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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生50巻11号

1986年11月発行

雑誌目次

特集 地域保健医療のすすめ方

地域保健医療の概念

著者: 藤咲暹

ページ範囲:P.712 - P.715

■はじめに
 住民の健康問題に予防と治療,または公衆衛生と医療として,その対応を図ってきた従来の保健医療のあり方が,社会条件の変化によって転換の心要に迫られて,地域保健,地域医療,包括医療,さらにはこれらを組み合せて,地域保健医療,地域包括医療,地域包括保健医療などの言葉で取り上げられるようになった.
 しかしながら,これらの用語の解釈が必ずしも統一されないままで,各方面での主張や論議が行われているために,一部で混乱があるように思われる.言葉に対する理解は人によって異なり,また環境の変化によって時と共に変わるのは当然といえる.とくに保健医療に関しては,その発展過程が地域によって大きく違うために,概念に差が生ずることもあり,また医学を現実に社会に適用する仕組みとしての制度に対する視点が人によって異なっていて,医療を目的論的にみるか,実態論的にみるかなどによって概念に違いが出てくることになる.

地域保健医療と厚生行政

著者: 入山文郎

ページ範囲:P.716 - P.722

■はじめに
 わが国の平均寿命は,男74.84歳女80.46歳(昭和60年)に達し,わが国は今や名実ともに世界の長寿国の代表となった,戦後の荒廃の中から立ち上がった日本経済と同様なこの発展は,わが国の保健医療の充実を示す一つの証拠ということができよう.なかでも,保健所を第一線機関とした地域保健活動は,その中核として,結核をはじめとする感染症対策,母子保健対策,精神保健対策等,幅広い分野での対人保健サービスを展開してきている.
 しかし,日本経済が高度成長から安定成長に移行したように,地域保健医療の分野にも新たな波が押し寄せており,従来の施策を踏まえた上で,これらへの対応を図る必要が生じてきている.

基幹病院と地域保健医療

著者: 高橋政祺

ページ範囲:P.723 - P.727

■はじめに
 地域保健医療の実態を一つの医療圏注1)として考えた場合,それは基幹病院を中心としたそれぞれの役割を分担している医療施設群のシステムとしてとらえることができる.この基幹病院に医科大学附属病院を当てるという構想は,昭和45年に新設大学が認可され,田中内閣によって一県一医大政策が押し進められてから一般化した考え方のようである.
 しかしながら,わが国の医療施設は歴史的に自由開業制をとって今日に至ったもので,明治以来戦前までは,病院も私的病院が中心となって発展してきている.戦後,陸海軍病院の国立病院への改組や,国民皆保険実施による公的病院の保険診療施設としての体制の建て直しとその内容の充実,さらに一般国民の公的病院への役割期待の増強などにより,次第に医療の中心は私的病院から公的病院へと移行してきてはいる.しかしながら無計画に自然発生的に開業してきた経営主体の異なる医療機関の間には連携が生じにくいというのも現実であった.公私病院間の競合や,隣接する病院間での設備や大型医療機器の重複のむだなどが話題にはなるものの,これに対する何らの対策もなく,今日に至っている.

地域保健医療と医師会

著者: 佐野正人

ページ範囲:P.728 - P.735

■医療の現状
 現在わが国の国民総医療費は,およそ16兆円といわれる.これに対して厚生省は,数年前より医療費適正化対策という言葉で,あらゆる角度から医療費抑制策を打ち出し,歯止めをかけるのに懸命である.世界の趨勢をみると,総医療費が国民所得の8〜10%に達する国もあり,医療費の高騰は世界的な動向となっている.更に今後の高齢社会,医学,医療の進歩を考えると,医療費の増高と負担,医療需要の増大と医療供給体制など,国民と医師が手を携えて立ち向かわなければならない問題が山積している.
 戦後,疾病構造は変化し,結核をはじめとする細菌性感染症はほとんど影をひそめ,かわってがん,脳卒中,心疾患など高齢化に伴う成人病が,死亡率の上位を占めるようになった.そのうえ自然環境や生活環境の破壊による新しい疾病も目立ち始めて,医療需要の増大に拍車をかけている.

地域保健医療と医学教育

著者: 前沢政次 ,   長嶺敬彦

ページ範囲:P.736 - P.740

■はじめに
 臨床医学の進歩は,臨床各科の専門細分化を助長し,人間を家庭や地域の一員として,全人的にアプローチすることを困難にした.一方,公衆衛生学的アプローチは地域社会をマスとしてとらえ,様々な試み(集団健診など)を行ってきたが,住民への個別的生活指導は,必ずしも十分とは言い難く,また予防から治療への継続性が保たれにくい面もあった.地域に密着した,予防からリハビリテーションまでの包括的医療の必要性が強く叫ばれるゆえんである.したがって地域保健医療の質の向上のためには,保健活動と医療との連携を重視することと同時に,従来の専門細分化した臨床医学や個別性・継続性に乏しい公衆衛生学的アプローチとは異なった,新しいアプローチも必要である1)(図).すなわち臨床的アプローチとしては,人間の臓器のみをみることではなく,身体的・精神的・社会的存在としての人間をみ,かつその家族やその人の住む地域社会にまで気配りをし,かつ予防・健康増進のための指導まで含めた医療でなければならない.この地域医療を担う医師は,第一線医療の担当者としての臨床的能力と共に,診療対象である地域社会全体の問題を考え,社会医学的アプローチ,予防医学的アプローチを駆使する能力を有することが必要であろう.このような新しいタイプの医師養成には,当然新しい医学教育が求められる.

プライマリ・ケアの展開

著者: 渡辺淳

ページ範囲:P.741 - P.746

■はじめに
 1.今までの地域保健医療のすすめ方
 今まで日本の各地ですでにその県,その市で,地域保健医療計画に類するものが多数だされている.それらはこれからの地域保健医療像を述べているが,これらを読んですぐ気付くことは,①保健,医療の二極分化構造の基盤をそのままに策定されたものが多い,②中核総合病院の整備をうたうものが多い,③救急対策を別項として大きく取り扱っている,といったことである.これはわが国において,今まで国の行政がこうした方針で進められて来たためと思われる.本稿に与えられた紙数はあまりに僅かで,とてもこのことを一々裏づけている暇はないので省略する.
 さて,今までの医療法では質の向上を旗じるしに,科学的にして適正な医療を行う場所として,病院を位置づけて,これを重視し,明らかに病院中心の医療を押し進めて来た.一方,保健については公衆衛生の立場から,保健所法に基づいて保健所を中心にこれを行い,保健と医療とを全く二元的に進めて来た,しかし今回の医療法の改正によると,この病院中心主義を改め,「計画医療」を行うことを中心に打ち出している.すなわち,医療を需要と供給の視点からとらえて,その釣合いをとることをねらいとしているのである.しかも今までと異なる著しい変化は,プライマリ・ケアの重視であり,「プライマリ・ケアを中心とした医療のシステム化の推進が必要」(医療計画策定指針)としているのである.

対談

保健計画の策定をめぐって—市町村・保健所の連携

著者: 木村慶 ,   多田羅浩三

ページ範囲:P.747 - P.753

 大阪府の摂津市および吹田市において,保健計画がまとめられ,愛媛県においても愛媛県保健医療計画がまとめられた.
 地域保健・医療計画に取り組まれ,実際に策定にかかわられた愛媛大学医学部公衆衛生学木村慶教授と大阪大学医学部公衆衛生学多田羅浩三助教授に,保健計画策定をめぐっての経過や背景,今後の地域保健の方向についてお話いただいた.

特別寄稿

水俣病対策の新たな展開に向けて

著者: 篠崎英夫 ,   西山正徳

ページ範囲:P.754 - P.760

Ⅰ.はじめに
 昭和31年5月1日,熊本県水俣市にある新日本窒素肥料(株)附属病院長細川一は,水俣保健所(所長:伊藤蓮雄)に,原因不明の奇病が発生したと報告を行った.この日をもって水俣病の公式発見と呼ぶ人もある.さすれば,本年5月1日は,ちょうど30年目を迎えたことになる.
 この間,環境庁をはじめとして関係県市,そして医学者の努力にもかかわらず,今日をもってしても水俣病問題は解決していない.しかしながら,本年からスタートした特別医療事業や検診,審査体制の強化策等,少しずつではあるが,水俣病対策は前進してきており,これら施策は,水俣病対策の新たな展開の第一歩として,評価できよう.

発言あり

民活

著者: 加納克己 ,   大塚知雄 ,   渡部正 ,   久常節子 ,   生田恵子

ページ範囲:P.709 - P.711

保健・医療・福祉への導入は慎重に
 都市の環境整備に不可欠な公共事業費が抑制され,国や地方公共団体は今や苦しい財政状況におかれている.実際,現在の国債残高は百兆円を越している.一方,ふくれ上がる貿易黒字と歩調を合わせ,内需振興策への期待が強まっている.そこでどうしても公共事業を伸ばさざるを得なくなる.公共事業といえば,これまで国や地方が直接行うか,公的機関である公団が運営にあたるのが一般的であったが,中曽根政権になってからこうした都市開発,住宅建設などの公共事業にも民間資金をどしどし導入しようとしている.
 この中曽根首相が熱心に提唱する民活導入は,医療分野にも広がろうとしている.東京の某公立病院では,まずくて冷たいととかく悪評の高かった病院給食が,民活導入により適時適温の食事になり,患者からおおいに喜ばれているという.この病院ではほかに清掃,洗濯,外来窓口受け付け,カルテ整理,手術用メス,ガーゼ類の滅菌なども民間に委託している.

調査研究

健康意識と行動—面接による全国調査結果の解析(3)

著者: 森本兼曩 ,   遠藤弘良 ,   川上憲人 ,   三浦邦彦 ,   丸井英二 ,   金子哲也 ,   星旦二 ,   近藤忠雄 ,   新野直明 ,   今中雄一 ,   茂呂田七穂 ,   郡司篤晃 ,   小泉明

ページ範囲:P.761 - P.771

Ⅸ.教育レベルと健康意識・行動 ■はじめに
 人間の意識や行動を規定する重要な要因のひとつとして教育レベルがある.それでは,教育レベルの違いによって,健康意識や行動にどのような相異が現れるであろうか.
 望ましい健康行動と教育レベルの関係については,教育レベルが高い(教育年限が長い)ほど,望ましい健康行動をとるという報告が米国において報告されている.わが国の場合は諸外国に比較し,国民全体の教育レベルが高く,比較的均質化しているといえる.そこでこのようなわが国において果たして教育レベルの違いが,健康意識や行動の違いにどのような影響を及ぼしているものであろうか.

文献考察

無煙たばこと口腔癌に関する文献考察—その疫学的評価

著者: 小川浩

ページ範囲:P.773 - P.778

●はじめに
 近年,喫煙の健康影響に関する知識の浸透に伴い,米国では,紙巻きたばこ喫煙習慣が衰退しつつある一方,無煙たばこ(smokeless tobacco)の消費が伸びてきている.とくに青少年の間にかぎたばこ口腔内使用(snuff dipping)の習慣が流行のきざしをみせ,その健康影響が憂慮されている1)
 無煙たばこは噛みたばこ(chewing tobacco)とかぎたばこ(snuff)に大別され,かぎたばこはさらに乾燥かぎたばこ(dried snuff)と湿潤たばこ(moist snuff)に分けられる.かつて17世紀半ばより,粉末状のたばこに香料を混ぜた乾燥かぎたばこを鼻に吸い込む習慣が,ヨーロッパの上流社会や船乗りの間に流行したが,現在ではそのような使用法はまれで,一つまみのかぎたばこを歯肉と頬の間に挿入する口腔内使用が一般的である.紙巻きたばこ喫煙が主流の今日でも,米国南東部の地方ではこのような習慣が根強く残り,火を扱えない炭鉱,紡績,石油製造などの職場で働く人々や農夫の間で用いられている2)

衛生公衆衛生学史こぼれ話

33.遠藤培地

著者: 北博正

ページ範囲:P.735 - P.735

 終戦後しばらくして,チフス,パラチフスA,B,赤痢,コレラ菌等の消化器系伝染病の病原菌の鑑別にSS(Salmonella,Shigella),寒天培地が登場するまで,永年にわたって遠藤培地が広く用いられたが,この培地の考案者が日本人であることに気付かず,和文の論文でEndoと表現した先輩大家もおられたと聞いている.しかしこの培地の考案者,遠藤滋医師(1870〜1937)のことは意外に知られていない.氏は東北大医学部の前身,第二高等中学校医学部を卒業し,北里の創設した養生院の医員となり,診療,研究に従事し,のちに東京において開業した.
 当時は腸チフス,パラチフスA,B,赤痢等が流行し,乳糖非分解性病原菌分離用の優秀な培地が求められていた.この目的のため,培地にフクシン(赤色色素)を加え,亜硫酸ソーダを加えると,フクシンは無色になる.大腸菌は乳糖を分解し,酸を形成し,大腸菌の集落は赤くなるが,上記の病原菌では赤くならないので鑑別可能となる.

日本列島

仙台市の機能訓練教室

著者: 土屋眞

ページ範囲:P.740 - P.740

仙台市
 医療終了後も継続して訓練を行う要のある者,老化した者など,在宅の40歳以上の通所可能者を対象とした老人保健法による機能訓練事業では,当県でも困っている市町村が多い.
 厚生省の「ノウハウ集」に紹介されたように,医療機関に恵まれている仙台市の対応は良いほうと思うので,東保健所を例にして概略を述べる.

ぷりずむ

被爆者検診から

著者: 園田真人

ページ範囲:P.772 - P.772

 毎年,春秋の2回,保健所の健康相談室に原爆被爆者たちが集まってくる.被爆者の健康診断は,戦争が終わってから12年目の昭和32年にようやく始められた.そのころは検査器械などが古くて時間がかかったものだが,最近は検査器械の開発が進んで数時間ですむようになった.そのころから今日まで,検診をさせていただいているが,一番目立つことは,被爆者の人たちがみな年をとってきたことである(そのころの女子挺身隊員で17,18歳の少女だった人たちも,57〜58歳になっているからあたりまえではあるが).そして,検診をするたびに40年前の8月の記憶がまざまざと思い出される.
 そのころ医学生だった私たちは,アメリカ軍の空襲が激しく講義もできなくなってきたので,それぞれ自宅に近い病院で手伝いをすることになった.とはいいながら,内科診断学を習った程度ですぐには役に立たず,血液や尿の検査くらいしか出来なかった.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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