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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生64巻3号

2000年03月発行

雑誌目次

特集 性の公衆衛生

セクシュアリティの概念

著者: 針間克己

ページ範囲:P.148 - P.153

セクシュアリティとは何か
 セクシュアリティとは何だろうか.単純に考えれば,英語のsexuality,すなわちsexual(性的な)の名詞形sexuality(性的なこと)をカタカナ表記したものだとも思える.しかし,日本語で現在用いられるセクシュアリティという用語は,sexualityの中でより限定された概念が,主として用いられているようである.
 近年,個人の性は,個人に属するものであり,社会や制度,医療や家族などから,強要されたり,押しつけられたりするものではないという認識が世界的に高まっている.このような文脈における性を示す英語圏の用語としては通常sexualityが用いられる.例えば,1999年の香港における世界性科学会議で採択された性の権利宣言は次のような文章で始まる.“Sexuality is an integral part of the personality of every human being.”(セクシュアリティとは,人間ひとりひとりの人格に不可欠な要素である.)

性感染症の行方

著者: 白井千香

ページ範囲:P.154 - P.159

 性感染症は性行為によって細菌やウイルス,寄生虫などが伝播する感染症(sexually transmitted diseases;STDs:以下,STD)である.性感染症は人間の生(=性)に関連して古くから存在してきた.交通機関の発達などに伴い人間の行動範囲は広がり,現在,HIV(human immunodeficiency virus)感染症を含めSTDは全世界的な問題となっている1)
 性に関連する行動が全くなければSTDは発生しない.歴史の中では純潔教育や防疫・隔離・蔓延防止が奏効した時代もあったかもしれない.しかし現在の日本においては,性行動開始の低年齢化2),情報化社会における多機能の性産業3),性愛の価値観の多様化など,若年者から高齢者まですべての人たちをSTDから隔離した環境におくことは不可能である.私たちは「性のあるところにはSTDがある」という認識を持たなければならない.性にかかわる健康はリプロダクティブ・ヘルス/ライツを推進する方向で考えていきたい.

性にかかわる問題への危機介入

著者: 吉永陽子

ページ範囲:P.160 - P.163

 「老人と精神で精一杯で性のことまで手がまわりません」しばしば,筆者は講演会先で性にかかわる問題への危機介入に際して自己犠牲を強いられる公衆衛生従事者の苦言を聞く.「早く気づいてほしい」一方で声にならない叫びがある.残念ながら日本には性暴力に対応するクライシスセンターは存在していない.本稿では「今ここでできること」を始めるための提言をしたい.

性のマイノリティ支援—セクハラ対策—今,職場で問われていること

著者: 金子雅臣

ページ範囲:P.164 - P.167

古くて新しい問題
 セクシャル・ハラスメント(以下,セクハラ)問題は,「古くて新しい問題だ」と言われることがある.その意味は,この言葉が出てきて,初めて問題になってきたのではなく,古くからあった問題が,このキーワードで表現できるようになったということである.
 つまり,表現する言葉をもたず,どのように言って他人にこの被害を伝えればよいのかわからなかったテーマであったということである.だから,この不条理を自分で抱え込んで納得するしか方法がなく,他人に理解してもらうことはもちろん,訴えることは到底かなわないと考えられてきたテーマであったと言ってもいい.

性のマイノリティ支援—障害者の性

著者: 岩渕成子

ページ範囲:P.168 - P.170

 「障害者の性」というが,障害は視覚・聴覚という感覚障害,肢体障害,知的障害,精神障害など様々である.また,障害名は同一でもそれぞれの障害を生まれた時から負っているのか,交通事故や病気などで後天的に負ったのか,などの発生時期や,障害の程度,その後のケアにより,本人に与える影響は千差万別となり,すべてについて述べることは誌面の関係で不可能である.
 そこで,社会的自立の面で問題を抱えやすく,対象者が比較的多い知的障害者の課題を中心に述べたい.

性のマイノリティ支援—セックスレス

著者: 長田尚夫 ,   矢島通孝

ページ範囲:P.171 - P.174

セックスレス
1.セックスレスとは
 決まった性的パートナーがいて,単身赴任や入院などの特殊な事情が認められないにもかかわらず,カップルの合意した性交,あるいはセクシャル・コンタクト(ペッティングやオーラルセックス,裸で抱き合って寝るなど,当人同志がセックスと考えている性行為全般)が,1カ月以上なく,その後も同じ状態が長期にわたることが予想される場合をいう.
 セックスレス・カップルを大きく分けると,「したくてもできないグループ」と「しなくてもよいグループ」とに分類できる.前者の「したくてもできない」は勃起しないとか性交時に痛みがあってセックスできないといった明らかな障害が原因となっているものである.後者の「しなくてもよい」には,飽きたから,倦怠期だから,年齢をとったから,といった理由でセックスしないタイプと,男女2人の合意でセックスを行わないタイプとがある.「したくてもできない」はどうしてもセックスできるようにしたいということで医療機関を訪れるが,「しなくてもよい」は2人揃ってセックスはなくてもよいと思っているので,問題にならず表面にでてこない.

性の健康

著者: 池上清子

ページ範囲:P.175 - P.180

 1994年に開かれた国際人口開発会議(ICPD-International Conference on Population and Development)は,マクロの人口問題に取り組むにあたり,ミクロレベルの個人の性の健康とそれを自ら選択・決定する権利という新たな視点を提示した.リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖の健康)とリプロダクティブ・ライツ(性と生殖の権利)である.馴染みにくい言葉ではあるが,基本的な概念は性と生殖の健康を「統合的」にプライマリ・ヘルス・ケアを通して推進することにあると言えよう(図).採択された「行動計画」は2015年までにすべての人に対するリプロダクティブ・ヘルス・ケア(注1)の提供を目標と定め,各国政府にその実施を求めている.また,このパラダイムシフトは単に身体的な健康のみならず,これを保障する社会的な側面(女性のエンパワーメント,性暴力や性に関する個人の自己決定権など)にも光を当てることになった.
 昨年には「行動計画」の実施状況を見直す会議がICPDプラス5として国連主催により開催された.ここではどのように若者を巻き込みながら彼らに対して効果的にリプロダクティブ・ヘルスを提供できるかに議論が集中した.ユースの問題が焦点となったのである.ユースが次世代として重要な役割を担っていることに加えて,各国がユースへの取り組みに苦慮していることをうかがわせる場面でもあった.

性の公衆衛生における保健所の役割—保健所は何ができるか

著者: 細川えみ子

ページ範囲:P.181 - P.184

 以前から,力を入れている所長や保健婦のいる保健所での先進的な取り組みは知られていたが,それはあくまでも特別なこととされて,正面切った性への取り組みが全国の保健所で普遍化されることはなかった.命にかかわるような大問題ではないという軽視とか,性についてはなんだか取り組みにくいという忌避とか,その原因は様々ありつつも,そろそろ生活の質の観点から重要な「性」を無視し続けることはできなくなっている.しかし,何が本当の問題か整理された考え方はないし,方法論も持っているかどうか自信がないというのが現場の本音ではないだろうか.

視点

公衆衛生の温故知新—21世紀に向けての地域保健

著者: 田上豊資

ページ範囲:P.146 - P.147

構造改革と温故知新
 21世紀を目前にして,介護保険制度,医療保険制度改革,社会福祉の構造改革,年金制度改革など,戦後半世紀に構築されたわが国の社会保障制度が,歴史的な大転換期を迎えている.その背景には様々な社会環境の変化があるが,最も大きな要因は少子高齢化に伴う社会保障負担の増大であろう.
 正直いって地域保健は今混迷期にある.巨大な構造改革の渦に巻き込まれ翻弄されている小船のようにさえ見える.一方,逆転発想をすれば,このような構造的な転換期にあるからこそ,公衆衛生にしかできない本来の役割,新たな役割が見えてくるのかもしれない.最近,ヘルスプロモーションや健康危機管理といった言葉に公衆衛生従事者の注目が集まっているが,いずれも原点は「公衆衛生」である.歴史的な構造転換期にあり,混迷期にあるからこそ,「温故知新」をキーワードに今一度足元を見つめ直すべきではないだろうか.

トピックス

鼎談「介護保険時代」における市町村保健婦の役割・1

著者: 岩室紳也 ,   藤内修二 ,   中川昭生

ページ範囲:P.186 - P.191

 岩室 最近の保健所の業務はまず介護保険ありきですし,市町村ではベテラン,あるいは優秀な保健婦さんと目される人を介護保険担当に回している状態です.もちろん一時的にはそれは必要かもしれませんし,制度の円滑な運用は大事です.しかし,それでは介護保険が,公衆衛生,地域保健のメインであってよいのかというと,それは違うのではないかという気がします.
 ここ数年われわれ専門職は,一つのことに一所懸命になってしまうと,それがすべてのようになり,視野が狭くなってしまいがちだという危惧を持っています.実際,介護保険担当の保健婦さんたちと話をしていると,それ以外の話が出てこないという印象です.

連載 疫学 もう一度基礎から・3

疾病頻度の測定(2)—疫学指標

著者: 中村好一

ページ範囲:P.193 - P.197

■ポイント■
1.観察している指標が割合か,比か,率かを常に意識する
2.理論的な性質と通常の表記には隔たりがある(例:有病率=割合)

公衆衛生院からの発信・3

専門課程とMPH—公衆衛生専門家の登竜門

著者: 西田茂樹

ページ範囲:P.198 - P.199

 前号でご紹介したように,国立公衆衛生院では保健所長資格の要件を定めた地域保健法施行例第4条第2項「国立公衆衛生院の行う養成訓練の課程を経た者」の課程として「専門課程」を設置しています.しかしこの「専門課程」では単に保健所長資格のためだけに教育を実施しているのではありません.「専門課程」は,幅広い職種に対して広い視野に立って公衆衛生学に関する精深な知識,技術,技能を授け,公衆衛生分野におけるリーダーとなるのに必要な高度な能力を養うことを目的としています.諸外国においては,公衆衛生の教育は大学院レベルの公衆衛生学校(School of Public Health;SPH)で主として修士課程(Master of Public Health;MPH)の水準で実施されています.医師以外の人々も教育対象としているのが普通で,まさに公衆衛生の専門家を養成することを目的としています.国立公衆衛生院の「専門課程」も同様に公衆衛生の専門家の養成を目指して設置しており,修業者には諸外国のSPHと同様にMPHの称号を院長名で授与しています.
 「専門課程」の入学資格は,1)医師・歯科医師・獣医師・薬剤師(免許取得見込者を含む,獣医師・薬剤師は6年制の大学を卒業した者),2)昭和51年度以降の国立公衆衛生院専攻課程を修業した者,3)公衆衛生に関連のある大学院修士課程・博士課程前期を修了した者,4)前各号に掲げる者と同等以上の学力を有すると院長が認めた者,となっており医師以外にも広く門戸は開かれています.

海外レポート ニューヨーク州保健省の日常・3

アメリカのたばこ対策と日本人の喫煙率

著者: ホスラー晃子

ページ範囲:P.200 - P.201

 アメリカのたばこ対策の歴史はかれこれ40年近くになる.先月号で触れたように,1964年に発表された,公衆衛生局長官の喫煙と健康に関するレポートで,たばこと肺がんとの関係が明らかにされたのが,その発端とされている.そのレポート発表後,直ちに政府機関のたばこ対策連絡委員会が設置され,アメリカ医師会はたばこを「健康有害物質」と表明,ある生命保険会社はノンスモーカーの掛け金割引を打ち出す,など各界の反応は非常に早かった.翌年には議会がたばこパッケージの健康警告文の義務化を可決,1966年にはアメリカ国内のすべての紙巻きたばこに警告文がっくようになった.さらに1971年にはやはり議会の決議により,たばこのテレビ,ラジオコマーシャルが全面的に禁止された.受動喫煙の危険に関する公衆衛生局長官のレポートは1972年に登場しており,その翌年には国内線機内での禁煙席の設置が義務化されている.ちなみにアメリカの連邦政府施設内で,初めての全面的な禁煙が実施されたのはそれから15年後の1987年,病院内での禁煙が制度化されたのは1992年だが,それでも日本よりはかなり進んでいるといえる.
 州レベルの対応を比べてみるのも興味深い.公共施設での初の分煙を実行したのはアリゾナ州で,1973年のことである.1975年にはミネソタ州が室内のクリーンエア法を可決して,全米初の公共施設の分煙を制度化した.

全国の事例や活動に学ぶ 今月の事例 山形県村山保健所

保健所における喫煙対策への取り組み・1

著者: 山田敬子 ,   竹之内直人

ページ範囲:P.202 - P.203

 この原稿を書きはじめた時,厚生省から「健康日本21」の案が公表された.この各論(未定稿)の中では,喫煙率を成人・未成年ともに,現在の50%にするという目標数値が注目を集めている.今後,保健所における喫煙対策はますます重要な課題になると思われ,筆者らの取り組みを数回にわたってご紹介したい.
 そもそも筆者は,ちっとも治らない肺がんや,ゼーゼーヒーヒと苦しむ喘息の患者たちと11年間格闘した結果,予防医学にはたと目覚めた元呼吸器内科医である.平成9年,公衆衛生行政の最初の勤務先として,山形保健所(現在の村山保健所)に赴任した際の練習問題にと上司から与えられたテーマが,「喫煙対策に関する調査研究および広域的な啓発事業」であった.この事業では,地域保健推進特別事業として国庫補助を受け,分煙キャンペーン,喫煙に関する研修会の開催,公衆の場での分煙のアンケート調査を事業の3本柱として実施した.地域保健法が施行された平成9年度に実施した事業ということで,内容はかなりユニークなものであったので,以下にそのポイントをまとめてみた.

老人保健法にもとづく機能訓練事業全国実態調査報告(最終回)

12.総括

著者: 澤俊二 ,   亀ヶ谷忠彦 ,   岩井浩一 ,   安岡利一 ,   大仲功一 ,   伊佐地隆 ,   大田仁史

ページ範囲:P.204 - P.205

 いよいよ4月1日より介護保険制度が開始される.われわれは,介護保険制度開始前の機能訓練事業実施施設に対する全国アンケート調査を平成10年7月に実施し,その結果を11回にわたり報告してきた.今回は最終回として,まず,8回目(63巻11号)で報告した機能訓練事業に関与するスタッフ(1)の仕事内容「その他」に関する補足をし,次に報告に対する全体総括および今後の機能訓練事業の動きとそのあり方について述べる.

資料

地方化と地方衛生研究所の役割

著者: 井口恒男

ページ範囲:P.206 - P.210

 高齢化,経済不況,行政改革,一極集中から地方化へなど激変する現在の社会経済情勢の中で,地方衛生研究所(以下,地研)の役割を省み岐阜県の例を紹介しながら,地研の今後のあり方について考えてみたい.

フォーラム

保健所における地域保健情報の収集・整理・活用の現状と課題—人口動態統計を例として

著者: 玉貫良二

ページ範囲:P.211 - P.214

 保健所では,「所管区域に係る保健,医療,福祉に関する情報を幅広く収集,管理及び分析するとともに関係法令を踏まえつつ,関係機関及び地域住民に対してこれらを積極的に提供すること」および「各地域が抱える課題に即し,地域住民の生活に密着した調査及び研究を積極的に推進すること」が,運営上の指針として定められている(地域保健対策の推進に関する基本的な指針,平成6年12月1日厚告374).こうした地域保健対策をすすめていくうえで必要となる数多くの基礎的資料の一つである人口動態統計について,保健所における収集・整理・活用の現状と課題について考えてみた.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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