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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生54巻5号

1990年05月発行

雑誌目次

特集 国際化への公衆衛生の対応

日本の国際化と保健医療界—公衆衛生的視点より

著者: 長谷川敏彦

ページ範囲:P.292 - P.297

■はじめに
 今,日本の社会は,産業構造,社会状況そして人口構成において大きな変動期にある.医療は日本社会の一部なので,医療もまた,その供給体制においても,需要においても大きく変わりつつある(図1).さらにまた,極めて急速な技術革新のゆえに医療自身もその内部から変貌をとげつつあるということが出来よう.これらの変化の中でもローマ字の頭文字“K”で始まる三つの要因が,これらの動向をリードしている.第一番目の要因は近年急速に進行しつつある医療の高度技術化で,そのために新しい技術に関する情報,あるいは検査等技術によって生み出された情報が急速に増加しており,医療従事者に対する大きな負担となりつつある.またそれによって医療費が高額化し,社会に対しても,大きな経済的負担を生んでいる.第二番目の要因は,人口構成の高齢化である.日本は諸外国に見られない急速な高齢化の結果,2021年には世界で最も年老いた国,かつ人類史上かつてない高齢社会をむかえることになる.一方で,これまで老人のケアを支えて来た伝統的な家族構成が崩壊しつつあり,社会が直接老人を介護するサービスシステムを作り出さねばならぬ必要に迫られている.

日本語学校就学生の結核

著者: 志毛ただ子

ページ範囲:P.298 - P.301

■はじめに
 昭和62年の秋,たまたま神田にある日本語学校で結核の集団検診をしたところ,日本の学校検診での発見率の約400倍という高率で患者が見つかった.このことが昭和63年6月の朝日新聞社会面に大きく取り上げられたことをきっかけに,アジア各国からの就学生の結核が問題となった.国際交流の進展にともない,在日外国人は今後ますます増加すると予想され,国内の結核対策上も看過できない.国でも全国規模での検診とその対策に乗り出したが,この問題の口火を切った保健所として現在までの状況を報告する.

国際化と輸入感染症

著者: 赤尾満

ページ範囲:P.302 - P.305

■はじめに
 わが国の急速な国際化は目ざましく,空港における帰国者も含めた海外から渡航してきた入国者数も年々増加し,1987年以来年間1千万人を越すといわれている.これに加えて関西国際空港が開港されると,入国者数は2千万人を越すものと想像される.
 国際化が進むにつれて輸入感染症も増加し,その種類も増えている.日本から渡航する人たちは,見聞を広めて豊かな生活を送るために旅行するが,旅行先の国々の衛生状況についての知識が乏しく,特に衛生的に優れた日本での生活をそのまま持ち込んで,不幸な結果で帰国するケースが目立っている.

外国人患者と病院栄養士のかかわり

著者: 土屋恵

ページ範囲:P.306 - P.308

■はじめに
 国際化の波とともに日本に住む外国人の数は増加し,それに伴って,病院で診療を受ける外国人患者も増えている.当墨東病院では昭和63年4月から12月までの間で,新入院患者数は6,315人であり,そのうち外国人患者は約1%前後であった.他の都立病院でも外国人患者は,わずかずつではあるが増えていると思われる.
 外国人が診療を受ける場合,まずぶつかるのは言葉の壁であり,次いで,習慣,宗教といった問題である.栄養科では,入院中の食事や,栄養指導などで直接患者と接する業務が多くあるが,患者が外国人である場合,やはり上記のような壁にぶつかってしまうのである.そのような時にどのように対応したらよいのか,当院のみならずどこの病院でも,頭の痛い問題のようである.そこで少ない経験の中からではあるが,当院での状況を述べてみたい.

日本語学校就学生への健康診査事業—中国語による保健所だよりの発行

著者: 諸岡公子

ページ範囲:P.309 - P.312

■はじめに
 昭和63年6月28日の新聞で,「アジア人留学生結核,日本語学校で結核多発,日本語学校で検診,発見率400倍,患者の一部退学,帰国,集団感染も心配」と報道された.その記事を読んだ中野区内の二つの日本語学校から,検診の依頼が保健所にあったため,7月と8月に集団検診を実施したところ,2校302人中1人の結核患者が発見され,入院加療となった.
 胸部X線撮影のみの検診であったが,学生さんたちからは健康に関する様々な相談が寄せられた.

在日外国人に対する保健指導の在り方

著者: 稲田正實 ,   斉藤幸男 ,   藤崎多美代 ,   漆崎育子 ,   長谷川喜美子 ,   高野和枝

ページ範囲:P.313 - P.316

■はじめに
 外国人の入国については,出入国管理法および,難民認定法に基づき管理が行われている.その中で,観光または就労を目的として日本に入国しようとする者については,特殊な技術・技能または専門的な知識を有する者に限り入国が認められており,いわゆる単純労働については,原則として受け入れない方針がとられている.
 近年,日本と周辺アジア諸国との労働格差の拡大等を背景に,これら諸国から観光客を装って入国したうえ,出入国管理法および,難民認定法に違反して,単純労働に就労する外国人が増加している.

難民・在日外国人の抱える医療問題

著者: 小林米幸

ページ範囲:P.317 - P.320

■はじめに
 ごく少数の人々であっても切り捨てることが許されないのが医療の本質である.現在の日本の医療体制は,種々の面で在日外国人が利用しにくい体制になっていると言わざるをえない.急増する彼らの健康をどのように守っていくかということは今後,日本の医療行政,医療界の大きな課題といえよう.
 筆者は大和市立病院外科在職時よりインドシナ難民大和定住促進センターの嘱託医を務め,さらに来院する難民以外の外国人の医療に携わってきた.本稿では,1)難民・在日外国人理解のための基礎知識,2)医療に関する在日外国人の実態,3)在日外国人医療の問題点とその対策の3項目に大別して述べる.

日本の公衆衛生学の国際化—中国人留学生の立場から

著者: 金会慶

ページ範囲:P.321 - P.322

 公衆衛生学は集団(社会)を対象として公共の組織(組織的活動)により健康保持,疾病予防,健康増進および生命延長を行う方法と技術を研究する学問であると定義される.19世紀の公衆衛生活動では感染症対策主として“環境の清潔化”が重視された.いま新たに社会の変革に伴い,公衆衛生学は単純な伝染病を研究する領域から,非伝染病を含むあらゆる疾病および非疾病,例えば外傷(injury),医療制度,医療保健,環境衛生,精神衛生等の領域にまで広がっている.
 この広がりは,一つの国家あるいは一つの地域における経済の発展と生活レベルの向上,さらには衛生・健康状況の好転による結果である.

トピックス

ニュー保健所構想と今後の課題

著者: 芝池伸彰

ページ範囲:P.323 - P.326

 ■地域保健将来構想報告書と厚生省の対応
 「地域保健将来構想検討会(座長=小泉明国立公害研究所副所長)」は昨年6月に報告書をまとめ,厚生省健康政策局長に提出した.本検討会は昭和62年9月に健康政策局長の私的諮問機関として発足をみたものだが,設置の背景としては結核・感染症対策,母子保健,精神障害者社会復帰対策,健康づくり推進等々,保健所が地域保健の中核的機関として多大な役割を果たしてきたことが評価される一方で,結核・感染症の衰退等と共に保健所の在り方については様々な意見が出され,長年にわたって,関係者の論議の的となってきた事実がある.さらに近年は,市町村を実施主体とする保健事業がかつてに比べて大きく伸びてきており,保健所と市町村の役割分担をどうしていくか,さらに社会的諸条件の変化,地域保健の新たなニーズに保健所がどのように応えていくのか,根本的な検討が求められる状況となってきたことがある.

活動レポート

東京都狛江地域における保健・医療・福祉の連携

著者: 青山キヨミ

ページ範囲:P.327 - P.331

■はじめに
 平成元年6月,厚生省の地域保健将来構想検討会より,保健所のあり方を中心に検討された報告書が出された.その中で保健所は,「地域包括保健総合戦略の拠点」として位置づけられており,保健所が軸になって保健・医療・福祉の連携を強化し,慢性疾患患者等に対する在宅ケアのシステム化を図っていく必要性が示唆されている.
 そこで,狛江保健相談所(以下「保健相談所」と略す)と保健・医療・福祉関係機関との連携の具体例をここに紹介して,参考に供したいと思う.

調査報告

飲酒量の指標としてのγ-GTP値と血圧値との関連について

著者: 駒井恵美子

ページ範囲:P.348 - P.352

■はじめに
 多量飲酒は血圧上昇の因子となることは,疫学面,臨床面からも実証されているが1〜5),そのメカニズムはまだ解明されていない.飲酒調査は報告により対象,飲酒量のカテゴリー,多量飲酒の設定,方法論,解析法も異なっている.飲酒量は自己申告による調査が多いが,飲酒量を客観的に把握するため,飲酒の慢性マーカーとして評価されているr-Glutamyl Transpeptidase(以下γ-GTP)を飲酒量の目安として6〜ε),飲酒と血圧との関連を地域住民,大企業事務職男性の二集団で検討した.

事例報告

農薬空中散布の環境および健康への影響調査

著者: 彦坂直道 ,   菊池誠太郎 ,   古内文子 ,   町田光子

ページ範囲:P.353 - P.357

●はじめに
 近年,農薬を低コストで人手を使わずに散布する航空防除,いわゆる空中散布(以下空散と略記)が広く行われているが,これに対する住民の不安も強く,各地で反対運動が起きており,反対派住民による空散後の健康アンケート調査では,いずれも人体への悪影響が示唆される結果が出ているようである.
 しかし,散布をする農協側や,それを許可している行政のサイドでは,空散を許可している薬剤は「いずれも低毒性の農薬であり安全である」と言ってはいる1).しかし,我々が文献上で調べた限り,その根拠は実験室のデータであり,空散後のフィールドの環境調査や,人体への影響についての疫学的調査による安全性の立証ではない.こうしてみると,空散の,人体への影響や環境への影響については未知の状況にあるというのが現状であろう.

現代の環境問題・2

水質汚染—有機塩素系溶剤の地下水汚染

著者: 山根靖弘

ページ範囲:P.332 - P.334

 わが国における地下水汚染はクロム,水銀,カドミウムなどの重金属による汚染などが知られているが,最近では有機塩素系溶剤すなわちトリクロロエチレン,テトラクロロエチレン,1,1,1-トリクロロエタン(以下「トリクロロエチレン等」という)や四塩化炭素などによる汚染が問題視されている.
 地下水は,表流水の涵養源として重要であるほか,一般に水質が良好であること,水温の変化の少ないこと等により,水資源として高く評価されている.わが国でのその水使用量の約1/6,都市用水(生活用水および工業用水)については約1/3を占め,水道を通じ全国の3,000万人の人々の飲料水となっているし,約200万戸の家庭の飲料水として用いられている.

保健所機能の新たな展開—模索する保健所

保健所を核とした保健・福祉連携施策の総合的展開—大阪府

著者: 江部高廣

ページ範囲:P.335 - P.337

●連携が求められる社会的背景
 大阪府は全国一狭隘な地域にもかかわらず,870万を超える人口を抱えた全国2番目の過密府県である.また現在は全国で4番目に若い府県であるが,急速に高齢化が進展し,来たるべき2020年には府民の4人に1人が高齢者という「超高齢社会」の到来が予測されている.
 このように高齢者の数が増加するにつれ,府民の有病率も確実に高まるとともに,慢性の疾病や機能障害を持った高齢者も増えていくものと考えられる.このような高齢者の持つニーズは複合化,多様化する傾向にあり,治療と併せて介護や看護などのケアを必要とするが,これまでのように保健・福祉・医療が個々に独立し縦割のサービスが提供される仕組みでは的確な対応はできない.こうした状況を踏まえ,大阪府においては,保健・医療と福祉との連携が密接に行われるよう,次のような組り組みに着手している.

進展する地域医師会の公衆衛生活動 インタビュー

B型肝炎対策に取り組む南宇和郡医師会(1)—南宇和郡医師会の組織と保健活動

著者: 粉川顕仲

ページ範囲:P.338 - P.339

 愛媛県の南端に位置する南宇和郡は松山市から列車で約2時間,さらに宇和島でバスに乗り換え約1時間半の距離にある.南宇和郡は御荘町,城辺町,西海町,一本松町,内海村の4町1村,人口約3万3千人である.この地域は古くから近海漁業が盛んであるが,最近ではハマチや真珠の養殖が基幹産業となっている.地域の疾患の特性として,ATL(成人T細胞白血病)やB型肝炎ウイルス(HBV)のキャリアが多いこと,また先天性多発性のう胞腎が多いことなどが挙げられる.現在ではほとんど見られないが,かつてはレプトスピラ症が多かったという.
 南宇和郡医師会の現在の会員数は24名,診療所医師が大半を占めるが,郡内の県立病院,国保病院,精神病院の病院長や保健所長も加入している.開業医が約半数で,その年齢構成は70代が2名,60代が3名,50代が3名,40〜30代が4名である.後継などを含め現在,世代交替の時期にあり,徐々に若返りの傾向にある.医師会で組織している部会には,庶務,広報,社会保障,業務,福祉,学術,病院などがあり,それぞれに担当の理事・副理事を1名ずつ置いている.「会員が少ないので,全員が各部をそれぞれ重複して担当しています.したがって,総会に出席する人数と役員会の人数がそれほど変わらないのですよ」という(学術部担当の粉川理事).

保健婦活動—こころに残るこの1例

初めて出会った精神障害者

著者: 近藤玲子

ページ範囲:P.340 - P.340

 保健婦の仕事についてもう7年が過ぎようとしている.この期間,いろいろな患者に出会った.その中には,名前さえ忘れてしまった患者もあれば,1回1回の面接場面を鮮明に思い出すことができる患者もある.その中の一人,新規に採用された私が,初めて出会った精神障害者のM子さんについて述べてみたい.
 M子さんは25歳で,夫と長男(生後10カ月)と3人で社宅に住んでいた.高校時代に精神衰弱(?)で治療歴があり,また,2歳下の弟が精神病院に入院中であった.前任者からは,育児行動に問題がある人ということで引き継いでいた.

訪問・受療拒否の結核患者さんのこと

著者: 関口祐子

ページ範囲:P.341 - P.341

 私が保健婦として勤務して2年目に,訪問を拒否されてその対応の難しさに悩んだ事例を紹介する.
 「排菌している結核患者が無断退院したので,なんとか協力してほしい」という病院のケースワーカーからの連絡があり,訪問開始となった.ケースの家庭環境は複雑であり,妻子と離別し東京で転々と職を変え生活していたが,体調をくずし働けなくなり富山へ帰ってきたのであった.

エスキュレピウスの杖

(2)第85回執行理事会とECOゼミナール

著者: 麦谷眞里

ページ範囲:P.342 - P.344

1.第85回執行理事会
 WHOの意思を決定するための機関が三つある.ひとつは,年に1回ジュネーヴで開催される世界保健総会(WHA)であり,これがWHOの最高意思決定機関である.このほかに,アメリカ,アフリカ,ヨーロッパ,東地中海,南東アジア,西太平洋の各地域で毎年開催される地域委員会と,年に2回ジュネーヴで開催される執行理事会とがある.後者は,現在31人の理事で構成され,WHOの意思決定に絶大な影響力を行使している.WHO憲章に謳われているその機能は,①世界保健総会(以下「総会」と呼ぶ)の決定や政策を実施させること,②総会の実行委員会として機能すること,③総会によって決められたその他の機能を行うこと,④協約や覚書・規則などによってWHOに課せられた任務およびそれから派生する問題等について総会に助言すること,⑤総会に対して助言や提案を自らの発議によって提出すること,⑥総会の議題を準備すること,⑦特定期間の総括事業計画を検討および承認のために総会へ提出すること,⑧権限内のあらゆる問題に対して研究すること,⑨緊急にWHOとして対応しなければならない問題に関すること,の九つである.
 この権能の中には,事務総長の選出と地域事務局長の承認も含まれているので,重要な案件はすべて,あらかじめ執行理事会の議題として上程されるといっても過言ではない.

発言あり

花と緑—菊と皐月,他

著者: 田島達郎

ページ範囲:P.289 - P.291

 約25年ほど前の話である.当時,病院の小さい公舎に住んでいた.玄関の前に一坪くらいの,それこそ猫の額ほどの空地があった.家内の伯父から結婚祝いということでバラの苗木が送られてきたので,そこに数本植えた.よくできたもので,本にある通りにやったら,活着し,翌年花を付けた.素人の浅はかさ,立派に咲いたと思ってバラ展に赴き,入会手続きを済ませ,切り花一輪を出品した.驚いたことに,それが新人賞に入賞したという知らせを受けた.恐らくその年の入会者すなわち新人は,私のみであったのであろう.
 留守の時,会の人が賞状を拙宅に届けにきた.受け取った家内にどこにバラを植えているのですかと尋ねた.そこですと猫の額を指差したら,憐れむような眼差しで溜め息を吐いて退散したという.それを聞いて私の若い血が騒ぎ出した.猫の額でどこが悪い,日当たりのよい肥沃な広い庭があれば,より立派なバラは馬鹿でもできる,ヤーメタとバラ会を脱会したのは当然である.

公衆衛生人国記

愛知県—戦後混迷期の指導者たち

著者: 青木國雄

ページ範囲:P.345 - P.347

 戦前から名古屋を中心に工場が多いこともあり,労働環境衛生については関心が高かった.大正6年,日本で初めて工業医会が創設されている.昭和10年には現名古屋大学(以下名大と略す)に衛生学講座が新設され,内務省社会局の全国産業労働衛生監督官の鯉沼先生を教授に迎えている.当時の学長田村春吉教授は,治療医学と同時に予防医学も重視され,田中広太郎愛知県知事らと計って,昭和17年予防医学講座を設立されている.法医学には東京大学から新進の小宮教授が迎えられ,犯罪鑑識に活躍されていた.昭和24年には新設の公衆衛生学講座にわが国の疫学の父ともいうべき野辺地教授を迎え,公衆衛生学部構想の実現にまい進されていた時代であった.
 生活難と不安,混迷の世であり,大学もほとんど校舎が焼失していたが,教授陣,職員の志気は高く,医のあり方,将来を論じ,職員一丸となって大学の復興に努め,全国を行脚しての募金活動もあって,昭和23年には新設の槌音をきくに至った.予防医学,社会医学への志向が極めて強く,住民は大学に対して大きな期待と信頼をもっていた.終戦直後の愛知を指導した先生方は名大にありといってもよい時代だった.ここでは戦後10年間の指導者を紹介したい.誌面も少なく,現職の大学人では筆者のみが先生方の声咳に直接接しているので,不肖ながら代表して筆をとることとなった.

保健行政スコープ

末期医療のケア

著者: 中島正治

ページ範囲:P.358 - P.359

●末期医療のケアが問題となった背景
 現在の医療水準では明らかな治療効果が期待できず,死期が近い,いわゆる末期状態の患者に対するケアに関しては,病名の告知の問題,治癒のみを目指した侵襲の大きな医療に対する反省,疼痛等の身体症状や不安等の精神症状に対するケアの不足などの問題が指摘されるようになった.病名の告知については,「がんの告知」の問題としてとらえられることが多いが,各種の世論調査によれば,がんであることを告げてもらいたいとの意見が多くなってきている.また,がんであることを知り,末期状態であることを認識することにより,残された人生をむしろ有意義に生きることができた事例なども紹介されるようになってきた.その根底には,自分自身の病名や病状,予後の見通しなどをよく理解し,医療の専門家の援助を受けながら,残された人生を自ら選択してゆくことを是とする倫理観があるように思われる.また,医師・患者関係という観点から見ると,病気のことは医師に任せ,患者は専門家の言うことに従っていればよいという父権主義的な関係よりも,患者も病気のことをよく理解し,共同して治療に当たるという関係のほうが望ましいという考え方が広まりつつある.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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