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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生54巻12号

1990年12月発行

雑誌目次

特集 臨床疫学

臨床疫学と疫学

著者: 青木國雄

ページ範囲:P.806 - P.808

■はじめに
 臨床疫学1〜3)という用語がカナダ,米国ばかりでなくわが国でも積極的に使われ始められた時,臨床から疫学に移った筆者には一瞬意外という感が脳裡をかすめた.臨床医学は患者を中心とする研究の中で独自の輝かしい実績を積み上げており,現在の教科書は実際の臨床から作られてきたものだからである.臨床疫学という分野を加える必要があるのかと自問したくらいである.
 しかし最近は慢性に経過する疾患が多く,沢山のリスク要因や,多様な診断法,いくつかの治療法の選択をせねばならず,その治療効果の判定も昔に比べはるかに複雑になっている,考慮しなくともよかった医療費の問題も,相当重要な判断要素となったし,医師と患者の関係も多くの面で変容がある.こうした状況下ではより客観的なより効率の良い方法をつねに指向し,選択せねばならず,その絶えざる評価が必要になったのは言うまでもない.幸い医師に数理統計を得意とする人々が増えて来たこともあり,数理的な解析が臨床医自らの手で進められるようになったのも,こうした分野が発展してきた背景にあるように思われる.本編では実際の臨床診療につきまとう多くの不確定要素の存在をもう一度振り返るとともに,患者集団の観察から病の本質や治療効率を測定しょうとした18世紀の欧州医学界の努力,それに人間関係集団を取り扱う疫学の特性と臨床応用への限界を展望して,臨床疫学の位置について若干の見解を述べる.

臨床における疫学の意義

著者: 福井次矢

ページ範囲:P.809 - P.812

 従来より,多くの医師,とりわけ臨床医にとって,疫学と臨床医学の間には学問的にも実務の上でも越え難いほどの大きな断絶があるような印象が強い.この傾向は決してわが国だけに特有のものではなく,先進国に共通のものといってよい.Dubosのいう医療の発展段階に従うなら1),土木や交通手段の整備,環境衛生の整備から始まり,予防接種などの非継続的医療,継続的な個別医療を経て,高度な医療機器を備えた大規模な施設での医療の段階に進んだ国では,前段階で最も威力を発揮した疫学はもはや個々の患者を扱う高度な医療には無用のごとき印象を与えてきたのであろう.そして,疫学はヒトにおける疾病頻度の分布と決定要因について調べ2),原因を究明しその予防策を探るものとされ,臨床医学はすでに何らかの症状を有する“患者”について診断,治療に焦点を合わせているものとされてきた.
 しかしながら,1970年前後より米国で新たな医療の流れとなったプライマリケアのプログラム,とくにgeneral internal medicineが研究分野での独自性を獲得する過程で,疫学の原理は臨床疫学という名のもとに臨床に大きく取り入れられることとなった.その背景には,感染症から慢性疾患への疾病構造の変化,あらゆる医療行為の効果と効率をより厳密に評価せざるを得ない社会的要請(人権,倫理,経済などの側面)などがあったことは事実である.

疫学的方法による疾病解析—消化器疾患

著者: 川井啓市 ,   渡辺能行 ,   丁聖民 ,   林恭平

ページ範囲:P.813 - P.815

■はじめに
 疫学的方法を臨床の課題に応用することの必要性は,偏り(バイアス)と偶然(チャンス)に満ちた医療に関する様々の問題の解析にとって必要欠くべからざるものである,本稿では,消化器疾患のいくつかの課題に対して,疫学的手法が用いられた実例を示し,臨床疫学の立場から1)解説を加えてみたい.

疫学的方法による疾病解析—循環器疾患

著者: 上田一雄 ,   藤島正敏

ページ範囲:P.816 - P.819

■はじめに
 疾病解析(病因,予防,治療,管理)に用いる疫学的手法は,循環器疾患も他の疾患の場合と基本的には同じである.ただ循環器疾患では,疾病の性格上,急性期の診断や治療が臨床上重要視される.加えて昨今の臨床診断学,治療学の進歩は,循環器疾患急性期の病態について多様な情報をもたらしつつある.ところが疫学的手法は時々刻々変化する病態の解析には不向きである.疫学的手法が個々の症例ではなく集団を対象とし,その集団の特性で規定されるベクトルをパターンとして認識しようと試みるからである.ここでは循環器疾患のうち,脳血管障害と虚血性心疾患を例にとって,疾病解析の方法を概説的に述べる.

疫学的方法による疾病解析—がん

著者: 田島和雄

ページ範囲:P.820 - P.823

■はじめに
 臨床医学の場に疫学的研究原理・方法論が応用され始めたのは1940年代頃からである.それは,診療の場においてもできるだけ科学的な観察方法を用いた患者資料の収集をし,さらにそれを客観的な情報として評価する方法を確立し,臨床医が日常の診療活動の中で陥りやすい誤判断をできるだけ避ける工夫をしてきたのである.そして,1960年代末頃には今日の臨床疫学,医療判断学の基礎的概念の骨格ができあがってきた.その背景には,疫学研究者による病院をフィールドとした病院疫学研究の出現もあった.つまり,疫学的視点から疾病の自然史をとらえていくため,病院における患者調査の必要性が重視されてきたのである.ここに臨床医学と疫学の接点があった.臨床医が疫学的感覚をもって注意深く症例を観察することにより,疫学的に重要な現象を洞察し得た事実は,過去のいくつかの事例が示している.こういった臨床疫学の歴史的な発展過程をかえりみながら,臨床における診断,治療,情報管理,予防などに関する問題について,がんの疫学研究の視点から言及してみたい.

疫学的方法による疾病解析—環境汚染・職業病

著者: 矢野栄二

ページ範囲:P.824 - P.827

■はじめに
 疫病の科学としてはじまった疫学は,その後の感染症による死亡の減少の中で,対象を化学物質などの環境要因による健康障害に広げ,環境科学や産業保健の研究の発展に大きく貢献した.同時にこれらの研究は,方法論としての疫学自身の発展にも役立った.今日疫学が取り上げる対象やその応用範囲は,本特集にみるようにはるかに広がってきているが,環境汚染・職業病の研究方法を概観することは,疫学的方法の論理を理解するうえで有用と思われる.そこで本項では環境汚染・職業病を対象とした研究例を用いて,今日の疫学的方法の基本的な論理を示し,次にこの分野に疫学を適用していく中で新たな展開がみられた2,3の点につき論じたい.

診断・治療法への疫学の適用

著者: 久道茂

ページ範囲:P.828 - P.831

■はじめに
 臨床疫学とは,医学における科学的観察とその解釈のための方法論の一つであり,臨床医学で出てきた問題に対して疫学的原理と方法を適用するもの1),といわれている.つまり,疫学の目的である疾病の原因,要因を探るための考え方や方法論を,診断や治療方法,およびそれらの評価に応用するものである.臨床は個人個人の患者が対象である個の医学である.臨床における意思決定の多くは,不確実性あるいは不確実性下に行われる.したがって,意思決定の基礎となる医師の知識,患者からの情報が確実であればあるほど,その判断は容易でかつ正しいものになるはずである.残念なことに,医師の知識にしろ患者から得られる情報(既往歴,自覚症状,臨床理学的所見,検査所見など)にしろ完全なものはない.多くの臨床医は,病める患者を目の前にして,不確実な状況のもとでの判断を強いられているのが現実である.その判断が,できるだけ理性的,合理的かつ論理的であるべきなのはいうまでもない.臨床医は先人の残した多くの臨床上の知見や自分の臨床経験をもとに,目の前の患者に対応している.しかし,個の医学である臨床医学は,病める患者を対象とした経験の積み重ねであるがゆえに,多くのバイアス(Bias,偏り)をかかえ込んでの結論を導き出している危険が少なくないといわれている.後述する“三た論法”に対する反省であろう.

クリニカル・トライアル

著者: 齋藤友博

ページ範囲:P.832 - P.835

■はじめに
 クリニカル・トライアルが疫学の一方法であるかについては多少議論がある.疫学が病気の原因究明,予防対策に重きを置くのに対して,クリニカル・トライアルは診断,治療方法の検討に重きを置く.米国の国立衛生研究所(NIH)の定義では,クリニカル・トライアルとは,「人間を対象として,予防,診断,治療方法の効果と価値を前視方的に検討する科学研究である」とある.一方,疫学の介入研究(Intervention Study)は,治療よりも環境要因,生活習慣を含むリスク因子の操作の影響をみる研究を指すことが多い.しかし,疫学なのか否かはともかく,日本語では臨床試験と呼ばれることの多いこの方法が臨床疫学の一分野であるばかりでなく,重要な位置を占めることに異論はないであろう.

医療現場での臨床疫学

著者: 藤井博之

ページ範囲:P.836 - P.839

■はじめに
 1980年代に入って,欧米を中心に臨床疫学が注目されてきた.臨床医が診療の場で駆使する新しい手法として確立されてきた点に,この学問が従来の疫学と異なる意義がある.その意味での「臨床疫学」という用語のルーツは,1966年のPaul,J.R.1)の著作にたどることができよう.これと別に,わが国では,すでに1960年に川上が第一線臨床医の立場から,疫学の方法論に注目していた2)
 我々の臨床疫学研究所もまた,こうした歴史と運動を意識して,第一線医療機関に付属する形で,1984年に設立されたものである.

現代の環境問題・9

食品汚染—植物性自然毒

著者: 山崎幹夫

ページ範囲:P.840 - P.842

1.はじめに
 環境問題の中でも,食品汚染にかかわる環境の変化はとりわけ重要な問題として注目される.特に最近は重金属,化学薬品,農薬等による食品汚染については関心も深まり,現状の把握,対応の方策もある程度は行われるようになったが,自然毒による汚染に関しては,意外に無防備であると言わざるを得ない.
 従来,日本人は自然指向性が強く,野菜や魚介類を生食する習慣がある.ある意味では“自然信仰”とも言えるほど,食性の上でも自然を損なったり,あるいは自然から遠ざかることを避けようとする傾向が強い.また,一時期いわゆる健康食ブームのような現象のために,必要以上に自然食にこだわる傾向が強められたことも事実である.しかし,自然食は完全に安全で,我々の健康を守ってくれるかといえば必ずしもそうではない,さまざまな形での自然毒の混入や,あるいはこれも自然毒に入れて考えるとするならば,管理,貯蔵,あるいは加工調理中の誘起により生じた毒は,我々の食の環境を守る上で重要な問題となる可能性をもっていると言えるのではないだろうか.

調査報告

喫茶との関連における農村婦人貧血因子についての一考察

著者: 山田重行 ,   加瀬沢信彦 ,   櫻井信夫

ページ範囲:P.863 - P.866

 これまで,鉄剤の服用に際して習慣的に茶,コーヒー等の摂取を禁じてきているが,このことは,これらに含まれるタンニン酸が鉄と不溶性塩を作り鉄吸収を阻害することによるといわれている1).渡辺らは2),鉄欠乏性貧血患者において鉄剤の経口投与時の鉄吸収に及ぼすタンニン酸および緑茶の影響を検討し,これらが鉄吸収を抑制することを報告している.Farkasも3),茶を多飲する習慣が鉄欠乏に関連していることをカナダ原住民の調査結果をもとに報告している.
 農村婦人に貧血傾向が強いにとは,農村保健問題として重視されてきているが4),これらの改善は幾多の努力が重ねられたにもかかわらず著しく困難なこととなっている.筆者らは,農作業では多量の発汗があり,農家では一般に茶を多飲する傾向がみられ,茶作農家では茶を換金する一方,自家用としても多用する傾向が見られることから,農村婦人貧血の要因として今まで看過されてきた喫茶の影響を想定した,そこで,農村婦人貧血と喫茶との関連性を考察するため,茶作農家婦人を対象とした血液検査と茶作地帯での茶の消費量調査を実施した.

岐阜市の医療系専門学校の女子学生におけるレイノー現象

著者: 井奈波良一 ,   梶間和枝 ,   松田好美 ,   田中静子 ,   吉田英世 ,   永田知里 ,   岩田弘敏

ページ範囲:P.867 - P.870

●はじめに
 レイノー現象は,寒冷への暴露などの際に起こる発作性の手指の蒼白現象で,典型的なレイノー現象は蒼白,チアノーゼ,発赤の3相性の変化を呈するとされている1).レイノー現象は,原因によって一次性と二次性に分類される.すなわち振動工具の使用や,閉塞性動脈硬化症,膠原病などの基礎疾患に起因してレイノー現象を呈するものは,二次性レイノー現象と呼ばれ,一方,認むべき基礎疾患なしにレイノー現象を呈するものは,レイノー病あるいは一次性レイノー現象と分類されている1)
 レイノー現象は,10〜30歳代の女性に好発するとされている2)が,その有症率についての報告は少なく,しかも報告者によって差異があり,見解の一致をみていない現状にある.すなわち,女性を対象としたレイノー現象の有症率に関して,OlsenとNielsen3)は,21〜50歳の病院(デンマーク)で働く健康な女性の理学療法士のうち,22.4%がレイノー病を有していたと報告している.Leppertら4)は,18〜59歳の一般女性住民(スウェーデン)の手指のレイノー現象の有症率は15.6%であったと報告している.一方,わが国においても女性,特に若年女性のレイノー現象の有症率に関する報告は少なく,未だその実態が明らかにされていない.

地域リハビリテーションと機能訓練事業

〈対談〉機能訓練事業を地域リハビリテーションの視点から検証する(2)

著者: 廣津留珙子 ,   浜村明徳

ページ範囲:P.843 - P.847

ボランティアの活用を検討する
 浜村 前号では機能訓練事業の方法やその効果,および他の事業,地域との連携について話し合ってきました.今回は機能訓練事業の今後のすすめ方などについて話し合っていきたいと思います.
 まず,先生の保健所で実施されている生活リハビリ教室にはボランティアが参加されているとのことですが,先生はボランティアの育成や活用などについてどのようにお考えですか.

保健所機能の新たな展開—模索する保健所

保健所機能としての先行的・試行的活動への取組み

著者: 草野文嗣

ページ範囲:P.848 - P.850

◆はじめに
 ここ2〜3年,保健所のあり方・地域保健のあり方が,全国的に大きな論議の的になっている.この中で,平成元年6月には,地域保健将来構想報告書が公にされ,これを基にして,平成2年度以降の保健衛生行政の施策は展開されていくものと思われる.しかし,報告書において指摘された事柄の多くは,特に目新しいとか,目をみはるものではなく,保健所が今までに,それぞれの地域において手がけておかなければならない事柄である,といっても過言ではないといえよう.
 ただ問題なのは,全国の保健所の中で,地域住民の健康増進のため,地域の保健問題解決のため,公衆衛生の向上のために,積極的に活動している所が少なかったり,あるいはそのようにしか見られていなかった点であろう.保健所は,上述した目的のために,常に予見性をもって,先行的・試行的な事業や活動に取組むべきことを,改めて再確認しなければならない.

進展する地域医師会の公衆衛生活動

安房医師会の総合検診活動(4)—総合検診の問題点と課題

著者: 山田教和 ,   青木謹 ,   原久弥 ,   高橋金雄

ページ範囲:P.851 - P.853

 □若年性高血圧検診を館山市で行っていると聞いておりますが,そのデータはまとめられているのでしょうか.
 青木 若年性高血圧の検診は,千葉大学第3内科(稲垣教授)の事業をお手伝いする形で,昭和54年から行っております.

目でみる保健衛生データ

コレラと旅行者下痢症

著者: 工藤泰雄

ページ範囲:P.854 - P.855

1.コレラ
 わが国におけるコレラの発生は,終戦直後の引揚者による流行以降しばらくの間皆無に近かったが,1960年代初頭から始まったエルトールコレラ菌による第7次のコレラパンデミーとともに,その影響を強く受けるようになった.そして,1975年を境としてそれ以降,年々海外からの輸入例が増加する一方,感染経路不明の国内発生例も知られるようになり,1977年には和歌山県有田市,1978年には東京池之端,また昨年は名古屋市と,かなり大規模な集団発生もいくつか記録されるようになった.
 こうしたコレラの増加傾向は,もちろん第7次のコレラパンデミーが依然終息をみせず,現在もアジアを中心に世界各地で恒常的な患者発生を見ていることがその最大の要因である.しかし,これは単にそれだけに帰されるものではなく,同時に近年のわが国における海外旅行者や輸入生鮮魚介類等の,著しい増加とも無縁でないといえる,図は,法務省統計による海外旅行者数(日本人出国者)とコレラ罹患者数の関係を年次的に見たものであるが,本図からもわが国のコレラ発生に海外旅行者が強く影響している様子がよくうかがえる.すなわち,1970年にはわずか60万人余に過ぎなかった旅行者数は,近年の著しい経済成長や航空機など輸送手段の大型・頻繁化を背景に年々増加,昨年にはその約15倍に当たる960万人余を数えるようになり,それと平行してコレラの輸入例も年々増加をみている.

エスキュレピウスの杖

(9)統一ドイツ・語学

著者: 麦谷眞里

ページ範囲:P.856 - P.857

1.統一ドイツ
 この原稿が活字になるころ,すでに東西両ドイツは,統一されていることと思う.そうすると,ベルリンの壁はどうなるのだろうか.1989年暮れに一部が壊されたことは,ニュースで知っていたが,全長165キロにもおよぶ壁がすぐになくなるとも思えない.統一されたドイツにとって,壁の撤去は,もっとも象徴的な行為だろうし,第一,ベルリン周辺の移動に物理的に不便を生じると思われる.すると,やはり壁は早晩取り払われるのだろうか.
 実は,1990年7月から,チェックポイント・チャーリーでの外国人検問もなくなったと聞いて,東欧問題を若干なりとも担当している私としては,この目で検証すべく,9月の最初の週末を利用してベルリンに行ってみた.もちろん,ドイツが統一されるという10月3日以前のことである.ジュネーヴから約1,200km,朝7時に我が家を出て,途中,渋滞や東側の道路事情が悪いための徐行,そして給油のための小休止はあったものの,夕方7時にはベルリンに到着した.東ドイツ領内から西ベルリンに入るとき,すでに検問はなかった.ただ,ベルリンの中の移動では,まだ半信半疑だった.西ベルリンに入るや否やブランデンブルグ門に直行してみた.門は,改装中のため建材で覆われており,夕方で薄暗かったせいか,右側後方の壁の連なりか見えて,何だ,まだ壁はあるじゃないか,とがっかりした.

保健婦活動—こころに残るこの1例

被虐待児(疑)と若年両親に関わって

著者: 長谷川まゆみ

ページ範囲:P.858 - P.858

 激動する社会の中,母子保健問題も多様化し,生活環境や生育歴から生じる問題を抱えた事例への対応が迫られている.今回,紹介する事例は“多問題家族”で,支援は非常に困難と思われた.しかし,関係職種が関わる中で良い方向に歩み始めたので報告する.

看続けることの素晴らしさ

著者: 堀弘子

ページ範囲:P.859 - P.859

〔Mさんとの出会い〕
 リハビリ教室で楽しそうにボール渡しをしているMさん(男性,55歳),そのそばにはMさんをにこやかに見守る妻.1年前には考えられない光景である.Mさんとの出会いは,8年前.寝たきり老人であったMさんの父親を保健婦が訪問し,そこでMさんの存在を知った.神経ベーチェットに侵され,その時すでに目が見えない・話せない・歩けない・尿が出ない状態にあったMさん.外部との接触を全く拒否し,閉じにもったままの生活,保健婦との面会もかたくなに拒み,会えない日が続いた.そのため,私は妻の介護支援に重点をおき,Mさんの様子はその都度聞き出すようにしていた.

発言あり

ワクチン—ワクチンと副作用についての考察,他

著者: 高橋理明

ページ範囲:P.803 - P.805

 ワクチンの根源はいうまでもなくジェンナーの種痘である.その際牛痘が用いられ,雄牛のことをラテン語でvaccaとよぶので,後にパスツールがジェンナーの功績をたたえて同様の予防剤をワクチン(vaccine)と名付け,それが広く用いられるようになった,そしてその後続々と開発されたワクチンにより,古来人類にとって大きな恐怖であった感染症,特にウイルス性疾患の多くが予防できるようになった.
 ウイルスワクチンのなかでもポリオ,麻疹,風疹,ムンプス,水痘などよく効いているワクチンはいずれも生ワクチンである.生ワクチンは自然のウィルスを弱毒化したものであり,ヒトの体内での増殖性が減弱したものや,組織例えば神経組織への親和性が減弱したものが使用されている.したがって多数のヒトに接種した場合,少数に元のウイルスの持っている臨床症状が若干現れることがある.例えばポリオの生ワクチン服用後に,極めて稀に(100万人に1〜2名程度)マヒ症状が現れることがあり,これを何とかもっと少なくしようとする努力がはらわれてきている,しかしその危険性があるからポリオワクチンの服用を中止すべきであるという意見は,世界中どこにもない.それはポリオ罹患による重篤性に比べて,ワクチンによるメリットが余りに明らかであるからである.

公衆衛生人国記

奈良県—行政と県立医科大学の連繋

著者: 森山忠重

ページ範囲:P.860 - P.862

はじめに
 奈良県の公衆衛生活動を展望すると,県には自前の県立医科大学(以下医大)を運営しているから,県民の保健サービスは行政や医師会に加え,大学も緊密な連繋を保ちつつ行われているとみれよう.小規模財政の奈良県が医大運営をするに至ったのは,戦中の軍医養成という国家的要請と,県下40カ村にも及ぶ無医村解消という県民の要望に基づくものがあった.間もなく終戦となり,学校運営は県財政の貧困,医大設置基準の改革等により切迫し,大学の存廃が県議会で論議されるに至った.時の奈良県知事奥田良三氏は,県政の重要施策に県民の保健衛生の充実を打ち出し,県立医大を県民の保健医療センターとして位置づけ,医大の存続を支持した.この経緯によって,苦しい県財政の中から,大学の整備拡充に投資が続けられてきた.医大が創立45周年を迎えるまでに発展充実した陰には,昭和26年から昭和54年にわたる,8選知事として県民の保健衛生施策に力を注ぎ,そのセンターとしての医大の発展充実に貢献された奥田知事の大きな功績がある.今日まで大学は,県政の趣旨にしたがって,衛生行政と密接な連繋を保ちつつ,公衆衛生活動を展開してきたことが理解できよう.
 奈良県では行政機構簡素化のあおりを受け,衛生部が廃止され,厚生労働部に合併された時期があった.昭和50年度の国政調査で,県民人口100万人突破が明らかになり,20年ぶりに衛生部が復活することになった.

保健行政スコープ

健康づくりのための食生活指針(対象特性別)の概要

著者: 揚松龍治

ページ範囲:P.872 - P.873

 わが国の食生活は,戦後の経済発展に伴う豊かな食料情勢や栄養改善対策の推進等により大きく改善されてきた.しかしながら,近年の栄養摂取状況をみると,カルシウムの不足傾向や食塩摂取量減少の鈍化,脂肪エネルギー比率の増加などの問題がみられ,さらに加工食品の普及や外食機会の増加等に伴い,栄養素摂取量はもとより,主食や献立の種類,食べ方,食事時間,食事回数など,食に関するライフスタイルの個別化,多様化が進行している.
 こうした状況を踏まえ,栄養指導の基本的資料である「日本人の栄養所要量」についても第四次改定においては,その内容をより個々人の状況に応じたものへと改めたところである.

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基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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