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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生61巻9号

1997年09月発行

雑誌目次

特集 今,WHOの歩みから学ぶもの

WHOの活動とその理念

著者: 川口雄次

ページ範囲:P.612 - P.618

世界の保健医療の現状
 1989年の秋,ベルリンの壁が崩れ落ちたとき世界の人々は新しい時代の到来を感じ,この20世紀最後の10年が薔薇色の21世紀への掛け橋の期間になると大きな期待を膨らませた.東西冷戦の終了は,軍拡競争からの解放と世界の平和そして「平和の配当」が人々の生活を向上させ,健康や教育やその他諸々の社会経済開発が可能になるはずであった.しかし,1997年の現在,地域紛争が各地で勃発し,歴史上かつてないほどの難民や避難民が地球上にあふれ,地球環境の悪化とともに,古くからある感染症や新興感染症が増加し,人々の生活の質は低下し,多数の人々が生命と健康の危機にさらされている.世界経済は,一部の地域を除いて停滞し,先進国は経済改革を迫られ,社会福祉,保健医療サービスの改革を実施せざるを得ず,一方,北からの援助疲れが顕著となっている開発途上国は,中進国と多数の最貧国に分極化し,世界は,政治,経済,社会状況のあらゆる分野において将来の予測不可能な時代を経験しつつある.
 現在の地球人口は約58億人であり,急激な世界人口の増加は,地球資源の枯渇と環境破壊をもたらし,最も大きな問題は,総人口のうち約46億人が開発途上国地域に住み,毎日10億人にものぼる人々が生存の危機にさらされている,ということである.科学技術,医学技術の発達した現在ですら,開発途上国地域の中でも最貧国と呼ばれる国々の平均寿命はわずか52歳にすぎず,最も低い国の平均寿命は38歳である.

アルマアタ宣言とプライマリヘルスケア

著者: 中村安秀

ページ範囲:P.619 - P.623

アルマアタ宣言以前の開発途上国
 世界各国で直面している保健医療問題の多くは,単に医療や保健の分野だけで解決することが困難であり,国際経済,政治,社会全体にわたるグローバルな矛盾と深くかかわっている.開発途上国においては,近代医療の直接的な導入により問題が解決しなかったばかりか,より矛盾が増大していった.また,先進諸国においては,高度医療の進歩により国民の心身の健康が増進したわけではなく,健康を脅かす種々の社会的状況はより深刻化してきた.このような厳しい状況に対処し,「2000年までにすべての人々に健康を!」(HFA 2000:Health for All by the Year 2000)という世界共通のゴールを目指すための戦略として取り上げられたのが,プライマリヘルスケア(PHC:Primary Health Care)である.
 ここでは,まず,アルマアタ宣言に至るまでの主に開発途上国を中心とした保健医療の動きを簡単にスケッチしてみたい.

サンドバール宣言と環境変革の思想

著者: 塩飽邦憲 ,   山根洋右

ページ範囲:P.624 - P.627

ヘルスプロモーションと健康支援環境
 1974年に,カナダ保健大臣Lalondeの提起した「カナダ人のための保健政策」は,カナダ国内ではあまり注目されなかったが,WHOのアルマアタ宣言,ヘルス・プロモーションに関するオタワ宣言につながった.また,ヨーロッパでは,1980年ごろより多要因性の生活習慣病やストレス関連疾患が多くなり,自立的な健康活動の重要性が強く認識されるようになった.障害者のノーマライゼーション,ILOの「職業病対策」から「作業関連疾患に対応したヘルスプロモーション」への転換などとも相まって,住民や患者の主体的なヘルスケアが強調された.WHO欧州事務局は,これらを受けて,1980年にヘルスケア政策を転換した.すなわち,ニーズ対応・公平な政策やケアシステムの確立,学習や情報提供を中心としたライフスタイル対策,ヘルスケアにおける住民参加の促進,資源の有効活用,政策やサービスの協調や統合,健康を支援する環境づくりなどである.オタワ宣言の中で唱われた健康支援環境(supportive environrnent)実現の活動として,ヘルシーシティズがWHOの欧州事務局から提起された.また,1991年にスウェーデンのサンドバールに81カ国の代表が集まり,健康支援環境づくりについて議論が行われた(表1).

ヘルシー・シティーズの展開—真の健康なまちづくりをめざして

著者: 島内憲夫

ページ範囲:P.628 - P.635

 1984年に「ヘルス・ケアを超えて(Beyond Health Care)」と題したカンファレンスがトロントで開催された.このカンファレンスは,ラロンド・リポート出版以来,多くの国々で高まってきた健康増進への犠牲者非難的なライフスタイル・アプローチから「健康的な公共政策(healthy Public policy)」中心のアプローチへの転換を促し,ヘルスプロモーションに基づいた「ヘルシー・シティーズ・プロジェクト」の始まりの舞台を提供したのである.
 ヘルシー・シティーズ・プロジェクトについて論ずる前に,まずWHOのヘルスプロモーションの歴史を振り返ってみよう1)

オタワ宣言とヘルスプロモーション

著者: 藤内修二

ページ範囲:P.636 - P.641

 1986年のオタワでのWHOの国際会議で「ヘルスプロモーション」という新しい公衆衛生戦略が提唱されて,11年が経過した.
 1978年,ロシアのアルマアタで開催されたWHOの国際会議で提唱された「プライマリーヘルスケア」がどちらかといえば,開発途上国をターゲットにした公衆衛生戦略であったのに対して,ヘルスプロモーションは先進国をターゲットにしたものであった.こうした意味では,日本においても新しい公衆衛生戦略として地域保健法などにその理念が盛り込まれてしかるべきものと考える次第だが,果たしてどうだったのだろう.

<てい談>地域保健の前線からとらえたWHOの流れ

著者: 関龍太郎 ,   谷口栄作 ,   前田孝弘

ページ範囲:P.642 - P.649

 前田(司会) 本日はWHOのヘルスフォオールの定義から始まって,アルマアタ宣言,オタワ宣言,サンドバール宣言,ヘルシーシティズの取り組みという流れを現場でどう受け止め活動に取り込んでいるかお話いただきます.最初に,現在のWHOが先進国に焦点を絞って提起している問題について,どう受け止めているかをお話ください.

<レポート>第4回ヘルスプロモーション国際会議速報—ジャカルタ宣言

著者: 神馬征峰

ページ範囲:P.650 - P.650

 WHOによって「すべての人に健康を」という世界戦略が示され,アルマアタ宣言によるプライマリヘルスケアの原則が提示されてから約20年の年月が流れた.そして1986年,カナダのオタワで第1回ヘルスプロモーション国際会議が開かれてからは10年余りになる.同会議の結果はオタワ憲章として提示され,その後新たな公衆衛生戦略として保健政策や健康教育分野などに大きな影響を与えてきた.
 この間,世界の健康の動きとしては,エイズなどの新たな感染症が出現,結核などの感染症もまた再興してきている.内戦や隣国との戦争による難民問題もまた見逃せない.かたや一見平和な国でも,人々の生活を取り巻く環境の改善は未だ困難であり,ライフスタイルに基づく疾患の減少はあまり期待できない現状である.

視点

国際医療協力のあり方—WHOの立場から

著者: 江上由里子 ,   古知新

ページ範囲:P.610 - P.611

 人類はこれまで,伝染病や寄生虫疾患をはじめ多くの病気と闘ってきた.天然痘は根絶され,ポリオは,アメリカ地域においては既に根絶され,これらは,既存の医療技術による対策を,世界保健機関(World Health Organization,WHO)のリーダーシップの下に成功させた例である.国際医療協力とは,ある地域,または地球規模の保健医療問題を,国際間で解決することである.既存の技術をどのように活用して世界的な効果をいかに出すかが,国際医療協力の最大の課題である.結核との闘いは今後まだ半世紀以上は続くと予測されるが,現在その対策は着実に成果を上げている.今回は,既存の診断法・治療法が確立し,グローバルな効果の評価が可能なものを対象に,結核対策を例に国際医療協力のあり方を考えてみたい.

特別寄稿

地域保健と医療介入の妥当性を基礎づけるもの

著者: 高原亮治

ページ範囲:P.652 - P.658

 財政危機や慢性不況を契機に,わが国の戦後復興から高度成長を支えてきた社会的,経済的わく組みの見直しが進められている.地域保健や医療の分野では,行政改革や社会保障改革が身近なものとして進行しており,これへの対応が,緊急の課題となっている.この改革は,国内的には,金融改革などと同様の諸改革と一連のものであり,国際的には,先進諸国に共通する保健医療改革(health care reform)の一環である注1)
 国際的,国内的改革の波とそれをもたらせた情勢を正面から受け止め,地域保健や医療を現代社会においてさらに推進するためには,保健・医療・福祉の「仲間うち」だけで通じる諸概念を前提としたものではなく,より普遍的な基礎をもつ,国民に分かりやすいaccountabilityを獲得する必要があると思われる.世の中の流れは事前規制(予防)から事後規制(処罰)へと変わり,いわゆる規制緩和が強力に推進されている.また,公的主体の介入は,できるだけ少なくすべき,というのが行政改革である.

公衆衛生の新たな展望への模索—世界保健機関による必須公衆衛生機能の提唱

著者: 長谷川敏彦

ページ範囲:P.691 - P.695

世界の転換期は公衆衛生の転換期
 「西暦2000年までにすべての人に健康をHFA 2000」の2000年まで余すところ数年,期限までに目標が達成されそうにないまま,新たな世紀を迎えようとしている.
 世界は21世紀への転換期(turn of the century),政治,経済,環境,医療とあらゆる側面で転換点にある.「環境と経済発展」,「イデオロギーの東西対立から資源の南北対立」,「大きな20世紀型国家から小さな舵取り国家へ」,「高度経済成長から低成長,持続発展社会へ」,「先進国の超高齢化と発展途上国の高齢化の開始」,「克服されつつある途上国の感染症と克服されたはずの感染症の再興・新興」,「死亡の予防から生活の質(quality of life)の向上へ」,「高度保健医療技術の革新と保健医療福祉の統合」,「新たな保健医療財源の確保と高質・効率のよい保健医療供給体制」など,これらは価値観,疾病構造,社会構造,保健医療技術,供給体制,財源の転換を意味している1)).

トピックス

児童虐待と公衆衛生活動

著者: 岸本節子

ページ範囲:P.659 - P.664

 横浜市内で,昨年秋から児童虐待の結果,幼い命が奪われる事件が続いています.
 先日,横浜市子育てSOS連絡会が,緊急アピールを発表しました.

連載 研究ノート 在宅高齢者の地域支援システム

[事例]筋萎縮性側索硬化症の男性

著者: 松山セツ ,   川島真裕美

ページ範囲:P.665 - P.670

 高齢者や障害者が住み慣れた地域で安心して生活するためには,地域ケア・在宅ケアの充実が必要である.そのために効果的,効率的に支援システムを構築するために,平成6年度からこのシステム研究事業を開始してきた.このシステム研究事業において一手法であるMDS-HC/CAPsを活用しアセスメント・ケアプランを試みた事例を紹介する.

暮らしに潜む環境問題

窒素酸化物

著者: 内山巌雄

ページ範囲:P.672 - P.675

1.窒素酸化物の性質・作用
 窒素酸化物は燃焼時の熱により窒素(N2)と酸素(O2)とが結合して生成される二酸化窒素(NO2)や一酸化窒素(NO)などの総称で,ノックス(NOx)と呼ばれることもある.したがって発生源は工場の煙突(固定発生源)や自動車の排気ガス(移動発生源)である.生成された直後は一酸化窒素のほうが割合は多いが,比較的速やかに大気中で酸化され二酸化窒素になる(図1).
 窒素酸化物は大気汚染物質の中でもオゾンと同様に水に溶けにくく,酸化作用の強い性質を持つ物質である.したがって,水に溶けやすい二酸化硫黄が鼻腔,気管,気管支などの比較的上気道で吸収されて傷害が上気道中心であるのに対して,窒素酸化物は肺胞の奥深くまで到達して過酸化脂質を生成し細胞を傷害することになる.また肺胞マクロファージを集積させて壊死を起こしたり,活性を弱めたりするために感染に対しても抵抗力が低下すると考えられている(図2).

福祉部門で働く医師からの手紙

通園施設からのたより

著者: 本山和徳

ページ範囲:P.676 - P.677

診断を告げること
 当通園施設,さくらんぼ園には併設された診療部門(ケースワーカー,小児科医,セラピスト,看護婦からなる)があり,保健所での発達健診や病院から療育目的で紹介された発達の心配される児の診療が日々なされている.ことばの遅れを主訴とするものが大半でありそれから運動発達の遅れ,多動や集団行動がとれないなどの行動異常の順に相談が多い.ことばの遅れの背景には様々の原因があり,したがってその予後も心配のいらない言語発達遅滞から自閉性障害や精神発達遅滞など発達が心配され早期療育の求められるものまである.親にとっては,ことばの遅れのみに気をとられ,原因となる発達障害に気づいていないことがあり,やがて診断を告知されることになる.親にとっては子どもの発達は喜びであり楽しみである.子どもの発達が思わしくないと大変な心配を抱かざるを得なく,診断を告げることは親においては大変ショッキングなことにもなり得るのである.安心してもらいたいのに逆に心配を抱かせてしまうことになる.受けた衝撃のあまり医師は時には親の心理的攻撃の標的になることもある.通園施設でみられる子どもに寄せる親の愛[青,笑顔それはいつもわれわれスタッフを支え,安心させてくれるものであるがその背景には確かに不安や,はがいさ,怒りがどこかにあるものである.自分の前にみられる親の様々な表情には子どもへの愛情と発達への不安が交錯している.

精神保健福祉—意欲を事業に反映するために

分析と資料づくり

著者: 高畑隆

ページ範囲:P.681 - P.689

 計画づくりは,三つの流れが同時に進行します.第1は表面に見える委員会の計画,第2は事務担当者の作業(調整や整理),第3は実務家(保健婦などの専門職)の作業です.計画づくりは,表面に出ない裏方の膨大な事務作業と,この作業を支える実務家の資料づくりがあります.市町村では,福祉の専門家が少ないので保健婦が保健と福祉の資料づくりを担います.精神障害者の計画は,医療・保健・福祉対策を包括した総合資料づくりが求められます.老人保健福祉計画に参加した方は,計画づくりの経験が役立ちます.また,委員長の役職や事務担当者の部署によって,計画の性格が異なります.
 計画作成過程を幾つかの段階に分けて考えます(試案,表1).①行政計画段階は業務の現状からの課題提案,②社会計画段階は対象者のニーズ調査,サービス資源調査での達成点,③総合計画段階は地域性を踏まえた,サービス目標水準,必要度と提供体制,④行動計画づくりと新たな計画への準備段階に分けて考えます.ここでは,実務家の視点から計画作成過程を追って行きます.

活動レポート 住民参加型の保健活動・8

静岡県竜洋町の保健活動(その2)—母子保健を推進するワーキング・グループ員

著者: 塩沢京子 ,   吉岡章代 ,   大杉真澄 ,   高橋弘恵

ページ範囲:P.678 - P.680

 竜洋町では,平成5年の10月から平成7年3月までの1年6カ月をかけて,保健計画を策定した.平成6年度までに保健計画を策定するように県から指導があり,また,補助金も平成6年度で打ち切りとなるため,短い期間での作業となった.保健計画が策定されるまでについては,前回に黒田先生より紹介していただいているので,今回は保健計画が策定されてからの動きについて報告する.
 今回,保健計画を策定するにあたり,保健計画策定委員会で住民代表の方の意見を聞く際に,地域づくり型保健活動の手法を取り入れた.しかし,限られた時間のため,十分に住民の意見を聞き反映したものにはなっていなかった.そのため,印刷された保健計画が手元に届いたとき,実際に何から手をつけていいのかと戸惑ってしまった.と同時に,保健計画策定に際し住民との話し合いの重要性を実感し,今後も継続して住民と話し合い,保健活動も住民と行いたいという気持ちも保健婦の中に強くあった.上司の助言を受け,母子保健計画を具体的に推進していくために,現行の事業の充実と,新計画の達成を図ることを目的として,ワーキング・グループの設置を検討した.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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