑誌目次

特集 地域における精神保健

地域における精神保健の現状と問題点—和歌山県からの報告

著者: 朝井忠

ページ範囲:P.284 - P.289

■はじめに
 昨年(昭和59年),わが国の精神医療は,宇都宮病院事件で明け暮れた.厚生省精神衛生課が精神保健課と名称を変えたのも,何か関係があるように思われてしかたがない.また宇都宮病院事件への関心の目先を変えることが目的のようなタイミングで「心の健康づくり」のキャンペーンをはった,昭和59年10月「心の健康づくり運動の推進について」なる資料が,各府県の精神衛生センターにも配布された.それによれば,「近年の社会生活環境の複雑化等に伴いノイローゼ,うつ病,心身症,職場不適応等になる中高年層や思秋期症候群,キッチンドリンカー等に陥る主婦,登校拒否,家庭内暴力等の思春期の情緒障害を有する青少年が増加している.このため地域,職域,学校等のあらゆる場を通じ,それぞれのライフサイクルに応じた国民的な心の健康づくり運動を,関係省庁とともに積極的に推進することにより,国民の精神的健康の保持,増進を図ろうとするものである」.当面実施すべき施策として「地域住民を対象として,精神衛生センターにおいて,心の健康づくり教室を,それぞれ実施する」と記されている.これまでの精神衛生センターを中心とした精神衛生活動と比較して,どこが新しいのかと考えこんでしまう.
 マスコミ報道では,宇都宮病院が悪徳病院で,非常に恐ろしい事が起こっていたとされている.確かに,非人道的「病院不祥事」である.このような事件は,どのようなことをしても防がねばならない.

幼児の精神保健

著者: 栗栖瑛子

ページ範囲:P.290 - P.296

■はじめに
 地域の中で幼児の精神保健を行う目的は,(1)病気を軽いうちにみつけて早く治すための早期診断早期治療(第三次予防).(2)気付かれていない病気を早く見つけて治療する早期発見,発症予防(第二次予防).(3)病気の発生を予防する発生予防(第一次予防)の三つであろう.
 これらの目的を達成するために,わが国では,昭和36年から児童福祉法によって(天富によれば,中脩三によって提唱されたということである),昭和41年からは母子保健法(12条)によって,3歳児健康診査が全国的に実施されるようになり,さらに乳児期の健診も行われてきている.とくに,昭和40年の精神衛生法改正以後,保健所が精神衛生業務を担当する第一線機関であることが明確となってから,乳幼児の精神衛生上の問題への取り組みが重視されるようになったと思われる.

思春期の精神保健

著者: 仲村正巳

ページ範囲:P.297 - P.301

■はじめに
 いつしか,戦後生まれの人口が過半数を占め,そして,いわゆる"団塊の世代"の二世達が思春期・青年期にさしかかろうとしている時代である.青少年に関する論議は,マスメディアを通じさまざまに報道され,多くの人が関心を寄せる問題となっている.
 近年,精神医学や臨床心理学による治療や相談を受ける思春期のケースは増加している.また,その必要性も増大していると思われる.精神医学・臨床心理学的臨床活動から,思春期心性は登校拒否をはじめとする適応障害,アパシー,思春期やせ症などの病態として描き出され,その思春期論が数多く発表されている3)

成人を対象とする精神保健と福祉

著者: 竹村堅次

ページ範囲:P.302 - P.308

■精神保健対策の経過と最近の動向
 周知のごとく,わが国の精神衛生対策は病院精神医療中心で推移した時期が比較的長く,それが現在の地域精神保健に及ぼす力もなお少なからず残っている.そもそも保健という表現は最近ようやくメンタルヘルスという言葉に置き換えられ一般化しつつあるのであって,1960〜70年代のはじめ頃までの,いわゆる精神病院ブームの時代には殆ど全く聞くこともなく,わずかに1965年の精神衛生法改正の頃から「地域精神衛生活動」という名のもとに,精神病者のためのささやかな社会復帰への試みがみられるようになった.
 社会復帰と一口にいうものの,真の意味のリハビリテーションは医療保険制度をはじめ,病者に対する偏見や他の疾患対策優先といった諸々の厚い壁に阻まれて容易に進展し得なかったのも事実で,実践的先駆的活動に力を尽くした側からいえば非常にもどかしさを感じざるを得なかった時代が長かったともいえる.精神科領域では1969年以降発生した大学紛争の影響も少なからずあり,学会の正常化が遅れたことも行政努力にブレーキをかけた一因となっている.従って地域における保健対策の基礎である精神障害者対策が進まない以上,メンタルヘルス(以前は精神衛生と呼ぶことが通例であったと思う)の概念は容易には定着するはずもなかった.

大阪市の保健所における通所訓練

著者: 山室哉美

ページ範囲:P.309 - P.312

■はじめに
 大阪市の保健所における社会復帰相談指導事業(グループワーク)は,昭和52年に保建婦による専任の精神衛生相談員が,26保健所のうち5保健所に発令されて以来,個別の相談を展開する中で試みられるようになった.当時をふりかえってみると.
 <その1>病状が安定したので退院して来た34歳の女性.四畳半の一部屋で母親と2人暮しのため,仕事といえば狭い部屋の掃除をするくらいで,いくら磨ぎたてても,たちまちする事がなくなってしまう.病院で覚えたというコーヒーや煙草を娘にせがまれた母親は,苦しい家計に悲鳴をあげ,何かいい方法はないかと保健所に訴えた.相談員がどうしたものかと検討している間に,彼女はまた入院して行った.

米国における地域精神保健—都市スラムの拡大

著者: 西山正徳

ページ範囲:P.313 - P.318

■都市スラムの実態
 近年米国では,ニューヨークやロスアンジェルスなどの大都市における浮浪者(Skid-Row Homeless)の増加が一つの社会問題とされてきており,彼らを収容すべく緊急保護施設などのシェルターの不足が言われている.ほぼ35万人に近い浮浪者が,ダウンタウンの地域福祉センター周辺にダンボールで作った「仮のすまい」を作り,日々の食料にも事欠く有様を呈している.また,最近APA(アメリカ精神医学連盟)を中心として,これら浮浪者の中に,かなり多くの精神障害者やアルコール中毒者がおり,適切な精神医療が提供されていない旨の研究報告と勧告書が出されている.この報告書によると,住居がなく重症の精神障害者の浮浪者が全体に占める割合は25〜50%いるとしている.この数字は全米各都市で恐らく異なっていることと,調査対象範囲,及び方法の困難性が伴うため,客観的信憑性については疑問の余地を残しているものの,筆者の体験からしてだいたい妥当な数字であると考えられる.この調査を担当したRichard Lamb博士は,緊急に必要なことは住居と衣服と食料であり,特に精神障害者に対してはハーフウェイ・ハウス,グループ・ホーム,ボード&ケア・ホームが必要であるとしている.また近隣に危機介入や部分入院を可能とする病院なりシステムが欠如しているため,医療へのAccessibilityが極めて低いことも挙げている.
 一方,ロスアンジェルスのダウンタウンを中心に精神衛生調査を行った,

地域における精神保健の世界的動向

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.319 - P.325

■はじめに
 編集部の依頼は,日本の地域精神保健をふまえて,世界各国の現状と問題点,さらに今後の課題を示せということである.厚生省の精神衛生課が精神保健課に変わったからといって,地域精神衛生という幅広い活動領域が,地域精神保健という領域に限られたわけではないと思われる.病院課や療養所課が同じ局に含まれたのだから,精神医療もここに含まれることと考え,さらに精神福祉をどう考えるかという問題に及びたい.
 いずれにせよ,地域精神医療の問題は以前よりも焦点がしぼられてきたが,それだけに保健医療制度の異なる諸外国との比較が難しくなってきた.おそらく,「精神保健」にぴったりする言葉は「公衆衛生における精神衛生」とでも訳するほかないからである.やむを得ず,従来から使われてきた「地域精神衛生」に拡大解釈して,世界の動向のうちで精神医療・保健福祉に関連することを述べるよりほかないと思われる.

講座 臨床から公衆衛生へ—感染症シリーズ・8

アニサキス症

著者: 吉田幸雄

ページ範囲:P.326 - P.328

■はじめに
 それは私がニューオルリーンズのチューレン大学に留学していた1962年のことであった.主任のビーバー教授は,世界各地から寄生虫の鑑定依頼標本が送られてくると,まず研究室のスタッフや留学生に見せて意見を聞く.その時も,これは日本から送られてきたもので,59歳の漁師が胃潰瘍の診断の下に胃の切除手術を受けたが,その組織中に線虫の断面が見いだされた.これは何という虫かという質問である.誰も答えられなかったところ,教授は,これはアニサキスの幼虫であると言われた.アニサキスなどという寄生虫は日本のどの教科書にも出ていなかった.その論文が1965年1)に発表されてから本症の研究が日本で大いに進み,現在,患者は毎年1,000例をくだらないだろうといわれている.それは日本人が魚やイカを生でたべることと深く関係している.昔からサバなど青魚は食あたりを起こしやすいといわれてきたが,その原因の多くはこのアニサキスであったと考えられる.

精神障害者福祉へのアプローチ・6

単身痴呆老人の退院をめぐるMSW援助の実際

著者: 大久保孝彦 ,   三井伸治

ページ範囲:P.329 - P.333

●はじめに
 近年高齢化社会の進行に伴い,精神医療の分野では,青壮年期に発病し長期入院を余儀なくされた患者の高齢化や,老年期精神障害者の入院の増加などから,なかば老人病院化しつつある精神病院も多いと聞く1).筆者の勤務する病院(ベッド数201床,診療科目内科・循環器科・理学診療科)は,精神科をもたないが脳血管性痴呆を主とした老年期精神障害をもつ患者が少なくない.
 さて,こうした患者の退院を促そうとしても容易でない場合がほとんどである.多くは痴呆に加えて身体機能障害を伴い,それだけ篤い介護が必要になること,一方では家庭内介護力の低下や在宅ケア施策整備の遅れといった状況があるからである.

発言あり

人生80年時代

ページ範囲:P.281 - P.283

老いてなお生きることの重さ
 私の勤務する老人ホームの平均年齢は82歳になりました.140人の平均ですから考えてみればたいしたものです.そしてその年齢も徐々にではありますが,毎年上がっているのです.
 昔,といっても10数年前ですが,英国の老人ホームでは平均年齢が85歳にもなっていると聞き,そんな老人ホームもあるのかと思ったのが昨日のように思い出されます.

調査報告

妊婦の喫煙と飲酒行動についての調査研究

著者: 岸玲子 ,   五十嵐利充 ,   池田健 ,   大友透 ,   荻原尚志 ,   児玉広幸 ,   小林宣道 ,   斎藤学 ,   沢井仁朗 ,   高木陽一 ,   曳田信一 ,   松田孝之 ,   松田延身 ,   宮沢一裕 ,   吉田和浩 ,   三宅浩次

ページ範囲:P.334 - P.339

■はじめに
 近年.タバコの健康に対する害について関心が高まっており,成人男子の場合,喫煙率は全年齢層にわたって漸減傾向にある.これに対し,女性の場合はあまり減少傾向がみられず,ほぼ横ばい状態であるといわれる1).最近の特徴としては,喫煙率が低下しているのは50代,60代の高年齢層であって,逆に若年層や20代,30代の妊娠可能年齢ではむしろ,上昇傾向をみせている.妊婦の喫煙は母体のみならず,ニコチンやCOが胎児の発育を障害するため,新生児生下時体重を減少させ,低体重児出生率を増加させるといわれている2)ので,若年女子の喫煙率上昇は保健衛生上注目すべき現象である.
 同様に妊娠中のアルコール摂取が胎児に与える影響については,先天奇形を伴う胎児性アルコール症候群(FAS)がよく知られている3).しかし,それほど大量でないアルコール飲用で果たして胎児への影響が出るのかどうかについては,研究者の間で意見が一致していない.最近Wrightらは社会階層,喫煙習慣,妊娠期間などの要因を統制した疫学調査の結果,比較的大量とはいえない程度(ウイスキーなら週に1/3ボトル位)の飲酒で低出生体重児が増加すると報告している4).昭和54年度の保健衛生基礎調査によれば,日本の婦人の飲酒率は42.6%に達しているという5).このことは,生殖年齢にある女性のかなりの数が飲酒していると考えられ,妊娠分娩に対する飲酒の影響も無視できなくなってきていると思われる.

在日韓国・朝鮮人一集住地区の社会医学的実態調査

著者: 車谷典男 ,   伊木雅之 ,   平田邦明 ,   森山忠重 ,   中桐伸五 ,   片木健一 ,   金安明 ,   李民実

ページ範囲:P.340 - P.345

■はじめに
 1 980年の国勢調査1)によれば,日本に在住する韓国人・朝鮮人*)は,男性285,543人,女性272,129人,計557,622人である.1910年の日韓併合以来,日本の植民地政策,戦争遂行政策の中で,職を求め,あるいは徴用,強制連行によって渡日してきた人々2)とその子孫である.人口学的研究3〜6)や死因構造の研究7〜9)により,日本で最大の少数民族であるこの集団が,日本人に比べ平均余命は短く3,4,6),全結核,自殺,悪性新生物の死亡率が有意に高いこと3,7〜9)などが明らかにされてきている.これらの差違の背景要因としては人種差や伝統的生活習慣などの違いが挙げられよう.しかし,従来より指摘されているように,在日する韓国・朝鮮人の住居環境,労働条件等の社会環境は日本人のそれと比較して不良10,11)であり,それ故,在日韓国・朝鮮人の健康問題を考える場合,社会環境がとりわけ重要な背景要因であると思われる.しかし,このような観点からの社会医学的調査は現在に至るも見当たらないようである.
 今回,大阪府下の在日韓国・朝鮮人の一集住地区の実態調査の機会が得られたので,健康診断と住居環境,労動環境等のアンケート調査を実施し,実態を把握するとともに,これらが健康に与え得る問題について検討を加えたので報告する.

保育園中心のA型肝炎流行に果たす無症状感染幼児の役割について

著者: 吉原幸治郎 ,   宮永修 ,   福山邦昭 ,   隅田いく男 ,   小栗良介 ,   勝田京一

ページ範囲:P.346 - P.348

■はじめに
 昭和58年9月より昭和59年1月にかけて佐賀県唐津市を中心とした地域に急性A型肝炎の多発を認め,同時期に当院へ入院した急性肝炎患者31人中16人が,唐津市内にあるC保育園関連のA型肝炎患者であった事より,同保育園でのA型肝炎流行を疑い疫学的調査を行った.その結果,26人のA型肝炎患者及び7人の無症状感染者を確認し,またその流行が同保育園の1歳児クラスに通園する無症状感染幼児を介し,その家族へと伝播する感染経路が推定された.今回,A型肝炎の流行に果たす無症状感染幼児の役割について若干検討したのでここに報告する.

衛生公衆衛生学史こぼれ話

4.ヘマチノン・ガラスの復原

著者: 北博正

ページ範囲:P.289 - P.289

 別天師がリービヒに師事して,化学を修めたことは前述のとおりであるが,彼は化学の知識を応用していろいろなことを試み"万能者(Alleskönner)"と呼ばれるようになったが,彼の実学者ぶりを二,三紹介しよう.
 ときのバイエルン国王ルードウィヒ1世は1844年,別天師にいわゆる古代紫(Porporino antico)の復原を依頼して来た.これは学者,芸術家よりなる調査団が,ポンペイの廃墟から持ちかえったもので,これまで復原は成功していなかった,彼はこの純粋な赤色は化学的組成(酸化鉛+珪酸亜酸化銅)によるものではなく,技術的過程において出現することを考えつき,溶融したガラスをゆっくり冷却することにより,亜酸化銅と珪酸の結晶性の化合物が美しい色彩を呈し,立派に成功した.さらに珪酸を硼素におきかえて,いわゆるアストラリト(Astralit)と称する青色のものも得たが,このガラスの中には金色に輝く微細な結晶がちりばんで,美しいものであった,彼はこの手法を応用し,ヘマチノン(Hämatinon)及びアベントゥリン(Aventurin)を復原したが,このうち最も貴重とされたものはヘマチノンで,国王は大いに喜び,別天師はますます国王に信頼されるようになった.

日本列島

健康増進に寄与している仙台市体育館

著者: 土屋真

ページ範囲:P.308 - P.308

仙台市
 市制95周年を迎え,政令指定都市実現を目指す仙台市では,公共・民間施設を含めて各地に大規模な体育施設が作られつつある.さる昭和59年3月,行政改革の最中だけに関係者の並ならぬ努力によって,80億円もの建築事業費をかけ竣工にこぎつけた体育館もその一つで,市の南地域に工事中の地下鉄終着駅近くに巨大な建物が出来上がった.
 全国的・国際的競技会の開催も可能であり,また市衛生局の助言もあって健康増進機能も兼ね備えているので,見学者が後を絶たないという.概略を紹介したい.

東海北陸消化器集検の会

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.333 - P.333

 59年度の東海北陸7県による第14回消化器集検の会が,11月9日金沢市で開催された.同会は従来胃集検の会として毎年催されていたものであるが,58年の総会で,消化器集検の会と改称されることになり,今回は改称後初めての会である.内容も,従来はシンポジウムや講演が主であり,一般口演はほとんど実施されていなかったが,今回は日本消化器集団検診学会の東海北陸地方会として,一般口演8題の発表の後,総会,特別講演,シンポジウムが催された.
 一般口演では,胃集検の評価や臨床病理的検討などの他,大腸癌のスクリーニング,肝癌の早期診断などが口演され,消化器集検として,大腸癌や肝癌に関する研究発表も散見することになった.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら