衛生公衆衛生学史こぼれ話
54.チーゲルと『衛生汎論』
著者:
北博正12
所属機関:
1東京都環境科学研究所
2東京医科歯科大学
ページ範囲:P.782 - P.782
文献購入ページに移動
緒方正規が東京大学医学部に,わが国最初の衛生学講座を開講する以前の衛生学の教育はどうだったか? 明治になって医育機関の機構はしばしば変ったが,東大医学部の前身の東京医学校(1874〜1877)になって漸く医学校らしくなった.ここにチーゲル(Ernst Tiegel 1849〜?)が登場する.彼はベルンで医学を学び,ストラスブルグ大学の生理学のL. Golzの助手を勤めていたとき,ベルツ(Erwin Baelz 1845〜1913)の紹介で1877年来日,東京医学校で生理学を担当し,傍ら衛生学,裁判化学をも担当したが,当時の同僚大沢謙二教授と共同研究を行い,共著論文を発表している.当時の外国人教師が教育に専念し,研究までは手がまわらなかったとき,彼の例は珍しかったといえよう.
当時は衛生行政や軍陣衛生の充実のため,衛生学は大いに重視されたが,長与専斎が『松香私誌』に記しているように,Sanitätswesen,öffentliche Hygiene等,これまでわが国に存在しなかった概念乃至は制度を導入しなければならなかったが,人材も乏しく困っていたとき,彼の『衛生汎論』が刊行され,大いに歓迎された.