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雑誌目次

雑誌文献

公衆衛生64巻8号

2000年08月発行

雑誌目次

特集 公衆衛生と個人情報保護

公衆衛生と個人情報保護の沿革と今後のあり方

著者: 瀬上清貴 ,   佐藤敏行 ,   一瀬篤 ,   大竹輝臣

ページ範囲:P.532 - P.540

個人情報保護問題の考え方
 1.研究者に意識の転換を期待する
 これまで,医学や公衆衛生学の多くの研究者は,患者または市民から,あるいは医療機関などの診療記録や検診記録から保健医療に関する個人情報を取得し,研究や公衆衛生的事業に利活用してきた.しかし,今後はこうした考え方に急速な転換が必要となっている.ゆっくりとした足取りで忍び寄ってきた「個人情報保護」という概念は,昨年から今年にかけ,急速に足を速め,これまでの考え方では,研究を進めることが困難となる様相すら示している.
 乱暴な名簿商法や様々な個人情報流出事件などにより,国民のプライバシー意識が急速に高まり,個人情報の氾濫についにNoと言うようになった.そして平成13年3月には,新たに個人情報保護に関する基本法制が国会に上程されようとしている.

疫学研究におけるインフォームド・コンセントと倫理

著者: 玉腰暁子

ページ範囲:P.542 - P.547

インフォームド・コンセント1,2)
 今日のインフォームド・コンセントの法理の台頭までには二つの流れがあると考えられる.一つは,第二次世界大戦前に行われた生体実験への反省である.ナチスドイツに対する戦争裁判の中で,医学的な実験には被験者本人の同意が必要であるという「道徳的・倫理的・法律的概念を満たすために従うべき基本的諸原則」(ニュルンベルグ綱領,1947年)が定められた.後の世界医師会総会による「ヘルシンキ宣言」(1964年)では,人体実験に関してはインフォームド・コンセントが必要とされ,インフォームド・コンセントという概念が生じてきた(もっとも,インフォームド・コンセントの言葉が用いられるようになったのは1975年のヘルシンキ宣言東京改訂以降である).
 もう一つは,1950年代からの公民権運動をはじめとする人権運動である.特に米国においては,臨床の現場における患者の人権運動をきっかけとして,インフォームド・コンセントは医療過誤訴訟における法理として確立された.初めてインフォームド・コンセントの言葉が判決に現れたのは,1957年の医療過誤事件においてであり,その判決では,20世紀初めから確立されていた,医師が医学的侵襲を含む医療行為を患者の同意なしに実施すれば,医師は身体的な侵害(暴行)を犯したことになるという原則に加えて,医師には,患者から同意を得る前に,同意するかどうかを決めるために必要なあらゆることがらを説明する義務が課せられると判示された.

個人情報保護とデータの利活用の調和に関する国際的動向

著者: 水嶋春朔

ページ範囲:P.548 - P.556

個人情報保護の動向
 個人情報は,個人に関する情報で,秘匿性のある情報や私生活情報に限定されないものである.プライバシーの概念は,「ひとりにしておいてもらう権利」(伝統的プライバシー概念)から「自己に関する情報をコントロールする権利」(現代的プライバシー概念)に変化してきているとされている.
 近年の高度情報化社会における個人情報保護(プライバシー保護)の必要性が重要視され,情報化社会の進展に伴い権利意識の高揚もみられている.背景として,情報化社会におけるデータの大量・迅速な処理が可能となり,個人に関する情報が収集・蓄積・利用され,個人のプライバシーに対する脅威が高まったことが指摘される.

地方自治体における個人情報保護の状況

著者: 安冨潔

ページ範囲:P.557 - P.560

 プライバシーの権利は,伝統的に「ひとりにしておいてもらう権利」(伝統的プライバシー概念)として個人の人格にかかわる権利とされてきたが,今日では,「自己に関する情報をコントロールする権利」(現代的プライバシー概念)ととらえられている(表1).
 そして,情報化社会が進展するなかでプライバシー保護への要求が高まり,プライバシーの権利保護への対応も新しい局面を迎えることとなった.

地域がん登録事業と個人情報保護

著者: 大島明

ページ範囲:P.561 - P.566

地域がん登録の現状と仕組み
 地域がん登録は,「一定地域に居住する人口集団において発生したすべてのがん患者を把握し,その診断,治療に関する情報,ならびに予後情報を集め,保管,整理,解析する仕組み」と定義される.わが国の地域がん登録は,1950年代後半に宮城県,広島市,長崎市で開始された.いずれも疫学調査を主要な目的としていた.続いて,1960年代になって愛知県,大阪府,兵庫県,神奈川県などでがん登録事業が府県のがん対策の一環として開始された.以降がん登録を実施する府県は徐々に増加してきたが,1983年2月の老人保健法の施行に伴う国庫補助の開始によって府県がん登録の数はさらに増加し,1999年現在,34道府県市でがん登録事業が実施されている(表).
 図1には,大阪府がん登録を例として,地域がん登録における登録情報の流れを示した.医療機関では,定期的に,あるいは診療の区切りごとに,退院抄録などの記録に基づきがん患者の届出を行う.このデータは,中央登録室である大阪府立成人病センターにてコーディングされ,入力される.一方,中央登録室には保健所から死亡小票が送られ,がんの記載のあるものが登録される.中央登録室では,これらのデータを整理し,罹患率の集計・解析を行う.さらに,診断後5年あるいは10年の時点で生死不明のものに対して,保健所の協力を得て,住民基本台帳の閲覧により生存確認調査を行い,生存率の集計・解析を行う.

公衆衛生現場における個人情報保護

著者: 高岡幹夫

ページ範囲:P.567 - P.569

 横浜市においても,「横浜市の保有する情報の公開に関する条例(http://www.city.yokohama.jp/me/bunsho/hoyuzenbun.html)」および「横浜市個人情報の保護に関する条例(http://www.city.yokohama.jp/me/bunsho/kojinzenbun.html)」が平成12年2月に制定され,7月から施行された.これら条例は今までの「横浜市公文書等の公開等に関する条例」および「横浜市電子計算機処理等に係る個人情報保護条例」を改正したものである.
 主要な改正点は,「公文書等の公開等に関する条例」においては.

視点

かかりつけ医の地域における役割—21世紀に向けての地域医療・福祉・保健

著者: 野中博

ページ範囲:P.530 - P.531

 平成12年4月より介護保険制度が本格実施された.この制度には,今後多くの改善が望まれる.しかし介護保険制度が導入され,地域医療を担う「かかりつけ医」の役割がいままで以上に明確になったのも事実である.「かかりつけ医」の役割について論じたい.
 西暦2020年には4人に1人が高齢者である高齢社会の到来が予測されており,さらに要介護に併せて生活援助を要する高齢者数が西暦2000年には280万人に,そして2025年には520万人になると予想されている.これらの高齢者が住み慣れた自分の家で生活することを選択するのであれば,この選択を支援することが望まれる.様々な障害や痴呆症状を抱えた高齢者を,自宅において家族のみで支えることは,家族の犠牲が多く困難と考えられるが,病院や施設での高齢者の方々の生活を見るとき,この方々の自立や尊厳が尊重されているかについて多くの疑問を感じる.介護を受ける方々が,住み慣れたわが家で最愛の家族とともに過ごすことを望まれるのであれば,自宅で暮らすことの選択は保障されるべきであり,これからの高齢社会に最も望まれる視点である.この状況のなか平成12年4月1日より介護保険制度が導入された.介護保険制度には介護を必要とする高齢者が,なるべく自立して地域で安心して暮らすことが可能な制度として構築されることが最も望まれる.しかし医療なき介護はあり得ず,医療関係者の積極的な理解と協力が不可欠である.

連載 あなたにもできる調査研究—事例をもとに・5

健康診査結果をもとにした調査研究

著者: 多田羅浩三 ,   菊川縫子 ,   福田英輝

ページ範囲:P.571 - P.575

 老人保健法が成立したのは昭和57年である.制度が実施されたのは昭和58年2月であり,制度が成立してから18年の年月がたった.昭和58年度における当時の一般診査の受診率は20.7%,受診者数は617万人であった.そして平成9年度の受診率は38.9%,受診者数は1,057万人であった.一般の成人を対象に公費によって実施されている,わが国の健康診査のような例は,国際的にもその例がない.老人保健法による保健事業はわが国の公衆衛生の大黒柱である1)
 わが国の平均寿命が世界のトップグループに仲間入りしたのは昭和50年のころである.昭和36年4月に国民皆保険体制が達成されて,国民は基本として大きな困難もなく医療サービスを受けることができるようになった.昭和48年には老人医療費公費負担制度が発足して,70歳以上の高齢者は自己負担なく医療を受けることができるようになった.平均寿命世界一の社会は,いわばこのような医療の充実を背景として達成された社会であるといえるであろう.

疫学 もう一度基礎から・8

疫学研究方法(3)—症例対照研究—もうひとつの中心となるもの

著者: 中村好一

ページ範囲:P.577 - P.581

■ポイント■
 1.症例対照研究は疾病発生→曝露と,疾病の自然史に逆行した観察研究である.
 2.このために,コホート研究と比較して短時間で実施できるという特徴を持っている.

「健康日本21」と自治体・5

身体活動・運動

著者: 川久保清 ,   下光輝一 ,   荒尾孝

ページ範囲:P.583 - P.587

 健康日本21では,健康に関連した生活習慣の数値目標が示されているが,その中でも身体活動・運動が注目されるのは,その幅広い健康影響だけでなく,安価で積極的な楽しい行動であるからである.身体不活動と疾病の関連をロンドンのバスの運転手と車掌の比較から疫学的に最初に示した英国のMorrisは,「運動は公衆衛生にとって最良の買い物」と述べている1)
 平成8年に厚生省が提唱した生活習慣病(公衆衛生審議会意見具申)の中では,生活習慣の一つとして運動という概念を使い,運動習慣に関連する疾患群として「インスリン非依存型糖尿病,肥満,高脂血症,高血圧,など」をあげている.しかし,運動より広い概念としての身体活動を生活習慣として捉える必要がある.身体活動は表1のように定義され2),運動(スポーツ)を含め,仕事,家事などの活動を含む概念である.健康日本21の身体活動・運動分科会では,あえて身体活動を運動の前に持ってくるようにし,前文では「生活習慣病の予防などの効果は,身体活動量(「身体活動の強さ」×「行った時間」の合計)の増加に従って上昇する.長期的には10分程度の歩行を1日に数回行う程度でも健康上の効果が期待できる.家事,庭仕事,通勤のための歩行などの日常生活活動,余暇に行う趣味・レジャー活動や運動・スポーツなど,すべての身体活動が健康に欠かせないものと考えられるようになっている」と述べている.

公衆衛生院からの発信・8

専攻課程保健コース

著者: 尾崎米厚

ページ範囲:P.588 - P.589

 保健コースは,専攻課程のなかで,食物栄養系,体育・健康系および社会福祉系などの領域における公衆衛生の基礎および幹部技術者として必要な専門的知識,技術,技能を修得させることを目的としている.入学資格は,学校教育法に基づく大学(短期大学を除く)において,栄養学,保健学,生活科学,健康教育学,教育学,社会学,心理学,社会福祉学などの課程を修めて卒業したものおよび卒業見込みの者であるか,院長がこれらと同等以上の学力または経験を有すると認めた者も該当となる.今までだと毎年5名から10名が在籍している.従来,保健コースの学生の主流は,栄養系大学を卒業したばかりの栄養士であったが,近年その傾向は様変わりしつつある.すなわち,福祉系,教育系,保健体育系,社会学系などの大学を卒業した者で様々な専門性をもつ者や看護系職種だが看護コースの入学資格に満たないもの,あるいは医療系職種だが専門課程の入学資格に満たない外国人留学生などと多彩になってきている.したがって,年齢,性別,国籍も様々である.これはインターネットを介した情報提供によるところが大きく,従来のように先輩からの口コミで入学してきていたのと異なり,世界を含めた幅広い分野,地域からの入学者が増え,お互いの多彩な価値観の相互作用から学び合える点で良い傾向ではないだろうか.そのため近年受験者数が増加傾向にあり,近い将来専攻課程で最も人数が多くなる可能性が高い.

海外レポート ニューヨーク州保健省の日常・8

タスキギー梅毒研究から得た教訓

著者: ホスラー晃子

ページ範囲:P.590 - P.592

 世界のトップクラスの研究者を輩出しているアメリカの科学研究界で,歴史的汚点とされる出来事は何かと問われれば,タスキギー梅毒研究を挙げる人が多いであろう.この研究は,現在のCDC(疾病管理予防センター)の前身であるPublic Health Service(以下,PHS)の医師たちが,1932年から1972年の40年間にわたって,深南部の農村地帯であるアラバマ州メイコン郡で行った,いわゆる梅毒の生体実験である.研究の開始当時,梅毒はアラバマを中心に南部の諸州で大流行し,Bad Bloodという俗称で恐れられていた.まだ有効な治療法が発見されていなかった頃で,梅毒に冒されながらも医者にかからずにいた被験者を見つけ出すことは,それほど難しいことではなかった.特に奴隷制廃止後も,人種差別が根強く残っていた深南部では,梅毒に関する知識もなければ,医者にかかるツテも金銭的余裕もない黒人の患者が数多く存在し,彼らは格好の研究の的となったのである.
 研究の最終的な被験者となったのは,399人の梅毒に冒された黒人男性で,皆一様に貧しく,無教育であった.彼らは「送迎バス,おいしい昼食付きの無料健康診断が受けられ,何か悪い病気が見つかれば,医者の治療も受けられる.もしものことがあった場合は,50ドルの埋葬金が親族に与えられる」という誘いにのせられて,研究に巻き込まれていったのである.

全国の事例や活動に学ぶ 今月の事例 東京都豊島区池袋保健所

「AIDS知ろう館」と「コミュニティまつり」

著者: 澤節子 ,   坂井温子

ページ範囲:P.594 - P.595

 池袋保健所は,日本で有数のターミナルステーションである池袋駅から歩いて5分の大変便利な都会の真っ只中にあります.周辺には,デパート,飲食店,娯楽施設が多くあり,若者からお年寄り,さらには外国人まで,豊島区以外の周辺地域からも様々な人々が集まる地域です.
 繁華街にある保健所のAIDS対策として,街頭でのパンフレットの配布や,ミニ講座の開催などを基本に置き,正しい知識の普及に力を注いでいました.しかし,こうした活動を行っていく中で,現場の職員は,AIDSについて伝えるべき情報が正確に伝わっていないのではないか,一方通行の啓発活動だけでは,一人一人の様々な要望に沿うことはできないのではないかという疑問を感じるようになりました.

公衆衛生のControversy 公衆衛生におけるRCT

公衆衛生の成果責任/科学(研究)と行政(政策)

著者: 久繁哲徳

ページ範囲:P.596 - P.597

公衆衛生の責任
 公衆衛生は住民の健康改善を進めるための実践活動である.公衆衛生従事者は,健康改善の成果を上げる責任があり,しかも,限られた資源(人,物,時間,お金)の下で,最大の健康改善を達成することが求められる.それは一方で,住民に対して,健康サービス利用のインフォームド・コンセントと,利用後の成果説明を行うことでもある.
 そのためには,問題解決を目指した意思決定,つまり無益(有害)なサービスを回避し,健康利益を最大にするサービスを選択しなければならない.健康サービスが常に有益であり危険がないというのは神話に過ぎない.国際的には,1970年代からこうした責任を果たすために,健康サービス評価の方法と基準を設定し,健康サービスの系統的な評価を行ってきた.その結果に基づき,現在,根拠に基づく保健医療(evidence-based healthcare:EBH)がグローバル・スタンダードとなっている.

調査報告

タイ・バンコク都ヘルスセンターにおける母子保健活動の現状—わが国の母子保健活動との比較検討

著者: 福田英輝 ,   福永冨美子 ,   前野さゆみ ,   多田羅浩三

ページ範囲:P.598 - P.602

 タイ国の首都であるバンコク都は,人口557万人を抱える特別行政区である.現在,バンコク都には,四つのオフィス(offices),13の部局(departments),および38の区(district offices and 2 branches of district offices)が設置されている1).バンコク都以外の75県にあるヘルスセンターおよび公立病院は,タイ国保健省の直接の管轄下にあるが,今回,紹介する都立ヘルスセンター,および都立病院は,バンコク都13部局の一つである保健局および医務局のそれぞれの管轄であり,保健省の直接の管轄ではないのが特徴である.
 バンコク都以外の75県にあるヘルスセンターは,タンポン(tambon)と呼ばれるサブディストリクト・レベルに少なくとも一つ設置されており,1997年現在9,132カ所と報告されている.当ヘルスセンターには,准看護婦(technical nurse)あるいは助産婦(midwife)が少なくとも1人常駐しているが,医師,および歯科医師は通常では常駐していない.ここでは,保健サービス,および基礎的な外来治療サービスの両方を提供している2)

資料

全国保健所ウェブサイトの検討

著者: 佐甲隆

ページ範囲:P.603 - P.606

 インターネットの普及に伴い,ホームページを開設する保健所が増えてきている.保健福祉情報発信の意義とともに,行政情報公開の側面を併せ持った保健所の公的ウェブサイトは,今後の保健所の役割を考える上で,欠かせないものとなりつつある.今回,ウェブ上に公開されているページのコンテンツを検討した.

基本情報

公衆衛生

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1170

印刷版ISSN 0368-5187

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