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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生63巻8号

1999年08月発行

雑誌目次

特集 女性への暴力

ドメスティツク・バイオレンスとは

著者: 波田あい子

ページ範囲:P.532 - P.536

用語選択の経緯
 ドメスティック(domestic)は一般的には「家庭」を意味するが,ドメスティック・バイオレンスの場合は,これを家庭内暴力と訳してしまうと明らかな誤訳となる.この用語の米国における由来に照らすと,正しくは,夫やボーイフレンドによる女性への暴力のことである.つまり,女性にとって親密な関係にある男性からの暴力(過去に「親密な関係にあった」も含む)を指すもので,同居あるいは法的な婚姻関係の有無は付随的な事柄にすぎない.とはいえ,女性にとって親密な関係にある男性の代表は夫なので,ドメスティック・バイオレンスを「夫の暴力」と呼ぶのは簡潔かつ正確であろう.本稿でも,解説上必要な場合の他は,外来語そのままの曖昧な用語を避け,「夫の暴力」を用いる.
 一方,一般的な意味の家庭内暴力,つまり,様々な形態の家族成員による身体的,心理的,性的な暴力はファミリー・バイオレンス(family violence)の用語が使われる.

性暴力と医療の役割

著者: 佐々木靜子

ページ範囲:P.537 - P.544

 1993年,国連で女性に対する暴力の撤廃の宣言が採択されて以来,「性暴力被害」へ国際的な関心が高まりました.わが国でも警視庁が性犯罪にも取り組む方針を出し,性犯罪に対応する女性警察官が配置されました.
 1998年,「性暴力裁判全国弁護士ネットワーク」がつくられるなど,法的なサポート体制も動きはじめました.

シェルターから見える女性への暴力の存在

著者: 阿部裕子

ページ範囲:P.545 - P.548

みずらのシェルター
 みずらは1990年5月に個人の女性たちの集まりで発足しました.「女性のための何でも相談」を活動のメインにして利便性の良い場所に事務所としてマンションを借り,メンバーの中からパートタイマーで相談スタッフをおいたのです.当時としては,財政の裏付けのない団体が身の丈以上の事務所や常駐スタッフをおくことでだれからも「無謀!」と噂されました.
 名もない,発足したばかりの小さな団体に相談が寄せられるだろうか? という不安とは裏腹に次々に女性たちから様々な相談が寄せられてきました.見知らぬ団体に対して電話のむこうから堰を切ったようにプライベートな困難やトラブル,さらに自らの人生を語り続ける相談者たちにわたしたちは驚愕さえ覚えたほどです.

東京都「女性に対する暴力」調査報告—夫やパートナーからの暴力—深刻な実態が明らかに

著者: 大村裕子

ページ範囲:P.549 - P.552

 1998年5月,東京都において「女性に対する暴力」特に家庭内の暴力として表面化しにくい「夫やパートナーからの暴力」いわゆるドメスティック・バイオレンスについての調査報告を発表した.
 発表後,今日に至るまで間断なく報道関係,一般市民および関係機関の人々から取材や問い合わせを受け,社会的に関心が高まりつつあることを実感してきたところである.

法律家から見たドメスティック・バイオレンス

著者: 林陽子

ページ範囲:P.553 - P.557

問題の背景
 私が「女性に対する暴力」という言葉を身近に初めて聞いたのは,1985年に国連が開いたナイロビ女性会議(第3回世界女性会議)のNGOフォーラムに参加した時である.当時の日本の女性運動の関心対象は,雇用や教育における平等にかなり限定されていたが,ナイロビでは強姦や売買春,妻への殴打,武力紛争下での女性の人権といった,非常に広い文脈で女性の人権が語られており,ここでの議論に接したことによって,自分のその後の弁護士活動に一つの方向を与えられたと思う.
 翌1986年から,私は日本キリスト教婦人矯風会がこの年に設立したシェルター「女性の家・HELP」で法律相談を受け持つようになった.HELPには東南アジア出身の女性たちの賃金未払いや売春の強要などの相談が数多く寄せられていたが,日本人男性との関係破綻に伴う相談も非常に多かった.ドメスティック・バイオレンスに関する相談を受けるようになったのはこの時からであるが,その被害がアジア女性だけではなく,日本の女性にも深く進行していることに気が付くのにはしばらく時間を要した.

女性と暴力—保健所における取り組み

著者: 徳永雅子 ,   向山晴子

ページ範囲:P.558 - P.562

 保健所(保健福祉センター)において,女性に対する暴力の相談にかかわるようになったのは,アルコール相談が始まってからである.1980年代半ばを過ぎたころ,保健所にも夫の暴力を訴えて駆け込む姿が目立つようになってきた.しかしながら,彼女たちは援助を求めてきても,すぐミーティングを脱落してしまう.悲惨な状況で,命が危ないかもしれないのに家を出ようとしない.なぜ暴力を伴っているアルコール家族は変化しないのか,夫から離れようとしないのか不思議であった.そしてまたいったん家を出ても,また帰るという出入りも結構あって,介入も難しいという印象だった.
 それからは薬物依存,男性依存,ギャンブルなど嗜癖にからむ暴力,恋人からの暴力,父親や母親の思春期の娘に対するいじめ,あるいは嫉妬妄想と暴力,老人虐待,児童虐待,精神疾患と暴力など様々なバイオレンスの相談が関係機関を通して,あるいは直接に相談が入るようになった.

視点

「予防」こそ保健婦の仕事—21世紀に向けての地域保健

著者: 國分恵子

ページ範囲:P.530 - P.531

 近年の保健婦の仕事のしかたが大きく変化し,このまま行けば「公衆衛生看護活動」を専門に行う保健婦という職種(「名称」ではない)が消滅してしまうのではないかと危惧している.
 その理由の第1は,「ゴールドプラン」から「介護保険」に至るまでの国の保健・福祉対策の見直しである.来年度の介護保険導入に向けて,市町村保健婦の相当数が保健担当から福祉担当に異動しており,保健婦の仕事が予防活動から福祉活動へとシフトしはじめている.福祉の理念はともかくとして,現場の福祉活動は現状対応的な仕事が多く,その業務をこなすことを日常業務としていくと,「保健婦の仕事ってな〜に」ということになりかねない.

トピックス

多剤耐性DT104型サルモネラ・ティフィムリウムによる食中毒

著者: 工藤泰雄 ,   楠淳

ページ範囲:P.563 - P.566

 サルモネラに起因する感染症のうち全身性の感染を引き起こすチフス性の疾患(腸チフスやパラチフス)は,衛生環境の整備,医療の進歩などに伴い近年激減した.しかし,一般に食中毒として扱われる急性の胃腸炎は食環境の変化とも関連してむしろ増加する傾向にある.特に最近では,欧米と同様鶏卵を介したサルモネラ・エンテリティディス食中毒が大流行しその防止対策が大きな関心事となっているが1,2),こうした最中,多剤耐性のDT104型と呼ばれるサルモネラ・ティフィムリウム(ネズミチフス菌とも呼称)による食中毒が新たに出現し,新興・再興感染症の一つとしてその発生動向が世界的に注目を浴びつつある3)
 本稿では以下,このDT104型サルモネラ・ティフィムリウムによる感染症について,細菌学的,疫学的特徴などの面から概略紹介し,参考に供したい.

シンポジウム 第17期日本学術会議環境保健学研連主催公開シンポジウム 「内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)の影響はどこまでわかっているか」

人間への影響

著者: 米元純三

ページ範囲:P.600 - P.604

 私に与えられているテーマは,人間への影響ということであるが,初めに結論めいたことを言ってしまうと,人への健康影響は,はっきりわかっていないというのが現状ではないかと思う.しかし,この問題は生殖へ影響が及ぼされるということ,すなわち次世代,ひいては種の存続にも影響があるという問題であるから,疑わしきは罰せずではなくて,予防安全的な考えが必要となろう.
 環境ホルモン問題は,環境中にあるホルモン様化学物質が野生生物に様々な生殖影響を及ぼしているということがあり,それらの生殖影響と化学物質の間にはなんらかの関連があるという状況証拠が様々あることが端緒になっている.そこで,この野生生物で見られている様々な生殖影響が人においても起こり得るのか,あるいは起こっているのか,また現在人においても指摘されている精子の減少とか,精巣腫瘍の増加,性ホルモンと関連があるがんの増加といった現象が,環境中のホルモン様化学物質との間になんらかの因果関係があるのかということがこの問題の最大の焦点ではないかと考える.しかし一つ非常に難しいことは,種々の疫学調査が行われているが,人はそれぞれ様々なライフスタイルを持っており,食物や生活習慣も違う.しかも種々の化学物質の複合曝露を受けているということで,この因果関係を明らかにすることは至難である.

連載 シリーズ 始動した新しい健康の町づくり—出雲健康文化都市プロジェクト・5

市民と専門家のエンパワーメントを実現する健康学習

著者: 四方田悦子 ,   石川智恵子 ,   塩飽邦憲

ページ範囲:P.567 - P.571

健康活動と暮らし方の選択
 出雲市健康文化都市プロジェクトでは,健康福祉政策の形成,市民活動のネットワーキング,健康学習を重視している.出雲市では,高脂血症や糖尿病など生活習慣病の増加が著しく,ストレス関連疾患や,エイズなどの性行動関連の感染症も重要な健康課題となっている.こうした中で,市民一人ひとりが,緑豊かな自然環境の中で社会資源を活用しながら「障害や病気の有無にかかわらず,いきいきと輝いて暮らす」ことが,健康活動の目的となってきた.出雲市老人クラブは,「健康文化都市・いずもプラン21」1)の策定に積極的に参加し,健康活動の目標を「元気に暮らす」ことだけでなく,「老いと孤独を受け容れる」,「ボランティアや趣味を通して地域社会とかかわる」,「地域文化や生きる技を伝える」ことに拡大し,1997年より連続講座を企画している.まさに,市民の健康観は,身体的な健康から精神的・社会的・霊的(スピリチュアル)健康を含む総合的な健康観へと発展しつつあると言えよう.市民は,自らの価値観や信念に基づいた健康福祉サービスや暮らし方を選択している.さらに,市民は受動的な健康福祉サービスの受け手ではなく,能動的で「自立した健康人(ヘルシー・ピープル)」であり,自己尊厳,セルフケア,ソーシャルネットワークの開発,社会サービス利用の選択能力をのばしつつある2)

西生田の杜から

ケアマネジャーと保健婦

著者: 足立紀子

ページ範囲:P.572 - P.573

在宅ケアと保健婦
 「公衆衛生」の概念をそっと横においたまま「地域保健」が主流になって久しい.これらの使い分けを明確にしないまま,日常的に用いることに違和感をもつ保健婦の一人である.
 たしか中学1年で分数の割り算を習ったとき,分数を逆さまにして掛ければよいのだと教えられ,どうしても納得できず,その頃ひどく内気だった私が教師を追いかけてまで質問したことを妙に思い出す.このことと公衆衛生や地域保健とどう関係あるのかといえば,納得できないことへのいらだちという点である.数学はだれでも説明できる根拠と理論に裏打ちされているので,教える側の技術と教わる側の理解があれば納得できる.

公衆衛生へのメッセージ—福祉の現場から

知的障害者施設におけるインフルエンザ

著者: 古林敬一

ページ範囲:P.574 - P.575

 先月号で出口先生が老人福祉施設におけるインフルエンザ対策について書かれましたので,真夏に季節はずれの話題で恐縮ですが,私も,知的障害者施設でのインフルエンザ流行の実態とその対策について思い悩んでいることを書いてみたいと思います.

老人保健法にもとづく機能訓練事業全国実態調査報告

5.機能訓練事業利用者の制限,訓練実施期間の制限

著者: 澤俊二 ,   亀ケ谷忠彦 ,   岩井浩一 ,   安岡利一 ,   大仲功一 ,   伊佐地隆 ,   大田仁史

ページ範囲:P.576 - P.577

 今回は,機能訓練事業利用者の制限,ならびに訓練実施期間の制限について,調査に協力を得られた全国3,389施設の回答の集計結果を報告する.

全国の事例や活動に学ぶ 今月の事例 沖縄県宮古保健所

老人保健事業市町村ヒアリング

著者: 国吉秀樹 ,   香川治子

ページ範囲:P.578 - P.579

 「保健サービス評価支援事業」が終わったかと思えば,がん検診の一般財源化,さらには介護保険の導入と関係した見直しが進行中など,最近の老人保健事業を取り巻く情勢の変化は目まぐるしい(他にも細々とあるが).私たち保健所でも,その時々の情報を収集・整理しながら市町村の相談・指導にあたっているはずなのだが,注意しないとその場限りの対応に終わってしまう.
 宮古保健所では,平成7年頃から管内の6市町村すべてと「老人保健事業ヒアリング検討会」を毎年持つようにしている.これは,県担当課が市町村に対して行う老人保健事業の補助金ベースのヒアリング数週間前に市町村に資料を揃えてもらい,保健所の健康増進課を中心とした担当者が市町村に出向いて検討を行っているものである.実際のヒアリング会場は保健所なので,そのときも保健所担当者は同席して必要最小限の補足説明と助言を行う(このとき,市町村側の立場で臨むことがポイントである).この検討会の目的は,市町村の担当課長,新任保健婦などに老人保健事業を計画的に進めてもらうよう研修を行うと同時に,保健所担当者にも市町村支援の具体的方法を体験してもらうことにある.もっとも,当初は「プレッシャーのかかるヒアリングの対策をいっしょに練ろう」という誘い方ではあったが….

自治体の保健福祉活動における理学療法士の役割・17

学童期,青年期のリハビリテーションにおける理学療法

著者: 野村典子

ページ範囲:P.585 - P.589

 大東市は,大阪市の東部に隣接する人口約13万人の町である.昭和40年代に大阪都市圏の拡大に伴い,急速に都市化が進み工場や事業所が進出し人口も急増した.
 市内にある心身障害児・者施設は,就学前の知的障害児と身体障害児の通園施設である市立療育センター,知的障害者通所授産施設の府立大東園があり,他に7カ所の小規模作業所がある.学齢期をはさんで通所型の福祉施設はあるが,入所施設は児童成人ともに設置されていない.

活動レポート

中学生への喫煙防止教育と喫煙に対する態度および信念の変化

著者: 大見広規 ,   望月吉勝 ,   廣岡憲造

ページ範囲:P.580 - P.584

 未成年からの喫煙は,成人後の喫煙と比べ,将来の虚血性心疾患やがんの危険率を高めることが確認されている1).しかし,最近,未成年者の喫煙が増加傾向にある2,3)
 これを防止するための教育的介入がされ,その効果の評価に生徒の喫煙に対する態度および信念が用いられてきた4,5,6).このような試みは,多くは高校生に対し行われてきたが,喫煙開始年齢が若年化したことを考え,中学校2年生を対象とする喫煙防止教育で効果の評価を行った.

報告

働く女性の子育て支援に関する研究—育児休業取得の実態と問題点

著者: 山内葉月 ,   松崎久恵 ,   涌井忠昭 ,   原田規章

ページ範囲:P.590 - P.593

 育児と仕事の両立を目指す女性が増加している.その一方で,女性の就業継続を困難にする最大の理由に育児が挙げられている.平成4年の就業構造基本調査によれば,25〜34歳の女性の離職者の約3割が育児を理由とする離職であった1).このように,女性労働者に対する育児支援の必要性は非常に高い.
 1992年に育児休業法が施行されておよそ6年が経過した.その間には制度の普及状況や利用率について,いくつかの調査報告2,3)がみられる.しかし,制度の利用状況を利用者側の意識の面から検討した調査研究は十分とはいえず,その状況にはなお不明の点が多い.そこで,アンケート調査により育児休業取得の実態と問題点を明らかにすることで,働く女性の子育て支援に関する知見を得ることを目的とする研究を行った.

資料

阿見町における機能訓練事業の効果—QOLと活動能力を中心に

著者: 横塚美恵子 ,   中澤勝子 ,   小野田浩美 ,   角羽綾子

ページ範囲:P.595 - P.599

目的
 昭和58年に制定された老人保健法に基づき,機能訓練事業などの地域リハビリテーションに関する諸事業が開始されてから十余年が経過した.機能訓練事業は保健婦を中心として,病院での訓練を終了した高齢障害者などが心身の機能を維持・回復することを目的として実施されてきた.島田は機能訓練事業の発展的な企画運営のためには,セラピストの常勤雇用をすすめるとともに,この分野におけるリハビリテーション医師の積極的な活動が望ましいと報告している1).しかしながら,機能訓練事業に参加する常勤理学療法士の数は少なく,非常勤理学療法士が1カ月に数回程度機能訓練事業に参加するにとどまっている.このような状況下において機能訓練事業の効果に対して疑問を投げかけられることも少なくない.
 一方では老人保健法の指針によると,機能訓練事業のかかわりの中で,開始からおおむね6カ月から1年で継続の有無を判断することが求められてきているが,効果判定に関する報告は少ない.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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