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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生60巻6号

1996年06月発行

雑誌目次

特集 感染症の新たな動向

感染症サーベイランスより見た感染症の動向

著者: 新村和哉

ページ範囲:P.368 - P.372

 近年,医学の進歩,生活水準の向上,衛生環境の改善,予防接種の普及などにより,従来患者発生が多く,死亡率も高かった法定・指定伝染病は著しく減少してきた.しかし,これらに代わって,比較的症状は軽いが,まれに重篤な合併症や後遺症をもたらし,時に大きな流行を引き起こすような疾病への対応が感染症対策として重要となってきた.
 このような状況を踏まえ,昭和56年7月,都道府県・指定都市,地方衛生研究所,医療機関,医師会などの協力を得て,感染症に対する適切な対策を講じ,感染症の流行を防止するための「感染症サーベイランス事業」を開始した.この事業は,麻しん様疾患,風しん,流行性耳下腺炎などの主に小児の急性感染症を対象として,全国各地に定点医療機関(約3,000カ所)を設定し,全国的な患者の発生状況に関する情報を週ごとに,各都道府県の地方衛生研究所などにおける病原体の検索結果に関する情報を月ごとに収集し,得られた情報を都道府県毎および全国規模で解析評価を行い,集計解析結果を速やかに各地域に還元するものである.

進む国際化と輸入感染症対策の展開

著者: 大高道也 ,   清水美登里

ページ範囲:P.373 - P.376

 日本人の海外旅行者は年々増加し,今では年間1,300万人を超えるに至っているが1),他方,元気に出かけた人が病気に罹患して帰国する事例も増える傾向にある1).海外旅行者はどのようにして自らの健康の保持に努めているのだろうか.
 わが国の表玄関に位置する厚生省成田空港検疫所では,1994年には1,300万人以上の海外からの旅行者に対し検疫を行っているが,特にアジア,アフリカなどの検疫伝染病(コレラ,ペスト,および黄熱)の流行地域から到着するおよそ170万人の旅行者の中に,年間5万人以上もの有症者(症状を訴える人)もしくは患者を認めている.さらに,盛染症の潜伏期間内に入国し国内で発症する事例も少なくはない(図1)2-4)

日和見感染の動向

著者: 古谷信彦 ,   山口惠三

ページ範囲:P.377 - P.382

 日和見感染は通常compromised host(易感染宿主)に対する弱毒菌(平素無害菌)による感染と定義されている.
 日和見感染は院内感染として発症することが多く,難治性であり,患者はしばしば重篤な状態となる.近年,このような日和見感染が増加し問題となってきているが,その背景には戦後50年余りの間に,1)種々の抗菌薬が開発され,消費量も飛躍的に増加したが,その結果,感染症の原因微生物が耐性菌を中心としたものに変貌してきたこと,2)医療の進歩によってcompromised hostが増加してきたことが挙げられる.

劇症型A群溶レン菌感染症

著者: 石田直

ページ範囲:P.383 - P.385

 A群溶レン菌(Streptococcus pyogenes,以下S. pyogenes)は,咽頭炎や猩紅熱,軟部組織炎の起炎菌であり,2次的に糸球体腎炎やリウマチ熱を起こすことが古くから知られている.1980年代より欧米において本菌による劇症型感染症の多発が報告されるようになり1),黄色ブドウ球菌によるtoxic shock syndromeと類似していることよりtoxic shock-like syndrome(TSLS)と呼ばれるようになった.1993年には米国防疫センター(CDC)の研究者らによりTSLSは独立疾患として認知され診断基準案が示された2).一方本邦では,以前より劇症例の報告は散発してみられていた3)ものの,TSLSとしての報告は1993年に旭中央病院の清水らが行った症例が最初4)であり,以後旭中央病院を中心に症例報告が相次ぐようになった.1994年3月には厚生省研究班が組織され,全国の発生状況についての調査が行われるようになった.以下この研究班の報告5)をもとに本症について解説する.

ヘリコバクター・ピロリと胃疾患

著者: 井本一郎 ,   橋本康司 ,   中尾一之 ,   池村典久 ,   田口由紀子

ページ範囲:P.386 - P.389

 ヘリコバクター・ピロリ(以下HP)は1983年WarrenとMarshallによって胃粘膜生検組織より分離・同定されたグラム陰性桿菌で,胃炎,消化性潰瘍,胃癌,MALTリンパ腫の発生に密接な関連性を有することが知られている.本菌の感染は広く世界中に分布し,低開発国ほど感染率が高い1)ことが報告されている.本菌を除菌することで消化性潰瘍の再発率が著明に低下することから近年除菌治療が精力的に行われている2).本稿ではHP感染を疫学,予防の面を中心に述べたい.

食中毒(細菌およびウイルス)の動向

著者: 工藤泰雄

ページ範囲:P.390 - P.393

 周知のように,わが国における細菌性赤痢や,腸チフス・パラチフスといった消化器系の法定伝染病は,上下水道の整備など衛生環境の改善に伴い近年激減した.しかし,食品衛生上いわゆる食中毒として取り扱われる疾病,特に細菌に起因する食中毒は現在もその発生頻度が高く,依然無視できない存在である1).また,最近では冬期に発生する食中毒から小型球型ウイルス(small round structured virus:SRSV)が高頻度に認められ,その食中毒起因性が大きな関心事となりつつある.本稿では,食中毒として現在主体を占める細菌性食中毒を中心に,その発生状況など疫学的事項について概略を紹介してみたい.

感染症の迅速診断の技術開発

著者: 高野徹 ,   前田育宏 ,   網野信行

ページ範囲:P.394 - P.397

分子生物学の進歩と感染症診断法の新しい展開
 DNA,RNAなどの核酸を取り扱う分子生物学は少し前までは特殊な技術を持った人が特殊な設備の整った施設で行うものであった.ところが最近その特殊性がしだいに薄れ,今や核酸を扱う実験系は,臨床のラボで既に行われてきた蛋白質を扱う実験系と同様なレベルでより簡便に行うことができるようになった.
 その最大の原因としてあげられるのは1985年のSaikiらによるPCR(polymerase chain reaction)の開発である.PCR法とは,数コピーのDNA断片を数時間のうちに数百万倍に増幅する技術である(図1).DNA断片を増幅するために必要なものは,断片の両端20塩基程の情報と鋳型となるDNA断片のみであるため温度のコントロールをするサーマルサイクラーさえあればだれでも数時間以内にかなりの量のコピーを手に入れることができる.また遺伝子の増幅に大腸菌を利用した遺伝子組換え操作が必要とされないため,P2実験室など特殊な設備を必要としない.PCRの実験過程は反応系が微量である(10-100μl)ことにやや難があるが,基本的には試薬を混合して機械に載せるだけであり,だれでも一回経験すればできるようになる.最近ではPCRを行うサーマルサイクラーを含むPCR関連機材の低コスト化が進み,多量の検体を処理してもさほどコストがかからなくなってきている.

感染症への新たな対応

著者: 曽田研二 ,   北村勝彦

ページ範囲:P.398 - P.403

 近年,小説「ホットゾーン」や,映画(小説)「アウトブレイク」,エイズ薬害訴訟などで,あらためて感染症への興味が高まっている.公衆衛生学的側面からみても予防接種法の改正,らい予防法の廃止など感染症を取り巻く話題が多い.20世紀に入ってフレミングらの抗生物質の発見はあたかも細菌感染症の撲滅につながるかにみえたし,抗結核剤の発見は結核の撲滅を可能にするかに見えた.一方で種痘に始まるワクチンの概念は免疫学的にウイルス感染症をはじめとする全感染症に強力な武器を人類が勝ち取ったかに思われた.こうした感染症に対する偉大な発見が続いたにもかかわらずいまだに人類は天然痘以外の感染症を克服できずにいる.病原体の立場に立って考えると,種の保存を図る目的で変異を繰り返し病原性,抗生物質への感受性を調節して生き延びている.また,経済の発展に伴う衛生環境の改善,国民皆保険制度による医療費の低負担は病初期の対応を可能にし,病原体の種類をも転換せしめてきた.このように科学技術の進歩や社会経済的変化による感染症の状況も,それに対する公衆衛生上の対応も変わってきている.本稿では,明治期以後のわが国の感染症対策を振り返りながら新たな対応への模索を試みたい.

60巻記念シリーズ・21世紀へのメッセージ

「実学」としての「社会医学」学習のすすめ

著者: 東田敏夫

ページ範囲:P.366 - P.367

―「学問は事をなすの術なり.実地に接して事を慣るゝに非ざれば決して勇力を生ず可らず」 福沢諭吉—

トピックス

保健所は新しく何を切り開くか

著者: 笹井康典

ページ範囲:P.405 - P.409

 地域保健法制定以来,保健所機能強化の検討がなされている.しかし機能強化とは名ばかりで,役割の縮小,統廃合,端的に言えば保健所数をどうするのかという話ばかりが聞こえる.当事者である保健所長も意見を述べる機会がないまま方針が決まりつつあるところがあるという.公衆衛生に夢を持ち,一生懸命やってきたと自負しているものの一人として,地域保健法成立後の成り行きは大変残念である.本当に21世紀に向けたあるべき地域保健,公衆衛生が実現できるのだろうか.
 しかし一方で,新しい保健所が何を目標に,何をやり,その結果住民の健康や福祉にどのように貢献できるのか,そしてその条件は何かが示され,関係者の理解を得て初めて,保健所の機能強化ができるということも事実である.その意味では,当事者である保健所長も意見を述べる機会がないということが事実であれば,全く保健所が信頼を失っているのか,あるいは保健所や公衆衛生行政のあり方への十分な検討がなされず,統廃合のみが優先されているとしか思えない.

連載 疾病対策の構造

癌の動きの考え方

著者: 倉科周介

ページ範囲:P.410 - P.414

 ほかのいくつかの疾患と同様,有効確実な回避手段がいまのところはないという認識から癌の対策は始まる.だから状況は20世紀前半の感染症対策に似ている.いや,考えようによっては,それよりも論理的には不確かな状況にあるといえるかも知れない.今世紀初頭には,少なくとも感染症の原因についての原理的な整理は終わっていたからである.今日の感染症対策も決して万全とはいえないが,それに匹敵するような明晰さと確実さを癌対策が備えるまでには,なお多くの曲折が必要であろう.

市町村保健活動と保健婦

<座談会>地域保健計画づくりで保健婦が変わった—神奈川県津久井町と城山町・3

著者: 井上正幸 ,   清田京子 ,   升井孝子 ,   八木正光 ,   岩室紳也

ページ範囲:P.415 - P.418

 岩室 前回までは保健計画づくりの段階から,その成果といったような点について話し合いましたが,今回は,町の課題としては何があるのか,反省点はどういうところか,について話し合いたいと思います.
 まず,残された課題からいかがですか.

在宅高齢者ケアの支援システム—アセスメントとケアプランの試み・4

家庭介護力の低い老人夫婦の援助

著者: 縄井詠子

ページ範囲:P.419 - P.424

 障害をもつ高齢者を支援するとき,最も重要視することの一つに,家族の問題解決能力があり,ケア対象者の最も身近にいる家族の援助機能が,高齢者のケアの質を高めるうえで不可欠だと痛感している.同居している家族がいればどのような形で,また身近に家族がいる場合はどういう方法でケアに参加してもらえるかを検討することは当然なことである.しかし,現実的には必ずしも家族が介護の主体的役割を担っているわけではない.急激な経済の変化,女性の社会進出,個人の生活尊重など社会情勢の変化が家族の生活に及ぼす影響は大きく,家族機能を変化させている.核家族化が進み,高齢者同士がともに障害を持ちながら介護を行うことが珍しくない状況も見られる.家族そのものが変化し,揺れ動いている現状を理解してケア体制をどう整えて行くかを考えてみたい.

活動レポート 長崎県琴海町の保健福祉計画の策定とケアマネジメントの展開・1

保健福祉計画の策定に至るまでの経緯

著者: 森俊介

ページ範囲:P.425 - P.427

対馬時代のエピソードから
「総胆管結石の手術後,ヤス婆さんは西病棟(老人病棟)の主になった.足がなえてほとんど歩けなかったが,口だけは達者だ.自宅にいた時は,近所の人が食事,洗濯,入浴などの面倒をみてくれたので,なんとか生きていけた.しかし,手術後,集落は彼女が帰ってくることを拒んだ.その集落の世話人さんは,“婆さんは,もともとよそ者だ.たまたまうちの部落に流れて来たので,今まで面倒をみてきたが,町と病院にお渡しした以土,もう縁を切りたい.第一根性が悪い.何をしてあげても,ありがとうといってくれたためしがない”と頑なだ.京都にいるという息子からは“もう40年以上,会っていない親を引き取り,同居してやっていく自信がない”とそっけない返事が返ってきた.本人は“死んでもよいから自宅に帰る”と言い張った.」
「病院が福祉事務所,保健所,社会福祉協議会,役場に呼び掛け5者協議会を結成した.早い話が“だれが飯をつくるか”を決めるための会議である.週のうち3回を社会福祉協議会のヘルパーさん,残りの4日をそれぞれが担当した.私も週に1回行くことにした.手術が終わって,5時頃から車で1時間ほどの距離にある集落まで出掛けた.ご飯とみそ汁を温め,おかずを見繕い,一緒に食べた.こんなことが3カ月ほど続いた頃,部落の人が,一人,二人とこのサポートの輪の中に復帰してくれた.4カ月目には,ほぼ私たちは手を引きヘルパーさんの派遣だけで済むようになった.」

住民参加型の保健活動・1

八千代市の母子保健活動

著者: 岩永俊博

ページ範囲:P.428 - P.431

 公衆衛生活動は,いま,どんな方向性,目的性を持っているのか.地域保健のあり方や,そのなかでの保健所,市町村の役割が模索され,その結果として,調整機能,教育研修,連携強化,調査研究など漢字ことばが並んできた.言葉面を見ると,以前からも言われていたことでもあり,なにも新しいことばではないようにも感じる.
 いまの時代のそのような機能としては,具体的に何をしたらいいのか.むしろそれが問題なのであろう.

資料

抑欝感に関する心理学的考察

著者: 小出れい子 ,   小田晋 ,   冨士原光洋 ,   河合美子 ,   佐藤親次

ページ範囲:P.434 - P.438

 抑欝状態は,正常範囲の抑欝から神経症・精神病に生じる抑欝まで広範囲に観察される状態であり,公衆衛生の基本的課題の一つである.抑欝状態については,既に膨大な研究がなされ,心理テストを用いた報告も多い(Lorn1))が,これらの心理学的研究の多くは,抑欝状態の行動の記述と査定ないしは抑欝尺度と抑欝状態の誘因となる外的事象との対応の検討に終始し,抑欝状態が発展しやすい個人内部の弱さ,脆弱性に見られる個人差が検討されることは,ほとんどなかった.(BrownとHarris2),Bebbington3)らは,認知論的アプローチの中で抑欝モデルの一部として脆弱性にふれているが,この考え方は,その後発展的に検討されることなく終わっている.)すなわち,なぜある事象(例えば,失恋,離婚,倒産など)が,ある人には深刻な抑欝状態を引き起こし,ある人にはさほど問題とならないかが,個人の内部における抑欝状態の発展を可能にする心理的体制の相違として問題にされることはなかった.本論ではこのような抑欝状態を引き出す心理的体制を抑欝準備性(readiness)としてとりあげ,検討する.抑欝準備性とは,何らかの(機能,対象,その他の)喪失への危惧,心配,過剰な関心を潜伏させた心理的状態であり,これらの危惧,心配,過剰な関心が,何らかのきっかけを得て抑欝状態を引き起こすと考える.

新しい保健・福祉施設

最上町ウエルネスプラザ

著者: 秋葉太郎

ページ範囲:P.439 - P.440

 山形県最上町は,奥羽山脈の山懐に位置したカルデラ地形で,夏は冷たい東風「やませ」,また,冬は豪雪に悩まされながらも,義経ゆかりの瀬見温泉,芭蕉ゆかりの赤倉温泉を擁した農業と観光の町です.人口約12,500人,高齢化率22%という中で,若者の流出が続き,単身老人,老夫婦のみの世帯も多く,地域包括ケアシステムの確立が急務となっております.
 昭和29年に開院した国保直診の町立最上病院は,医師不足などの要因が重なり慢性的な赤字が続き,町議会では病院不要論も出てくる状況の下では,まず医療部門の充実がポイントであり,町内50集落を夜間に訪れて開く健康座談会,日中忙しい,またアクセス手段に乏しいなどの理由で受診が遅れがちになることに着目して,週1回18〜21時まで開院して利便性を図る,往診,訪問診療,訪問看護の強化,在宅ケアの充実などが評価され,累積赤字を解消し,単年度収支が黒字というところまでこぎつけたわけです.また,既存の温水プールを利用しての中高年向けの水遊び教室の開催も好評でした.

保健行政スコープ

労働安全衛生法の一部改正について

著者: 山田隆良

ページ範囲:P.441 - P.443

 労働省は,今国会に,労働安全衛生法(以下,安衛法)の改正(案)を提出しているところである(4月現在).
 労働衛生の分野に関連する安衛法の改正は,昭和63年の「健康の保持増進のための措置」に関する改正(事業場における労働者の健康保持増進のための措置,いわゆるTHPの導入など),平成4年の「快適な職場環境の形成のための措置」に関する改正以来である.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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