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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生56巻10号

1992年10月発行

雑誌目次

特集 職業病から作業関連疾患へ

作業関連疾患とは何か

著者: 坂部弘之

ページ範囲:P.668 - P.671

 WHOは1983年11月28日〜12月2日,ジュネーブで,作業関連疾患の認定と管理(Identification and Control of Work-related Diseases)に関するWHO専門家委員会(WHO Expert Committee)を開催した.この委員会のレポートは,WHO Technical Report Series 714『Identification and control of work-related diseases』として1985年に刊行された.その内容は次のようである.

作業関連疾患

心疾患

著者: 鏡森定信 ,   笽島茂

ページ範囲:P.672 - P.674

◆はじめに
 各種の心疾患のうち作業との関連で調査・研究の対象となり,その知見が蓄積されているのは心筋梗塞や狭心症など冠動脈のアテローム硬化による虚血性心疾患に関するものである.生産年齢に相当する時期に致命的となる心疾患は,この虚血性心疾患であり,その問題の大きさ,重要性からいっても作業環境や作業動作との関連で対策の急がれる疾患である.この他に伝導障害,不整脈など心拍動の調律異常,最悪の場合は心停止にまで至るものについても作業との関連が指摘されているので,あわせて紹介する.

脳血管疾患

著者: 井谷徹 ,   臼田章則

ページ範囲:P.675 - P.678

◆はじめに
 厚生省「人口動態統計」によれば,脳血管疾患による死亡は,1951年から1980年の間,わが国の死因順位第1位の疾患であった.ちなみに,1970年における脳血管疾患による死亡率は人口10万人対175.8であった.しかし,その後脳血管疾患の死亡率は低下し,1990年の概数は99.3で,悪性新生物(1990年の死亡率177.0),心疾患(同134.7)に次いで死亡順位第3位になっている.
 就労者の大半を占める20〜64歳における年齢別死亡率は,男女とも,高齢になれば悪性新生物による死亡が非常に高率となっている.脳血管疾患による死亡率をみると,男女とも年齢に比例して死亡率は増加しており,男性では45〜64歳の年齢層で死因順位第3位,女性では40〜64歳の年齢層で第2位あるいは第3位を占めている.また,各年齢層における死亡率は,男性で女性に比べ2倍近く高くなっている1)(図1,2参照).
 このように,脳血管疾患による死亡は近年減少しており,特に,就労年齢における死亡原因としては,悪性新生物や心疾患,不慮の事故などに比べ重要性は低下しているといわれている.

動脈硬化性疾患

著者: 矢野栄二

ページ範囲:P.679 - P.682

◆はじめに
 産業保健の教科書を見ると,いくつかの化学物質が動脈硬化を引き起こし,突然死の原因になることが報告されている.例えば化学繊維工業でみられる二硫化炭素中毒や,一酸化炭素による心筋障害はよく知られている.しかしこれらの疾患は作業に関連して発生しているとはいえ,今日「作業関連疾患」と呼ばれるものの主要なものではなく,むしろ古くからある「職業病」という言葉により良く当てはまる例であろう.それではすでに「職業病」という言葉がある中で,「作業関連疾患」とはいかなる概念を指す言葉なのであろうか.1987年に開かれた労働衛生に関するILO/WHO合同委員会の報告書1)をみると,「職業病」が有害化学物質など産業現場にある特異的な原因による特異的な疾病を意味することが多いのに対して,「作業関連疾患」は一般的な疾患が作業との関係で発現したり,悪化することに注目してつけられた呼称と考えられる.
 今日わが国で,作業関連疾患として取り上げられる疾患群のなかには脳血管疾患,心疾患,高血圧が主要なものとしてあり,これらは動脈硬化性疾患としてまとめられる.したがってここで取り上げる動脈硬化性疾患は,作業関連疾患の主要な部分をなすといえよう.

糖尿病

著者: 川上憲人 ,   荒記俊一

ページ範囲:P.683 - P.686

◆はじめに
 糖尿病は従来比較的頻度の低い疾患と考えられてきた.しかしながら,糖尿病の受診率および有病率は近年急速に増加しつつある1,2).糖尿病はこれまで作業関連疾患として取り上げられることが少なかった3〜5).しかしながら,その病態から推測されるように,糖尿病の発症および予後は作業関連因子によって影響を受けるものと思われる.本稿では,まず糖尿病研究の最近の成果を整理し,その後,作業関連疾患としての糖尿病について文献的考察を加える.

呼吸器疾患

著者: 山田裕一

ページ範囲:P.687 - P.690

◆はじめに
 1985年に発表されたWHOのレポート1)は,作業関連性の呼吸器疾患は慢性非特異性呼吸器疾患(chronic non-specific respiratory disease;CNRD)であるとし,慢性気管支炎,肺気腫と気管支喘息を取り上げている.作業に関連した呼吸器疾患についてはすでに職業性呼吸器疾患(occupationallung disease)という用語があり,広く定着もしている.あらためて作業関連性呼吸器疾患(work-related lung disease)という用語が提案された背景と,今後に期待される産業労働者の呼吸器疾患についての疫学的研究上の問題点とを,このレポートと1987年のILOとWHOの合同委員会のレポート2)に即して述べてみる.

アルコール性疾患

著者: 大本美彌子

ページ範囲:P.691 - P.696

 1976年のWHO総会においてwork-related diseaseの概念が提示され,作業に直接的関係を有する従来の職業性疾患から,発症の直接原因が非職業性のものであっても作業に伴う健康阻害要因によって悪化する症候群を指す場合にも「作業関連疾患」の語を用いることがあるとした.1985年WHO専門委員会は,公認されている職業病だけでなく作業環境や作業動作が原因因子の1つとして重要な関わりをもつ他の障害を表す場合にも適しているとした1).WHOのE1.Batawiは「作業関連性」を考えるときに家庭生活や余暇も含め,生活全体の中で労働のあり方を考えることの重要性を示している.1979年のWHO総会では,勤労者の健康が家族と地域の福祉における主要な要因であることが指摘され,世界的にも,幅広くかつ積極的に労働と健康の関係をとらえようと試みられている2)
 1987年ILO/WHO合同委員会は極めて一般的な,しかし勤労者の健康にとって極めて重要であるにもかかわらずあまり注意が払われていない,いくつかの疾患(慢性非特異的呼吸器疾患,心血管疾患,筋骨格系障害)について検討すること,これらについて作業関連病因を同定し定量化するための疫学的研究の必要性を提示している3)

行動反応と心身症

著者: 吾郷晋浩 ,   木村和正 ,   石川俊男

ページ範囲:P.697 - P.700

◆はじめに
 本稿に与えられたテーマは「行動反応と心身症」であるが,前者は一般に耳馴れない用語であり,また後者は一般に誤解されていることの多い概念である.ここでは「行動反応」を「諸種の刺激,とくに心理社会的因子に対して生体が引き起こす反応としての行動」を指すものとして,また「心身症」を後述する定義に当てはまり,多くの作業関連疾患を含む身体疾患として理解し,そのような心身症はどのような心理社会的因子に対して,どのような対処行動をとる人に起こりやすいかなどについて述べることにする.

トピックス

精神保健法の「見直し」—さらに5年後を見越して

著者: 吉川武彦

ページ範囲:P.701 - P.704

●はじめに
 旧精神衛生法の改正に当たって筆者が強調してきたことは3点である.
 その1は,国民が自らの精神健康の重要性に気づき,さらに精神障害と精神障害者に関する理解を深めることなくしては精神保健状況は変わらないという点であった.いいかえれば,精神保健は精神障害者の治療やリハビリテーションが円滑に進めばすむという類のものではないということである.精神障害者の社会復帰・社会参加も国民の精神保健意識に変化が起こらない限り進まない.
 その2は,検討に当たっては歴史的視点をもつということであった.この点については,これまでのわが国の精神保健関連法規である精神病者監護法(1900),精神病院法(1919),精神衛生法(1950)および1965年に大改正された精神衛生法において,精神障害者の処遇が人権擁護と社会復帰・社会参加からどのような変遷を遂げたかを検討してきた.
 その3は,現状認識を十分に行うということであった.インフラストラクチュアが十分でないところに理念を走らせても,法はまったく機能しないといっていい.

総説

成人突然死の疫学像と今後の研究方向

著者: 福田勝洋 ,   森満

ページ範囲:P.705 - P.709

1.はじめに
 本総説は,主として日本の成人における突然死(以下,突然死)の発生に関する最近10年間の疫学的知見をまとめ,突然死の病因論と予防方法の樹立に寄与することを目的としている.
 まず,突然死の定義に関して考察すると,その定義では,①死因,②発症から死亡までの時間,③突然に死亡することの予測性の有無,の3点から検討する必要がある.死因に関しては,内因性の疾患による死亡のみを対象とし,自殺や事故などによる外因死は除く,とすることが報告間で一致した見解1-6)であると思われる.発症から死亡までの時間については,24時間以内とするものが多いが1-4),死因別に見て,心疾患の場合は1〜2時間以内の死亡のみを,また,脳血管疾患などの場合には24時間以内の死亡を突然死とするという考えも紹介されている5),一方,突然死の予測性に関しては,普通に日常生活をしていた者が予期しえない状態で死亡した場合を突然死とするのが一般的である1-5).しかし疾患に罹患していたが症状が安定していたか,または回復しつつあった場合を含めるのか,いいかえれば,既往歴や現症の程度をどの範囲に限定するかについては,報告間で一致しているとはいえない.

活動レポート

京都市における機能訓練教室と在宅介護支援の現状

著者: 武澤信夫

ページ範囲:P.711 - P.714

●はじめに
 京都南病院では,1981年に在宅療養部を設置して以来,脳卒中,運動器疾患,痴呆などの患者を対象に,往診,訪問看護による訪問リハビリテーション(以下,リハ),病院や老人保健施設でのショート・ステイとあわせて,図のような独自のシステムを作り,保健所,福祉事務所に働きかけ,地域リハ活動を行ってきた.
 機能訓練事業は,1983年2月に施行された老人保健法に基づく老人保健事業として開始されてきた3,4).京都市においても,1985年4月1日に,機能訓練実施要綱が決まり,取り組まれてきた.
 今回,保健所の依頼により,協力医師として参加した機能訓練事業は,90年度はモデル事業として開始されたものである.
 今回,その機能訓練教室について報告し,当院でのこれまでの在宅医療,老人デイ・ケア,老人保健施設デイ・ケアの経験を踏まえ,大都市における在宅介護支援の現状と課題について考えてみたい.

調査報告

農村地域住民のエネルギー消費量—カロリーカウンターと質問票による推定値の比較検討

著者: 秋澤より子 ,   鳥居みゆき ,   籾山喜久代 ,   藤田委由 ,   坂田清美 ,   柳川洋

ページ範囲:P.723 - P.726

●はじめに
 エネルギー消費量は,経時的にRMRを記録して求める方法1)と,簡易アンケート方式のSPAR法2)がある.客観的また身体の動きを簡便に測定してエネルギー消費量を推定する試みとして,万歩計3),カロリーカウンター4〜6)などがある.
 本来,真に近いエネルギー消費量の生理学的測定は,いわゆる間接測定法7)とよばれる方法で,組織内の酸素の消費量と二酸化炭素の産生量が,呼気によって取り込まれる酸素量と排出される二酸化炭素に等しい(呼吸循環機能が平衡状態を保っている)場合に呼気分析を行って求める方法である.
 公衆衛生の現場で成人病予防を目的としてエネルギー消費量を推定する場合,①集団を対象に実施できる,②個々人に応じた適切指導が可能であることが必要条件となる.成人病予防を目的とした栄養相談に用いる場合も,単にエネルギー摂取量の把握では適切とは言い難い.一方,time-studyにより,経時的にRMRを記録する方式は多くの者には実施できない.

報告 公衆衛生学教育のあり方に関する一考察・3

米国の現状と今後の展望を中心に

著者: 山本光昭 ,   山本尚子 ,   青山英康

ページ範囲:P.727 - P.730

6.米国における問題点と将来に向けた提言
 すでに紹介してきたように,米国では公衆衛生学部を中心に公衆衛生専門家の養成・教育プログラムは数多く提供され,さらにその質を評価,維持する制度も確立している.この背景には,専門家指向が強く,資格を取ることが昇進や給与の改善のための必要条件であることが多いという米国社会の特徴があると思うが,この制度の中から世界をリードする疫学研究や国内外における公衆衛生プログラムを実践する優秀な専門家が多く生まれていること,今日なお日本を含む各国の公衆衛生を志す人々がこの教育プログラムの中で学ぶために米国に集まっていることも事実である.
 しかし,現在米国が抱える健康問題を見ると,エイズ感染の拡大,薬物中毒,十代の妊娠,少数民族の健康問題,医療保険に加入できない人々の増加から高齢者問題まで,困難かつ複雑な問題が多い.そのため,米国の公衆衛生の現状と問題点,さらに今後進むべき方向についての検討も多数行われている.その中でも代表的なレポートが,本稿の第2章でも触れた,「The Future ofPublic Health」である.

現代の環境問題・28

放射能汚染—輸入食品との関わり

著者: 斎藤行生 ,   内山貞夫

ページ範囲:P.715 - P.718

〔はじめに〕
 1986年4月26日,ソヴィエト連邦ウクライナ共和国(当時)のキエフの北約130kmにあるチェルノブィリで大規模な原子力発電事故が発生した.チェルノブィリから8,000 kmも離れたわが国への直接的な影響は,偏西風にのって運ばれた放射性元素による大気汚染という形で現れた.事故後,わずか8日目のことである.
 原子力による発電は,安全に発電が行われる限りエネルギーのクリーンな生産法として,むしろ推奨さるべきであろう.しかし,いったん事故が起きると,その影響は短時間のうちに広範囲に及ぶ.多くの先進諸国で原子力発電所が稼動していることを考えると,国際的に英知を集めて,安全性の確保の具体策を講ずることが必要である.

データにみる健康戦略 21世紀への健康戦略—データにみるその目標・4

事故死の構造

著者: 倉科周介

ページ範囲:P.719 - P.722

 自殺の増減が社会の暮らしやすさ,つまり住民の安心感の指標だとすれば,事故死の増減は安全性のそれである.人生一寸先は闇であり,運と災難がないと思うのは心得違いだと昔からいわれてきた.たしかに事故で死ぬ機会は理屈の上だけなら誰にでもある.だが際立って事故が起こりやすい条件があることも間違いない.事故を回避する知恵を身につけるのは個人の才覚と努力に属するが,そうした条件を生活環境から排除することは,あげて社会のしごとである.そしてこればかりはふところ手をしていてもなんとかなるものでは決してない.だから事故死の動向は社会の心がけのよしあしを反映するものだといってよいだろう.

保健婦活動—こころに残るこの1例

死を宣告されたT君

著者: 高野和枝

ページ範囲:P.731 - P.731

 T君の母親が保健所を訪ねてきたのは,彼が9回目の手術を東京の病院で受け,自宅に帰ってきた時であり,看病疲れですっかり憔悴しきった様子であった.「家族は4人で,製縫業を夫婦二人で細々とやっているが,長男は大学生でお金がかかるし,二男は手術や入退院の繰り返しで,ほとんど財産も使い果たしてしまった.二男の下半身は麻痺し,疼痛があるためほとんど寝たきりの状態で,褥瘡も日ごとに大きくなってきた.そんな二男を毎日看病していることがとてもつらい.いっそのこと親子心中しようかと思う」と言い,その場に泣き崩れてしまった.
 T君の病名は松果体部胚芽腫・脊髄転移(多発).スポーツ万能な上,学力も優れ,有名進学校に入学し,これからという17歳の時の発病だった.

発言あり

農薬汚染

著者: 木根渕英雄 ,   西村正雄 ,   野村瞭

ページ範囲:P.665 - P.667

「コアラとユーカリ」
 名古屋市東山動物園のコアラが死んだ.死因は白血病.名古屋を遠く離れた当地の地方紙までが,まず重体と報じ,数日後に死亡記事,共に死んだコアラの写真付きだった.まるでVIP,ではないVery ImportantAnimalか.
 ところでコアラの餌はユーカリの葉だけである.オーストラリア政府はコアラを贈る前に,その動物園のユーカリ植栽状況を確かめている,数年前,東山動物園のユーカリに困ったことが起きた.アブラムシ(ゴキブリではなくアリマキ)の発生である.ムシの異臭がつき,縮れた葉をコアラが嫌った.簡単なことだ,殺虫剤で皆殺しにすればよい,とは言えなかった.「農薬汚染」のユーカリを与えても大丈夫だろうか.ヒトなら残留農薬つきの野菜果物をいくら食べても心配ない(わが国の政府が保証)が,なにせコァラは繊細な動物である.

保健行政スコープ

じん肺対策

著者: 北窓隆子

ページ範囲:P.733 - P.735

1.はじめに
 じん肺は古くから知られている代表的な職業性疾病であり,医学の祖ヒポクラテスも鉱山作業者に呼吸困難を主訴とする疾患(じん肺)を認めていたことがわかっている.
 多くの先達が取り組んできたにもかかわらず,近年においてもじん肺は依然として代表的職業病であり,その対策は労働衛生の原点であるといえる.そこで本稿では,じん肺およびその対策を労働衛生の包括的・総合的対策に照らし合わせながら述べることとする.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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