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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生51巻6号

1987年06月発行

雑誌目次

特集 水と空気

環境科学の課題

著者: 小泉明

ページ範囲:P.368 - P.372

■はじめに
 人間はもとより,すべての生物はその環境とのかかわりのもとに生命活動を続けている.環境を度外視して生物を,そしてその生命活動を論じることはできない.同様に,主体である生物を離れて環境のみを取り上げても無意味である.
 生物とその環境とのかかわりを対象とする科学が生態学であることは改めていうまでもない.生態学では系という概念がよく用いられる.生態系はその代表例であるが,主体環境系も生態学の特徴を示すものである.生態系では主体に相当するのは生物群集であり,したがって広範であるのに対して,主体環境系では特定の種,しかも限定された場所での個体群が検討の対象となる場合が一般的である.

水環境の生態とその保全—琵琶湖を中心に

著者: 倉田亮

ページ範囲:P.373 - P.379

■はじめに
 京阪神1,300万人の人々は毎日,琵琶湖の水を利用している.今,日本の人口を1億3,000万人とすれば,日本人の10人に1人が,毎日この湖の水を飲んだり,使ったりしていることになる.淡路島がスッポリその中に入ってしまう大きさといえば,たやすくご想像いただける,琵琶湖は日本一の水資源である.
 地球上の水の存在量は約1.3×1012トン,そのうち97%は海水で,淡水はわずかに3.4%に過ぎず,人間が利用し得る水の量は案外に少ない.琵琶湖の水量は,そのうちのわずか275億トンを占めるに過ぎないが,その水位1cmで,大体600〜700万トンであるから,京阪神の人々が1日に飲んだり,使ったりする水の量は,琵琶湖の水1cmの厚さに相当することになる.

生活雑排水をめぐって

著者: 須藤隆一

ページ範囲:P.380 - P.386

■はじめに
 わが国における水質汚濁は,一時的な危機は脱したものの,ここ数年水質回復は横ばい状況が続いている.水質の環境基準(生活環境項目)の達成状況からみると,31.0%の水域が不適合である.特に湖沼の汚濁が著しく,58.8%の湖沼が環境基準を超えている.この現象は富栄養化と呼ばれており,琵琶湖や霞ケ浦のように大きな湖沼はもちろんのこと,公園の池や濠にまで及んでいる.水域の汚濁負荷のうち,最も大きな割合を占めるのは生活排水であり,たとえば印旛沼,手賀沼では70%を超えている.生活排水の負荷の大部分は,生活雑排水に由来している.
 生活排水は,家庭排水,生活系排水,生活汚水などとおおむね同じ意味であり,人間の生活活動に伴って排出される汚水である.しかしながら,公共下水道に取り込まれる場合を家庭下水,下水道に放流されない排水を生活排水と区別して呼ぶこともある.一方,生活雑排水というのは,生活排水のうちし尿を除いたものである.すなわち,厨房,風呂場,洗濯機などから排出される汚水が生活雑排水である.し尿は,汲取りおよび水洗便所とも,未処理のまま公共水域に放流されることは禁止されている.一部自家処理はあるものの,し尿排水は通常はなんらかの処理が施され,消毒後公共水域に放流されている.

大気汚染の疫学的考察

著者: 溝口勲

ページ範囲:P.387 - P.391

■はじめに
 生命を維持していくためにわれわれは絶えまなく空気を呼吸しているが,成人1人は1日約10m3の空気を吸いこみ,約0.5m3の酸素を消費している.人は食物なしに50日間,水なしに5日間は生きられるが,空気なしには5分間しか正常な生命活動を維持することが出来ない.成人の肺胞表面積は約70m2あり,ここでガス交換が行われている.今から2,400年前ヒポクラテスは,清浄な空気・水・土地が人の健康に重要な意味をもつと述べている.
 空気の質と人の健康の関係の医学的解析のはじまりは,287年前のラマッチーニの「働く人々の病気」のなかでの,鉱山での塵肺症や鉛中毒の記載である.ついで近代化学産業における鉛,水銀,強酸,有機溶剤などによる種々の中毒例など,労働衛生の対象として展開された.

大気汚染による生体影響について—動物実験の意義

著者: 村上正孝

ページ範囲:P.392 - P.396

■はじめに
 われわれが日常,吸っている空気によって病気にかからないだろうか.大きなトラックの後方から吐き出される黒い排気ガスを見て,思わず口を手でおおいたくなる経験を持たない人はいないであろう.1960年から1970年代の前半にかけて,公害問題を体験したわれわれにとって,交通量の多い沿道地域に住む住民の健康問題は,公衆衛生上きわめて重要な課題である.かつてのSO2とばい塵からなる,黒い煙による大気汚染と呼吸器疾患の因果関係は,疫学・臨床医学研究そして動物実験の成果によって確認され,環境基準が設定された.その結果,大気環境保全対策に一定の成果がもたらされた.
 しかし,今日,問題とされる大気汚染は,光化学スモッグに代表される窒素酸化物,オキシダントおよび浮遊粒子状物質(SPM)を中心とした物質からなり,工場よりも自動車等の移動発生源が主要な汚染源となっている.

室内空気の汚染

著者: 新田裕史

ページ範囲:P.397 - P.401

■われわれはどのような空気を吸っているか
 われわれが毎日絶え間なく吸い続けている空気の組成はどのようなものかと問われたら,その答えとして窒素が80%,酸素が20%というのは最も幼稚なものであろう,それに,アルゴンや二酸化炭素(CO2)が含まれていることぐらいは中学生でも知っているかもしれない.%のオーダーで考えた場合には,答えはすでに用意されている.
 一方,大気汚染に多少とも関わりのある者は常に,ppmやppbの濃度レベルで空気の組成を見ている.このような濃度レベルで,先の問いに答えることはそうやさしくはない.さらに,「われわれはどのような空気を吸っているか」という問いと,「大気の組成はどのようなものか」という問いが同一のものであるか否かを考える時にそれは一層難しいものとなる.

森林と水と空気

著者: 宮脇昭

ページ範囲:P.402 - P.408

■はじめに
 「都市の前に森があった,都市のあとに砂漠が広がっている」とは,最近よく人間と自然との関わりについていわれる言葉である.かつて,日本列島の99%は多層群落の森林でおおわれていた.森林は大気を浄化し,尽きない水の生きた貯水庫であり,濾過装置でもある.日本の国土に人が定住し,長い時間をかけて次第に文明を築いてきた.縄文時代の狩猟採取時代はもとより,2,000年以上も前に中国経由で渡来してきた米のなる草,イネの栽培が始まってから,さらに日本人と水との関わり合いは日々の生活にかけがえのない存在となってきた.
 当時,自然を開発し,厳しい条件の中で食糧資源を得,生活の場を作るためには,しばしば空をおおうような多層群落の森林は,むしろ人間生活にとっては邪魔物であったかも知れない.しかし,次第に利用する器具,機械が発達し,人間の活動力が自然の森を圧倒するようになってきた.今日では,逆に森林国であるわが国においても,すでに都市や産業立地,その近郊では,その土地本来の自然林は,まったく消滅を余儀なくされている.たしかに国土統計を見ると現在なお,国土の67%は林野と出ている.しかし,その森林の大部分はスギ,ヒノキ,カラマツ,マツ類などの人工林である.日本列島の自然林は,東北・北海道では冬が低温で落葉する夏緑広葉樹で占められていた.

環境保全の国際的動向—水と空気

著者: 橋本道夫

ページ範囲:P.409 - P.414

■はじめに--国際的動向としての変遷
 環境問題は本来地域的な問題として発生し,対応がなされて来た.しかし第二次大戦後の人口の増大と,都市化,工業化,エネルギー消費の増加は環境問題の規模を広げ複雑化して来た.特に国連が開発の十年間として謳っていた1960年代には先進工業国における都市化・工業化による大気汚染や水質汚染が各国の大きな問題として国際的に関心がもたれるようになって来た.国境を接する大陸の国々にあっては既にそれより以前から,国境地域の問題がそれぞれの国境を越えて生ずることがさけられないので,既に1920年代頃から大気や水の汚染の国際問題を生じて紛争や協定を結んで対応しているものもあったが,これは国際的な環境問題といっても地図の上では限られた範囲の原始的な段階のものであった.1960年代半ばから洋上を航行するオイルタンカーの海水油濁という国際的な広がりをもつ問題が顕在化した.
 1968年スウェーデン政府はOECDの科学政策委員会の都市部会の特別会合をストックホルムで開催し,第二次大戦後スカンジナビア半島の諸国に酸性の降下物が年々増加し,森林や湖沼に徐々に変化が起こりつつあり,その原因はヨーロッパ諸国のエネルギー消費増大に伴って,硫黄酸化物を含んだ煙が季節風によってスカンジナビア半島の諸国に運ばれて降下していると発表した.

講座

ライフスタイルと健康—3.主観的健康とQuality of Life

著者: 森本兼曩

ページ範囲:P.415 - P.419

 医学・公衆衛生学をめぐる新しい研究課題として,単に平均寿命の延長や疾患の有無にとどまらず,生きがい感やQuality of Life(生活の質)を重要視し,それらを導入した新しい健康指標の開発がある.例えば筆者らが行った健康意識調査の結果1)を見た場合,全国民の2割の人々が,「あまり健康でない」との実感を持っており,しかもこの不健康感を持つ人の割合は,加齢とともに増加する(図1).この健康意識調査結果では,健康とは身体的なもののみならず,広義の心や精神的なものを含むと考えている人が90%以上であることから,現在におけるこれら総合的な健康度(決して疾病罹患率ではない)がどのような質を持ち,それが医学・公衆衛生学の課題としてどのような意味を持つのかは科学的な研究の対象とせねばならない.
 医学・公衆衛生学の目的は,一個の人間が自分らしい生き方を望み,またそのために努力して生活していく状態を支援する状況をより良く提供すること,にあるはずである.勿論これらの阻害因子として健康破綻=疾病は最も重要なものであり,医学の現状が疾病医学を主体とせざるを得ない状況は認めるとしても,同時に将来に向けて「医学とは・公衆衛生学とは何か」を問いかける新しい研究活動が期待される.

発言あり

自由課題

著者: ,   ,   ,   ,  

ページ範囲:P.365 - P.367

アルコールと肝
 アルコールを教室の研究テーマの一つに取り上げているのは,わが国においてアルコール消費量の増加に伴って,アルコールに対する精神的ならびに身体的依存が社会問題となってきている現状と,臓器障害として肝硬変の発生頻度が増加していることにある.しかもこの増加は,アルコール性飲料の相対的値段の低下に由来しているとされており,近年の著しい経済成長の副産物と考えられるのである.
 それは,清酒の生活費に対する相対的値段(1級清酒1升の値段を勤労者の平均給与額で割った比率)とアルコール消費量との関係を経年的推移でみると,両者の関係は直線的で,清酒の相対的値段の低下に応じてアルコール消費量は急速に上昇するのである.

研究

3歳児の齲蝕と齲蝕予防法に関する疫学的研究

著者: 秋澤より子 ,   関雅楽子 ,   籏野脩一 ,   簑輪眞澄

ページ範囲:P.420 - P.427

●はじめに
 歯科疾患の主なものとしては,齲歯と歯周疾患の二つがあげられるが中でも齲歯は国民の大多数にまん延しており,自然治癒することのない特殊な疾患である.この疾患は幼児期生歯とともに増加する疾患であり,3歳児の保健指導上でも重要視されている.
 齲歯の予防には歯磨きが効果的であると言われ,歯の磨き方,歯磨き粉や練り歯磨きの成分に関する研究などが長年行われ1),歯磨き習慣が確立してきている裏付けとなっている.しかし一方では,歯磨きは齲蝕予防に効果があるとは言えない,という報告もされている2).また,齲蝕には食生活,生活環境等の種々の要因がからんでおり,原因がはっきり一つでないため生活全般に広がってしまう問題である,と結ぶ文献もある3).すなわち,齲蝕予防法に関しては必ずしも合意が得られていない.

導電率を利用した塩分計による尿中食塩濃度測定値の信頼性

著者: 西住昌裕 ,   熊谷秋三

ページ範囲:P.428 - P.431

●はじめに
 食塩の過剰摂取による弊害は高血圧症や腎疾患において広く認められているが,その他,胃癌予防の観点からも日常の保健指導に際して,その抑制が必要と考えられ,わが国の厚生省では食塩の1日摂取量を10g以下,アメリカでは5g以下が望ましい1)との方針を打ち出している.
 ところで,個人の食塩摂取量の推定に当たっては,24時間尿中のNaあるいはCl濃度を測定し,これから1日の食塩排泄量を求めることが一般に行われているが,集団ないし個人の保健指導を効率的に進めるためには,尿中食塩濃度をある程度の正確性を保持しながらも,より簡便に測定できることが望ましい.通常は,炎光光度計,イオンメーター,あるいは原子吸光光度計を用いてのNa濃度測定によっているが,最近はCl濃度を知ることにより食塩濃度を判定する試験紙も利用されている.前3者は測定値の信頼性は高いが,高価な装置を必要とすると共に測定のための技術習得が必要である.これに対し,最後の方法は誰にでも出来るが,測定値には若干の考慮を要することが指摘されている2)

日本列島

名水50選—岐阜

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.427 - P.427

 昭和59年環境庁が全国の名水100ヵ所を選出しており,岐阜県内でも宗祇(そうぎ)水,長良川中流域,養老の滝・菊水泉の3カ所が選ばれている.岐阜県は木曽川,長良川,揖斐川他数河川に恵まれ,湧水,滝水,井水など全国の名水100選にも劣らない「水」に由来する名所が数多く,県民の水への親しみや生活への関わり合いも深い.県民の公害苦情を項目別にみても水質保全に関するものが最も多く,全国の騒音防止が第一位と比べても,水の重要性がうかがわれる.
 このように水に関心の高いことから,岐阜県では全国の名水や富山県など数県の名水選定を参考とし,県版の名水を選定するべく作業を進めてきたが,61年10月50ヵ所を選定し,県版名水50選とした.この選定作業は61年度事業として県下各市町村から推せんされた136ヵ所について,学識経験者等による選定委員会(委員長:小瀬岐阜薬大教授)で検討されたものである.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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