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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生63巻4号

1999年04月発行

雑誌目次

特集 飲酒の行動医学

現代社会と飲酒習慣の形成

著者: 大本美彌子

ページ範囲:P.228 - P.233

飲酒習慣の歴史的背景
 草木の果実や穀類の発酵により自然現象的にアルコールが人々に認識され,これを飲用する飲酒行動の起こりは200万年前にさかのぼる.人々の生活の中に仕事が分化され産業が起こると酒造産業も起こり,神酒であったものがだれでも飲めるようになった.その後,英国に始まる産業革命(第1次工業化),20世紀初頭の第2次工業化とそのたびごとに過酷な労働条件下にある人々の飲酒への依存がある.第二次世界大戦後の経済復興期,それに続く経済隆盛期には石油エネルギー,高分子化学,エレクトロニクス,航空機・自動車を中心とする第3次工業発展の,それぞれ社会経済急上昇を期した時期において第2次産業興隆のための人口の都市集中と,過酷な労働条件と生活環境劣悪のために,飲酒習慣も劣悪となり諸法の制定を見ることとなった.さらに情報革命やバイオテクノロジーなどの新産業の発展など,産業の急激な変貌は労働環境や生活環境上に影響をもたらし,人体の生理に適合し難く,その逃避手段として飲酒が選ばれた.酒類濃度や飲料嗜好,飲酒パターンなども影響され,その折々の飲酒の社会への影響が大であったことは警察官職務執行法,精神衛生法の制定の経緯からも理解されよう(図1).

飲酒行動と遺伝子

著者: 原田勝二

ページ範囲:P.234 - P.237

 飲酒関連問題は単に身体的疾患のみならず社会生活を営むうえで支障となる行動を含んでいるが,その中核となっているのはアルコール依存症である.この疾患はアルコールが原因で生じるため,適正飲酒を守っている限り発症しない.いうまでもなく,他の生活習慣病と同様,アルコール依存症の発症,進展にはライフスタイルや心理的,社会的因子が関与している.しかしながら家族研究や双生児,養子の研究からは遺伝的素因が深く関与する疾患であることも判明している1,2).このため,遺伝的研究は依存形成に関与する遺伝子の解明に向け精力的に行われてきた.仮に依存形成の原因遺伝子の存在を想定した場合,この遺伝子を特定するための戦略として,次の二つの方法が一般に行われている.すなわち,原因遺伝子の染色体上の位置を決定するために,数多くの家族試料を用い,各染色体上の多型性DNAマーカーによる遺伝的連鎖解析(genetic linkage study)を行う.さらにポジショナルクローニングにより原因遺伝子の特定が行われる.この方法では,仮に染色体上の位置が特定されても,未知の原因遺伝子の特定には莫大な労力と時間を要する.米国では,COGA(Collaboration Study on Genetics of Alcoholism)プロジェクトが進みつつあるが,その主な目的は連鎖研究による原因遺伝子の染色体上の位置の探索にある.

エタノールの脳への影響—新しい知見を中心に

著者: 石原熊寿 ,   笹征史

ページ範囲:P.238 - P.240

 エタノールはその作用として適量では抗不安作用や鎮静作用を有し,精神状態の改善に寄与することが古くから知られている.しかし,大量の飲酒や長期にわたる連続的な飲酒は脳をはじめとする様々な臓器に悪影響を及ぼす.このエタノールの脳内における作用点の一つとして中枢神経系の抑制性神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(γ-aminobutyric acid:GABA)の受容体があり,GABAの作用を増強することはよく知られている.一方でエタノールの作用点は蛋白質直接ではなく細胞膜の脂質にあり,膜の流動性を変化させることによって作用を起こすとも考えられている.しかしながら,細胞膜の脂質に対する作用は結果として神経伝達物質受容体やイオンチャネルなどの膜蛋白の機能に影響を及ぼすことになる.これらの観点から,急性および慢性のエタノールの脳への影響としてエタノールによる受容体およびイオンチャネル機能の変化,ならびにエタノールによる神経細胞全体あるいは脳全体の機能変化について概説する.

精神科診療所から見た若年者の飲酒行動

著者: 西川京子

ページ範囲:P.241 - P.247

 1992年に鈴木1)が中学生,高校生,大学生の飲酒実態と関連問題に関する調査研究を発表した.この研究は,中学生,高校生の飲酒が,われわれの予想をはるかに越えて一般化している事実と若年アルコール依存症患者の増加をはじめとして,今後様々な形でこの問題が顕在化し,深刻化するであろうことを教示した.
 精神科診療所に受診した若年のアルコール関連障害患者を中心にして,前出の研究の知見に学びながら,若年者の飲酒行動とその問題を考察する.

キッチンドリンカー,単身赴任ドリンカーの行動パターン

著者: 柳田公佑

ページ範囲:P.248 - P.251

 飲酒問題はその人の人生の中でのある状況が引き金となって起こりはじめることがある.その人の危機的状況の中でアルコールに一時的な助けを求める.しかし,現実的問題の解決のための行動を起こさないまま情緒的問題解消のためにのみ飲酒行動が選択された場合には飲酒行動は続き,やがてアルコールに関連した健康問題や社会問題が浮上することとなる(図1).このような観点から,キッチンドリンカー,単身赴任ドリンカーについて述べてみたいと思う.

ストレスと飲酒

著者: 清水新二

ページ範囲:P.252 - P.257

 ストレスと飲酒に関しては,電撃や拘束による計画的なストレス負荷をめぐる動物実験研究,ならびに社会生活や自然災害から無意図的に生じるストレスについて人間社会を対象にした社会的ストレス研究がある.筆者の専門は,個体としての人間を含めて動物実験研究ではないため,後者の領域の社会的ストレス研究を中心に論じることにし,本稿と関連する限りで,動物実験によるストレス研究の成果にも触れることにする.
 また「災害」はわが国におけるPTSD(post traumatic stress disorders)研究を触発した典型的な社会的ストレス状況と見なせるにもかかわらず,わが国ではこれまで災害ストレスとアルコール問題に関する研究は皆無といってよい状態にあった.最近この領域における研究にも端緒が開かれつつあることから,ストレスと飲酒問題の新しい研究として,特に「災害ストレスと飲酒」研究を紹介することにしたい.

アルコールの健康影響

著者: 成瀬暢也

ページ範囲:P.258 - P.261

 「酒は百薬の長」といわれ,その効用は古くから伝えられてきた.実際,適量の飲酒は虚血性心疾患や脳梗塞の危険を低下させるという報告は少なくない1,2).しかし,大量の飲酒が健康に悪影響を及ぼすことも周知の事実である.その一例として,筆者の勤務する埼玉県立精神保健総合センター中毒性精神障害専門病棟に,アルコール依存症(以下,ア症)で入院した患者の身体合併症について表に示す.
 長期大量の飲酒が身体に有害であることは,ア症者が高い頻度で肝硬変をはじめとした合併症をもつことから明らかである.これら合併症の中から主なものを取り上げたい.

飲酒行動への保健所の対応の現状

著者: 竹内達夫

ページ範囲:P.262 - P.265

 中世の人文学者エラスムスは,「予防にまさる治療なし」といった.疾病に対しての一次予防の重要さを見事に言い尽くしている.医学および学際領域の進歩は,この正しさをますます実証してきている.
 かつて厚生省のアルコール問題に関してのいわゆる河野研究班は,大量飲酒のアルコール依存症の予備群を含めアルコール依存症圏の者約220万人と算定した.日本は,先進国の中で例外的に飲用アルコール消費量の増加している国である.現在ではアルコール依存症圏の者の数は,約240万人とも予測されている.女性飲酒量の増加,さらに男女とも飲酒者の低年齢化などがその数を増加させていると推定されている.

視点

21世紀に向けての地域保健—公衆衛生とコスト意識

著者: 前田秀雄

ページ範囲:P.226 - P.227

 「21世紀に向けての地域保健」という未来志向のテーマにそぐわない後ろ向きな話題とは承知しつつ,最近世情で喧しい「コスト意識」について一言申し述べたい.近年の高齢社会における経済活力の維持を唱える気運に,構造不況が拍車をかけ,いまや一億総コスト削減社会の感がある.保健・医療・福祉といった社会サービスの分野にも,一連の法,制度の改定が矢継ぎ早に打ち出されている.しかしながら,こうした対応は,ともするとまずコスト削減ありきの拙速な論議に終始し,本末転倒な展開になりかねない.
 老人医療費の抑制でコスト削減策の先陣を切った医療の分野では,医療システムの本質的矛盾により増加した医療費の抑制,保険財源の補填,入院・高額医療の「適正化」といった小手先のコスト削減策が行き尽くした.最近ようやく,寿命などの指標を考慮した医療の費用対効用など,医療の体質自体の変革という本質的なコスト意識に着手されはじめた感がある.しかしながら,生活の質のあり方や依存的医療の転換の論議に住民を巻き込まずに着手することは,その政策の実効性を著しく低下させる危険がある.

連載 シリーズ 始動した新しい健康の町づくり—出雲健康文化都市プロジェクト・1【新連載】

健康文化都市づくりの現代的意義—市民・行政・専門家協働のまちづくり

著者: 渡部英二 ,   山根洋右

ページ範囲:P.267 - P.272

 健康・医療・福祉に関する国際的潮流,社会的挑戦と実験は,21世紀の日本に多くの示唆を与えている.日本の戦後50年体制の腐朽化は政治,経済のみならず公衆衛生,医療,福祉のシステムにも及んでいる.従来の国,県の中央集権的健康政策は,市町村を主体とする地方主権,住民自治に基づく政策形成へと大きく変わろうとしている.
 人々が生まれ,育ち,学び,働き,愛し合い,老いていく「人間尊厳の健康文化のまちづくり」は,市民を核とした市町村自治体の責務である.そして,市町村こそ最もバランスが取れた多彩な専門職集団であり,健康文化都市づくりの推進力である.静かに流れる大河の底流が激しく岩を噛んでいるように,健康文化都市づくり(Healthy Cities and Communities)は,従来の保健官僚主義,父権主義を深いところで突き崩し,地方主権と保健民主主義の成熟を加速度的に促進しつつあるように思われる.

西生田の杜から

“書く”ということ

著者: 足立紀子

ページ範囲:P.278 - P.279

何を書くか?
 1999年が明けた.そして新しい年度も始まる.なにかと変動の激しい昨年だったが,ある領域では介護保険とケアマネジャーに明け暮れたといえるほどのフィーバーぶりだったようだ.
 本誌からの執筆依頼があったのは昨年11月の半ば,そろそろケアマネジャーの受講資格試験が日程に上るころで,長年の保健婦業にいったん終止符を打ち,しばし休息の後,福祉を学びはじめて3年半たった時である.私の最後の10年間が在宅ケアにかかわる仕事であったために,何かの折に書くことがあると(当然在宅ケアに関することが多いので),あたかも保健婦の仕事が在宅ケアにあるとでも言っているような受け取られ方や誤解があるようだった.そのため,組織の一員としてその職務に取り組み,保健婦として可能な限りの試みを重ねてきたつもりの私には,何かしら歯がゆさがっきまとっていた.訪問看護事業を中心として,様々な在宅ケア施策や連携システムづくりにかかわりながら,常に公衆衛生を担う職種としての自覚を忘れたことはない.

公衆衛生へのメッセージ—福祉の現場から

知的障害者とのつきあい方

著者: 古林敬一

ページ範囲:P.280 - P.281

一般市民の知的障害者への意識
 役所が市街地に計画している知的障害者・精神障害者施設の建設に地元住民が反対していることを取材した新聞記事に,次のような住民の声が書かれていました1)(カッコ内は筆者の補足).
 「住民に不利益になる施設を建設するのだから,十分に説明をしてほしい」,「施設ができると,土地やマンションの価値が下がる」,「(施設を作るのなら)町の中より山奥の方がいい」.

老人保健法にもとづく機能訓練事業全国実態調査報告

1.機能訓練事業に対する意識

著者: 澤俊二 ,   亀ケ谷忠彦 ,   岩井浩一 ,   安岡利一 ,   大仲功一 ,   伊佐地隆 ,   大田仁史

ページ範囲:P.282 - P.283

 2000年4月に介護保険制度導入を控え,老人保健法に基づく機能訓練事業の関係者からは今後の事業の動向に対する不安,ひいては事業の存続自体をすら危惧する声が聞かれる.
 機能訓練事業は1983年2月の老人保健法実施以来,広く全国へ展開し16年間にわたって地域リハビリテーション活動を支えてきた.しかし今後,介護保険制度のもとでデイサービス,デイケアの整備が進むにつれて,機能訓練事業はその位置づけを変化させることが迫られている.

全国の事例や活動に学ぶ 今月の事例 沖縄県中央保健所

「所内学習会」のすすめ

著者: 国吉秀樹 ,   竹内俊介

ページ範囲:P.284 - P.285

 中央保健所は69名と県では大所帯の保健所であり,沖縄県の中核保健所という位置づけを得ている.県の保健分野担当職員の研修や県全体の企画,あるいは福祉分野との共同事業を構築するデザインを中心的に検討したりしているのだが,緒についたばかりで課題は多い.筆者は総務課企画情報班の所属であることから研修の企画に当たることが多いが,今回は「所内学習会」として企画情報班独自に始めた研修(?)について述べたい.
 平成10年の4月より現在まで基本的に毎月1回第3金曜日の午後4時から5時15分までの1時間余を当てて行っており,1カ月前には所内外の講師を決定して依頼している.始めるにあたって考えたことは,大所帯ゆえに集められた所内の多くの人材の専門的知識,技術を所全体で活用しようということであった.同じ職場にいても,日頃の業務に直接の結びつきがなければ意外と専門の話をする機会はないものであるし,一つのテーマについて意見を交わすことも職員全体でとなると種々の困難が伴う.また,日頃の業務に関係は薄いかもしれないが,公衆衛生の課題を考える上では重要,という分野は話されにくい.もつとも,既に最近の保健所の抱える問題などについて(市町村支援とか)所長を中心に講話などを行い,保健所職員としての目標などを確認されている職場も少なくないと聞いているが,私たちの場合はもう少し「緩やかな,贅沢な時間」を共有したいと思ったのである.

自治体の保健福祉活動における理学療法士の役割・13

市町村の母子保健事業と理学療法士

著者: 山本和儀

ページ範囲:P.288 - P.291

 少子・高齢化が進展する今日,子育て支援はますます重要な課題となってきている.安心して子どもを生み育てられる環境の整備は,住民の最も身近な行政機関である市町村の責務であり,このことは平成6年7月の母子保健法および児童福祉法の一部改正によつても明確化された.従来は,都道府県や政令市,特別区が中心となり母子保健事業を実施していたが,本法の改正によって平成9年4月より住民に身近で頻度の高い保健サービスは,市町村により一元的に提供される必要があるとされ,その権限が委譲された.さらに,市町村における円滑な母子保健事業の実施に向け,国は市町村における母子保健計画の策定を促す指針を策定している.
 本稿ではこのような状況も踏まえ,現在市町村が実施している母子保健事業の概要について述べるとともに,事業を展開する上で理学療法士が果たすべき役割について私見を述べてみたい.

活動レポート

保健所における難病デイケアに向けた基盤づくり

著者: 内野英幸 ,   寺島敬子 ,   平林恵美 ,   長田憲治 ,   市川政恵

ページ範囲:P.273 - P.276

 平成7年度に,管内の特定疾患医療受給対象者のうち,最も発生率が高いパーキンソン病患者について,患者世帯(19世帯)の訪問調査を行った.その結果,機能障害のある患者への日常生活支援や福祉制度の活用など多くの援助できる点がみられた.さらに,同病で悩む者同士の情報交換や交流会の要望も聞かれた.
 そこで,平成7年度から,患者・家族会の結成を狙い保健所主催による相談会を実施し,平成8年度には,「パーキンソンひまわりの会」を結成することができた.加えて,平成9年度には,対象疾患を広げ神経難病の患者会や全身性エリテマトーデスの患者会などにも取り組んできた.今回,平成10年度から実施する保健所難病デイケアに向けて検討したので報告する.

調査報告

特別養護老人施設におけるMRSA感染症の検討

著者: 岡本優子 ,   吉川弓林 ,   管野信一 ,   菅沼靖

ページ範囲:P.293 - P.296

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin resistant Staphylococcus Aureus,以下,MRSA)は院内感染症の起因菌として各医療機関で大きな問題となっている.老人医療福祉施設1〜4)や在宅介護領域5)においてもMRSA感染症は問題となっており,高齢化社会を迎えたわが国においてはその対応が今後の重要な課題となっている.MRSA感染症に対する過剰な対応により,MRSA保菌を理由に必要な福祉サービスが受けられないなどの不幸な事態を起こさないように,感染防止対策を練る上でも,感染の現状を把握しておくことが必要である.今回われわれは特別養護老人ホーム(常に介護が必要で自宅では生活できない老人のための施設)でのMRSAの発生状況を約2年間にわたり調査したので報告する.

報告

外来診療時における禁煙指導の効果

著者: 稲葉静代 ,   棚橋聰子 ,   操厚 ,   安福嘉則

ページ範囲:P.298 - P.301

 近年,喫煙問題が大きく取り上げられるようになつた1).体系的な禁煙指導プログラムの開発などにより,職域や禁煙教室で効果を上げているが2,3),それらは禁煙志願者のみを対象としていたり,特別な状況下での集中的な禁煙プログラムであるなど,その使用はある程度の制約を受けている.一方,検診時や人間ドックの際に行う一般的な禁煙指導の効果についての報告は少なく,集中的な禁煙プログラムに比べて成功率は低いものの,広範に対象者を設定できる利点がある4,5)
 受診者がなんらかの症状をもって来院する一般医療機関においては,簡便な指導であっても禁煙に成功しやすいのではないかと考えられる.そこで今回われわれは外来診療時における医師による禁煙指導の効果評価を試みた.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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