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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生50巻2号

1986年02月発行

雑誌目次

特集 女性と健康 エディトリアル

これからの女性の健康問題

著者: 松原純子

ページ範囲:P.76 - P.76

 大多数の女性は今まで,「成人したら男は社会で活躍し,女は家庭を守るべきだ」という社会通念に従って成人し,家事に専念し,明日の労働力の再生産の基礎として,夫や子供達の健康を守り育てるための日常的労働に従事してきた.男性を中心とした物質生産労働と,女性による生命生産労働という性別役割分業は,科学技術と能率的な官僚機構に裏付けられた現代の高度産業社会の原動力として位置づけられ,大きな物質的繁栄をもたらした.けれどもその結果人々は,社会では能率主義,学校では序列主義にせき立てられ,知識の細分化,社会の情報化,価値の多様化の波の中で,老いも若きも生き方の方向性を見失っている.こうした社会では家庭でも学校でも,人々が子供達に人間としてのやさしさを教えることは困難であり,環境破壊や子供の非行の問題が現れるのは当然の成り行きである.最近では人々の大きな関心が教育と健康の問題に集中しはじめている.
 折しも「国連婦人の10年」という国際的潮流の中で,女性特有の政治的社会的問題にも眼が向けられている.こうした時こそ女性は,日常の生活や健康の維持に深くかかわるなかで,人間の心のやさしさやいのちの営みの大切さに深い関心を持ち続けてきた「女の視点」の本質に自ら光を当て,それを「人間の視点」として強調し,男女協力の上に新しい「生活の科学(サイエンス・オブ・ライフ)」を樹立する作業をはじめる必要があろう.

女性特有の健康リスクとその周辺—性差の疫学

著者: 松原純子 ,   飯田恭子

ページ範囲:P.77 - P.84

■疫学統計に現れた性差
 昨年,日本人の平均寿命は男子が74.20年,女子が79.78年に達したと報告された.人間は22対44個の常染色体と1対2個の性染色体を持っているが,女子はX型性染色体を2個持ち,そのため片方のX染色体上のさまざまな欠陥を,もう1個のX染色体が代償する可能性がある,男子はX型1個とY型1個の性染色体を持つが,Y染色体は男性化にはかかわるものの,X染色体上の遺伝子異常の代償行為は期待すべくもなく,この点にのみ着眼すれば,女子は受精の瞬間から男子に比べ,生存に有利な条件を備えていると思われる.
 すなわち死亡統計をみると,いずれの年齢層でも男子の死亡率が女子を上回っている.まず胎児死亡率では男児が女児より20〜50%高く,新生児死亡ではそれ以上の差があると言われている1).1歳から中年にかけては,男女の死亡率の差は小さくなるものの,全体として男子の方が高い状態が続く.死因別にみても事故は男子が日本では2.76倍(合衆国では2.85倍),心疾患は1.08倍(同,2.04倍),感染症は1.33倍(同1.83倍),がんは1.26倍(同,1.5倍)と,女子より高い.時代的推移を合衆国の統計でみると,1920年から1970年にかけては男子より女子に死亡の減少が著しく,その差は拡大し,現在合衆国では男女の平均寿命に約8年の差がある(図1参照).

働く女性の精神衛生

著者: 池田由子

ページ範囲:P.85 - P.90

■はじめに
 女性の就労はその高学歴化に伴い,ますますふえている.とりわけ米国に始まり世界的に広がった,いわゆるウーマン・リブの波は急進的,漸進的の差こそあれ,経済的自立を伴う女性の職場進出を,地位の向上として高く評価している.米国やフランスほどでないにせよ,経済的理由を別にしても,家庭の主婦が何とはなしに外に追い立てられる傾向もなしとしない.
 また,1973年以来の経済不況,増税による夫の実質収入減少,教育費の増加などは,更に一般の主婦を職業にと導いた.1980年頃からは,働いていない主婦を,"専業主婦"として区別して呼ぶようになったほどである.

女性クリニックからの問題提起

著者: 海原純子

ページ範囲:P.91 - P.95

■はじめに
 女性のためのクリニックを開設してから約2年になろうとしている.
 クリニックを開設した直接のきっかけは,働く女性が体の不調を感じた時,気軽に相談できる人や場が,余りにも少ないことを実感したからである.

女性の心理的自立について

著者: 河野貴代美

ページ範囲:P.96 - P.100

■一つの例から
 Aさん(62歳)の話から始めましょう.Aさんはもともと看護婦さんですが,保健婦も,養護教諭の資格も持ち,看護学院で教えてもきました.小柄で若々しいAさんは,とてもその年にはみえません.結婚後かなりたって生まれた1人娘は小学校教師で,まもなく結婚します.夫は高校教師でしたが退職して,現在家で好きな絵ばかり描いているそうです.
 久しく会わなかったAさんに最近会ったところ,彼女が怒髪天をつくごとく不満と不平を述べるのが妹と夫のこと.妹は子供(姪)を寄こしてはAさんにいろいろ面倒をみさせお礼の一つもない,夫については,(これがよくわからないのですが),要するに頼りない,話ができない,「お前の勝手にしろというくせにそうすると怒る」というようなことでした.

地域保健へのかかわり—愛育班の組織活動を通じて

著者: 持田兆子

ページ範囲:P.101 - P.106

■はじめに
 「病気になれば医者に行くからいい」と一億すべてそう思っているわけでもあるまいが,昭和58年度国民医療費推計は,なんと14兆5,438億円にもなったという.国民1人当たりにすると,12万1,700円.しかし健康食品は売れに売れ,会費ン拾万円のスボーツクラブは押すな押すなの盛況であるときく.最近「健康づくりに関する意識調査」(厚生省1985年4月調査)が発表された.それによると,成人4人に3人が健康に不安を持ち,5人に4人が運動不足を気にしているという.気にすれど動かず,「健康づくり」と気軽に言うが行動に移すことは難しいもののようである.
 ところが,保健とか健康とかいう言葉が,ごく限られた一部の人たちの使う言葉であったころから,「地域の和と健康づくり」をしている婦人の集団がある.それは愛育班員といい,彼女らは保健衛生,医学・医療には全くの素人であるが,公衆衛生の最先端で活動している保健婦と共に地域で活動している.ある時は保健婦に支えられ,教えられ,ある時は保健婦を助けての「保健指導を生業としている人」との共存である.

家庭看護と女性

著者: 川村佐和子

ページ範囲:P.107 - P.111

■現在の家庭看護をめぐる状況
 医療機関側の条件(病床回転など)によりやむなく在宅療養に移行する人々がある反面,「自分が生まれた家にいると心が落ち着く」「自分が建てた家にいたい」「家族とともにいたい」「子供とはどんな時でも一緒にいたい」「ともに苦労してくれた人だから,出来る限り尽くしてあげたい」「限られた生命なら,自分の思いどうりに行動したい」患者,家族自身がこのように確立された自我に基づいて,療養の場を自宅に求める場合があることは事実である.患者の人権重視の考え方や医療の現時点での限界について広く考えあうようになって,近日の医療の場の選択は,医療内容や医療側の効率性だけでなく,個人生活や社会的あり方に関する観点も重くみられるようになってきた.在宅療養つまり自宅療養の社会的比重が増してきた背景である.
 医療機関が発達する以前では,自宅以外に療養の場はなかったし,日本の家族制度下にあっては,病める時,貧しき時は家族内の相互扶助で対応していくことが当然だと思いこまれており,社会に漠然とある意識では「一般的に推測される程度の症度では,患者の自宅療養」に抵抗は少ないようである(現実直面時でこの意識は突然変化するのだが).また,ケアを担当する家族は従来の家庭生活習慣では妻,娘,嫁(家政婦,看護婦)と女が行ってきたから,いまなお先見的に「女がやり通すもの」と思いこまれている,

新しい医療体制への提言—看護婦の歴史上の諸問題をふまえて

著者: 亀山美知子

ページ範囲:P.112 - P.117

■はじめに
 看護婦は女性の代表的な職業とみなされてきた.だが,その歴史は決して平担なものではなかった.女性が自立し,職業をもつことを許さない社会通念が,その確立を著しく遅らせたのだといえる.
 しかしながら,明治10年代末にキリスト教関係者らによる近代的看護教育が開始された時点では,従来看護婦と呼ばれる女性たちに対する誤解等を払拭した感があった.鹿鳴館外交を頂点とする日本の近代化・欧化への急速な傾斜とともに,女権思想の流行が背景にあったことと無関係ではない.

婦人保護事業を見つめて—日本人の「買春」性

著者: 土井良多江子

ページ範囲:P.118 - P.123

■はじめに
 国際婦人年・最終年を迎えて,筆者は女性の社会的地位と表裏一体の関係にあり,しかも女性問題の基底に,非常に分かりにくい状態で存在している「売買春の問題」について,婦人保護事業の視点から考えてみたいと思う.

女性のからだ,健康,人生—第一世界と第三世界をつなぐもの

著者: 藤枝澪子

ページ範囲:P.124 - P.128

■はじめに
 「女性と健康」問題は,近年いろいろな意味で世界的に注目を集めるようになった.そこで,この問題をめぐる海外の状況を,とくに「女性と健康」運動に焦点を当てて,1970年代以降の推移を追ってみるのが本稿の目的である.
 健康の問題を,女性差別撤廃の観点から,世界的規模で最初に,かつ広範囲にわたって取りあげたのは,1975年メキシコ市で開かれた国際婦人年世界会議であった.ここで採択された「世界行動計画」は,「健康と栄養」「人口」の項目をあげて,女性のからだと健康にかかわる諸問題への注意を喚起し,状況改善への行動をよびかけた.

発言あり

日航機墜落事故

ページ範囲:P.73 - P.75

航空機の安全性の追求を
 旅先には電話もかからないし,来客もあまりないので小文を書くのに都合がよい.この小文も旅行中に出来れば書いてしまう予定であったが書く気になれなかった.飛行機をよく利用するので,何となく航空機事故について旅行中に書くのがいやだった.
 あの日航機事故のニュースを聞いたとき,乗員乗客は「絶望」だろうという先入感がまずあった.「あれだけ巨大な物体が空から落ちるのだ.助かるわけがない」.誰もがそう思ったに違いない,生存者がいるなど誰も予想していなかった.それだからこそ救急活動が遅れたのであろう.

海外事情

タイ国におけるプライマリー・ヘルス・ケア(3)—日本の援助と今後の役割

著者: 小林基弘 ,   ソムアッツ・ウォンコムトオン

ページ範囲:P.129 - P.135

■はじめに
 これまで2回にわたって,開発途上国の抱える保健医療問題とプライマリー・ヘルス・ケアの展開について,タイ国の事例を紹介した.途上国の側からみると,アジアの優等生である日本の経験—とりわけ社会開発や保健医療の分野においては,途上国が今日なお深刻な問題として抱えている貧困や伝染病など,多くの問題を短期間で見事に克服し,母子保健のシステム化や高度な医療水準を達成して世界一の長寿国になった実績と経験—に学ぼうという強い意欲が見られる.
 今日では,日本の途上国援助も政府間ベースはもとより,個人や民間ボランティア団体に至るまで,保健医療に関連した分野においても様々な協力・援助活動が行われている.しかし,今後の日本がおかれる立場を考えると,単に経済問題や技術力の優位さからだけでなく,過去の経験や実力を幅広く途上国の開発援助に役立てるべきであり,この日本の役割はより一層大きくなるといえよう.今回は,日本の援助によるタイ国PHC訓練センターの活動を紹介し,途上国のPHC推進について日本はどのような役割を果たすことが出来るのか考えてみたい.

研究

老人保健法の対象者の把握と評価方法に関する研究—第1報

著者: 安西将也 ,   三浦宜彦 ,   安西定

ページ範囲:P.137 - P.143

■はじめに
 老人保健法は昭和57年8月に国会で成立し,翌58年2月1日から全面的に実施されている.この法律は,国民の老後における健康の保持と適切な医療の確保のため,疾病の予防,治療,機能訓練などの保健事業を総合的に実施し,国民の健康の向上および老人福祉の増進を図ることを目的としている.また,これらの保健事業は,すべて市町村長の責任で実施することが初めて定められたもので,市町村行政にとって画期的な意義をもつものといえる1,4).しかし,約2年半を経た現在でも,必ずしもこの法律の目的どおりに全国の市町村において実施されているとは言いがたい.この理由の一つとして,法律22条による保健事業の対象者の除外規定などのために,健康診査,機能訓練,訪問指導などの保健事業の対象者の正確な把握が困難であることが挙げられる.
 そこで筆者らは,全国の市町村における老人保健法の保健事業の対象者の把握方法の実態調査を実施し,その実態を把握するとともに,対象者の把握方法を提案するものである.第1報としてその実態調査結果について報告する.

衛生公衆衛生学史こぼれ話

20.別天師の最後

著者: 北博正

ページ範囲:P.111 - P.111

 1899年,別天師はあらゆる公職を辞し,お気に入りの山荘に移り住んだが,大変元気で,標高差900mもある近所の山を,右膝に変形性関節炎があるにも拘わらず,しばしば登っており,また王宮内に与えられた彼の住居に至る122段の階段も苦にしなかった.しかし.肉体は強かったが,精神力の衰えはひどく,厭世観が強まる一方で.このころ彼は愛息2人,長女.さらに愛妻を失った上.彼の世話で王室薬局に勤めていた弟ミカエル(Michael)が気が変になり,精神病院に収容されるといった具合に,彼の家庭は目茶苦茶になり,彼の抑うつ状態はひどくなる一方で,周囲の者が頼んだ精神科医グラシヤイ(Grashey)のカウンセリシグも奏効しなかった.
 この頃別天師は,持っていた拳銃で自殺を図ったが不発で失敗,そこで彼は新規に1挺を買い求めた.彼の友人で,門下の生理学老フォイトは別天師が買った拳銃をポケットに入れたのを見たという.その後,周囲の人々がどのくらい警戒態勢をとったかわからない.

21.ペストあれこれ

著者: 北博正

ページ範囲:P.136 - P.136

●文学に登場するネズミとペストの話
 ペスト以前でもネズミは食害がひどいので,古くから敵視されて来ており,先史時代にすでに食物庫にネズミ返しがついているくらいである.そのようなわけで文学作品にもネズミないしはペストが登場する.

日本列島

肺がん検診

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.95 - P.95

岐阜
 がん死亡が第一死因となって数年経過しているが,がんの中でも肺がんが最も増加傾向にあることは全国共通のようである.がん発生のメカニズムが解明されつつある中で,発生因子もしぼられつつあり,一次予防策も重視されているが,一般にはがん予防の柱は二次予防としての早期発見,早期治療のようである.すでに胃がんや子宮がんについては,検診方法が定着しており,老人保健法にも採用されている.肺がんは種類によっては早期発見の可能性の低いものもみられ,偽陰性例の発現が高いとみられることから,肺がん検診を疑問視する専門家も多いようである.
 肺がん検診と銘打って実施しているところは全国的にも各地にみられるが,早期発見,早期治療につながる効果がみられる一方,進行がんの発見,偽陰性の出現,検診費用の増大などマイナス評価の面も見逃がせない.

コレラ騒ぎを終えて

著者: 藤島弘道

ページ範囲:P.143 - P.143

長野
 昭和60年5月13目14時45分頃,市内の観光業者から,「同日昼頃,シンガポールに残してきた添乗員から,5月8日,腹痛・下痢症状で,シンガポールの空港病院に入院中の患者が,コレラで隔離されたと連絡があった」と電話があった.内容を聞くと,5月5日成田発,バリ島・ポロブドール遺跡・シンガポール観光,11日成田着という旅行で,県内の参加者38名,添乗員2名計40名の団体であるという.そのうち1名が8日上記の症状で,空港病院で診察をうけ入院し,妻と添乗員が付添っていたが,その患者が真性コレラと診断されたということであった.
 急遽同行者名簿をとりよせ,各該当保健所に,同行者全員の検便と,結果が分かるまでの足止めを連絡した.15日に2人がエルトール小川型と同定されたのをはじめ,11人からコレラ菌が検出された.その後2次感染の疑いをもたれた1名を加え12名が隔離されたが,6月2日,全員が隔離解除され,同3日終息宣言という運びになった.結果から見れば,2次感染もなく,無事終わったという事であるが,我々とすれば種々教訓を得た.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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