文献詳細
特集 公衆衛生50年の回顧と展望
文献概要
■東京市の保健局に勤務
昭和11年,2・26事件の少し前,雪の降る寒い日に,ただ同郷であるというだけで一面識もない宮川米次先生(当時の伝染病研究所長)を尋ねて,東京市保健局防疫課長宛の巻紙に書いた紹介状をいただいてからちょうど50年になる.
すぐ給料がもらえるところを,という条件に学校から斡旋されたのは高知日赤の内科であったが,田舎落ちして内科医になってしまうことへの躊躇からであったと思う.とにかくこの紹介状が私の歩く道を決めてしまったことになる.
昭和11年,2・26事件の少し前,雪の降る寒い日に,ただ同郷であるというだけで一面識もない宮川米次先生(当時の伝染病研究所長)を尋ねて,東京市保健局防疫課長宛の巻紙に書いた紹介状をいただいてからちょうど50年になる.
すぐ給料がもらえるところを,という条件に学校から斡旋されたのは高知日赤の内科であったが,田舎落ちして内科医になってしまうことへの躊躇からであったと思う.とにかくこの紹介状が私の歩く道を決めてしまったことになる.
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