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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生59巻12号

1995年12月発行

雑誌目次

特集 公衆衛生/予防医学と分子生物学

分子生物学の進歩

著者: 吉田松年

ページ範囲:P.813 - P.816

はじめに
 医学を含む生物学全般に革命的な進歩をもたらした分子生物学という新しいパワフルな学問体系について,それがどのようなものであるのか,またその可能性と限界はどうかにつき改ためて考察を試みる.

感染症予防への分子生物学的アプローチ—エイズの発症予防

著者: 山本直樹

ページ範囲:P.817 - P.820

はじめに
 遺伝子治療の研究はアメリカで盛んに行われている.そこで,本年はじめにコロラドで行われた,これに関するキーストンシンポジウムでのトピックスを中心にまとめてみた.

感染症予防への分子生物学的アプローチ—B型肝炎の感染源の同定

著者: 飯野四郎

ページ範囲:P.821 - P.824

 B型肝炎ウイルス(HBV)は通常,HBVに感染している人の血液中に存在するものであり,その感染は血液を介してのものである.それも,感染者(通常HBVキャリア)の血液がほかの人の体内へ皮膚を通して侵入した場合に起こるものである.このことは感染が非常に起こりにくいものであることを示している.この形式の感染は輸血・血液製剤による感染や不潔な医療行為などによるもので,いずれも日本では過去のものとなっている.また,これに類するものとしては刺青がある.
 感染様式の2番目は母子感染であるが,現在は昭和61年に開始されたB型肝炎母子感染防止事業によって95%以上が予防に成功しており,ほとんど問題とはならなくなっている.

感染症予防への分子生物学的アプローチ—成人T細胞白血病の民族分布

著者: 田島和雄

ページ範囲:P.825 - P.828

 動く遺伝子とも考えられるヒト白血病ウイルス(human T-cell leukemia virus:HTLV)は日本と米国で独自に発見され1,2),それが主原因である成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia:ATL)3)は主にアジアの日本人,アフリカの黒人,およびそれらに関連した民族に分布する.HTLVはその他にもオセアニアのメラネシア人,南米の先住民などに特異的に分布していることが明らかになってきた.一方,シアトル出身の毛髪様細胞白血病(T細胞型)患者から別型のHTLVが分類され,それは先のウイルスと区別するためにHTLV-IIと命名された4)
 ATL以外にもHTLV-I原因で慢性脊髄症(HAM)が少なからず発生し5),両者は発生機序の観点から免疫学的に極めて興味深い.HTLV-IIの遺伝子はHTLV-Iのそれと約70%の相同性を示し,最近では中南米の先住民に広く分布していることが明らかになってきた6).HTLVは外来性のウイルスであるが,主な感染経路が母児間と夫婦間であるため,感染者の分布も極めて特異的で限られた家族や部族内に集積している7).ここに至って,HTLV-IとHTLV-IIの感染者の世界の分布が民族移動の歴史や現時点における世界の民族分布に重要なかかわり合いを持ってきたのである.

癌の予防と早期発見へのアプローチ—癌の分子疫学

著者: 津金昌一郎

ページ範囲:P.829 - P.831

はじめに
 癌研究に分子生物学が導入されて以来,癌が遺伝子の異常により引き起こされる病気であるという実態が解明されてきた.しかしながら,その成果が日常社会における癌対策にいかに貢献し得るかということについては未知の部分が多く,“がん生物学”の進歩のみで終わらせないためにも,細胞レベルで行われてきた分子生物学的知見の集積を個体や集団レベルに適応させていかなければならない.

癌予防と早期発見へのアプローチ—癌予防法の開発

著者: 酒井敏行

ページ範囲:P.832 - P.833

 一昔前では,癌の治療法あるいは予防法において,発癌機構があまりにも不明瞭であったために理論的な方法の開発は極めて困難であった.ところが近年における分子生物学的手法の進歩により,発癌機構がかなりの部分明らかにされてきた.ことに発癌を促進する癌遺伝子と逆に発癌を抑制する癌抑制遺伝子の発見により発癌機構における理解は格段に深まった.中でも癌抑制遺伝子の異常を検出することにより癌体質が診断されるようになったことは公衆衛生学的にも極めて大きい意味を持つ.すなわち種々の遺伝性の悪性腫瘍の体質診断が採血した白血球DNAを調べることにより,なされるようになってきたわけである.これらの進歩により,一部の遺伝性の悪性腫瘍においては,癌体質診断が可能になったことは確かに福音であり,そのために早期発見および早期治療が可能になった事実は認めたい.しかしながら,一方では早期発見の極めて難しい遺伝性の悪性腫瘍もあり癌体質診断を行うだけでは,公衆衛生学的に不十分である.しかもたとえ早期発見の可能な悪性腫瘍であっても,癌体質診断される側の立場からすると不安も大きく,癌体質であることから差別される可能性すら否定できない.実際に米国では疾病の遺伝子診断をされたために保険会社から拒否されるケースが問題になっている.そこでわれわれは癌体質を診断された人に対して,その人に特異的な癌予防法あるいは,癌体質改善法に関する基礎的研究を行っているので,従来の一般的な癌予防法を簡単に説明した後に一部紹介したい.

癌の予防と早期発見へのアプローチ—大腸癌の遺伝子診断

著者: 湯浅保仁

ページ範囲:P.834 - P.836

はじめに
 近年,癌から多数の遺伝子の変化が報告され,癌は遺伝子の異常により起こることが明らかになった.遺伝子の変化は癌の発生・進行・転移の各段階に作用していることがわかり,逆に遺伝子を調べることによりその癌の性質を明らかにできるようになりつつある.さらに近年のDNA解析の進歩ともあいまって癌の遺伝子診断が可能となった.
 本稿では大腸癌(直腸癌も含む)にしぼって遺伝子診断を概観するが,ほかの癌においても同様に調べることが可能である1).大腸癌は近年日本人に増えている癌であり,遺伝性に発症する場合もある.遺伝子変化も詳しく調べられており,癌の遺伝子診断の代表たりうる.

循環器疾患予防へのアプローチ—高血圧の分子疫学

著者: 羽田明

ページ範囲:P.837 - P.839

 高血圧は虚血性心疾患,糖尿病,癌などとともに成人病と呼ばれている.成人病は,1)頻度が高い,2)遺伝素因が関与しているが,発症は成人期以降であることが多く,食事などの環境要因が大きく影響する.3)複数の遺伝要因,環境要因が存在する,などの特徴を有する.予防にはこれらの発症要因を明らかにすることが不可欠である.
 本態性高血圧は原因不明の高血圧の総称であるが,これまでの研究により,塩分過剰摂取,肥満,飲酒,ストレスなどが,発症にかかわっていることはよく知られている.一方,遺伝疫学的研究から遺伝要因の関与も明らかであり,血圧決定に関与する割合は20-40%と推定されている1).しかし,単純なメンデル遺伝形式はとらず,ほかの成人病と同様,いわゆる多因子病に分類される.高血圧を発症しやすい遺伝素因保有者が,長年にわたる環境要因への暴露により発症すると考えられるため,原因遺伝子を同定することにより,遺伝素因保有者に対する個別的な予防医学が展開できる可能性がある.また,発症者の治療においても,遺伝的な原因によって最も有効な治療を選択できるかも知れない.本稿では,本態性高血圧の原因遺伝子同定に向けた研究の現状を概説する.

循環器疾患予防へのアプローチ—虚血性心疾患予防へのアプローチ

著者: 磯博康 ,   嶋本喬

ページ範囲:P.840 - P.843

はじめに
 虚血性心疾患の発症予測のための分子生物学的アプローチは現在様々な角度で検討されているが,これまでに以下の三つの主な研究の流れがある.
 1)脂質代謝に関与するアポ蛋白に関する研究

環境/産業保健と分子生物学—環境発がん物質によるDNA損傷機構の解析

著者: 平工雄介 ,   川西正祐

ページ範囲:P.844 - P.847

 われわれは常に環境中の化学物質に曝露されており,中には発がん性を有するものも多い.現在までに,環境中や食品中には多数の発がん物質が存在することが明らかになっているが,発がん機構がいまだ明らかになっていないものが多い.そのため,化学物質による発がん機構,とりわけ遺伝子の本体であるDNAの損傷機構を解析することが現在求められている.また,化学物質の発がん性を予知するための感度の高い短期試験法の確立が必要である.代表的な短期試験法としてはサルモネラ菌を用いたAmes試験がある.以前は発がん物質の90%がAmes試験でスクリーニングできるとされていたが,近年,Ames試験陰性の発がん物質が多く見いだされ,現在この方法でスクリーニングできる発がん物質は60%程度といわれている.そこでわれわれは,特にAmes試験陰性の発がん物質をも検出できる新たな短期試験法を確立するという目的で分子生物学的手法を用いてDNA損傷機構の研究を行った.
 発がんはDNA損傷に基づく突然変異が積み重なり,いくつかのステップを経て起こると考えられている.特にがん原遺伝子の活性化とがん抑制遺伝子の不活化が発がんにおいては重要である.われわれは,化学物質によるがん原遺伝子およびがん抑制遺伝子への作用について解析するため,がん原遺伝子のc-Ha-ras遺伝子あるいはがん抑制遺伝子のp53遺伝子を含むDNA断片をサブクローニングし,それらを用いてDNA損傷機構の解析を行った.

環境/産業保健と分子生物学—メタロチオネインの分子生物学

著者: 西條清史

ページ範囲:P.848 - P.850

 メタロチオネイン(metallothionein:MT)は哺乳類のみならず植物に至るまで広く存在する分子量6,000〜8,000の酵素活性を有しない低分子蛋白であり,システインを30%以上含み,一分子あたり6〜8個の重金属と結合することが知られている.多くの場合,タイプⅠとⅡの二種類のMTが発見されており,種々の刺激で量が増加する(誘導される)という特徴がある1〜3)(表1).したがって,MTは重金属レベルの恒常性の維持や過剰な重金属・フリーラジカルの除去に関与する生体防御蛋白であると考えられている.また,亜鉛(Zn)が成長に必須であるうえ,海馬のような記憶を司る脳の部位に高濃度存在することから,成長や記憶との関与に興味が持たれている.さらに,誘導されないタイプのMTとして,神経の成長を抑制することからgrowth-inhibitory factor(GIF)ともよばれるタイプⅢがヒトおよびマウス脳から近年発見された4)
 この蛋白が社会医学分野で注目された由縁は,カドミウム(Cd)が高い結合性を示すばかりでなく,強い誘導作用があったことからイタイイタイ病との関連が示唆されたこと1),作業現場で用いる化学物質や作業環境次第で誘導されること2,3)などがあげられる.あらかじめ緩やかな刺激でMTレベルをあげておいて,後の化学物質の毒性を和らげたり,フリーラジカルによる細胞の障害すなわち老化を防止しようという試みもある5)

環境/産業保健と分子生物学—職業癌および環境癌へのアプローチ

著者: 北村文彦 ,   荒記俊一 ,   谷川武

ページ範囲:P.851 - P.854

はじめに
 職業癌および環境癌(以下,職業/環境癌と省略)への分子生物学的アプローチは,分子生物学的な解析を前提とした腫瘍組織の保存が一般的でなかったために研究が遅れている1,2).最近は,DNA抽出法の工夫,PCR(polymerase chain reaction)法3)およびSSCP(single strand conformation polymorphism)法4)の開発などにより,腫瘍組織の保存上の問題点が少しずつ解決されている.また,膵液,尿および大便中からDNAを抽出し,そのp53癌抑制遺伝子(以下,p53と省略),ras癌遺伝子(以下,rasと省略)などの変異検索を行うことにより膵臓癌,膀胱癌および大腸癌を早期に発見することが可能になってきた5〜7).さらに,手術中に切除したリンパ節のp53変異を検索することにより癌の転移を分子生物学的に診断することが可能になっている8)
 本稿では,職業/環境癌の原因物質であるアスベスト,アゾ染料(ベンチジン,β-ナフチラミンなど),塩化ビニル,ラドン,アフラトキシンB1およびタバコに暴露した人々の癌組織の遺伝子変化を,筆者らの知見とともに紹介する.

飲酒行動と遺伝素因

著者: 竹下達也 ,   森本兼曩

ページ範囲:P.855 - P.858

はじめに
 歴史的には,酒ははるかに古い時代より存在している.日本では少なくとも縄文時代中期にはヤマブドウなどの果物を発酵させた酒を嗜んでいたという.また「口噛みの酒」もこの時代に既に存在していたといわれる.酒酔いの陶酔感の神秘性から,古来酒は神事と深く結びついてきた.そして麹による酒の大量生産が可能になるにともなって,飛鳥時代以降酒は庶民にも急速に普及することになった.

視点

水と空気と地球環境

著者: 溝口次夫

ページ範囲:P.810 - P.812

 ヨーロッパ第2の大河ドナウ河はドイツ西南部のシュバルツバルトを源としてオーストリア,チェコスロバキア,ユーゴスラビアなど7カ国を流れて黒海に注いでいる.その間,上流の国の汚染を下流の国が負う,いわゆる越境汚染の影響で早くから国際問題となっていた.また,スカンジナビア諸国は1960年代に酸性雨の被害が明らかになっているが,その原因はイギリスおよび東部ヨーロッパから長距離輸送されたものであると報告されている.幸い,わが国は四面が海に囲まれている地理的条件のため,上流の自治体からの汚濁を下流の都市が被るということはあっても,国際的な環境問題は最近まで起こっていない.しかし,空気,水は地球上を境界なしに覆っており,地球上で最も美しいはずの南極でさえも,北半球からの汚染の影響を受けている.以下に大陸的規模,地球的規模の環境汚染うち,国際的にとくに注目されている課題について,その影響に視点をあてて解説する.

トピックス

在宅難病患者への包括的ケアのあり方と保健所の役割

著者: 澤田甚一 ,   中田俊士

ページ範囲:P.859 - P.866

はじめに
 近年難病患者の中には,入院・在宅療養を繰り返し継続した援助が望まれる症例や多くの機関が関与し力動的に対応しなければならない症例,治療・看護の領域に踏み込んで援助しなければならない医療依存度の高い症例などが増えている.
 一方,地域医療機関や訪問看護ステーションからの在宅難病患者への訪問診療・看護の増大が見込まれるようになった.

連載 疾病対策の構造

隔離の成熟

著者: 倉科周介

ページ範囲:P.867 - P.869

 病気の原因に接触しなければ病気は起こらない.この認識から疾病対策は出発すべきである.にもかかわらず,過去の疾病対策は,むしろ起こった病気への対応という立場から発想され組織されてきた.つまり,病気の存在を頼りにし,病気ともたれあった疾病対策である.医学教育またしかり.皮肉な見方をすれば,病気にとっては与しやすい対策だったともいえる.だが,わが国の病気は,いま明らかに衰微の方向に向かっている.それはもっと別な,いわば“不作為の疾病対策”の成功によるのではないか.これが今回の主題である.

都道府県医師会の公衆衛生活動

神奈川県医師会の公衆衛生活動

著者: 田中忠一

ページ範囲:P.870 - P.871

 当県医師会においては地域保健(医療)の調査・企画・システム化に関する事項は地域保健対策委員会を中心に活動を推進しており,地域保健(医療)に関しての各種事業の推進は公衆衛生委員会が担当して対応している関係上,本稿では後者を中心とした活動について述べる.
 公衆衛生関係の法令・政令・省令・通達などについて,また神奈川県の各種委員会・協議会などと連携を保ち,その活動および協議内容については速やかに対応するとともに県民に対しての健康教育活動を広範に展開してきたが,これらの活動の中核に位置するのが公衆衛生委員会である.

活動レポート

地域保健法における保健所保健婦の役割

著者: 工藤啓 ,   荒井由美子 ,   久道茂

ページ範囲:P.872 - P.873

はじめに
 さる平成7年2月15日に北海道・東北・関東・中部ブロックの保健所保健婦など地域保健研修が川崎市で行われた.この研修会は地域保健法に対応した保健所保健婦についての研修会であり,参加者の熱気が感じられるものであった.ここでは,その所感を踏まえて新たな保健所保健婦の役割について述べてみたい.

報告

高齢者・障害者のための住宅改善調査—保健医療・福祉・建築関係者の意識と問題点について

著者: 三徳和子

ページ範囲:P.874 - P.877

はじめに
 現在高齢者・障害者が在宅で生活の質を確保しながら暮らしていくための保健・医療・福祉の施策は急速に進んでおり,その中でもマンパワーの確保は最重要課題として取り組まれているところである.しかしマンパワーの整備には限度がある.在宅療養者の生活の質を確保するためにはマンパワーの確保をするとともに,あわせて生活環境—住宅の改善・福祉機器の利用がなされれば本人は可能な範囲で自力で動くことができ,介護者の負担の軽減となる.しかし住宅改善に関する関係者の認識は必ずしも十分ではない.そこで住宅改善に関する関係者の意識を把握するとともに今後住宅改善を推進していくための方法について検討しその示唆を得たので報告する.

保健行政スコープ

ICD-10の適用および死亡診断書の改訂の死因統計への影響について

著者: 厚生省大臣官房統計情報部人口動態統計課

ページ範囲:P.878 - P.880

はじめに
 平成7年1月よりわが国の死因統計において第10回修正ICD(ICD-10)が適用されている.ICD(国際疾病,傷害および死因統計分類)は,死因分類の国際的統一を図るため,1900年に初めて作成され,約10年ごとに改訂がなされている.
 また同時に死亡診断書の様式も,死亡の原因欄に「疾患の終末期の状態としての心不全,呼吸不全等は書かないでください」という注が加えられたことなどの改訂がなされた.

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ページ範囲:P. - P.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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