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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生52巻11号

1988年11月発行

雑誌目次

特集 社会と健康

日本人の健康状態

著者: 北川定謙

ページ範囲:P.722 - P.724

■はじめに
 健康をトータルとして定義づけている言葉で基本になるのは,WHO憲章の前文にあるそれである.すなわち,「健康とは,完全な肉体的,精神的及び社会的に良い状態であり,単に疾病又は病弱な状態でないということではない」(Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity).
 単に病気がないということではないという言葉の中に,人間の側と生活環境の側(自然環境と社会環境を含めた)のトータルな健康であるということを簡明に表現している点で,実によく吟味された言葉であり,世界中の人々が共有できる理念であるように思えるのである.しかし,一口に健康といっても,その具体的ターゲットは時代により,社会により異なることも事実である.

健康状態の地域格差

著者: 山本幹夫 ,   山岡和枝

ページ範囲:P.725 - P.729

■はじめに
 わが国の健康状態について,その地域的な差異を統計的観点から比較するためには,総合的な健康状態を表すものとして粗死亡率,あるいは死亡状態は年齢によってかなり異なるため,その影響を補正した生命表や訂正死亡率といった,人口動態統計による死亡統計が用いられる場合が多い.このほか,疾病状態をより直接的に観察するためにとられている国民健康調査による有病率,患者調査による罹患率などにより比較を行ったりする場合もある.後者の場合には,被調査者の恣意によって疾病の有無が決定されたり受診されたりするため,主観的なバイアスの入った健康状態ということを念頭に入れておかねばならない.それにひきかえ前者の死亡統計は,幸いにもわが国の人口統計や死亡統計は信頼性が高いので,より客観的な統計値として比較に用いることができる.もちろんこの場合にも,死亡という最も重篤な場合のみをとらえているため,死亡に至らないまでも,例えばねたきりとか長期入院を伴う疾患を患っているものをとらえることができないという欠点がある.両者の関係はちょうど綱引きにも似ているが,ここではより重篤な指標としての死亡統計という面から,地域別の比較を行ってみたい.

都市住民の健康状態—大阪の場合

著者: 逢坂隆子

ページ範囲:P.730 - P.735

■はじめに
 わが国の大都市は,昭和30年代以降の高度経済成長にともなう人口や産業の過度な集中,それに見合った都市計画や地域計画の欠如のために自然環境・社会環境の悪化が著しく,年々深刻になる交通渋滞や交通事故,高騰する地価や住宅難,急速な工業開発や車による大気汚染などの公害,騒音等などのために,市民でさえ逃げだしたくなるようなところとなってしまった.大阪府の人口は昭和30年の460万から60年の870万へと約2倍増加している.ところが,この傾向を大阪市と大阪市を除く府域に分けて比べると,大阪市の人口が昭和40年以降減少に転じているのに対し,大阪市以外の府下衛星都市の人口が急激な勢いで増加し,しかも現在なおこのドーナツ化現象が強まっている.さらに詳細にみると,大阪市に隣接する地域もまた,生活環境の悪化を背景として大阪市同様,人口の減少傾向をみせはじめている.
 大阪市をはじめとする大都市では,生活環境の悪化を背景として,そこに住む労働者・勤労市民の健康状態が全般的に低下してきていることについてはすでに多くの報告がされている1〜13).特に大阪においては大阪市のみならず,府域全体としても健康水準の向上が思わしくなく,大阪府の男子平均寿命の全国府県順位は,60年には46位となり,女子平均寿命も47位と最下位に落ちてしまった.大阪市の平均寿命は大阪府のそれよりさらに短い.

農村住民の健康状態—高知県の場合

著者: 谷垣正人

ページ範囲:P.736 - P.739

■はじめに
 農村と一言でいっても,現在の日本の農村は地域によってさまざまであり,ここでは,高知県の土佐山田保健所管内の農村住民の健康状態について,「社会性」との関連を中心に置きながら考えてみたい.
 土佐山田保健所は,高知県の中央東部を流れる物部川沿いの,香美郡8力町村(人口約64,000人)を受け持つ,L5型の小さな保健所である.物部川の上流域には,過疎化に悩む山間農村があり,下流域の香長平野には,ハウス園芸を中心とする農村が広がっている.また,下流域の野市町は,高知市のベッドタウンとして人口が急増しているところでもある.

生活と健康

著者: 野原忠博

ページ範囲:P.740 - P.744

■健康生活とライフスタイル
 健康の概念は時代と共に変遷してきた.けれども老・病・死を避けながら,健康な生活を生涯にわたって保持していくにはどうしたらよいのかはいつの時代でも問いつづけられた課題である.健康という言葉には健康な生活という考え方が含まれているとみてよい.しかし人々の生活のなかには,健康によい結果をもたらすものと,そうではないものが複雑に関連しあっている.したがってその時代,地域社会に特有な健康像が形成されることにもなる.
 わが国の場合,当面する健康問題の多くは,かつてわれわれが経験したことのない,戦後40数年間にわたる「平和」と,高度経済成長のもとでの「豊かさ」という,社会的状況のもとで噴出している点を見落としてはならない.貧しさを基準とする価値は持ってはいるものの,豊かさを基準とする価値観と,それに基づく行動体系を確立するまでには至っていない.新たな視点から生活全般を見直し,解決への手がかりを得ていかなければならない.

性と年齢からみた疾病動向

著者: 大野良之 ,   久保奈佳子

ページ範囲:P.745 - P.750

■はじめに
 わが国の全死因年齢訂正死亡率は,過去65年間に男で約1/5,女で約1/8,乳児死亡率は男女とも約1/30に減少した(表1).これを反映して,1921〜1925年に男42.1歳,女43.2歳であった平均寿命は,1987年には男75.6歳,女81.4歳となり,男で33.5歳,女で38.2歳の驚異的な延びである.平均寿命の延びは女でより大きく,近年になるにつれてその男女差(1921〜25年に1.1歳,1987年に5.8歳)もより大きい.つまり,近年になるにつれて男がより死亡しやすくなっていると考えられる.この男性易死亡性は,生物学的男女差のみならず,生活環境要因とその変化(社会変化)との関わりの男女差も示唆する.一方,ほとんどの疾病の頻度は年齢により異なる.性と年齢はヒトのきわめて明確な特性で,ある疾病頻度を性別・年齢別に観察すれば,その疾病の発生死亡メカニズムについて多くの示唆が得られるとともに,その疾病と社会との関わり(疾病の社会性)をうかがい知ることができると考えられる.

歴史の中にみる社会と健康

著者: 多田羅浩三

ページ範囲:P.751 - P.754

■はじめに
 個々の人間の社会特性と疾病の罹患傾向の間に強い関連が存在することは,これまでにもいろいろなデータで示されている.
 大阪市の各区別に35〜49歳の人の人口10万対の死亡率をみると(表1),男では西成区が793,港区が523,浪速区が512,女では南区が346,阿倍野区が318,福島区が262で特に高率であったが,一方,男では北区が224,阿倍野区が242,女では鶴見区が141,住之江区が136であり,同じ大阪市内でありながら,各区の間で死亡率に非常に大きな差がみられる1).昭和60年のデータについても,総数について西成区が404,浪速区が353,港区が301で高率であったのに対し,旭区では97,天王寺区が133という率であった.

トピックス

人口動態統計の最近の話題

著者: 松本千草

ページ範囲:P.755 - P.758

◆「人口動態統計」とは
 「人口動態統計」は誰でも一生に2回,大部分の人は3回,関わるものである,生まれてくれば出生届,結婚すれば婚姻届,亡くなれば死亡届を戸籍法に基づき市役所か役場に提出するが,これが人口動態統計の基礎資料となるのである.

てい談

今,保健所を語る—評価と課題をめぐって

著者: 今村イヨエ ,   草野文嗣 ,   多田羅浩三

ページ範囲:P.759 - P.763

保健所への自負と誇り
 多田羅 今日は,われわれの目下の最も大きな課題となっている「保健所の将来構想」ということを念頭におきながら,「保健所の果たしてきた役割,評価」,あるいは「公衆衛生の人づくり」ということまで含めてお話しいただきたいと思いますが,よろしくお願いします.
 考えてみますと,日本の保健所は,昭和12年に設置されて以来,地方自治の理念を基盤として国民の保健サービスの専門機関として50年間,国民の健康の維持,向上にかけがえのない役割を担って来たということは,皆さんの等しく認めるところであろうと思います.なんといっても全国に850カ所ものネットワークがあって,そこに公衆衛生専門の医師と看護職及びその他の保健衛生に関する専門職がいるというような国は,そんなにないだろうと思います.そして,結核予防法にしても,母子保健法,精神保健法にしても,着実な成果を上げてきた.そのような保健所の歴史に対し,われわれはまず大きな自負と誇りを持つべきだろうと思います.

講座

産業医学における神経および心理・行動機能評価〔5〕—主観・感情と自律神経機能

著者: 川上憲人 ,   村田勝敬 ,   荒記俊一

ページ範囲:P.766 - P.770

■はじめに
 主観,感情等の精神機能は客観的な定量化が困難であり,公衆衛生学領域での測定,評価が遅れている.近年,職場の精神的ストレスや有害環境の評価のために,これらの重要性が認識されるようになり,精度の高い方法が開発,応用されつつある.
 主観や感情の異常状態は,自律神経系や内分泌機能の変化を伴う.これまで,自律神経機能は自律神経症状や,カテコールアミンなどの血液,尿中濃度で評価されてきた.近年,糖尿病による自律神経障害の増悪に伴い,心電図のR-R間隔の変動(以下,心電図R-R間隔変動と略す)が消失することが見いだされ1),これを用いた自律神経障害の評価法が注目されている.

活動レポート

阿東保健所の活動

著者: 寺山和夫

ページ範囲:P.771 - P.774

●管内概況
 山口県阿東保健所の管内は,山口市からJR山口線,あるいは国道9号線を北上して島根県境に位置する,阿東町とむつみ村の2町村である.面積は362.9km2と広大で,標高300 m平均の山間高地のため,夏季は比較的涼しく,冬季はかなりの積雪がみられる.管内人口は13,897人で人口密度は非常に低い.就業者8,145人のうち46.4%が第一次産業に従事し,そのうち98.3%の人が農業である.専業農家403戸(14.7%),第一種兼業農家650戸(23.8%),第二種兼業農家1,681戸(61.5%)となっている.
 62年の出生は114人(人口千対8.2),死亡は162人(人口千対11.7)で,毎年自然減が続き,生産年齢人口の転出が加わって,典型的な過疎と高齢化の町村となり,65歳以上の高齢者は22.7%である.

碧南市保健センターの活動

著者: 山中寛三

ページ範囲:P.775 - P.778

●はじめに
 碧南市は,愛知県のほぼ中央の南部に位置し,渥美半島と知多半島に抱かれた衣浦湾に面している.土地は平坦で,気候は温暖である.面積は約33,000km2,人口は約6万4千人である.農業,工業のバランスがとれていて,港湾都市としても将来性が期待されている.
 昭和42年ごろより碧南市医師会は,地域保健活動を熱心に推進し,その後,行政も参加して,碧南市健康を守る会を結成した.以来,この会が中心となって,市民ぐるみの地域保健活動を活発に展開している.

調査報告

岐阜県高根村における民間薬の利用—現代医療との共存下に占めるその役割

著者: 瓜田啓子 ,   重山昌人 ,   山崎太 ,   二村貢

ページ範囲:P.783 - P.787

●はじめに
 昔は,都市部を遠く隔てた地域では,現代医療を受ける機会に乏しく,発病すればその多くは,古くからその地域に伝承される民間療法あるいは配置販売薬に頼るところが大きかったと思われる.
 ところが,昭和40年代半ばから自家用車ブームが到来したことにより道路事情も格段に良くなり,かなりの遠方からでも患者は時間を問わず,都市部の医療機関への受診が可能となったのである.健康保険さらには老人医療費の軽減といった諸制度の導入により,廉価で質の高い医療が受けられることから高山赤十字病院へも,公的な交通機関を利用するだけでは不便な遠隔地からでも,患者が多数来院するようになったと思われる.これらの状況を鑑みる時,民族の知恵の結集ともいうべき民間療法は,次第に衰退していくのではないかと危惧される.

発言あり 老人の在宅ケア

家庭介護人への援助を,他

著者: 江川晴

ページ範囲:P.719 - P.721

 老人医療費を節減するために入院中の老人に退院を勧告したり,これから入院する患者の入院期間を短縮して家庭に戻し,近親者による在宅ケアに切り替えようとする政策が進められている.老人にとってもできることなら住み慣れたわが家で家族に囲まれながら大往生を,と願うのは誰しものことであろう.
 また,老いた両親を家庭で温かく看とることは,人として当然の行為でもある.

公衆衛生人国記

秋田県—地域医療と地域保健の包括を目指す

著者: 加美山茂利

ページ範囲:P.779 - P.782

 秋田大学に医学部が設置されたのは昭和45年で,もうすぐ20周年になろうとしている.秋田の公衆衛生人国記を語るに当たっても,やはり大学のことを考えに入れざるをえない.それは大学と公衆衛生の関係ではなく,むしろ,大学がなかったために公衆衛生人の活躍が,独自の光を放ったことについてである.
 東北地方でも,山形,秋田の両県を除いて各県ともに医学校があり,それなりに公衆衛生活動にも,大学に対する何らかの依存があったといってよい.秋田にも戦時中の一時期,県立女子医専があったが,校舎の焼失とともに廃校となった.したがって大学のない条件下での県民医療と保健の向上ということが,官民をあげての目標の一つとなり,その態勢作りに独自の努力が重ねられた.

保健行政スコープ

母子保健の将来

著者: 宮城島一明

ページ範囲:P.788 - P.789

●はじめに
 母子保健を考える際に人口動態は無視できない.出生の増減が,一人当たりの保健医療資源量の変化に直結するからである.わが国の出生数は,昭和48年の209万人(第二次ベビーブーム)以来,減少の一途をたどっており,昭和62年には135万人弱(人口動態統計概数)と,ピーク時の7割に満たない.これは昭和22年(第一次ベビーブーム」に比べると,なんと約半数である.この背景にある要因は,再生産年齢人口の減少と婚姻率の低下であると言われている.そのため,合計結婚出生率(夫婦当たりの平均子供数)は2.2近くを保っているにもかかわらず,合計特殊出生率は1.7を割っている.
 戦後わが国は積極的な人口政策をとっていないので,この人口動態の変動をあるがままに受けとめたうえで,老齢社会を支えてくれる児童の健全育成をいかに図るかを考えるのが我々の役目である.今後の焦点になると思われるテーマを思い付くままに列挙する.

衛生公衆衛生学史こぼれ話

54.チーゲルと『衛生汎論』

著者: 北博正

ページ範囲:P.782 - P.782

 緒方正規が東京大学医学部に,わが国最初の衛生学講座を開講する以前の衛生学の教育はどうだったか? 明治になって医育機関の機構はしばしば変ったが,東大医学部の前身の東京医学校(1874〜1877)になって漸く医学校らしくなった.ここにチーゲル(Ernst Tiegel 1849〜?)が登場する.彼はベルンで医学を学び,ストラスブルグ大学の生理学のL. Golzの助手を勤めていたとき,ベルツ(Erwin Baelz 1845〜1913)の紹介で1877年来日,東京医学校で生理学を担当し,傍ら衛生学,裁判化学をも担当したが,当時の同僚大沢謙二教授と共同研究を行い,共著論文を発表している.当時の外国人教師が教育に専念し,研究までは手がまわらなかったとき,彼の例は珍しかったといえよう.
 当時は衛生行政や軍陣衛生の充実のため,衛生学は大いに重視されたが,長与専斎が『松香私誌』に記しているように,Sanitätswesen,öffentliche Hygiene等,これまでわが国に存在しなかった概念乃至は制度を導入しなければならなかったが,人材も乏しく困っていたとき,彼の『衛生汎論』が刊行され,大いに歓迎された.

日本列島

血清総コレステロール値の判定区分別頻度—仙台市

著者: 土屋眞

ページ範囲:P.724 - P.724

 老人保健法による基本健康診査の一項目として,近年,どこの自治体でも総コレステロールの検査がなされ,高コレステロール血症者に対する保健指導や治療が行われるようになった.
 動脈硬化の成因は複雑だが,粥状硬化の促進因子として,高脂血症・高血圧・糖尿病・肥満・喫煙・大量の飲酒習慣・高尿酸血症などが重視されている.仙台市においても健診直後の事後指導時はもとより,継続指導としての各種教室や,また健康相談時において,ことに高脂血症を始めとした,これら促進因子に力を入れた指導がなされている.

保健所活性化講座—岐阜

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.729 - P.729

 保健所黄昏論が論議されて久しいが,高齢化,ハイテク化,情報化などハイスピードの社会の流れに柔軟に対応した保健所活動であるかを疑問視する人も多い.
 岐阜県では昭和63年度の新規事業として,保健所活性化講座を開催したが,参加者に非常に好評であり成果の多いものであった.

ニュース

第40回保健文化賞授賞式行われる/「いきいきした公衆衛生活動のための自由集会」開かれる—「全国いきいき公衆衛生の会」発足

ページ範囲:P.764 - P.764

 第40回保健文化賞の授賞式が去る10月6日(木),東京・ホテルオークラで開催され,下記の11団体および3名が受賞した.保健文化賞は昭和25年を第1回とし,保健衛生の向上に著しく貢献した団体および個人を対象に選考され,毎年贈られている.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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