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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生51巻10号

1987年10月発行

雑誌目次

特集 母子関係

母子関係とパーソナリティの発達

著者: ジーン・モイ

ページ範囲:P.668 - P.673

■はじめに
児童心理学,児童精神医学の専門家たちは,子どもが心身ともに正常に育ち社会的にも適応していける人になるか,あるいは人格障害を持つようになるかを左右する上で生後3年間の環境が重要であるということに同意している.身体的,心理的な遺伝因子が,子どもの成長・発達に重要な役を果たすことは当然である.ここでは,紙数に制限があるので,1)生後3年間の母子関係の概観,2)正常なナルシシズム,3)分離と個体化の過程での失敗,4)父親の役割,5)この理論を日本社会に適用することについての若干の考察を述べる.

母子保健と母子関係

著者: 新道幸恵

ページ範囲:P.674 - P.679

■はじめに
 母と子の関係は,母親が子供を体内に宿した時から始まる.妊娠初期の,体内の生命がまだ胎芽といわれる時期には,母親は月経停止やつわりによって妊娠したことには気づいていても,まだ体内に自分とは別の生命が存在し,発育していることを自覚するには至らないことが多い.妊娠が進行するに従って,胎児の存在を母親が気づくほどに胎児は発育していく.胎児の成長や発育を,腹部の増大や胎動という胎児からの刺激によって母親が知り,そのことが母親としての気持ちを持ち始めたり強めるきっかけになることから,この頃から母と子の相互作用が始まると考えられるであろう.
 妊娠初期から開始され,子供の出生後長期間にわたって継続される母と子の関係は,母と子の相互作用によって形成発展することが,子供の成長発育にとって望ましいし,母親をも人間的に成長させることになるであろう1)

保健行動と母子関係

著者: 廣瀬恭子

ページ範囲:P.680 - P.685

■はじめに
 「三つ子の魂百まで」という諺があるが,百歳まで生きることが夢ではなくなった現代長寿社会において,乳幼児期に保健行動の礎を築くことの大切さを痛感させられている.ことに,「高知県の沖合で,雷雨の中サーフィンをしていた高校生らに落雷,6人が死亡,6人がやけどなどで重軽傷を負った」というような報道に接すると,自然災害とだけではすまされない,身を守る教育の欠如を思い知らされる.国民衛生統計を見ても事故による若者の死亡が増え続けており,生涯の保健行動に警鐘が鳴らされている証拠であると見てとることができよう.
 また,現代のように公害の多い複雑な社会においては,自分自身の健康を自分で守っていくことが難しくなっている.これは,水俣病やサリドマイド児等の悲劇に言及するまでもないことである.しかしこれとは逆に,自分は何もしなくても,安全が保証され,健康が守られる環境が用意されていることも多く,良くも悪くも人まかせである.従って,厳しい自然と戦ってきた人々や,現在ほどにはマンモスではなかった数十年前までの子どもたちには備えられていた危険を避ける感覚が,急激に失われつつあると言っても過言ではないであろう.

精神保健と母子関係

著者: 横山桂子

ページ範囲:P.686 - P.692

■はじめに
 最近,家族の危機とか家庭崩壊ということばに関心が向けられ,多くの研究や著書が発表されている.この事実が示すように,現代社会では家族の様相が大きく変貌し,それに伴って母子関係のあり方にも変化がみられはじめた.臨床活動のなかで,家族内人間関係の建て直しを試みたり,子どもの成長発達に望まれる母親の役割取得を指導する時,変わりようのない厳然たる家庭の崩壊や母性性の喪失の現象に出会い,がく然とさせられることはそれほど珍しいことではない.
 このような状況において,現代的課題としての精神保健と母子関係の問題を,つぎの観点から取り上げてみたいと思う.第1に,社会変動のなかで現代家族がどのような状態に置かれ,それを背景として母子関係がどのように変貌しつつあるか.第2に,精神保健活動で最も問題となる分裂病者の母子関係について.第3に,母子関係を理解するための視点について.

座談会

母子関係—保健所活動の中から

著者: 上田礼子 ,   桑原治雄 ,   三好温子 ,   山崎百合子 ,   阪上裕子

ページ範囲:P.693 - P.699

保健所活動の中の母子関係
司会(阪上) 今日の座談会のねらいは,地域で保健問題に関わっているいろいろな立場から,母子関係をどういうふうに体験しているかを話し合ってみようということです.
 ここに集まっている5人は,たまたま保健所では少数の職種です."対人保健サービス"は保健婦さんが主力で,わたしたちはそれぞれ少数の職種として,保健婦さんの活動を手助けする立場で応援したり,相談し合ったりして動いています.わたしは昔,臨床心理士,精神科医とソーシャルワーカーで,三歳児健診のフォローをやっていました,スクリーニングで問題とされた子供のお母さんと面接していましたけれど,母子関係を見る目がないまま,当時は母親と関わってきたように思います.

対談・連載

公衆衛生の軌跡とベクトル(2)—1950年代後半を中心に

著者: 橋本正己 ,   大谷藤郎

ページ範囲:P.700 - P.708

結核実態調査と家族計画と
 大谷 昭和20年代はなんといっても伝染病と結核がひどかったですね.豊中保健所では赤痢の集団発生とか食中毒の集団発生はどうでしたか.
 橋本 戦争直後のすさまじい伝染病流行時の経験は前に申したとおりです.また結核はまだストマイなどが入手できないころですが,一人の患者を治療している間に何十人という新しい患者が発生するということを切実に感じました.これも公衆衛生に転向した動機の一つです.豊中保健所の時代には,赤痢や食中毒の集団発生については余り記憶がありませんが,そのころから家族計画問題がボツボツ出はじめました.

講座

栄養疫学—3.調査論をめぐって

著者: 豊川裕之

ページ範囲:P.709 - P.713

■はじめに
 栄養疫学研究は,一般疫学(general epidemiology)の研究と同様に,調査論と統計分析論の2本柱から成るので,調査論と分析論に分けて論述される.本講座でも,まず,調査論を取り上げることにするが,分析論については後述する.
 栄養疫学は一般疫学の一分野であって,一般論に対する特殊疫学(specific epidemiology)である.たとえば,特殊疫学としては,感染症の疫学(epidemiology for infectious diseases),糖尿病の疫学(epidemiology for diabetes melitus),AIDSの疫学などであり,栄養疫学は,この感染症の疫学よりも広いことはあっても決して狭くはない守備範囲を持っている.確かに,感染症の疫学にはAIDSも対象の中に含まれるほどに広い守備範囲があるが,栄養疫学では脚気,壊血病,ペラグラ等の栄養欠乏症だけではなく,肥満,偏食,嗜好,食物摂取にとどまらず食品販売さえも研究の対象になるので,どうしても守備範囲は広大になる.したがって,その調査論もまた多岐にわたる.そのために,疫学調査論を詳しく個別の事項について記述することは本講座になじまないと考えられるので,疫学調査論の立場から一般論的に整理し,その後に方法論の一部を重点的に栄養疫学の立場から記述しよう.

発言あり

国際居住年

著者: 揚松龍治 ,   田中平三 ,   佐野正人 ,   鈴木治子 ,   庭山正一郎

ページ範囲:P.665 - P.667

積極的な健康づくり—環境・文化の向上へ
 住まいは生命の安全や健康を,そして人間らしい生活を守り,赤ちゃんからお年寄りまでが日々快適に暮らすことができる人間生活の器であり,家族の器である.また建物だけでなく,周辺の居住環境も良好で,生活施設等が整っていなければならない.そして単に自然や物的な環境だけでなく,気心の知れた人たちと一緒に楽しく交流し合えるコミュニティが心要である.
 日本の現状をみてみると,経済大国と言われ,賃金とか国民所得とかは上がってきたが,「ウサギ小屋」という言葉で評されるように住生活は全体として非常に貧しい.それは単に住宅の狭さとか,過密居住とかいう物的・空間的な面だけでなく,住居が本来果たすべき健康面あるいは福祉,教育,文化等の面での役割を十分果たしていないということがあると思う.

疫学ワークショップ・2

食塩と高血圧—INTERSALT Study

著者: 橋本勉

ページ範囲:P.714 - P.718

■はじめに
 食塩と血圧に関する国際共同研究 "INTER-SALT Study" はもともと1982年7月,国際心臓連合とWHOの共催で行われた「循環器疾患と予防に関する10日間国際セミナー」で与えられたプロトコール作成のための課題であった.28人の参加者が,4グループに分けられ,プロトコール作成作業を行った.このセミナーがきっかけとなり,その後多くの研究者たちによる2年半にわたる論議の末,1984年12月,本研究の計画書が完成され実施に移された.本研究は世界中の32カ国,わが国の3研究施設を含め52研究機関が参加し,現在実施中である.このINTERSALT Studyが実施されるに至った経緯と本研究の研究計画の方法論について述べる.

脂肪と動脈硬化

著者: 嶋本喬

ページ範囲:P.719 - P.724

■はじめに
 脂肪と動脈硬化の関連については,欧米諸国において長い研究の歴史をもつ粥状硬化症,虚血性心疾患に関する研究成績と,日本の脳卒中に関する研究成績は必ずしも一致していなかった.両者の研究成績の不一致について整合性のある説明がなされ,多くの研究者の合意が得られるまでには長期間を要した.
 ここでは,欧米諸国における研究成績,わが国における研究成績を要約し,次いで,疫学研究の成果に基づく介入研究,近年の生活環境の変化に伴う動脈硬化性疾患の変化,近年の疫学研究の動向と今後の課題について述べる.

調査報告

地域における肺結核に基づく肺・呼吸不全患者の実態

著者: 山田敬一 ,   牧野勝雄 ,   松原史朗

ページ範囲:P.725 - P.729

●はじめに
 結核症は,各種の抗結核薬の開発と結核管理体制,生活水準の向上等により次第に解決への道が開かれてきた.とくに抗結核薬と近代医学の応用により,感染症としての結核は多くは治癒に傾いたが,破壊変形をうけた肺とか胸郭は,元の機能を十分果たすようには回復せず,その結果として肺の機能低下がおこり,加えて患者の老齢化,環境汚染などが拍車をかけ,ますます呼吸の機能低下となり,たとえ感染症としての結核は治癒しても,二次的におこる感染とそれに基づく肺・呼吸不全対策も見逃しえない問題となっている.

島根県住民のRickettsia tsutsugamushi(Karp株)に対する抗体保有状況

著者: 持田恭 ,   伊藤義広 ,   五明田斈 ,   高橋昭雄 ,   岡田尚久

ページ範囲:P.730 - P.732

●はじめに
 最近,国内における新型ツツガムシ病患者の発生増加には目を見張るものがある1,2).島根県における旧型ツツガムシ病は昭和37年に1名の患者発生があって以降,しばらく発生が認められていなかったが昭和60年5月に,23年ぶりに新型ツツガムシ病患者の発生があり,更に,10月には第2例目の発生がみられた.翌61年には4例が確認,届出されて,いずれもKarp株による感染が確認された.本県でもツツガムシ病の発生増加が懸念されるため,われわれはツツガムシ病の病原体であるRickettsia tsutsugamushi(Rt)に対する本県住民の抗体保有状況を調査したので,その結果を報告する.

衛生公衆衛生学史こぼれ話

42.浜松の大福餅事件

著者: 北博正

ページ範囲:P.729 - P.729

 静岡県浜松市の中学校(旧制)の運動会は娯楽の少なかった当時,年間最大の催しごとの一つで,市民は多数見物にでかけた.この際,在校生及び父兄,多数の来賓等にお土産として大福餅が配られるのが恒例となっていた.ある年,運動会が滞りなく終了し,くだんの大福餅は現場で食べた人もあれば,家に持ちかえって家族一同で食べた人も多かった.ところが夜半すぎから,下痢,嘔吐,腹痛,熱発を主症状とする患者があちこちに多発し,医師で発病する人もあり,パニック状態になり,他地区から救護班が派遣されたほどであった.
 まもなくこの疾病は,サルモネラ属のゲルトネル菌による集団的な細菌性食中毒であることが判明し,適切な対策により一件落着した.

43.エイズと梅毒(2)

著者: 北博正

ページ範囲:P.735 - P.735

 梅毒が太古からヨーロッパに存在したという説は認められず,現在,アメリカ伝来説が認められているが,1494年,フランスのシャルル8世(Charles Ⅷ,1483-1498)の軍隊がイタリアに侵入して以来,梅毒はナポリを起点として,ヨーロッパ全域に広がり,そのため梅毒はナポリ病といわれるほどであったが,その他にもフランス病,イスパニア病等等,輸出国の名称をつけたことは第一次世界大戦直後のインフルエンザ汎流行の際,わが国ではスペイン風邪,スペインではイタリア風邪と称したのとよく似ている.
 当時の梅毒は淋疾,軟性下疳,さらに癩も混合したもので,病名だけは愛の女神にちなんで,ビーナスの病(maladies vénérinnes,veverische Krankheiten)のような風流なものから,そのものズバリの快楽伝染病(Lustseuche)といわれ,わが国の花柳病(花は紅,柳は緑)と同じような発想であるが,まさにシシ食った報いで,ひどい目にあうことになる.

日本列島

管内の健康マップについて—仙台市

著者: 土屋眞

ページ範囲:P.673 - P.673

 近年,全国的に有意義なマップが色々と公表されている.それに比べるとささやかであるが,仙台市の各保健所でそれぞれ作成されている衛生概況の地図や図表は,行政上の参考資料と市民が健康への関心を高めることに役立っていると言えよう.
 東保健所としては高額な40万円もの費用をかけ,衛生団体代表の意見を聞き,所内の検討委員らを中心に作られたカラーの健康マップが,住民からも好評である.配布後の波及効果についてはまだ評価の域に達していないが,これを契機として業務案内等まで改善され,職員が熱心に取り組んでいる姿に驚かされている.

成人歯科調査まとまる—長野県

著者: 藤島弘道

ページ範囲:P.692 - P.692

 かつて長野県は,脳卒中と並んで「う歯天国」であった.三歳児検診の結果で,罹患率では昭和44年に86.6%,1人当たりのう歯数では,40年に7.2本と高い数値であった.61年にはそれぞれ57.1%,2.9本と全国的な傾向と同様改善の跡が見られた.行政努力が具体的効果となって現れたということであろう.しかし,人生80年という長寿社会になって,う歯対策に力点がおかれている口腔衛生対策に,反省が見られはじめた,歯周疾患対策等,生涯歯科対策が必要ではないかという事である.長野県では,62年度に歯科保健対策研究会を発足させたが,それに先立ち61年度歯科医師会・市町村の協力を得て,成人歯科の実態調査を行った.その結果がまとまったので報告する.
 調査は,県下12市町村で,健康フェスティバル等に参加した30歳以上1,229人を対象に,歯・口清掃に関するアンケート調査等の歯科保健意識調査と,歯科保健診査である.概要は次の通りである.

保健所パソコンの活用—岐阜県

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.708 - P.708

 昭和62年初頭より,厚生省⇔県⇔保健所のオンラインによる感染症サーベイランスシステムが稼働することとなった.このことは40数年の保健所活動の上で画期的な出来事であり,他分野に遅ればせながら,近代的な情報機能のスタートであると同時に,今後の保健所のあり方を示唆するものといえる.
 このシステムにより,全国の大多数の保健所に同一機種のパーソナルコンピュータ(パソコン)が導入されたことになり,このシステム以外でのコンピュータの有効活用が期待される.

地域健康づくり推進事業の重点地区計画—仙台市

著者: 土屋眞

ページ範囲:P.732 - P.732

 昭和57年,仙台市衛生局が「地域健康づくり推進事業」を開始してから6年目になる.人口70万の大所帯も,(社)仙台市衛生団体連合会(市衛連)の51の地区衛生連絡会(地区衛連)単位に細分して行事を行うと,かなり良い事業が出来ることを経験した.仙台市として胸をはって言える事業であろう.
 ことに各保健所の管轄区域ごとに実施されるので,筆者の所属する東保健所管内(人口15万)も,10の町村がある感覚で業務を遂行すればよいとの自信を持った.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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