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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生60巻3号

1996年03月発行

雑誌目次

特集 産業保健の国際動向

国際産業保健活動の潮流

著者: 小木和孝

ページ範囲:P.159 - P.165

 産業保健活動をすすめる国際間の連携や協力は,1980年前後からとみに活発になった.それとともに新しい潮流が形成されてきたとみることができる.1990年代になって,そうした新しい動きが各地域を通じて共通して定着してきた感がある.
 国際協力は,当然に,国際場面で資金をえて実現できることをすすめる立場で取り組まれる.だから,必ずしもそれぞれの国内の動向をそのまま反映しているとはいえない.しかし,国際協力で取り上げられる諸点は,行政や現場で必要だと合意した優先事項に当たる.その意味で,国際協力の内容は,現実のニーズにこたえる活動のなかで重要なものに集中するものである.国際基準や国際規格が,国ごとの動向を裏付ける内容をもつのと同じように,それ以外の国際協力活動も,優先度の高い共通の動きをそれなりに鮮明に示していく側面がある.この点は,産業保健分野でも,同様とみてよい.そこで,この分野の国際基準・国際協力プロジェクトなどの主なトレンドをまとめてみることにしたい.そこから,わが国を含めた産業保健現場のすすめ方についてのヒントが得られそうだ.

産業衛生と中毒学の動向

著者: 佐藤章夫

ページ範囲:P.166 - P.173

 日本をはじめとする経済先進国では,鉛,水銀,二硫化炭素などによる典型的な産業中毒(職業病)は影をひそめ,微量・長期間曝露による健康影響が問題となっている.かつて大きな問題となっていた中毒はいずれも現在では考えられないほどの高濃度曝露によるものであった.
 しかし,現在急激な経済発展の渦中にある中国および東南アジア諸国の一部には,日本ではほとんど見られなくなった典型的な産業中毒が発生しているといわれているが,その情報はわれわれの耳に届いてこない.もちろん現在の日本でも産業中毒が発生しないわけではない.各種の有機溶剤,硫化水素,一酸化炭素,アンモニアなどによる急性中毒はしばしば発生し業務上疾患として認定されている.ただし,そのほとんどは化学物質の不注意な取り扱いあるいは事故によるもので適正な作業を行っていれば未然に防ぎ得たものである.しかし,産業衛生関係者の目の届かないところで,慢性の濃厚曝露による中毒が発生している可能性も完全には否定できない.

産業疫学

著者: 櫻井治彦

ページ範囲:P.174 - P.179

 産業疫学という言葉はそう一般的ではないかも知れないが,最近はしばしば使われるようになった.その意味は,産業保健の領域に対して用いられる疫学の方法論と,それによって得られる知識ということである.疫学は,医学にとって実験的方法と並んで最も重要な研究方法であり,他の方法で代替することはできない.したがって医学のどの領域にとっても必要欠くべからざるものだが,特に予防の学である衛生学を基礎とする産業保健にとってその意義は大きい.
 疫学は人の集団で実際に起こっている健康事象を適切,巧妙に観察し,因果関係の有無とその定量性を明らかにする方法論である.これは人についてのデータであるという大きな強みを持っているが,後追いであるということは欠点といえる.産業保健の例をとれば,有害な作業環境とそれによる健康障害の関係を明らかにするのに,疫学が効力を発揮するが,その一歩も二歩も前に,予防するべきであったともいえるであろう.その意味では,中毒学などの基礎的な環境科学によって各種環境要因の有害性を定量的に予測し,予防手段を講ずるのが最善である.その場合には,疫学は明らかな健康障害が起こっていないことを検証するために用いられることになる.いずれにしても,疫学的方法を適用すべき対象集団は,一般人口であろうと産業労働者の集団であろうと,今後とも決して尽きることはないであろう.

産業神経中毒と精神生理学—ICOH,WHO,IPCS,ILO,ECなどの取組み

著者: 荒記俊一 ,   村田勝敬

ページ範囲:P.180 - P.185

 本稿の表題と同名の学術委員会を有する国際産業保健学会(International Commission on Occupational Health;ICOH)は1906年にイタリアのミラノでPermanent Commissionとして創立され,国連より非政府機関(NGO)として認知されている国際的な専門学術団体である.1991年現在で,79カ国から1,600人の正会員と25の学術委員会より構成され,ILO,WHO,UNEP,EC,ISSAなどの国際機関と協力してグローバルな学術活動を展開している.
 ICOHのそれぞれの学術委員会は,国際シンポジウム,セミナー,研修会などの学術活動と教育研修活動を行っている.現在,筆者が委員長職を引き継いでいる神経中毒・精神生理学委員会(Scientific Committee on Neurotoxicology and Psychophysiology)は,前任のRenato Gilioliミラノ大学教授が委員長に就任して以来委員会活動が刷新され現在に至っている.

産業医・産業看護婦活動

著者: 大久保利晃

ページ範囲:P.186 - P.190

産業構造と産業保健ニーズ
 産業保健活動はほかの分野に比べて特に社会的ニーズと密接な関係がある.したがって,産業保健の動向を検証するとき,歴史,経済,文化などとともに,とくに産業構造の動向抜きで考えることはできない.本稿で与えられた課題は,この産業保健を支える主要な専門家である,産業医と産業看護婦の活動を論ずるわけであるから,まず,こうした視点から大きく国際動向を眺めてみたい.
 産業保健はラマッチーニの職業と病気の記載が嚆矢といわれる.以来,けい肺症,重金属中毒など典型的職業病対策が産業保健のイメージから離れないわけである.ところが,今日の世界を見渡すと,まず第1のカテゴリーとして,こうした職業病もかつてまだ問題になったことがない,農業国に分類される国々が存在する.ついで,急速に工業化が進展するアジアなどとともに,高度工業化への脱皮が遅れている東欧諸国など,典型的職業病が重要課題になっている国々がある.いわゆる先進国の大部分では,すでに産業保健の中心課題は典型的職業病対策ではなく,作業関連疾患と呼ばれるような,多くの要因が同時に関与する健康問題に主要な関心が移っている.

WHOと産業保健

著者: 古畑雅一

ページ範囲:P.191 - P.192

 WHO(World Health Organization,世界保健機関)は1948年4月7日に発足した.当初の51の加盟国数は年々増加し,現在190カ国が加盟している.1981年の天然痘の撲滅が輝かしい実績として残されており,現在,ポリオ撲滅計画や「2000年までにすべての人が健康を」をスローガンとしたヘルス・フォー・オール戦略などが積極的に推進されているところである.
 産業保健は,WHOにおいて健康増進・教育部(HPE;Division of Health Promotion,Education and Communication)の中のOCH(Occupational Health)が担当している.また,産業保健に関するWHO専門家諮問部会が設置されており,WHOの技術的水準を向上させるため,全世界の最高権威者をメンバーとして,技術的知識の提供,専門家委員会の開催などを行っている.

60巻記念シリーズ・21世紀へのメッセージ

核兵器廃絶への願い

著者: 大平昌彦

ページ範囲:P.154 - P.155

医者,公衆衛生関係者がなぜ核兵器廃絶か?
 20世紀は二度の世界大戦を経験した.特に第二次大戦は次のような事実によって特徴的であったといえよう.すなわちわが国は大東亜戦争という名の許に,アジア各地に植民地支配的軍事行動を展開,多くの非戦争員に多大の被害を与えた.南京の人民大虐殺などはその典型である.またナチのユダヤ人集団虐殺は常識では考え及ぼない非人道的行為であった.さらに原爆という新しい爆弾によって,広島・長崎では二十数万の非戦闘住民が一挙に抹殺された.これらの事実は,広く一般住民を巻き込んだという意味で,戦争というイメージを全く変えていったといってよい.
 さて,核兵器論争については,その犯罪性と正当性について日米両国民に大きな隔りがある.私は妻とともに1988年(以下'88とする)第3回国連軍縮総会(SSD Ⅲ)に参加したが,その折,国連前から五番街を通り,セントラル・パークまでのデモ行進に参加した.われわれが横断幕を掲げて「核戦争反対」と叫ぶと,沿道の弥次馬から返ってくる言葉は“Remember Pearl Harbor”であった.この度のスミソニアン博物館のエノラ・ゲイ問題でも同様であり,国民的感情が先に走り,核兵器の本質論には至らないのである.

視点

健康的な都市計画

著者: 圓藤吟史

ページ範囲:P.156 - P.158

 健康都市プロジェクトはヘルスプロモーションに関するオタワ憲章を契機に1986年から世界保健機関(WHO)ヨーロッパ地域事務局によって推進され,世界各地の都市で展開されている.わが国でも厚生省の「健康文化と快適なくらしのまち創造プラン」とともに,「健康な街づくり」,「健康都市宣言」として最近各地の自治体で構想され推進されつつある.ここで言う「健康」とはWHO憲章で定義されている「身体的,精神的,社会的に良好な状態」としての積極的な健康を意味し,「健康的な都市計画」は住民参加によって,生活環境を整備し,医療福祉を充実させて都市に住むすべての「人間が人間らしく生きる」ことができる都市づくりである.
 従来から上水道,下水道,廃棄物処理,保健,民生福祉は都市住民に対する公共サービスとして進められてきた.健康的な都市計画を考えるにあたって,それらの事業が健康とどのようにかかわってきたか,またそれらを今後どのように進めるべきかを考えてみたい.

アニュアル・レポート

公衆衛生学の動向—第54回日本公衆衛生学会を中心に

著者: 新井宏朋 ,   山根洋右

ページ範囲:P.194 - P.197

 山形市はこの2〜3年,市街地の美化に力を入れており,電柱の地下への移設や歩道の上の雪よけ用アーケードの撤去,メインストリートの舗装の修復が完了し,きれいな街並みで学会員をお迎えできたことは幸いであった.第54回日本公衆衛生学会総会は10月12日から14日にわたって開催され,参加会員数は約4,300名,申し込み演題数も1,267題とこれまでの最高であった.総会行事の行われた山形県民会館を中心に10会場18分科会を市街地の中心部に集中することができたのと,会期中晴天に恵まれたことが幸いして,会場間の移動は比較的スムーズだった.

衛生学の動向—第65回日本衛生学会の研究発表から

著者: 島正吾

ページ範囲:P.198 - P.201

 この度,名古屋市で行われた第24回日本医学会総会を機会として,医学会第7分科会の一つである第65回日本衛生学会が,1995年3月29日から30日までの3日間,豊明市にある本学医学部において開催された.
 本来,衛生という言葉は,ギリシャ神話にある健康の女神Hygieneの名に由来するものであり,また衛生学とはヒトの生命を守るための学問研究を遂行することを目的としたものである.

日本産業衛生学会の動向

著者: 竹内康浩

ページ範囲:P.202 - P.205

 本年度の日本産業衛生学会の動向について,第68回日本産業衛生学会,日本産業衛生学会誌「産業衛生学会雑誌」および地方学会や研究会から紹介する.学会員の重要な研究成果が沢山の外国雑誌に掲載されているが,その紹介は筆者の能力を超えているのでここでは触れない.

連載 疫学の現状

がんの疫学—最近日本で増えつつあるがん—記述疫学

著者: 嶽﨑俊郎 ,   黒石哲生 ,   田島和雄

ページ範囲:P.206 - P.209

 戦後,様々な環境の変化に伴いがんは増加の一途をたどり,現在は日本人死因の1位を占めている.本稿では,がん死亡率と罹患率を中心にこれまでの推移,国際比較,将来予測を通して,現在および将来の問題点を探っていく.

都道府葉医師会の公衆衛生活動

群馬県医師会沢渡温泉病院—入院統計が示す時代変遷

著者: 菅井芳郎 ,   家崎智

ページ範囲:P.211 - P.213

草津温泉なおし湯から
 県医師会事業の一つに,沢渡温泉病院(正式名は温泉研究所附属沢渡病院)の運営がある.
 沢渡温泉は古くから草津の帰りに立ち寄る「草津温泉のなおし湯」として利用されていたらしいが,湧出量が少ないためもあり,あまり知られることもなかった.

地域口腔保健—歯科医師会の実践

福岡県歯科医師会の公衆衛生活動

著者: 持山彌之助 ,   上村一雄

ページ範囲:P.214 - P.216

 福岡県では,平成4年厚生省が提唱する「8020運動」のモデル県の指定をうけたことを機に,県民の歯科保健知識普及啓発および歯科健康診査を推進し,「生涯を通じた歯の健康作り」を図ることを目的として,80歳で20本の歯を残そうという「8020運動」推進のための8020運動推進協議会を設置,関係行政機関,保健医療関係団体などから選出された知事委嘱の委員によって終始熱心な検討が加えられ,本県における歯科保健のあり方,目標の設定,科学的歯科保健の推進などを明らかにした報告書を平成5年3月知事宛に提出した.
 この報告書の趣旨をふまえ引き続き,平成5年度から「福岡県歯科保健医療推進協議会」を発足させ,定期健診やむし歯,歯周病の予防を中心とする歯科保健施策を,ライフステージに応じて総合的に推進するとともに,ねたきり高齢者や心身障害者(児)など,一般歯科医療では対応困難な人々の歯科医療確保のための討議結果をもとに,“福岡県歯科保健医療計画”が策定された.ここに行政主導の全国的にも類をみない歯科の新しいビジョンが平成7年1月に示された.

市町村保健活動と保健婦

<座談会>地域保健福祉計画の策定と保健婦—大阪府岬町での活動・3

著者: 岡本茂 ,   川井理香 ,   串山京子 ,   志水民生 ,   中口守可 ,   松下セツ子 ,   元重あき子 ,   門前恵子 ,   多田羅浩三

ページ範囲:P.217 - P.221

 多田羅 それでは次に,計画策定後の町の保健事業がいかほどに展開されているかをうかがいたいと思います.
 成人保健,老人保健に関係する成人病対策も大きな課題ですし,あるいは学校保健などの問題もあります.これらは後ほど触れるとしまして,まず,町の全体の健康づくりは,この計画に基づいてやられているのでしょうか.先ほど健康づくり委員会を開催されているという話でしたが,これは年に何回ぐらい持たれているのですか.

在宅高齢者ケアの支援システム—アセスメントとケアプランの試み・1

<インタビュー>在宅ケアアセスメントの試み—その背景と経緯

著者: 貞本晃一

ページ範囲:P.222 - P.225

 MDS-HC/CAPsによる在宅高齢者の支援の試みについては,本誌の1995年11月号にレポートをいただきましたが,この試みを始めた経緯とその背景をおうかがいしたいと思います.
 まず,MDS-HC/CAPsを利用されたのはなぜでしょうか.

調査報告

多種家族会の交流による保健所地域保健活動の活性化の試み

著者: 中村希明 ,   上條好一 ,   大山順子 ,   小口徹

ページ範囲:P.226 - P.228

 昭和40年の精神衛生法改正によって,それまで精神病院中心になされてきた分裂病家族会育成の主体が,保健所に移されることになった.川崎市においては,市立精神衛生相談センターの技術指導によって保健所家族教室を母体にとした川崎市あやめ会が設立され,市内の保健所で月1回家族集会が開かれるようになった.しかしその自主活動はリーダーの高齢化に伴って次第に停滞気味になっていった.
 昭和53年に家族会が活動方針を地域作業所の設立運動に切替えてからその活動性はやや高まった.しかし,平成4年においても市内9保健所のうち地域作業所を有するものは5地区に過ぎず,特に最北部の麻生地区では月1回の家族例会すら隣接の多摩区と合同でしか開かれず,作業所も遠隔地の多摩家族会が運営する,きた作業所に依存するなどその活動は最も停滞していた(表1).

保健行政スコープ

食事療法用宅配食品栄養指針について

著者: 淺沼一成

ページ範囲:P.229 - P.231

栄養指針作成の経緯
 食生活と疾病の関係については多くの指摘がなされているが,なかでも糖尿病,高血圧などにおいては,食生活がその一因となることが知られている.よって,これらの疾病では,患者自身の疾病・病態に応じたエネルギー量,栄養バランスの食事を摂取する食事療法が広く行われている.
 食事療法は,医師の指示により,患者が自ら毎日の食生活をコントロールするものであるが,エネルギー摂取量計算などを行わなくてはならず,また,栄養学的な知識も必要とする.そこで,最近,状況によっては,食事療法用として販売されている食材料などの宅配サービスを利用する場合が増えてきている.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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